バトル
「おい、いい加減にしろ。死にそうなケガならともかく、ほっといても治るようなやつまで構うな」
カタリーナがケガをしている人を見るたびにシャランランをする。そして、それを目の当たりにした人達が我も我もと寄ってくる。お前はダメとか言える雰囲気でないので、結局集まってきた人達全員を治癒せざるを得なくなった。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
崇められていく鰯の聖女。そう、カタリーナはまたやらかしたのだ。
「マーギン、疲れた。おんぶ」
「自分で歩け馬鹿」
機嫌の悪いマーギン。
「馬鹿って何よ、馬鹿って」
「先を急ぐって言っただろ。今日の移動ができなくなっただろうが」
すでに日は暮れてしまっている。
「だって、みんな痛そうだったじゃない」
「あのなぁ。死にそうなケガをしているやつを助けるのはまだ分かる。けど、ほっといても治るようなケガまでいちいち治癒してたらキリがないだろうが」
「ちょっとぐらいいいじゃない。みんな喜んでたし」
「なら、お前はここで一生誰かの治癒をして暮らせ。次に同じことをしたら置いていくからなっ!」
いくら言っても聞く耳を持たないカタリーナにマーギンは怒鳴った。
「な、何よ……そんな言い方しなくてもいいじゃない」
マーギンをキッと睨みながら目に涙を溜めるカタリーナ。
「マーギン、言葉が過ぎるぞ」
と、感情的になったマーギンをローズがいさめる。
「ちっ、面倒なことになる前にここを離れるぞ」
「面倒なこと?」
「これだけ騒ぎになったんだ。そのうち、領主や町長がカタリーナを利用しようとして近付いてくる。揉めごとになるに決まってんだろうが。気配を消してズラかるぞ」
「マーギン、馬がこっちに向かって走ってきてんぞ」
バネッサは大隊長の指示を受けて、偵察に出てくれていたのだ。
「了解」
《プロテクションステップ!》
プロテクション階段を出して、急いで空中に逃げる。街灯も点いてないので闇に紛れられるだろう。
「このまま港街まで移動するからな」
マーギンとバネッサはナイトスコープの魔法を使っているので問題ないが、他の皆は闇の空中を歩いているので、どこをどう進んでいるのか分からない。
「マーギンさん、怖いです」
アイリスが怖がってしがみついてくるので、ナイトスコープを解除してみる。
「確かにこれは怖いな」
暗闇の空中で方向感覚を保つのが難しい。下手すりゃプロテクションから足を踏み外すかもしれん。
「大隊長、どうします? またスリップで進みますか?」
「いや、やめておこう。近くに降りて野営したほうがいいだろう。空中は気温が下がり過ぎて身体の自由を奪うしな」
確かにここはかなり寒い。
しがみついていたアイリスが、いつの間にかマーギンのコートにくるまって暖を取っている。ちゃっかりしたやつめ。
ナイトスコープを使いながら、バネッサとどこに降りるか相談する。
「あそこなら人目にも付かねぇんじゃねぇか?」
「多分、魔物が出るぞ」
「どうせプロテクションで囲むんだろ? 魔物より人の方が厄介だろ」
それもそうか。
ということで、街道から外れた森の中に降りることにした。
「アイリス、歩きにくい。コートから出ろ」
二人羽織みたいな体勢のマーギンとアイリス。
「じゃあ、おぶさりますね」
と、背中側に回って背中に乗ってきた。やめろと言いかけたが、アイリスがいると暖かいのでそのままおぶった。
「ずっるーい。私には歩けって言ったのに」
「お前のせいで、こんな移動をするハメになったんだろうが。ローズにおぶってもらえ」
「ひ、姫様。乗りますか?」
と、ローズがしゃがんで、どうぞとしたが、カタリーナは拗ねて、いらないと断った。
「うー、寒っ。あったかいもんが食いてぇ」
「なら、うどんにするか」
それぞれのテントの中で食事。バネッサとアイリスはマーギンのテントにいる。
個別の器に入れるのではなく、うどんすきスタイル。白菜、鶏つくね、エビ、餅、卵も入れてからうどんを投入。
「食べたいものを自分で取って食え」
無言でハフハフしながら食ってると、カタリーナとローズが来た。
「私もそれ食べたい」
「テントでなんか食ったのか?」
「パンとコーンスープ」
それは朝飯メニューだろ。
「追加をいれてやるから、そこに座れ」
具材を追加で入れていく。バネッサとアイリスはうどんに満足したようだ。
「マーギン、餅の甘辛が食いてぇ」
そして、バネッサがオヤツを要求してくる。
「砂糖醤油か?」
「甘辛の」
バネッサが言いたいのはみたらし餡か。
「ダンゴにするか?」
「どっちでもいいぜ」
「なら、ダンゴにするから自分でこねろ」
米粉に餅米粉を少し混ぜて、水でこねこねさせている間にお湯を沸かす。
「自分で食べたいサイズに丸めてここに入れていけ」
全員が丸めてお湯に入れていくが、サイズがデカい。程よい大きさがあるということを理解してないのか?
マーギンも追加で自分用のダンゴをこねて投入していく。ゆで上がったダンゴを串に刺して焼いている間に、みたらし餡を作る。
「ほら、タレも自分で付けろ。熱いからこぼすなよ」
自分のは醤油に少しだけ砂糖を入れて、香ばしく焼き上げる。
「差し入れにいってきますね」
アイリスがやたらたくさん作ってると思ったら、カザフ達と大隊長達の分だったのか。
「大隊長にはこっちの方がいいと思うぞ」
と、醤油焼きの方を渡しておいた。
「ダメだ。もう食えねぇ」
お腹をさすりながら、寝転がるバネッサ。
「寝転ばないでよ。狭いじゃない」
「食い終わったら自分のテントに戻りゃいいじゃねーかよ」
「いやよ。こっちのテントの方が暖かいんだもん。バネッサが自分のテントに戻ればいいでしょ」
「うちの方が先にここに来てただろうが」
「ズルいじゃない。毎日毎日、マーギンのテントで寝て」
「アイリスと3人でちょうどいい広さなんだよ。早く自分のテントに戻りやがれ」
人のテントを取り合いするバネッサとカタリーナ。
「あーもうっ、狭いテントの中で喧嘩すんな。寒いならお前がここで寝ろ。俺がカタリーナのテントを使う」
と、嫌気が差したマーギンはカタリーナのテントに寝に行ってしまった。
本当はマーギンと一緒に寝たかったカタリーナ。治癒魔法のことで怒られて、淋しくなっていたのだ。
「バネッサのせいよ」
「お前のせいだろうが」
寒いからこのテントで寝たいと言った手前、自分のテントに戻ることもできず、バネッサとグチグチ言い合いながら、ここで寝ることになってしまった。
うむ、見なかったことにしよう。
カタリーナのテントに入ると、二人の下着が干してあった。
「マーギンさん」
びくぅぅぅっ。
見なかったことにしようと思ったのに、つい下着に目がいってしまったマーギン。いきなり外から声を掛けられてあたふたする。
「な、なんでしょうか」
「やっぱりここだったんですね。マーギンさんのテントが占領されちゃいましたので、私もここで寝ますね」
こうして、今夜のマーギンと寝るバトルはアイリスが勝ち取ったのであった。




