やっぱり地獄絵図
「さ、ここを上がっていくから」
プロテクション階段を初めて経験する人はへっぴり腰だ。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
ノクスは高さが苦手のようで、膝がカクカク震えている。
「大隊長は平気?」
「問題ない。空中を歩くというのはいささか変な感覚だがな」
「うーん、どうしようかな」
「歩くのではないのか?」
「スリップで滑っていくと早いんだけど、予想以上にスピードが出たりするんだよ。途中でスリップを解除したら、尻が摩擦熱で火傷しそうになるし」
「では歩くしかないのだな」
「いや、プロテクションをチューブ状にして、落っこちないようにしてやってみるよ。歩いたら時間掛かり過ぎるし」
マーギンは大きなホースのようなものをイメージしたプロテクションを出していく。これ、集中力が半端なく必要だ。
「みんな固まって。今から滑って移動するから」
「また怖いんでしょ?」
カタリーナが顔をしかめる。
「緩やかな角度にしてあるから前よりましだと思う」
先頭はマーギン。方角と角度を調整しながらチューブ状のプロテクションを出すのだ。
《スリップ!》
マーギンがみんなを浮かせると、スルッと動き始める。
ビューーーン。
緩やかな角度なのに、いきなりスピードが出る。
「うっぎゃぁぁぁっー! 落ちるーー!」
「ノクス、暴れるな。危ない」
姉のローズがノクスを抑える。しかし、1列になっているので、みんなが巻き込まれて、列がうねり、チューブの中で左右に大きく振られる。
「ばっ、ばか。こんなに揺らされたら、集中力が持たん」
角度を調節しようにも、どう角度をつけていいか分からない。とりあえずスピードを落とすのに上に向けねば。
プロテクションを上に向けると、上昇Gが襲う。ヤバいヤバい。もう少し下に……
バビューン。
今度は下げすぎて、落下しているような感じになる。
「止めてーっ、止めてーっ!」
叫ぶカタリーナ。
《スリップ解除》
キュキュキューっ。
「熱っちぃぃぃっ!」
《スリップ! スリップ!》
尻の熱さに耐えきれず、アイリスが勝手にスリップを掛けた。
バビューン。
「ぎゃぁぁぁっ!」
地獄絵図アゲイン。
そのあとも、ジェットコースターのような移動になったのだった。
「死ぬ……」
ジェットコースター酔いはシャランランで治してもらい、ゴルドバーンの入り口から徒歩1日ほど離れた場所で野営することになった。
「ノクス、ごめんなさいは?」
チューブ状のプロテクションを出し続けたマーギンもぐったりしながら、ことの発端となったノイエクスをジロリと睨む。
「あっ、あんなの怖いに決まってるじゃないかっ!」
「他のものを巻き込むな。全員ヤバかっただろうが。次にあれを使うときはお前を一番うしろにして、列に加えんからな」
それを聞いていたみんなは、またあれで移動することがあるのかと青ざめたのであった。
テント設営をし、飯もそこそこにして寝ることに。全員嫌な汗をかいたので、洗浄魔法を掛けておく。
マーギンがテントを張り、寝ようとするとアイリスが入ってきた。
「自分のテントで寝ろ」
「大丈夫ですよ」
何がだ?
「このテント、二人で寝てもまだ広いじゃないですか」
「あのなぁ……」
「うちもここで寝る」
と、バネッサも来た。ここは荒野みたいなところなので、かなり気温も下がってきているので、一人で寝ると寒いらしい。このテントは空調付きだしな。
大隊長はノイエクスと、カザフ達は3人で、カタリーナはローズと同じテントだ。
「もう好きにしろ」
疲れて、言い合いする気も起こらない。全体をプロテクションで囲って、見張りも立てずに寝るのであった。
朝飯もそれぞれで。スープはタジキが全員の分を作ってくれた。
ひたすらゴルドバーンの入り口を目指して歩き、早めの野営をしてから、入国することに。
「晩飯は何を食うんだ?」
「そうだな。カニ鍋でも食うか?」
「いいぜ」
他のみんなも鍋でいいとのことなので、それぞれ鍋を用意して、カニや魚、鶏、豚なんかを出しておく。好きなものを勝手に食べてくれたまへ。
「大隊長、飲む?」
「マーギンは何を飲むのだ?」
「甲羅酒でも飲もうかと思って」
「お、いいな。俺もそれをもらおう」
甲羅にタイベ酒を注いで、炭焼きの網の上に。甲羅はまだあるので、カニ味噌にほぐしたカニの身を混ぜてのせる。
「あつつつ、かぁー、旨いなこれ」
カニ味噌で和えたカニの身をつまみながら甲羅酒。寒いときにこういうのはたまらんな。
酒を飲みつつ、しばらく、ゴルドバーンの村のことを話さない二人。そして飲み終わったあと、
「なぁ、マーギン。あの区域はどうしようもないか?」
「そうですね。タイベの先住民達には対策を取ってもらいましたけど、ゴルドバーンのことは情報がないですから、手の打ち方が分からないってのが正直なところです。ゴルドバーンでも魔物は同じように数も増えて、強くなってるでしょうが、国として対策を練ってるかどうかすら分からないですしね」
「そうだな。シュベタインもマーギンがいなければ対策は遅れていただろう。先住民達も同じような状態になっていただろうな」
「ま、明日、ゴルドバーンの街に入ってから情報収集しないと始まらないってことですね」
「そうだな」
翌朝、
「どこから来た?」
「シュベタイン。これはハンター証ね」
ゴルドバーンへの入り口の門で身分証を見せる。
「シュベタインだと? 徒歩で来たのか?」
「そう。魔物を退治しながらね。ガキ共の教育をしてんだよ」
「そっちの幼き娘もハンターか?」
幼き娘扱いされる、化け物アイリス。
「そうだよ。みんなハンター証出して」
カタリーナとローズの分も作ってきてある。
「同じパーティか?」
「んー、仲間は仲間だけど、いつもパーティを組んでるわけじゃないね。今回は遠出だから一緒に来ただけ。それよりゴルドバーンって、ハンターのパーティのことまで聞かれんの?」
「い、いや。シュベタインから人が来るのは珍しくてな」
そらそうだろうな。
「知ってたら教えて欲しいんだけどさ、ゴルドバーンって、人型の虫系の魔物出てる?」
「シュベタインでも出てるのかっ」
門番でも知ってるってことは、やはり問題になってるんだな。
「王都近辺には出てないけど、南側には出てる。かなりヤバいやつだ」
「そうか……ゴルドバーンだけの問題ではなかったのだな」
「シュベタインは南側の温暖なところだけなんだけど、ゴルドバーンもそう?」
「今のところはな。いくつもの村がなくなっている。村ごと街へ避難してきたものもいる」
「倒せる人いる?」
「いや、ハンターも何人も殺られている。しばらくゴルドバーンに滞在するなら、ぜひ討伐に参加してくれ。それと……」
「それと?」
「傭兵も募集している。詳しくはハンター組合で聞いてくれ」
門番が色々と教えてくれたのはいいけど、傭兵か。
「ノウブシルクが攻めて来てんの?」
「ウエサンプトンがノウブシルクに下ったからな。現在、ゴルドバーンとウエサンプトンとの国境沿いで小競り合いが続いている。ウエサンプトンは友好国だったから、複雑な状況だ」
本当はウエサンプトンとゴルドバーンはお互い戦いたくないのだろう。
「色々教えてくれてありがとうね。しばらく魔物討伐で稼がせてもらうよ」
「頼んだぞ」
今ゴルドバーンは、戦える者はウェルカムのようで、スムーズに入国ができたのであった。




