後日談
「王妃様、やはりこのパスワードは関係ないのではないでしょうか」
ミスティの魔導金庫解錠のため、サナダギンジローを元にアナグラムや複数回入力などを試していた研究員達から、開かないと王妃に報告が入る。
「そうですか。では他にも色々と試してください」
「かしこまりました」
カタリーナがいないときは研究員が解錠を試す。カタリーナも城にいる間はずっと解錠を試みていた。
「お母様、マーギンの本当の名前がどうしてパスワードになってると思ったの? やっぱり開かないんだけど」
「そうね……見込み違いだったかもしれませんね」
「じゃ、やっぱり違うんだよ」
カタリーナからも違うんじゃないかと言われて、王妃の自信も揺らいでくる。
マナが真名のことでなければ、あのミャウ族に伝わる儀式の歌はなんなのだったのだろうか。ミャウタンも詳しい意味は知らず、ただ、受け継がれてきたもの。長い年月の間に言葉も文字も変化して、意味が変わってしまったのか……
◆◆◆
「社交会のときの陛下、素敵でしたわねぇ。あのご年齢になられても、王妃様にあんなに情熱的に愛を語られるなんて」
貴族達の社交会で度々話題に上がる王の愛の歌。王は恥ずかしさのあまり、社交会のあと、なるべく貴族達と顔を合わせないようにしていたので、参加していたご婦人達からとても評判が良かったことを知らなかった。それと、自分の旦那はあんなことをしてくれたことは一度もないと、不満が上がり始めていることも。
「王妃様はあのご年齢になられても本当に美しくあられますな」
「そうですな。あの場では口にはできませんでしたが、実に艶かしいお姿を拝見できた私達は果報者ですよ」
そして、男性陣は男性陣で、いくつになっても若々しく、美しい王妃の姿と自分の妻を比べてしまい、はぁ、とため息をつく。特に同年代の貴族達の妻達はおおむね、横にお育ちになられているのだ。
「しかし、タイベが辺境伯領になるとは思いませんでしたな」
「ここだけの話ですが、王妃様自ら視察に行かれたようですぞ」
「なんですと?」
「魔カイコの養蚕を始めたとの話がありましたでしょ。あれがそろそろ商品になるのかもしれませんな。それと、タイベの南方面には裸同然の水着を着た女性がウジャウジャいるそうですぞ」
「その話は本当ですか」
「えぇ、うちに出入りしている商人が知らせてきたのです。飯も王家の社交会で出されたようなものもあり、それが格安で食べられるようですな」
「そうですか。タイベなら我々が行って、はしゃいでも誰も分かりませんなぁ」
「そういうことです。一度、視察に行く必要があるのではと私は思っておりますぞ」
「おぉ、そうですな、そうですな。私もそう思っていたのです。いやぁ、成功した領の秘訣は探っておかないとダメですからなぁ」
貴族達の間で、こんなやり取りがされるのは王妃の計算通りなのであった。
◆◆◆
「マーギン、殺るなら他の人に見えないところでやってちょうだい」
殺ろうとしたことは咎めないシスコ。
「誰が殺ろうとしてたんだ。ここに手を出したらヤバいぞと、他のやつらにも見せとかないとダメだと思っただけだろうが」
「それは分かってるけど、ここは女性客メインなのよ。怖がって誰も近寄らなくなるかもしれないじゃない。あなたは度が過ぎるのよ」
「ちらっと炙っただけだろが」
「人を火炙りにするのは異常だと理解しなさい」
シスコに異常者扱いされるマーギン。
「あれぐらいなら大丈夫ですよ?」
異常者側のアイリス。
「アイリスは黙ってて。あなたも異常者扱いされてるのに気付きなさい」
そのあとも、「あなた、自分が化け物と呼ばれてるのを知らないのかしら?」とか言われ続ける。
「マーギンさん、私は化け物なんですか?」
「いや、普通だと思うぞ」
普通の前提が一致するマーギンとアイリス。
「そうそう。燃えてても生きてたら、私がなんとかしてあげる」
そちら側に足を突っ込んだカタリーナ。
「カタリーナも黙りなさい。私の方がおかしいのかと思っちゃうでしょ」
「でもマーギンがあないしてくれたおかげで、ゴロツキも来んようになるんちゃう?」
軍人達の考え方が染み付いてきているハンナリー。
「そうだぞ。剣を抜いたのはやつらだ。あのままにしていたら、騎士が斬ったのではないか? その方が大事だ。警備員が騎士だとバレる」
武器屋の娘、ロッカもマーギンを援護。
「シスコ、怒る前にマーギンに礼を言った方がいいんじゃねぇか? うちらはそのうち、ここにお世話になるかもしれねぇけど、マーギンは関係ねぇんだろ? それなのに手伝ってくれてたんだからよ」
まだマーギンのローブを着ているバネッサ。
「なっ、何よ。私がおかしいって言うの?」
と、見渡すと、みんながうんうんと頷く。
シスコは自分の常識が非常識なのかと思いかけてきたとき、
「シスコ、お前は正常だ。惑わされるな」
と、ローズがシスコ側に付く。しかし、ここではマイノリティ。おかしいのはシスコとローズだと結論付けられたのであった。
◆◆◆
とある庶民街の中堅商会に強制税務調査が入った。
「わ、私共はきちんと収支報告をして、税金を納めております。そ、それがなぜ貴族街の商業組合が……」
「それを決めるのは我々だ。おい、すべての書類を差し押さえろ。会頭の自宅もすべて調べる」
通常の税務調査はここまでやらない。提出した書面をチェックされるだけだ。
「お前は取り調べを行う」
「えっ?」
「お前には殺人教唆の疑いが掛かっている」
「そ、そんな馬鹿な……私は何も……」
「連行しろ」
貴族街の商業組合だけではなく、騎士隊までが商会にやってきて、会頭を連行していく。何も知らない従業員達はオロオロするだけで何もできないのであった。
◆◆◆
ゴロツキ達のたむろ場。
「やべぇことになってるみてぇだ」
「何があった?」
「化粧品の店ができたろ?」
「おお、あんな場所に随分と高級な店ができたらしいな。店員も女ばかりみてぇだし、稼ぎやすそうで助かるぜ」
「お前、初日に捕まったやつのことは知らねぇのかよ?」
「ちょいと暴れただけだろ? すぐに出てくる。へましやがったよな」
「お前、本当に何も知らねぇんだな」
「なんかあったのか?」
「捕まったやつ、いきなり火炙りにされたらしいぞ」
「は?」
「氷漬けにされたあと、火炙りにされたって話だ」
「そんな馬鹿な話があるかっ!」
「捕まったやつらをあれから見たか?」
「見てねぇけどよ、まだ釈放されてねぇだけだろ?」
「いや、一瞬で燃え尽きたらしい」
「そういや、タイベで捕まったやつがいきなり燃やされたとかの噂を聞いたことが……」
ゴロツキ共にはこんな噂が流れていた。
これは隠密が情報戦として流した噂なのであった。
◆◆◆
「これをあるだけ渡せ」
どこかの貴族の使いの者達が真珠パウダー入りの化粧品を買いに来ている。売れ筋は中グレード。が、1人の使いの者が最上級の物をあるだけ売れと言ってきた。
「どこの使いの方か存じませんが、買い占められては困る。こちらも買い付けに来ているのだ」
そして使いの者達同士が揉めはじめた。
「お客様、お一人様2つまででお願い致します」
と、店員がお願いする。
「こちらは全て買ってこいと言われているのだ。さっさと全部出せ」
「それは横暴ですぞ」
収まりがつかないと思った店員は警備員を呼んでくる。
「お客様、お店で大声を上げられては困ります」
「うるさいっ、庶民のくせに指図をするなっ!」
「失礼ですが、どちらの使いでいらっしゃいますか?」
「◯◯子爵だ!」
「そうでしたか。今、大人しく引き下がるのであれば、なかったことに致します」
「貴様っ、何を偉そうに」
と、すごんだ使いの者に、警備員の1人がコソッと身分証を見せた。
「お引き取りを。この件は上に報告させていただきます」
カタカタカタ。
「使いの方の失態は主人の失態。お覚悟をなさいませ」
「お、お許しを……」
「先程、お引き取りを申し上げたときにそのような態度を取られるべきでしたな。おい、連行しろ」
今のやり取りを見て、すぐに警備員が普通の警備員ではないと悟った他の使いの者達。
「それぞれ2ついただきたいが、よろしいでしょうか」
「はい、かしこまりました。お買い上げありがとうございます。口紅や香水はよろしいですか?」
「で、ではそちらも……」
とても大人しく、良いお客様になっていくのであった。




