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伝説に残らなかった大賢者【書籍2巻&コミックス1巻、11月末同時発売予定】  作者: しゅーまつ


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アンジュ、オープン

本日、ピンクのフクロウが看板のお店、アンジュのオープン日。


シスコは華やかな紺色の大人っぽいストレートラインのドレス。バネッサは黒のチューブトップにミニフレアのスカートに網タイツ。アイリスとハンナリーは私立の女子高生みたいなブレザーに赤白のチェック柄ベストとスカート。ロッカはブラウンのフロックコート姿だ。


「う、うちのスカートだけ短いじゃねーかよ」


と、バネッサがスカートの前を下げるような仕草でシスコに文句を言う。


「嫌なら着なくていいわよ」


「そんな言い方すんなよ。嫌とか言ってねぇだろうが」


シスコの嫌味な言い方にプンスカするバネッサ。


「私は男物なのだな……」


「しょうがないでしょ。私のエスコート役がいないんだから」


と、シスコは気を遣った。ロッカの成人の儀のドレス姿を思い出し、店のイメージと合わないと判断したのだ。ここでプロテインを販売すると思われても困る。


「シスコ、私とローズの服は?」


「カタリーナはその聖女服でいいわよ。店のイメージにピッタリ。ローズも聖騎士の鎧姿が格好良くていいわ」


シスコはローズの鎧姿を見て、うんうんと頷く。これは女性から人気が出るだろうと踏んだのだ。


「で、マーギン。あなたはなぜ普段着なのかしら?」


「俺はなんもすることないだろうが」


「魔導師の服に着替えて。マジックバッグに入ってるでしょ」


「ええぇ……」


マーギンはこの店のオープンで手伝えることがないのだ。せいぜい、サンプルを配るときに客を並ばせるぐらいのことしかできない。


「そんな顔しないでちょうだい。今日はオープン日なのよ」


シスコがマーギンを見るような顔でシスコを見たマーギンに、日頃言われていることを言い返された。そうか、シスコはいつも俺にこんな感情を持っていたのか、と実感した。



カタリーナとローズ、ロッカ以外の服は、そのうちここで販売する予定の服だ。魔カイコの糸が流通し始めたら、こんな服を扱いますよとのデモンストレーションを兼ねている。


「ほなら、アイリスはこっちのカゴを持ってな。1人1つしか渡したらあかんから、誰に渡したか顔覚えときや」


「大丈夫ですよ」


1週間分の量が入った、庶民街で売れ筋になるであろう美白クリームのサンプル。ほんのりとしか真珠パウダーは入っていないが、他で販売されているものよりずっといいものだ。


「これはいくらで売る商品なんだ?」


「2週間分で5000Gよ」


「化粧品って高いんだな。一番安いやつでそんなにするんだな」


「そうね。庶民街では高いかもしれないけど、あんまり売れても生産が追いつかないのよ」


オープニングセレモニーに参加する女性陣は全員最高級品で化粧をしている。口紅とか他のにも真珠パウダーを配合してあるらしい。確かに、みんな透き通るような肌に見える。店員をする遊女上がりのスタッフは清楚なメイド服系の制服。これはこれでよろしい。


そんなことを考えながらみんなを見ていると、さっさと着替えなさいと怒鳴られ、店の事務所で着替えてきたマーギン。


「お前、やっぱりその服を着ると、マーギンじゃねぇみたいだよな」


と、バネッサが近寄ってくる。


「バネッサもそんな服を着てると、いいところのお嬢様みたいだな。可愛いぞ」


と、マーギンが褒めると、


「バッ、バッキャロー。な、何言ってんだよ」


と、真っ赤になり、


グキッ。


「うわっ!」


と、履き慣れないヒールでぐらつき、マーギンに抱きついてしまう。


「おっと、大丈夫か?」


と、マーギンは手を出して支える。


「こんな靴を履くやつの気がしれねぇってんだ」


と、マーギンに寄り添うように掴まったままのバネッサを見たカタリーナ。


「あの2人、お揃いの服着てるみたい。なんか負けた気がする……」


と、呟いて、スタスタと歩いていく。


「姫様?」


「マーギン、私と並んでみて」


と、バネッサを引き剥がし、隣に並んで腕を組む。


「ローズ、どう、お似合いに見える?」


と、期待に満ちた顔のカタリーナに、若いお父さんと並んだ娘みたいだとは言えないローズ。


「え、えぇ。そうですね」


嘘が下手なローズは喉から出かけた言葉を上手く変換できずにそう答えた。


「ちょっと、のいて。なぁ、うちらと並んだらどんな感じや?」


次はハンナリーとアイリス。


「良く似合ってるぞ」


ローズには父親参観に頑張って一張羅を着てきたようにしか見えないという意味で褒める。


「何を遊んでるのよ? もう外に出るわよ」


と、ロッカにエスコートされるシスコ。みんなは、あ、これが一番お似合いだと声を揃えたのであった。



外に出ると、何か始まるのか? と、野次馬が集まっている。隠密も遠くから様子を伺っているようだ。


「除幕式みたいなのをやるのか?」


ピンクフクロウを見上げると、幕が掛かったままだ。しかし、幕を外すためのロープとかが見当たらない。


「あっ、そうやそうや。幕を外さなあかんやん」


と、答えたハンナリーはひょいひょいと壁を登って、ピンクフクロウのところへ。おい、パンツ見えてるぞ。


「シスコ、ええか?」


「いいわよ」


「ほならいくでぇ! よっ」


と、幕を外してそのまま飛び降りてくると、野次馬から拍手喝采だ。


「おおきに、おおきに!」


ハンナリーよ、この店がサーカス小屋かなんかと間違われるぞ。



「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日、ハンナリー商会のお店、アンジュの開店です。このお店は化粧品や、ここにいる者たちが着ているような服を扱います。しばらくは化粧品のみを扱いますので、宜しくお願い致します」


と、シスコが挨拶をした。


へぇ、こんな庶民街に化粧品の店なんかできたんだねぇ、とかオバサマ達がざわざわする。


「本日は当店の扱う商品がどのようなものかをお知りいただくために、女性の方限定でサンプルをお配りいたします。お一人様お一つとなりますが、ご希望の方はこちらにお並びください」


無料サンプルが配られると説明すると、うわーっと人が押し寄せてくる。


「じゃ、マーギン。あとはよろしくね」


「はいはい」


マーギンは並んで並んで、と声を掛けるが、言うことを聞かないオバサマ達。威圧するわけにもいかないので、人の整理に手間取る。


「皆様、お並びいただけませんか」


と、ローズが助っ人に入ると、キャーと黄色い声が上がり、顔を赤くしながら列を作りだした。


俺に対する態度とまったく違う女性達。解せぬ。


結局、ローズとロッカが、オバサマ達を姫様を扱うような感じで接することにより、混乱が収拾していく。


「マーギン、負けたね」


と、笑いにくるカタリーナ。


「うるさい。だから普段着でいいと言ったんだよ」


「でも、その服も似合ってるよ」


と、ニコニコしながら腕を組んだ。


こうして聖女服のカタリーナを見てると、ソフィアを思い出す。あいつもこれぐらいの年齢のときは、あんなにツンツンしてなかったのだろうか? いや、出会ったときからツンツンしてたから性格だな。


ゴンっ。


「痛って! 聖杖で人を殴るな」


「何もしてないよ」


あれ? なんか殴られた気がしたんだが。


「うちらいらなかったんじゃねーか?」


と、バネッサが人混みから抜けてこっちに来た。


オバサマ達は服より、無料サンプルの方がいいらしく、誰も服のことを聞きにこないようだ。


「うぅ、この服寒ぃ」


と、バネッサが震える。そりゃその服じゃそうだろうな。今年の冬もかなり寒い。寒い冬が続いたから慣れてきたとはいえ、寒いものは寒いのだ。


「ほら、これ着とけ」


と、マーギンは自分のローブをバネッサに掛けてやると、バネッサはすっぽりとローブに包まれた。


「お前はいいのかよ?」


「お前の服だと寒いだろうからな。それ着とけ」


「へへっ」


袖から手が出ないバネッサは嬉しそうに、袖口をプランプランと振り回した。


「マーギン、私も寒い」


「我慢しろ」


「えーっ、バネッサにはローブを貸してあげたのに」


「お前は上着も着てるだろ。バネッサは裸みたいな服だったろうが」


「だっ、誰が裸だってんだ」


「乳が溢れ出そうだったろうが」


カザフ達は訓練で来れなかったのは幸いだ。あれは教育上良くない。


「どこ見てやがったんだ。このスケベ野郎っ!」


いや、全員そこに目がいくと思うぞ。


バネッサがぎゃいぎゃいとマーギンに絡んでいると、客の整理が終わったローズがこっちに来た。


「お疲れ様。助かったよ」


「こちらこそ姫様の護衛を任せて悪かった」


聖女のカタリーナ、鎧を着たローズ、マーギンに突っかかるバネッサ。なんか勇者パーティ時代を思い出す。足りないのはガインとミスティか。


「マーギン、どうしたの?」


「いや、なんでもない」


不思議な感覚だ。あのときはあまり話さなかった仲間が近くにいるようだ。


そして、無料サンプルがもらえると聞き付けた人が増えたようで、増々人が増えてきた。女性限定と聞いてなかった男連中も来ている。


「さて、俺の出番かな」


男相手なら遠慮は不要。


「すいません、無料サンプルは女性限定なんですよ」


「なんだと? そんなことを聞いてねえぞ」


「初めに説明したんですけどね。あとから来られた方はご存知ないようですので、こうして説明しに来たんですよ」


丁寧に説明すると、無駄足を踏ませやがって、とか文句を言いながらも大人しく帰っていく人がほとんど。が、


「この落とし前どうしてくれんだよ」


「落とし前も何もないですよ。申し訳ないですが、お引き取りください」


そう答えたら、ガっと胸ぐらを掴んでくる。


「すかしやがって、無駄足踏ませた分、金払いやがれっ!」


と、脅してきたので、すーっとマーギンの顔色が変わる。それをビビったと勘違いした男。


「へへっ、今日の日当分で勘弁してやる。3万G出せ」


「お前、敵か?」


「は? 何言ってやがんだ」


「お前は俺の敵かと聞いてるんだよ」


その様子を見ていたローズ達。


「マーギン、やめ……」


グギっ。


止めに入ろうとしたバネッサがヒールで足をくじく。


「そこの男、マーギンを怒らせるな」


その代わりにローズが止めに入った。並んでいた女性達も騒動になってきたので怖がっているのだ。


「なんだてめぇは? 今、こいつと話してんだよ。関係ねぇやつは引っ込んでろ」


「そうだぜ、大人しく金を払えば勘弁してやるって言ってんだ」


と、ぞろぞろと他の男達も集まってきた。どうやら初めからイチャモンを付けるために来てたみたいだ。


「お前ら……」


「マーギン、やめろ。お前がやると大事になりすぎる。姫様を頼む」


と、ローズが代わりに対応するようだ。俺がやると大事になりすぎるとか酷い話だ。


「貴様ら、今大人しく帰れば何もなかったことにしてやる」


「なんだと? 女のくせに鎧なんか着やがって」


と男が剣を抜いた瞬間、


《フリーズ!》


ヒォォォォとローズの出したブリザードが男たちを包んだ。


「うぎゃぁぁ、凍るっ、凍るっ。やめてくれぇぇ」


「ならば衛兵のところに出頭しろ。街中で剣を抜いて脅したことは立派な罪だ」

 

「お、俺達は騒ぎを起こせと頼まれただけなんだ。勘弁してくれ」


「ほう、誰に頼まれた?」


「知らねぇよ。あっちにいたやつだ」


と、男達が指差した方向の気配をマーギンが探ると、こいつらを雇ったやつは密かに隠密に拘束されたようだ。


「ローズ、完璧に凍らせてくれ。生きてるとマジックバッグに入らん」


いきなり怖いことを言うマーギン。


「マーギンお前……」


「別にいいんじゃない? あとで森の中に捨てにいくよ」


いきなり凍らせて捨ててくると言われた男達。


「俺達は頼まれただけで……」


「誰に頼まれたとか関係ないんだよ。お前ら俺の敵だろ? 敵には何をしてもいいことになってるんだよ、俺の中ではな」


と、凍りかけて動けなくなっている男達に冷ややかな顔で話し掛けるマーギン。


「か、勘弁してくれ……」


「俺もさっき、大人しく帰ってくれと頼んだよな? そのとき、お前は俺に何をしたか覚えてるか?」


「勘弁して……」


「無理だな」


マーギンはそう答えてゴウウウッと火の玉を出した。


「寒そうだから温めてやる」


「ギャァァァ」


ゴンっ。


「痛っ!」


「マーギン、こんなところで殺さないで」


だから聖杖で殴るな。


炎で炙られた男達は命拾いしたが、火傷を負っている。


「あなた達、マーギンが本気で燃やそうと思ったら、人間なんて一瞬で燃え尽きるんだからね。これに懲りたら、まっとうに働きなさい」


《シャランラン!》


火傷が一瞬で治った男達。


「あ、あなた様は……」


「私は聖女カタリーナ。鰯を……癒しを与える聖女よ!」


またやらかすカタリーナ。それに庶民街で本名を名乗りやがった。というか今更か。


「鰯の聖女様っ! ありがとうございます」


カタリーナを鰯の聖女と呼んだ男達はゴンゴンゴンっと、エクレールで頭を殴られたあと、警備員に扮した騎士に連行されていった。


「皆様、ただいまの寸劇はいかがだったでしょうか? ハンナリー商会が運行するタイベ行きの船中でも様々な劇を公演しております。また、現地でも王都にはない催しを楽しめますので、ぜひタイベに遊びに行ってください」


と、騒動を聞きつけたシスコが場を収めに来た。怖がっていた客も、今のは劇だったと説明されて、凄い迫力だったわねぇと態度を変えてくれ、事なきを得た。



閉店後、マーギンはシスコにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。




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ハンナリー『ウチにもイワシを!』
跡形もないくらいに消した方が手品や寸劇だと思われるかも?
イワシの聖女呼びが、デフォになりそうw
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