社交会でもマーギン
王家の社交会会場になぜかいるマーギン。
「はい、炊飯器のスイッチ入れてって。そっちはホースラディッシュをすりおろし始めて」
「はい」
うなぎと漬け丼関係を担当させられ、なぜかそのゾーンを仕切らされている。
炭火も準備オーケー。うなぎの串打ちは難しいので、網で挟んで焼くことにした。ハルトランに挟むための網を特急で作ってもらったのは言うまでもない。
ひときわ大きなマグロは解体ショーで使うので、テーブルに置いて濡れた布を掛けておく。
マーギンが宴会の準備を進めている頃、王城では王から新年の挨拶と様々な発表が行われていた。
「今年より、タイベ領を辺境伯領とする」
そう発表されると、貴族達のざわつきが収まらない。今までは冴えない田舎領だったからだ。
(タイベが?)
(何があったんだ?)
(子爵からいきなり辺境伯だと?)
「静まれ」
ざわつく貴族達を宰相が一括する。
「タイベはゴルドバーンと隣接しているとはいえ、山脈に阻まれており、攻め入られる恐れはほぼない。しかし、特殊な魔物が出現している。今後、その魔物は大きな脅威となろう。ボルティア家はタイベでの戦力増強に努め、領を守ってみせよ」
辺境伯領とは自治を任され、国への税の支払いが大幅に減額される。その分、戦力に予算を使えとの意味合いがあるのだ。
エドモンドは王妃に忠誠を誓ったが、まさか自分が辺境伯になるとは思っておらず、カタカタと足が震えるのであった。
「マーギンさん、そろそろ社交会が始まります」
「了解。こっちは準備万端だ」
うなぎを焼き始めるのは人が入ってから。いきなり会場にきて、煙と匂いが充満しているのもよろしくない。それに数がそんなにないから、ある程度、他の料理を食べてもらってからにしないと、すぐに売り切れてしまう可能性があるのだ。
全部の準備が整った頃に、ぞろぞろと人が入ってきた。男連中は難しい顔をして、口々に何か話している。女性陣は女性陣で固まり、上位貴族に下位貴族が取り巻きをしてるようだ。服装も上位貴族より派手にならないようにとか、色々あるんだろうな。
料理に手を付けるのはまだ。先にウェルカムドリンクをメイドや使用人がトレーに載せて歩くと、そこから好きなものを取って飲む。あとでスパークリングワインをもらおう。人が飲むのを見ていたら、自分も飲みたくなるのは人の性だ。
しばし歓談タイムのようだが、まだ男性陣は難しい顔をして話し込んでいる。何か大きな発表があったのかな?
ふっと、静寂が訪れると、お揃いのタキシードを着た男性達が入ってきて、ステージに立ち、横並びになる。そこへ、王が王妃をエスコートして登場。
ざわざわざわざわ。
貴族達のざわめきが激しくなる。
王妃……あんたなんちゅう服を着てるんだ? 男性陣が見ていいのかどうか迷って目を逸らしてるじゃないか。
王妃の服装は、深紅のスレンダードレス。スリットも深く入り、チューブトップタイプで、背中も大きく開いている。そして、肌をそのまま露出するのではなく、防刃服みたいなあみあみ服を着ているのだ。スリットの間からチラリと見える脚も網タイツで艶かしい。
王様も、王の服装というより、王子様みたいな服。威厳を優先するより、若々しくて格好良さを出した服だ。そのお腹にはちょいと似合わん気がするが。
お揃いのタキシードを着た男性陣が中央をあけ、王と王妃がそこに立ち、お互いを見つめるように立ち方を変える。なんか結婚式みたいだ。
と、思って見ていると、王が跪いて、王妃の手を取ったことで音楽が流れ始めた。
「我が愛しのオルヒデーエ♪」
は?
いきなり歌い出す王。貴族達も何が始まったか分からない。
そして、むず痒くなるような愛の歌を歌ったあと、
「オールヒッ、オルヒオールヒッ、オールヒッ、オルヒオールヒー、オルヒきーれーいー♪」
お揃いのタキシードを着た男性陣はコーラス隊で、オルヒ綺麗と歌った。
これ、王がなんかやらかして、王妃に罰ゲームをやらされてんじゃなかろうか。王様、涙目になってる気がする。
コーラス隊が歌い終わって、ステージから去り、王が王妃をエスコートして席に付いたことで、社交会が始まる。
「誰も動こうとしないけど、いつもこんなの?」
「い、いえ。通常は王が軽く挨拶をして始まるのですが」
王は席に付いたあと、放心状態で口から煙を吐いている。
「始めてくださいな」
代わりに王妃が社交会を始めろと言ったことで皆が動き始めた。
「マーギンさん、うなぎはまだ焼かないんですか?」
「先に他の料理を食ってもらってからにするよ。みんながせっかく作ったものを食ってもらった方がいい」
そう、俺は臨時でここにいるだけ。日頃から料理人をしている人の料理をメインで食ってもらった方がいいのだ。
「あーっ、マーギンがこんなところにいるっ!」
ちっ、カタリーナにもう見つかってしまった。姫のくせに自分で料理を取りに来るなよ。
「騒がしいぞ。席に座って、使用人に料理を運んでもらえ」
「えーっ。自分で見て、食べたいもの取る方がいいじゃない」
ここでも自由なカタリーナ。
「で、お前のその服はなんだ?」
「へへーん。これは聖女服。どう? 似合う?」
やっぱり。まるでアニメで見るような聖女服だ。ローズも武骨さと無縁な薄い水色の鎧を身に着けている。シルバーで装飾を施してあるし、これもアニメで見るような女騎士って感じだ。
「ローズ、その鎧似合ってるね」
「どうして先にローズを褒めるのよっ!」
「聖女服は見慣れてるからな。ローズのは新鮮だ」
「もうっ! 私も褒めてよ」
ローズだけ褒めたので拗ねるカタリーナ。青とシルバーのキラキラした聖女服なら、鰯の聖女として珍しかったんだけどな。
料理人達は姫様にタメ口のマーギンに目を丸くする。他の貴族達もなんだあの料理人は? と、いう感じだ。
「ほら、邪魔だ。さっさと食いもん持って席に戻れ」
「マーギンは何をしてるの?」
「手伝いだ。手伝い。いいから話しかけんな。注目を浴びるだろうが」
「何を作るのか聞いてるのっ」
こいつは……
「まだ作らんから、他のもん食ってろ」
「あの布を掛けてあるのはなに?」
「あれもあとだ。いいから席に戻れ」
姫をあっち行けシッシッする料理人。
「貴様、先程から姫殿下に対して無礼ではないか。この料理人風情が。不敬罪で斬るぞ」
と、カタリーナの前で格好つけようとした若い貴族がマーギンに突っかかってきた。
ゴンっ。
「余計なことをしないで」
貴族の頭を殴るカタリーナ。こら、聖杖をそんな使い方すんな。
「なんだ、マーギン。料理人になったのか?」
ニヤニヤしながらこっちに来た大隊長。
「今日は貴族ごっこですか?」
と、嫌味を言い返す。
「やかましい。早く肉を焼いてくれ」
「俺は肉担当じゃないですよ」
「なら、その炭火は何を焼くためのものだ?」
「まだですから、先に他のものを食っててください」
カタリーナと大隊長がいるもんだから、オルターネンやホープ、サリドンまでこっちに来る。
「隊長、こんなに特務隊が抜けたらダメでしょうが」
「酒は飲んでない。参加は義務だから仕方がないだろうが」
騎士のときは護衛での参加だったらしく、飲み食いできるのは特務隊になってからのようだった。
「で、何を焼くんだ?」
顔見知りがワラワラ寄ってくるので、収拾がつかなくなってきた。
「もう解体ショーをやろうか。そっちは漬け丼の盛り付けを始めて。大隊長、隊長。手伝って」
カタリーナも自由だったが、マーギンも自由。大隊長とオルターネンに解体ショーを手伝わせる。
サリドンとホープがバッとマグロに掛けてあった布を外すと、おー、という歓声が上がる。こんな大きな魚を見たことがある人は少ないだろう。
「さぁさあ、お立ち会いお立ち会い。今からマグロの解体ショーが始まるよぉ!」
まるで王家の社交会とは思えない雰囲気になる会場。
「あら、マーギンさん。何をなさってるのかしら?」
あぁ、王妃まで来てしまった……
しかし、近くで見ると凄いな。胸が溢れそうだし、あみあみがとてもエッチだ。
マーギンが赤くなったのに気付いた王妃はご満悦。
「マーギンさん、この服どうかしら?」
「ハイ、トテモオ似合イデス」
「シシリーさんにデザインしてもらいましたの。ちょっと大胆だったかしら?」
あいつは何をやらかしてんだ?
「い、いえ。王妃様じゃないと着こなせない服かと思います。とてもお美しいです」
「まぁ、ありがとう」
王妃が十分満足したところで、解体ショーを始める。近くに寄っていた貴族も王妃が来たことにより、さっと後ろに下がったので、王妃が最前列。その横にはカタリーナだ。
「では参ります」
マーギンは妖刀バンパイアを抜いて、マグロに対して中段に構える。
「はあっ!」
バラン。
掛け声と共に一瞬で解体されたマグロ。バンパイアは構えただけ。解体したのは魔法だ。
「おぉ、なんだ……剣を振ったのがまったく見えなかった……」
何が起こったのかまったく分からない貴族達。
「はい、大隊長、隊長、半身ずつここに並べて」
次からは包丁で解体するふりをしながら、魔法で皮を剥ぎ、包丁でブロックに分けて、刺身にして大皿に盛り付けていく。熟成魔法も掛けたから、食べ頃だろう。
赤身、中トロ、大トロを王妃のところへ。
「王妃様、かなり脂のりがいいので、大トロは炙りましょうか?」
「その方がいいかしら?」
「じゃ、そのままと炙り両方にしときましょうか」
と、指先から出したバーナーの魔法で軽く炙って完成。
「他の方は、ご自身でお取りください」
全員に同じことをするのは面倒なので、大皿から離れて、元の場所へ。
そして、マグロが少なくなってきたので、うなぎを焼き始める。
「あー、うなぎだったんだ。私一番!」
カタリーナにあっち行けするのも面倒になったマーギンはモクモクと焼いていく。
「ほら、丼にしてやったから、席に持ってけ」
「端の方はどうするの? 捨てるの?」
しっぽ部分は切り落としたのを見ていたカタリーナ。
「これは賄いに使うんだ」
「それも食べる」
こいつ……
切り落としたうなぎを細く切り、う巻きにして、丼にのせてやる。
「ほら、早く席に戻れ」
渡された丼とローズに渡した丼を見比べるカタリーナ。
「どうしてローズの方が多いの?」
よく食うからだ、とは言えない。
「ローズは護衛だから他のものを食えないんだろ? だから大盛りにしておいたんだ」
「私も大盛りがいい」
「なら、それ食ったらお代わりしろ」
ここでようやくカタリーナは席に戻ったのだった。
うなぎをモクモクと焼き、完売。やはり、匂いにつられる人が続出したのだ。
食事が落ち着いたころ、王妃のテーブルには取り巻きがたくさん集まっていた。
「王妃様、いつにも増してお美しいです」
「ありがとう」
「お世辞ではなくて、本当にお美しいです。あの……肌の透明感が素晴らしいのは……」
「ふふふ、気になるのかしら?」
「は、はい」
みんな、王妃の肌が艷やかに白く輝いている秘訣を知りたくて集まっていたのだ。
「そうねぇ、まだ手に入らないかもしれませんけど、アンジュというお店が発売する化粧品を使いましたの」
「新しい化粧品ですかっ! アンジュなんて名前の店は初耳です」
「明日オープン予定ですからね」
ピンクのフクロウが看板のお店、アンジュ。
アンジュのオープン日を年明けにしたのはこのためであった。王妃の分を確保する代わりに、上位貴族に告知してもらうことをカタリーナ経由でシスコが頼んだのだ。
真珠パウダーをふんだんに配合した最高級品の値段は14日分で10万G。原価800Gのぼろ儲け化粧品はハンナリー商会の稼ぎ頭となるのは言うまでもないのであった。




