日常だな
「マーギン、こんな仕事受けてくるな」
ハルトランに怒られるマーギン。炊飯器30台を追加発注しにきたのだ。外装は型で作るので何とかなる。問題は釜だ。道具職人のハルトラン一人で、社交会までに追加で30個作るのはやっぱり無理か。可能ならぶつくさ言いながらも仕事を受けてくれるからな。
「グラマンの親父さんのところで内釜を鋳造してくるから仕上げを頼める?」
「ちっ、さっさと作ってこい」
急いでロッカの実家、グラマン工房へ。
「マーギン、随分と久しぶりだな」
「バタバタしててね。特急で作りたいものがあるんだよ」
と、王妃から特急で頼まれたことを説明する。
「なら、銅の合金で作るか。その方が見栄えもいいし、サビにも強い。安く押さえる必要ねぇだろ。お前、型を作れ」
ということで、土魔法で型を作っていく。魔法で作れば同じものがサクサク作れるから簡単だ。
協力して銅の合金を型に流し込んでいく。素早く慎重にやらないと不良品になるらしい。
「よし、明日型を外す。今日はここまでだな」
「ありがとうね。助かったよ」
「まぁ、お前が作った魔導炉のおかげだから構わん。それより今日このまま飯食ってけ」
「いいけどさ。なんか話でもあんの?」
「ロッカのことでちょっとな」
と、晩飯をごちそうになりながら、親父さんの話を聞く。
「そんなに悩んでんのか」
「あぁ。本当にどうにもならんのか?」
親父さんは落ち込んでいるロッカに何もしてやれないことが悔しいようだ。
「魔法は努力より才能がものを言うからね。ロッカに魔法の才能はない。だから俺にはどうもしてやれんよ」
「そうか。お前でも無理か……」
「まぁ、パーティで強くなるのは可能なんだけど、ロッカは個として強くなりたいって言ったからな」
「バネッサやシスコと組んでたときのようにか?」
「あれは連携による戦法だからちょっと違う。パーティというより、ロッカに足りないものを補えるやつと組めばいいんだよ」
「足りないもの?」
「あぁ。ロッカは魔力も器用さも足りないからな。少ない魔力を効率的に使うのも無理だから、魔力が多くて才能があるやつと組む必要があるんだよ」
「そんなやつがいるのか?」
「例えば俺だな」
「お前、自分でよく言うな。それならロッカと組んでやってくれよ」
「俺は他にやることがあるから無理だ。一応あてはあるけど、そいつは経験が圧倒的に足りないんだよね」
「経験が足りないやつか……」
「この冬で鍛えておくけど、ロッカの力がキープできてる歳まで、ものになるかどうかは分からん」
「そうだな。女の方が成長が早い分、ピークも早くに来るか……ロッカもああ見えて女だからな」
「そう。あいつはちゃんと乙女だ。そのうち結婚するとか言い出すかもしれんから、心構えをしておいた方がいいぞ」
「なにっ、どこのどいつだっ!」
「かもしれないってことだよ。娘の父親は大変だな」
「お前にならくれてやるわ」
「いや、いらん」
と、答えたらぶん殴られたのであった。
翌日、できた内釜をハルトランに預ける。一応、シスコにも伝えておこう。献上品ではなく、販売品だからな。
「なに?」
「そんな顔すんなよ。シワコって呼ぶぞ」
マーギンを見るなり眉間にシワを寄せるシスコに炊飯器のことを伝えておく。
「いくらで売ればいいのかしら?」
「どうしようね。内釜に銅の合金を使ったから、5万Gとかでいいんじゃない? 回路は俺が組んでやるから」
「あなたが仕事として請け負ったときの適正価格はいくら?」
「それなら10万Gぐらいになるな」
「なら10万Gね。追加発注がきたときにマーギンがいなかったら、回路師にタダで組ませることになるでしょ」
それは正論だ。
「で、あなたは手伝ってくれるのかしら?」
「回路は組んでやると言ったろ?」
「そんなの当たり前でしょ。カニよ、カニのお店。カニドゥラックのオープニングを手伝って」
「それ、他の人は招待するって言ってたじゃないか」
「そうよ。マーギンは招待客じゃないもの」
酷ぇ……
ピンクフクロウが看板のお店、アンジュのオープンは年が明けてからにしたらしい。カニドゥラックは年末に向けてオープンなのだ。
「なにをやらせるつもりだ?」
「厨房よ。それともお客様の殻剥き役やる?」
なぜ俺が客の殻を剥いてまわらにゃならんのだ。
「メニューを見せてみろ」
シスコにメニューを見せてもらうと、焼きガニと茹でカニ。それに鍋だ。
「お通しみたいなものは作らないのか?」
「いる?」
「そこそこの金を払わせるんだ。一品ものも必要だろうが。あとデザートとかも」
「分かったわ。今夜食べさせてちょうだい。料理人も同席させるわ」
嘘だろ……
「お前なぁ……」
「甘えさせてっ!」
ったく、しょうがないやつだ。こうしてちゃんと言ってきたから引き受けてやるしかない。
「ちゃんと言えるようになったな」
と頭を撫でる。
「撫でないでよ」
と、いいつつ避けないシスコ。それを見ていたスタッフも微笑んでいた。
試食を兼ねて料理人にカニ酢、カニみそ、茶わん蒸し、天ぷら、刺し身、甲羅酒、柑橘系のシャーベットを教えていく。
そして、オープン前日に招待客を招いて予行演習。招待客は特務隊メンバー、リッカの食堂の大将達、バアム家、エドモンド。
「あれ、マーギンは来てないの?」
カタリーナはマーギンを探す。
「来てるわよ。但し料理人としてね」
「なら俺も手伝ってくる」
「タジキはいいの。お客様として味わうのも勉強よ」
と、手伝うのはマーギンだけだった。ハンナリーとシスコが挨拶をしてスタート。そして、料理の評判は上々なのであった。
「ボルティア殿、王家の社交会で出される料理が庶民街で食べられるようになるとは驚きですな」
「マーギンくんが関係してますからな。カニの仕掛けも全部彼の力でしょう」
「マーギンくんのことをよくご存知なのですね」
「えぇ、タイベも彼のおかげでこれからぐんっと伸びていきますよ」
と、エドモンドは誇らしげにバアム家当主に答えたのであった。
「たっだいまーっ!」
大晦日にアイリスとカザフ達が家に戻ってきた。
「おう、鍋の用意できてるぞ」
「何鍋ですか?」
「フグだ」
「わー、嬉しいです。でもプクですよ」
もうどっちでもいいわ。
「なんだよ、毒魚鍋かよ」
バネッサも付いて来た。
「嫌なら家で食え」
「そんなことを言うなよ」
と、後ろから抱きついてくるバネッサ。
「酒臭っ! お前もう飲んできたのか?」
「ロッカとシスコと家で飲んできた。ロッカが絡み酒でよぉ、こっちも飲まねえと、やってられねぇってんだ。なぁ、なんか違うもんも作ってくれよ」
「分かった、分かったから、離れろ」
「別にいいじゃねぇかよ。おまえ、うちをいつもおんぶしたがるじゃねぇかよ」
ダメだ、酔って甘えん坊モード全開だ。
バネッサの手をペッペッと振り払い、鶏つくねを作っていく。その隙にソファで寝やがった。なんてやつだ。
「マーギン、来たよー!」
今度はカタリーナがローズとともにやって来た。
「飯食っていってもいいけど、ちゃんと帰れよ」
「泊まるって言ってきた」
こいつ……
「ローズも泊まるよ?」
と、殺し文句を言うカタリーナ。しかし、どこで寝るつもりだ? 俺のベッドはアイリスが使うだろうし、カザフ達も自分達のベッドで3人ギリギリだな。カタリーナとローズは床にマットを敷いてやるしかない。で、俺は?
あー、もうっ。寝るスペースもなく年越しせねばならんのか俺は。
食べる場所もこことリビングに分けないと無理だな。
フグのコース料理として、皮の湯引きとテッサから始まり、焼き、唐揚げを食べてから鍋開始。カタリーナとローズはフグが何か知らないのでパクパク食べている。
「バネッサ、食わないのか?」
「もうできてんのかよ」
「食い終わるとこだぞ。お前用に鶏つくねを入れてあるぞ」
「あーん」
まだ酔ってんのか。
「カザフ、口に入れてやれ」
と、言ったら冷まさずに入れやがった。
「あっちいぃぃっ」
ブッ。べちっ。
そのまま吐き出すバネッサ。
「あっちいぃぃっ!!」
それを顔面に食らうカザフ。そしていつもの喧嘩が始まる。なんか日常が戻って来た感じだ。
「マーギン、口の中の皮が剥けて痛ぇ」
と、バネッサが口を開けるので、指を突っ込んで治癒魔法を掛けておく。
「あー、酒が抜けてきたぜ。マーギンはなに飲んでんだよ?」
「ヒレ酒だ。飲んでみるか?」
と、一口飲ませると、意外と気に入った様子。そういや、出汁系の味も好きだったなこいつ。
「マーギン、私にもちょうだい」
「これ酔うぞ」
「帰らなくていいから大丈夫」
で、飲むとゴホゴホと咳き込むカタリーナ。
「喉が痛い」
と、口を開ける。
「お前は自分で治せるだろうが。それに火傷なんかしてないぞ」
「バネッサだけずるいじゃない」
「ずるいとかそんな問題じゃないだろうが」
そして、自分が飲めなかったヒレ酒をローズに渡して、ミードを魔木の実シロップとソーダ割にして飲み始めた。
シメは少しだけソバを食べてから雑炊だ。フグ雑炊はたまらんね。
「ほら、お前ら寝る前に風呂に入ってこい」
「マーギンも一緒に入ろうぜ」
「お前らデカくなってんだから、狭いだろうが」
「別に狭くてもいいじゃんかよ」
と、言うのでカザフ達と久しぶりに風呂に入った。随分と身体に筋肉が付いている。筋トレで付いたものではないので、スッキリとした筋肉だ。
「明日、餅つきやるんだよな?」
「特務隊のみんなとやってもいいと思うんだけどな」
「なら、明日もやって、特務隊の訓練所でもやろうぜ」
「そうするか」
風呂から出たら、カザフ達はおねむだ。訓練の疲れも出てるのだろう。
「ほら、バネッサも入ってこい」
「面倒臭ぇ」
「酒臭いから入ってこい」
「嗅ぐなっ」
スンスンと匂いを嗅ぐ真似をしたら、怒って入りにいった。どうせすぐに出てくるだろう。
「アイリスは……」
もう寝てやがる。やっぱり疲れてんだな。
洗浄魔法を掛けて抱き上げ、ベッドに寝かせにいく。
すると、案の定、バネッサがベチャベチャのまま出てきやがった。
「ローズ、カタリーナと一緒に入ってくる?」
「うん、ローズ。一緒に入ろ」
ローズは一人で入りたかったようだが、カタリーナに連れて行かれた。
「ほら、バネッサ。そこに座れ」
「別にほっときゃ乾くだろ」
「お前は本当に変わらんな」
マーギンはバスタオルで頭をクシャクシャと拭いたあと、魔法で乾かしていく。バネッサはいつも毛が跳ねてたりするが、柔らかい猫っ毛だ。触り心地はいい。
「ほら、乾いたぞ」
「へへ、なんか頭が軽くなったわ」
カタリーナとローズはちゃんと乾かしてから出てきた。
「さ、飲みたいなら好きに飲んでてくれ」
「マーギンは飲まないの?」
「まだ明日の仕込みが残ってるんだよ。こっちは気にせずに飲んでろ。眠たくなったらマットでローズと寝ろ」
雑煮用のスープ、ローストビーフ、ローストポーク、ミートボール、カズノコ、茶わん蒸しの具、餅米は水に漬けてある。
「向こうで飲んでろって、言ったろ」
バネッサが飲みながら料理を作っているのを見ている。
「お前、いつもなんか作ってんな」
「お前らが食うからだろうが」
「手伝ってやんよ」
「もう終わりだからいいぞ」
「それはなんだ?」
「栗の甘露煮だ。お前ら甘いの好きだろ」
「先に一口くれよ」
しょうがないので一つ口に入れてやる。
「おっ、旨ぇ」
「だろ。これは明日の分だからな。もうやらんぞ」
と、言ってると、カタリーナもやってきて口を開けるので、一つ放り込む。
「ローズも食べる?」
「えっ? あ、うん」
と、同じように口を開けたので入れておいた。多分ヒレ酒で酔ってるのだろう。口調もおうちモードだ。
こうして、マーギンは甘えん坊達の面倒を見て年越しをしたのであった。
これで400話です。
次回から、ゴルドバーン編へと移ります。
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