王妃の逃避行完結
マーギン達が神殿から出てきたのは昼過ぎ。王妃やシシリー達はどこに行っていたのか聞くことはない。ミャウタン邸の昼飯の時間も過ぎているようだ。
「マーギン、何かガツンとした飯を食いたいぞ」
腹が減った大隊長からのリクエスト。
「ガツンとした飯ねぇ。辛いのとか?」
「そうだな。前に芋の辛いやつを作ってくれただろ。あんな感じだ」
麻婆芋のことか。ガツンとした飯ならニンニクも入れて、芋の代わりに肉を……いや、鶏の肝がたくさんあるからそれを使うか。
マーギンはご飯を炊いて麻婆肝を作っていく。ネギを大量に刻んでのせて、丼にしておいた。これならかき込んで食べられるだろう。
ロドリゲスも含めて3人で麻婆肝丼をかき込む。
「旨いなこれ。芋よりずっといいぞ」
「だね。想像していたより旨いわ」
「マーギン、これ王都のどこかの飯屋に教えろ。そうすれば食いにいける」
ロドリゲスも旨かったようで、どこかの店に作らせろと言ってくる。
「マーギン、一口ちょうだい」
と、シシリーが口をあけてくるので、スプーンで食べさせてやる。
「なるほど。パンチのある味ね。王都だと鶏の肝は頼んでおかないと手に入らないんじゃない?」
「そうだな。タイベだと普通に売ってるけどな」
「タイベの名物にしようかしら?」
スパイス類もタイベの方が安いし、庶民の味として根付くかもしれない。
「まぁ、任せるけど、この料理は元々、火の神プレを祀る集落で教えてもらったものをアレンジしたものだ。これを商売としてタイベで広めるなら、なんかお礼をしてやれよ」
「分かったわ」
「マーギンさん、夜に同じ料理を作っていただけないかしら?」
「王妃様も食べるんですか? 鶏の肝を使ってますけど、食べれます?」
「えぇ、何事もチャレンジですわ」
夜にも作ることになり、辛さ控えめのものを作る。大隊長とロドリゲスもまた同じ飯をリクエストし、キン、ギンには味付けなし。ハナコは野菜類だ。
翌日からロドリゲスと大隊長を連れて、タイベの魔物討伐。猿型の魔物にやや苦戦したり、ラプトゥルを倒したりして過ごした。
「マーギン、次はいつくるの?」
「春にまた来れるかもな。この先の予定がよく分かんないんだよ」
「えーっ」
ポニーが次にいつ来るか聞いてくる。が、本当にこの先どうなるか分からない。ゴルドバーンでのチューマン調査次第では討伐の日々が続くかもしれないのだ。
「付いて行こうかな……」
「来るなら春になってからにしろ。この時期から来ても何もできんし、俺もいない」
「どこかに行くの?」
「チューマン討伐だ。違う国に行くんだよ」
「そうなんだ。ちゃんとまた来てね」
「あぁ、また来るよ」
と、ポニーを抱き上げてよしよししておいた。
王妃はシシリーと随分と仲良くなったようで、帰り道にずっと何かを話していた。
数日掛けてナムの集落に到着。ゴイル達とも別れて、領都へと戻った夜にエドモンドと大隊長が王妃の泊まる部屋に呼ばれていた。
「エドモンド・ボルティア、あなたに話があります」
「な、なんでございましょうか」
「あなたは王家に忠誠を誓えますか?」
「も、もちろんでございます!」
「スターム・ケルニー、あなたが証人になりなさい」
「はっ」
王妃はあえて二人をフルネームで呼んだ。
「エドモンド、マーギンさんは普通の人ではありません。特別な力を持たれているのはお分かりですね?」
改めて忠誠を誓ったエドモンドを家名ではなく、ファーストネームで呼ぶ。
「はい。我が娘を救って頂いただけではなく、タイベにも多大なる貢献をしていただいております」
「そう。それはタイベのことだけではありません。我が国全体に及ぶことなのです。先住民達からは使徒様と呼ばれ、神のように崇められています。マーギンさんは救国の勇者となられる方なのです」
「私も驚きました。特に先住民の中でもミャウ族とワー族は、王国民どころか、同じ先住民とも交流を持たなかったのが、まるでそのような感じではありませんでした」
「そうですね。タイベの先住民と呼ばれる人々はマーギンさんを中心にまとまって、一つの国のようになっていくでしょう。エドモンドはそれを支援しなさい。そして、王国民が先住民達に害を及ぼさないようにするのです。王家もできる限りのバックアップを致します」
「ありがとうございます」
「ではよろしく頼みましたわよ」
こうして、エドモンドはガッツリと王家と繋がりを持つ貴族となっていくのであった。
「お帰りなさいませ」
ライオネルに着くと領主が出迎えた。
「お迎えありがとう。お世話になったわね」
「いえ、このアスカー・ライオネル、当然のことをさせていただいたまでです」
領主邸で一泊してから王都に戻ることになるようだ。
「大隊長、俺は地引き網漁師のところに行ってくる」
「なんかあるのか?」
「フグ……毒魚と呼ばれる魚をもらいにいってくるよ。多分貯めておいてくれてると思うから。で、明日王都に戻るときにトナーレに寄るつもり。早く戻らないとダメなら、そこでお別れになるかな」
「トナーレには何をしにいく?」
「ソーセージを買いに行くんだよ。大隊長も好きだろ? ゴルドバーンに行く前に大量に作っておいてもらおうと思って」
「あのソーセージか。どれぐらい作れる?」
「どうだろうね? 一人で作ってるから、そんなにたくさん作れるとは思わないけど」
「個人店か。それだと数は作れんな」
「そう。魔道具を作ろうかと言ったんだけどね。手作業じゃないとあの味が出せないみたいなんだよ」
「他のソーセージも作ってるか?」
「朝食に食べる特別なやつも絶品だね。売り物じゃないけど」
「そんなのがあるのか?」
「まぁね。事前に頼んでおかないとダメだから、今回は多分無理だよ」
と、伝えると残念そうな顔をした。
地引き網漁師のところにはロドリゲスも付いて来た。領主邸にいるのはしんどいらしい。
「おーい、やってるかぁー?」
どっせーい、どっせーいと網を引いているところに行く。
「ようやく来やがったか。毒魚持ってけ」
頭が今年もフグを生簀に貯めておいてくれた。
「めっちゃいるね」
「毎日捕れるからな」
マーギンは生簀からフグを出して、魔法でサクサクと解体していく。白子も大量だ。
「マーギン、皮とヒレなんかも食うのか?」
ロドリゲスはマーギンが解体しているところをずっと見ている。
「皮は皮で旨いんだよ。ヒレは酒に入れるためのもんだな。フグを食うならごちそうしてやるけど」
「死なねぇよな?」
「ここを食ったら死ぬ。それ以外は無毒だ。解体するときにこれを傷つけたりすると、身にも毒が付いたりする。魔法で解体したらその心配もないよ」
「お前がそう言うんなら大丈夫か。毒も集めてるけどどうすんだ?」
「置いといても無毒化しないみたいだからね。放置するのも良くないかと思ってさ」
マーギンはフグの毒を捨てずに貯めていた。船で外洋に出たときに捨てるつもりでいるのだが、いつも忘れるのだ。
大量のフグの解体も終わり、ヒレは魔法で乾かしてからアイテムボックスへ。
「領主邸に泊まるのか?」
「どうしようね?」
「どうも気疲れすんだよ。どこか宿で泊まろうぜ」
と、ロドリゲスが言うので頭の家に泊めてもらうことにした。
晩御飯は海鮮尽くし。タイベでも海鮮中心だったが、ここの魚とまた違うのだ。
「頭もフグを食う?」
「ワシを殺す気か」
「どうせ、もうすぐ死ぬじゃん」
年寄りに言ってはならない冗談を言うマーギン。
「誰がもうすぐ死ぬんじゃーーっ!」
「ほら、フグを食って死ぬ前に頭の血管が切れて死ぬぞ」
ロドリゲスはマーギンのデリカシーのない言葉に呆れていた。
今日捌いたフグに熟成魔法を掛け、超薄切りにしていく。それと鍋、焼き、空揚げだ。
「はい、食べたければ食べて。皮の湯引きを大根おろしとポン酢で和えたもの」
「おっ、なんだこりゃ。旨ぇじゃねーかよ」
「だろ? 次はテッサだな。たくさんあるから、ガーッとまとめて食ってくれていいぞ」
酒はヒレ酒。これは頭も飲むらしい。
「けっ、旨いじゃねーか」
「だから、こいつは旨いんだって。頭も皮の湯引きとか食ってみろよ。ロドリゲスもなんともないだろ?」
ロドリゲスがパクパクと旨そうに食ってるのを見て、恐る恐る食う頭。
「なんだこりゃ。こんな魚初めて食うぞ」
「次は焼いたやつね。これは白子。熱いから気を付けて食ってくれ。塩焼きと醤油炙りだ」
「とろとろで旨ぇな。魚の内臓でも旨いもんなんだな」
この部位は何か黙っておこう。
昆布出汁に白菜とフグを骨ごと投入して、煮えるのを待つ間に空揚げを食う。
「マーギン、こいつはこんなに旨い魚だったのか」
「タイベでは高級魚だからね。マーロック達に買い上げてもらって、タイベで売ってもらったら? こいつをさばける職人がライオネルにはいないだろ?」
「そうか、あいつらに頼めばいいのか」
「そう。あいつらの中にはフグをさばけるやつもいるから、食うならさばいてもらいなよ」
頭も初めて食べるフグを気に入ってしまったようで、てっちりも、シメの雑炊もきっちり食べていた。
「マーギン、お前、王都でフグ屋やれよ」
ヒレ酒に何度もつぎ酒をして飲むロドリゲス。タイベからこちらに戻ると寒さが身に沁みるのだ。
「やだよ。自分が楽しめたらそれでいいからな」
「珍しくて旨いものはお前がいないと食えねぇだろうが。そんなもん教えるな」
「なら、今度からロドには何も食わさないでおくわ」
そう言うと、せっかくタイベまで付きあってやったのによ、と嫌味を言われた。この借りはちゃんと返さないとな。
そして、ライオネルを出発したときに、ロドリゲスがフグの話をしたもんだから、王都に戻りしだい、王妃の部屋でフグ料理を作るハメになってしまったのは言うまでもない。
◆◆◆
「お父様、ちゃんと考えたの?」
「む、無論じゃ」
カタリーナは、王妃がなかなか帰ってこないとに業を煮やし、王に何をしたのか追及していた。その結果、水着の一件が王妃の機嫌を損ねたことを王に教えたのだ。そして、戻ってきたら、機嫌を直してもらう方法を王に考えさせていた。
「言っとくけど、宝石とか服とかで機嫌は直らないからね」
カタリーナにそう言われてギクリとする王。
「わ、分かっておる。それよりカタリーナはちゃんと寝ておるのか?」
「私のことはいいのっ。お父様がちゃんとしないとマーギンにお母様を取られちゃうからねっ」
「と、取られるとかそんなわけがあるまい。マーギンから見たらオルヒはオバサンではないか」
「そういうとこよ、お父様っ! お母様の前でそれを言ったら、一生口をきいてくれなくなるからね」
カタリーナはマーギンを母親に取られるかもしれないと、必死に王に指導をするのであった。