慌てるエドモンド
「おぉ、マーギン君。タイベに来てたのかね」
領主邸にエドモンドがいたので、王妃が来ていることを伝え、用件を話そうとすると……
「すぐに馬車を用意しろっ!」
慌てふためくエドモンドはマーギンの説明を聞く前に走り出し、馬車を港へと飛ばした。
「こんなに飛ばしたら馬が可哀想ですって」
「マーギン君、舌を噛むから喋ってはいけない」
ガガゴンッ、ズガガガガガと、馬車が聞いたことのない音を出しながらすっ飛んでいく。マーギンもエドモンドもキャビン内でポップコーンのように跳ねていた。
「あんまり無茶しないで下さいよ。馬車も馬も使い物にならなくなりますよ」
「そんなことはどうでもいいのだ。早くっ、早く王妃様の元へぇぇぇ」
領主自ら船に駆け込み、王妃が待機している部屋に急いだ。
「ゼーッハーッゼーッハーッ。エ、エドモンド・ボルティア、只今参上いたしました」
肩で息をしながら扉の前でそう叫んで、膝をついて頭を下げる。
「ボルティア殿、どうぞ中へ」
扉を開けて中へ招き入れた大隊長。
「な、何か、何か私めが粗相を犯したのでしょうか」
「エドモンド、頭を上げなさい。この度は私用で参りましたの。公務ではありませんわ。突然申し訳ありませんわね」
「え?」
と、後ろにいるマーギンの顔を見るエドモンド。
「説明を聞かずに飛び出すからですよ。王妃様は遊びに来ただけです」
と、マーギンに説明されると、へたへたと腰を抜かしてその場にへたりこんだのだった。
今夜は領主邸で一泊し、翌日から視察という名の観光をすることを伝え、領主邸に向かう。馬車は4人乗り。ロドリゲスは御者台に乗り、マーギンは王妃の横だ。
ギコンギコンギコン。
馬車はどこかがイカれたのか、嫌な音を立てながら領主邸へと移動。
「狭い屋敷ではありますが、ご自由にお使い下さいませ」
「ありがとう。では湯浴みをさせていただけるかしら」
「はい、かしこまりました」
領主邸の執事やメイドも緊張しっぱなしだ。
「マーギンさん、手伝ってくださる?」
「何をですか?」
「お風呂に入りますので、着替えなどを」
「えっ?」
と、赤くなるマーギン。それを見た王妃はご満悦。
「冗談ですわよ。一人でできますわ」
そう、コロコロと笑いながらボルティア家のメイドを何人か連れて風呂にいった。
「マーギン、お前、王妃様に何したんだ?」
ロドリゲスがこれまでの王妃がマーギンに対する態度を見て、マーギンに聞いてくる。さも、口説いたのか? とでも言いたげだ。
「カタリーナの件があるから、会う機会が多かっただけだ」
「いや、王妃様はマーギンにだけ笑顔を向けられる。あまり宜しくないのではないか?」
「大隊長、余計なことを言ってないで、護衛に付かなくていいのかよ?」
「風呂にまで付いては行けん」
「誰が風呂場に入れって言ったんだよ。扉前とかを守るもんじゃないのか?」
「貴族邸には婦人専用の護衛がいるのだ。そういう訓練を受けているメイドがいる。ライオネル邸でもそうだったろ」
「ここ、領主夫人いないんだけど?」
「え?」
「ケルニー伯爵、我が妻は王都におり、タイベにはきませんので、護衛訓練を受けたメイドはおりません……」
「それを先に言えっ!」
大隊長が走って王妃を追い掛けたので、覗いたらダメですよーっ! と大きな声で叫んでおいた。
「マーギン君、王妃様が来られるのなら、事前に知らせてもらえると助かる。心臓が止まるかと思ったではないか」
「俺も王都を出るときに知ったんですよ。多分、突然行くことを決められたんじゃないですかね?」
エドモンドよ、なぜ俺が王族の予定を把握していると思うのだ?
「タイベに来られた目的が何か知っているのかね?」
「いや、まったく。単に遊びたかっただけじゃないですかね?」
「王族がそのようなことで動くか。もしそうだとしても、侍女なしに護衛も一人だけなどあり得ぬのだ」
俺もそう思う。
「だから、まったく知らないんですって。俺はロドリゲスと二人で来るつもりだったんですから」
「ロドリゲス君はハンター組合の組合長だったな」
「はい。今回はチューマン及びタイベ特有の魔物の調査に参りました。王都近辺の魔物の動きが活発化していますので、タイベの魔物が王都近くにも出るかもしれませんので」
と、ロドリゲスはもっともらしい説明をして、ラーの神殿のことを濁した。
「そうか。この前の冬も北の領地が大変だったみたいだからな。ライオネルも海の魔物が活発化しているらしい。タイベはマーギン君が対策を練ってくれたのが功を奏して、大きな被害が出ていないのはありがたい話だ」
「王都もライオネルもそうですね。マーギンのおかげで助かってますよ」
そんな話をしていると王妃が風呂から出てきた。かっちりしたお化粧ではなく、ナチュラルメイク。髪の毛は乾ききっていない。
「ドライヤーを持ってくるべきでしたわ」
「乾かしましょうか?」
「宜しいですの?」
「ええ。魔法で乾かせますので」
と、ここでやろうとすると、メイドから化粧室でお願いしますと言われ案内される。どうやらやそういうことは男の人の前でやってはいけないらしい。なら俺は? と思う。
メイドさんが櫛で髪を梳いてくれるので、温風を当てるだけだ。
「マーギンさん、このようなことをカタリーナにもなさってるのかしら?」
「いえ、同行中は洗浄魔法を掛けることが多いですよ。バネッサやアイリスがうちで風呂に入ったときは髪の毛がベチャベチャのままで出てきますので、乾かしたりしますが」
「そうですか」
王妃の髪の毛が乾いたので、みんなのところに戻り早めの夕食に。
「このようなもので申し訳ありません」
「突然参ったのですから、お気になさらずに」
庶民からしたら十分豪華な食事ではあるが、普通の貴族飯。王妃は食べ慣れぬ庶民飯の方が楽しめたのか、ボルティア邸の食事を褒めることはなかった。
(領主様、ラウンジにご案内してはいかがですか?)
(王妃様をお招きするような場所ではないのでは?)
(自分はあのラウンジ好きですけどね。もし、お気に召さないようなら、自分が何かアレンジしますよ)
(う、うむ。では……)
「王妃様、もしよろしければ少しお飲みになられますか」
「そうね、いただこうかしら」
と、答えたのでラウンジへ。
おつまみはマーギンがミックスナッツとレーズンバターをリクエスト。
「お飲み物はなにが宜しいでしょうか?」
「そうね、私に似合うお酒をいただこうかしら」
王妃からの難問をエドモンドがクリアできるとは思わない。
「王妃様、南国らしいお酒で宜しいですか? いくつか作りますよ」
と、マーギンがその役を買ってでる。
酒が並んでいる棚から、透明な蒸留酒を選び、酸味の強い柑橘の汁とシロップを入れてからクラッシュ氷と炭酸で割る。
「まずはこれをどうぞ。薄めにしてあります」
「あら、スッキリして美味しいですわ」
「南国だとこういうのが美味しいですよね」
次はサモワンをジュースにして割ったり、赤ワインベースのサングリアを作ったりして王妃に振る舞った。王妃はご機嫌で飲み、酔いが回ったようで先に寝てもらうことに。
「マーギン君、助かったよ」
「領主様はとても緊張されていたようですし、自分は王妃様の好みもある程度把握してますので」
「お前、王妃様の扱い上手ぇな。なにをやったら、身内みたいな関係になれるんだ?」
「身内とか言うなよロド」
フラグになるようなことを言うな。
ここに残ったのは領主とロドリゲスとマーギンの3人。大隊長は王妃が眠る部屋の前で護衛をするらしく、王妃と共に出ていったのだ。
「ケルニー伯爵は寝ずの番をするのかね?」
「王妃様もそこまで求めてないと思うんですけどね、大隊長はマジメだからなぁ」
一人で24時間、護衛するなんて無理なのにどうするつもりなんだろ?
護衛を変わる気がないマーギン。船の中では交代していたけど、いい加減疲れてきたのだ。
「あとで様子を見てきますよ。領主様は明日も仕事でしょ? 気にせず寝てください」
領主が護衛に付いても邪魔だしな。
マーギンはロドリゲスが手を伸ばしかけた最後のレーズンバターをひょいとつまんで蒸留酒で流しこみ、大隊長の元へと向かう。
「大隊長、一晩中そうしているつもりですか?」
「そう思うなら交代しろ」
「嫌です」
そう答えるとギリリと歯ぎしりをする。
「今、部屋に入ったらまずいですかね?」
「もう、お休みになられているぞ」
「そうですよねぇ。王妃様をプロテクションで包んでおけば大隊長も寝れると思ったんですけど、やめておきますね」
「待て、起きておられるか確認をする」
と、大隊長は言って、ドアをノックするが返事はない。
シーン。
「やっぱり寝てますね」
「そのようだな」
「じゃ、少し扉を開けて、ここからプロテクションを掛けますよ」
大隊長もそれを止めようとしなかったので、コソッと扉を開ける。
「何か?」
「うぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁっ!」
扉を開けると王妃が立っていた。マーギンが驚いて声を上げたことに驚いた王妃が悲鳴をあげる。
「何事ですかっ!」
どやどやと執事やメイド、そして領主まで呼ばれて来てしまった。
「ご、ごめんなさい。騒ぎになってしまって」
「こちらこそ、いい歳をして、大きな声を出してしまいましたわ」
引きずる王妃。
マーギンは大隊長が一人で護衛をするのは無理だと思ったことが原因だと答えた。
「カタリーナのときはどうしてましたの? ローズと交代で護衛されてたのかしら?」
「いや、プロテクションという魔法で包んで寝てました。俺のプロテクションを破壊できる人間はいませんので」
「そうですか。では、そちらをお願いすることは可能でしょうか」
「はい。そのつもりでしたので」
「あと、隣の部屋で寝てくださらないかしら。マーギンさんが隣の部屋にいてくださると安心ですし」
「分かりました」
ということで、大隊長とマーギンが両側の部屋で寝ることになったのだった。
隣のベッドで寝ろと言われなくて良かった。




