仕返し
領主邸に泊めてもらった翌早朝、セリを見学しに行く。
「よぉ、マーギン。セリに参加するのか?」
「いや、見学だ」
と、答えたマーギンの横に見慣れぬ貴夫人と領主。
「これはこれは領主様。ようこそセリ市に」
みんなが頭を下げる。
「邪魔をする。私達のことは構わないでいいので、仕事を続けてくれたまえ」
ライオネルは領民に対しても威圧的ではない。そのことも王妃への印象アップにつながるだろう。
「マーギンさん、セリ市には大きな魚はないのですね」
「えぇ、大物は定額でハンナリー商会が買い上げることになっていますので、セリにはでません。ここに魚を持ってくるのはハンナリー商会と契約というか、独自の組合みたいなものに入っている漁師達だけなのですよ」
「漁師をガッチリと押さえてらっしゃるのね」
「元々は北の漁師達が捕ってくるカニとか魚卵とか、ライオネルや王都では売りにくいものを買い上げるつもりだったんですけどね。ライオネルの漁師達から大物は切り身にしないと値を叩かれるので、同じようにして欲しいと希望があり、それが広がったんですよ。その分、魚を冷やす氷とか提供してますけどね」
「なるほど。漁師達の生活の安定化に貢献したわけですね」
「そんなたいそうなもんじゃありませんよ」
と、マーギンは笑って返事をした。
セリでどんどん魚がさばかれていくが、残る魚も出てくる。
「残ったものは廃棄ですか?」
「いえ、これは隣接する食堂で使用します。なので、安価に料理が提供できるのですよ。昨日の飯屋と同じ仕組みですね」
ここの仕組みを説明していると、
「マーギン、カツオ持ってけよ。脂のりのいいやつを取っといてやったぜ」
と、獣人の漁師達が丸々と太ったカツオを持ってきた。
「おっ、いいねぇ。今からみんなで食うか?」
「おぉ、待ってました……って、領主様?」
「そうだ。一緒に食うことになるけど、いいよな?」
「お、俺達は構わねぇけど、領主様とそっちも貴族のご夫人だろ? 俺達と飯食うなんて嫌なんじゃ……」
獣人の漁師達はまごまごする。
「別に嫌だなんて思いませんわよ。ご一緒してよろしくて?」
「はっ、はい。喜んでっ!」
漁師達の食堂へ行き、カツオをみんなで捌いてもらう間にご飯を炊いておく。
「切り身をくれ」
「はいよ」
漁師から受け取ったカツオの切り身を即漬けとタタキにしていく。しかし、本当に脂のりがいいな。腹身は刺し身にするか。
「お前ら、もう今日は上がりなんだよな?」
「おう」
「なら飲むか」
「いいねぇ」
朝っぱらから、カツオざんまいと焼酎で酒盛りになる。
「かーっ。やっぱ、マーギンが作ると旨ぇわ」
「本当に美味しいですわね。カツオがこんなに美味しい魚だとは知りませんでしたわ」
「確かに。カツオがこんなに旨いと思ったことは初めてです」
王妃も領主も新鮮なカツオ料理に驚いている。
「あれ? 大隊長は飲まないの?」
「俺は護衛だから飲むわけにはいかんのだ」
みんなが旨そうに酒を飲むのを金剛力士像みたいな顔で見る大隊長。本当は飲みたいんだな。
「このあと、船に乗るだけだからいいじゃん」
「ダメだ」
と、頑なに断るので、大隊長のことは気にせず、漁師達と漁の様子や海の魔物は大丈夫なのかとワイワイと話しながら飲んだ。
「マーギン、その米を炊く魔道具は売ってるのか?」
「どうだったかな? 必要なら作ってもらっておくけど、鍋でも炊けるぞ」
「鍋だとよく失敗するんだ。食堂用にデカいのとか作れねぇかな?」
「作れるには作れるけど、俺の使ってるやつの倍ぐらいまでが上手く炊けるんだよ。それを何台か買った方がいいぞ」
「そうかぁ。しかし値段がなぁ」
「うーん、炊くだけの機能にしたら安く作れるとは思うけどな」
「いくらぐらいだ?」
「他の職人に作ってもらうからなんとも言えないけど、2〜3万Gぐらいで大丈夫じゃないかな?」
「魔道具なのにそんなに安いのか?」
「炊くだけなら魔導回路も簡単なんだよ。これはほとんどが釜と外側の値段だ」
「なら、5台くらい頼めるか?」
「俺は今からタイベに行くんだよ。戻ってくるのは年内ギリギリになるかもしれん。そのあとでもいいか?」
「分かった。それまでにみんなから金集めておくわ」
「マーギン殿、本当にそれぐらいの値段で可能なのですか?」
と、ライオネルが聞いてくる。
「多分。セリ市横の食堂も必要かもしれませんので、戻ったら職人に頼んでみます」
「ここの食堂は漁師達が運営しているのかね?」
「漁師というより、船乗り達の共同ですかね」
「ふむ、ではそのご飯を炊く魔道具は私が寄付させてもらおう。港はライオネルの生命線だ。船乗りのみんなが元気に頑張ってくれるなら、領にとっても好ましい」
「領主様、いいんですかい?」
まさか領主がそんなことを言い出すとは思わなかった獣人の漁師達。
「うむ、ときどき邪魔するので、そのときにまた旨い魚を食わせてくれたまえ」
領主がそう言うと、おぉー、と喜びの声が上がったのだった。
領主とはここでお別れ。俺達は船に乗る。
「デーエ夫人、他の護衛や侍女は来ないんですか?」
「必要かしら?」
これは連れていかないということか。
(大隊長、王妃様のお世話は誰がすんの? 着替えとかさ)
(ここにいるメンバーは誰だ?)
(大隊長、ロドリゲス、俺)
(俺は護衛だ。ロドリゲスは庶民だ)
(俺も庶民だけど?)
(お前は異国人だ。だから問題ない)
嘘だろ……
(俺に押し付けんのかよっ!)
(俺を巻き込んだのはお前だろうが)
(知らねぇよっ!)
(俺も知らんっ!)
「マーギンさん、エスコートして下さる?」
「あ、はい……」
大隊長とぎゃいぎゃい言い合いしていたのを気付かぬフリをした王妃はマーギンと腕を組み、船に乗りこんだ。
ライオネルからタイベに向かうときは、船内でショーが楽しめる。フラダンスみたいなもの、ウクレレみたいなものでの演奏と歌などが中心だ。あとはロマンス劇。
「へぇ、船の中でこんなもんが楽しめるんだな」
ロドリゲスも感心している。が、これはシシリーの仕掛けだ。
「傘は雨のときにさすものだと思ってましたけど、晴れの日にもさすのですね」
船内のお買い物ショップに付き合わされるマーギン。
「日傘というものですね。タイベは王都より日差しが強いので、日除けに使うんですよ」
そう、船の中の店では劇中に出てくる小物や服が売られているのだ。
「ではこれを」
「はい」
マーギンは荷物持ちもさせられる。
「マーギン、タイベは暑いんだよな?」
ロドリゲスも同行して、商品を見ている。
「この時期の領都はそうでもないけど、それより南は暑いね。身体も暑さに慣れてないから余計に暑く感じるぞ」
「じゃあ、このシャツ買うか」
「ここで買うより、領都か違う街の方が安いぞ」
「気に入ったもんがなかったらどうすんだよ?」
「じゃ、買えよ」
「おう」
ロドリゲスは開襟シャツを何枚か買った。
「あら、じゃあ私も服を買おうかしら。これとかどうかしら?」
マーギンは王妃の買い物に延々と付き合わされて、終わったころには口から煙を吐いているのであった。
タイベに到着。
「大隊長、領主のところに行ってくるから船で待機してて。領主がいれば馬車を頼んでくる。いなければ、パンジャまでハンナリー商会の船で移動するから」
「おい、一人で行くのか?」
ロドリゲスが置いて行かないでくれと目線を送るが、一人の方が早いからと、見捨てて領主の元へと向かったのだった。
◆◆◆
王妃がタイベ行きの船に乗った日の夜。
「オルヒの姿が見えんがどうしたか知っているか?」
と、執事に聞く。
「こちらを」
「手紙? 誰からじゃ」
「王妃様からお預かりしておりました」
「なんじゃと?」
王は封をあけて手紙を読む。
〜陛下へ〜
この度はいい歳をしているにも関わらず、はしゃぎ過ぎて申し訳ございませんでした。頭を冷やしに行って参ります。
社交会までには戻りますので、ご準備をお願い致します。いい歳をした私が手配をするとみっともないことになるしれませんので。
いい歳をしたオルヒデーエ
「な、なんじゃと……来年の社交会の準備はどこまで進んでおるっ?」
「王妃様よりまだ何も指示を受けておりません」
王は愕然とする。社交会の内容は毎年全て王妃に任せていたのだ。女性への配慮は女性がした方がいいとの理由からだ。
その夜、
「お父様、お母様がどこに行ったか知らない? 誰も知らないって言うの」
「カタリーナも知らぬのか」
「えっ?」
王はカタリーナに王妃からの手紙を見せた。
「お父様、お母様になんか言った?」
「言っておらぬ……」
王はフクロウのように首を180度回して目線を逸らしたのであった。