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伝説に残らなかった大賢者【書籍2巻&コミックス1巻、11月末同時発売予定】  作者: しゅーまつ


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デーエ夫人

「シスコ、あんた……」


ハンナリーはてっきり、あの男を雇って、商会も自分の名前に変えるのだと思っていた。


「会頭」


シスコはあえてハンナリーを会頭と呼ぶ。


「は、はい」


「商会の方針が決まってるなら、ちゃんとみんなに伝えなさい。今すぐに実務に携われとは言わないけど、どういう商会にしていきたいか、ちゃんと考えていたのなら早く言いなさい」


「ご、ごめんなさい……」


「今回雇った人が働き始めるときに、あなたもきなさい。そこで、ハンナリー商会はどういう商会にしていくのかをきちんと表明しなさい。それができないなら、本当に乗っ取るからね」


「わ、分っかりましたーー!」


そう返事をしたハンナリーは軍人達に、良かったなぁと頭をグシグシされながら、事務所をあとにしたのだった。


全てが終わったあとにマーギンがやってくる。


「お疲れ様。お前、すっきりした顔になったな。その方が美人だぞ」


と、頭を撫でた。


「頭を撫でないでよ。子供じゃないんだから」


と、憎まれ口を叩きながらも、少し嬉しそうな顔をしたのであった。


◆◆◆


「ん、なんだこれ?」


バネッサはマーギンの家に泊まった翌日、暗いうちから一人で自主練に出ていた。前日に騎士宿舎の食堂で夕食のパンを余分にもらい、それをマジックバッグに入れていた。


「サンドイッチなんか入れた覚えは……」


自分がマジックバッグ入れたパンはハードパン。今手にしているのはふわふわパンにハムと野菜がたっぷり挟んである。


「へへっ、旨ぇじゃんかよ」


マーギンが自分のために入れておいてくれたのだとすぐに分かり、一口食べて笑みが浮かぶ。そして、サンドイッチをかじる度に、へへへ、と顔がニヤつくのであった。


◆◆◆


「アイリス、一人で何食ってるんだよ?」


タジキ飯を食わずに、何かモグモグしているアイリス。


「愛です」


「愛?」


「はい。愛夫ハンバーグです」


「愛夫ってなんだ?」


「マーギンさんのことです。いつの間にかマジックバッグにたくさんハンバーグを入れておいてくれたんです」


「お前、マーギンを旦那呼ばわりしたら、またゲンコツ食らうぞ」


「今はいないから大丈夫です」


と、アイリスは嬉しそうにハンバーグを食べるのであった。


◆◆◆


マーギンはクズ真珠を粉にする魔導具をシスコに渡した翌日、ハンター組合にロドリゲスを誘いに行く。


「ロド、今日出発予定だけど、大丈夫か?」


「おぉ、おお……大丈夫だ」

 

ロドリゲスは目の下にくまを作っていた。恐らく一緒に来てくれと頼んでから、仕事をし続けていたのだろう。


「乗合馬車で行く?」


「悪いな、そうしてくれ」 


ヘロヘロのロドリゲスを連れて西門へ向かうと、なんか騒がしい。なんかあったのか?


あれは護衛騎士……まさか?


気付かれぬように気配を消して通り過ぎようとしたが無駄だった。


「あら、マーギンさん」


馬車から顔を出して名前を呼んだのは王妃。


「こ、こんなところでお会いするとは珍しいですね……」


「そうですわね。もしかしてライオネルへ向かわれますの?」


「……はい」


今日出発するの調べられてたんだな。


「では、お乗りくださいな。私もライオネルに向かいますのよ」


「偶然ですね……ではお言葉に甘えます」


もう、何を言っても無駄だ。このままタイベに同行するつもりなのだろう。ロドリゲスは口をパクパクしていたが、首根っこを掴んで馬車に放り込んだ。で、マーギンも乗るとすでに大隊長が渋い顔をして座っている。俺のせいじゃないから睨むな。



「王妃様、タイベには何をしに行かれるんですか?」


もう、ライオネルとは言わずにタイベと言っておく。


「あら、マーギンさんは聡いですわね。旅行ですわ、旅行。こっそりと行こうとしたら、スタームが心配して付いて来てくれましたのよ」


大隊長は護衛騎士団から外れている。それを護衛に付けたということは遊びなのだろう。


「公用ではないのですね?」


「えぇ。公務は年間で予定されてますので違いますわ」


と、王妃はニコニコとしながらマーギンの顔を見る。それを睨む大隊長、俺のせいじゃないからね。


「そう言えばカタリーナが姿を現しませんでしたけれど、公務か何かしてるんですかね?」


「公務……といえば公務なのかもしれませんわね」


「まぁ、元気なら別にいいんですけど」


カタリーナが来なかったことで、マジックコンテナや、コンポストとかの魔道具作り、飯の作り置きがサクサク進んだのは僥倖だった。しかし、纏わりつかれるのがパタっとなくなると心配になる自分も異常だなと思う。


馬車は日が暮れる頃にライオネルに到着した。


「お泊まりはどちらでされるんですか?」


「お忍びとはいえ、領主のところを素通りするのもなんですので、ライオネル邸に泊まりますわ」


この様子だと事前連絡してないな。あの領主、腰を抜かすんじゃなかろうか?


「では参りましょう」


は?


王妃に道連れにされ、ライオネル邸に泊まることになってしまった。


ライオネル領主は平伏というより、土下座みたいな格好で出迎える。


「いきなり申し訳ありませんわね」


「そのようなことはございませんっ。末永く宜しくお願い致します」


末永く泊まられても迷惑だろうが?


泊まるのは問題なし。が、今から王妃用の食事を準備するのが難しいライオネルは脂汗をかいている。


「王妃様、庶民の店に行ってみます?」


助け舟を出したつもりのマーギン。


「マーギンっ。王妃様を庶民の店に連れて行くとは何を考えているか」


と、大隊長が怒る。


「あら、どこかに連れて行ってくださるのかしら」


「大隊長が許可すればですけど」


と、一応責任転嫁しておく。


「マーギン、貴様……」


「スターム。宜しいわね?」


「お、王妃様、お戯れはお止めください。危のうございます」


「ライオネル、ここはそんなに危ない領なのかしら?」


「そのようなことはこざいません」


「貴様……」


大隊長は王妃を止めないライオネルを睨む。これで悪者は自分一人になってしまった。


「マーギンさん、どこに連れて行って下さるのかしら?」


「穴場ですよ。小汚いですけど宜しいですか?」


「ええ」


「マーギン、覚えておけよ……」


苦虫を噛み潰したような大隊長。それを気付かぬフリをするマーギン。


「王妃様、お忍びですので、外ではなんとお呼びすればよいですか?」


「ではオルヒ……いえ、デーエとでもお呼びくださいな」


「では、デーエ夫人でいいですかね? 王妃ということは隠せても、貴人であることは隠せませんから」


「バレますか?」


「えぇ、気品が溢れ出ておられるので無理です。それと私が愛称で呼ぶわけにもいきませんので」


「お気になさらずとも宜しいですのに」


王妃を愛称呼びするような危険な橋を渡ってはいけないのだ。

 

「ダメですよ。領主様もご一緒されます?」


「えっ?」 


まさか同行させられるとは思ってないライオネル。


「ご自身の領のことを知るチャンスですよ。多分、行ったことのない店ですので。王妃様との同行が嫌なら断ってもいいですけど」


「嫌だと申したことはございませんっっ!」


こんな風に言われて断れるわけがない。面倒なことは巻き込まれる人を増やしておこう。


「では参りましょうか。護衛はスタームだけ連れて行きます。他のものはここで待機なさい」


きっちり巻き込まれる大隊長。


王妃にエスコートしてくださいな、と言われ、腕を組まれてしまった。護衛は大隊長とロドリゲス。この二人を見て絡んでくるやつはいないだろ。


しかし、王妃は楽しそうだな。こんな護衛の人数で外に出ることが初めてなのかもしれない。



しばらく歩いて、地引き網漁師の奥さん達がやってる店に行く。


「マ、マーギン殿、このような店に入るのかね……」


「穴場だと言ったでしょ?」


王妃は小屋みたいな店でも気にしない。さすがカタリーナの母親だ。


「5人いける?」


「はーい、あっ、マーギンじゃないか。あんたちっとも顔を見せないで、何やってたんだい?」 


「ちょっとバタバタしててね」


と、答えると腕を組んでいる王妃をじーっと見つめる。


「あんた、結婚したのかい?」


「こんな上品な人が俺の嫁さんになってくれるわけないだろ? デーエ夫人がお忍びで庶民の店を体験しにきたんだよ。こっちは領主様だ」


「えっ? そんな偉いさんを連れて来ちまったのかい。ほら、あんたら、もっと端に寄りなっ」


オバチャンが他の客に詰めさせ、席を広く取ってくれた。


「領主様は優しい人だから、そんなに緊張しなくていいよ。粗相しても怒らないから。ね、領主様」


「あ、あぁ、もちろんですよ」


と、王妃の前でライオネルを持ち上げておく。これで倉庫周辺に街灯を設置してくれるかもしれない。


マーギンがオススメを頼んでいく。まずはメゴチとキスの天麩羅。


「あら、フワフワで美味しいですわ」


「本当だ。なんだこの料理は……」


「天麩羅ですよ。美味しいのに売り物にならないような魚をここで料理にして出してるんですよ」


他にも鰯やエイヒレの煮付けなどを食べてもらう。


「マーギン、ここの飯、旨ぇな」

 

ロドリゲスが感心する。


「用心棒の旦那。ここの料理は全部マーギンが教えてくれたもんさね。今まで自分達で食べるしかなかったものが、こうして美味しいって言ってもらえて、お金になるんだ。マーギン様々だよ」


「オバチャン達も腕が上がったよね。全部旨いよ」


「そうかい? マーギンに褒めてもらえたら合格かねぇ」


とオバチャン達も嬉しそうだ。


最後に出てきたのは舌平目のムニエル。


「これは社交会に出てきてもおかしくない……」


ライオネル領主も小屋みたいな店で、こんな上等な料理がでてきたことに驚く。王妃も満足したようで、終始ご機嫌だった。


「ここは私が払わせてもらって宜しいですか?」


「ご馳走様です」


ライオネルが払うというので、遠慮せずにご馳走を言っておく。どうせここの支払いは領主からしたらはした金だ。


「全部で1万5千Gだと? 桁を間違ってはいないかね?」


ほらね。


「計算ぐらいできますよ領主様」


と、オバチャンは笑った。5人で2万Gにもならないのだ。


「そ、そうかね。では残りは受け取ってくれたまえ」


領主は金貨2枚出して、釣りはいらないと言った。



「マーギン殿、あの値段でやっていけるのかね?」


店を出たあと、ライオネルか聞いてくる。


「あまり酒を飲んでないですからね。あんなもんです。あそこは地引き網漁師の奥様方のお小遣い稼ぎの店なんですよ。その日売れなかった魚を料理にしてますから、いつも同じメニューとは限りませんけど」


「いや、どれも実に美味かった」


「冬になると、テーブルにコンロをおいて鍋も始まりますからね。お気に召したら贔屓にしてやってください。庶民の生の声を聞くチャンスでもありますから」


「うむ、そうさせてもらう。貴重な体験をありがとう」


王妃もまだ歩けるということなので、倉庫に行く。


「デーエ夫人。ここが北の領地やライオネルの漁師達が魚やカニを捕ってきて、納品する場所です。領主様がこれを建ててくれました。その隣が飯屋街になります」


「そうですか。ずいぶんと暗い場所ですわね」


「そうですね。王都のように街灯を設置して、飯屋街にネオンとかで飾り付けをすれば夜も賑やかになると思いますよ。中心地から安価な乗合馬車を出せば、人の流れができます。ライオネルの名所になるかもしれませんね」


「なるほど。ネオンとはどのようなものですかな?」


マーギンはネオンサインの説明と、リヒト工房を紹介しておく。


「飲み屋街になると、治安も悪化するかもしれんが……」


「衛兵の詰所も作ればどうですかね?」


「ここに詰所か……それも検討しておきましょう」


ライオネル領主は王妃の前で、全面的にマーギンに協力する姿を見せるのであった。




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カタリーナの無鉄砲は王妃の気質なんじゃないかと…(*・ω・)
王様「オル・・・王妃と大隊長は何処だっ!?」
夜はしっぽり…グヘヘ
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