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頑張りが報われるといいな

「あれ? お前ら帰るのか?」 


試食会が終わったあと、てっきりカザフ達が泊まりに来ると思っていたのに宿舎に帰るらしい。


「泊まりたいけど、明日、早いんだよ」


なんか、子離れしていくようで少し淋しいな。と、思っていると、


「私は泊まりますよ」


と、アイリスは泊まる気満々のようだ。


アイリスと家に向かって歩いていくと、シスコとバネッサが付いてくる。


「どうした?」


「うちはもう一泊していく。シスコはなにしに来るんだよ?」


「別にいいでしょ」


「まぁ、いいけどさ……」


シスコのやつも泊まるつもりか。何考えてんだ?


壊れている扉を横に避けて中に入り、また元に戻しておく。


「見事に壊れたわね」


「まったくだよ」


「筋肉が脳にまでまわって、力の制御できなくなったのかしら?」


仲間に酷いことを言うシスコだが、マーギンも違うと否定できない。


順番に風呂に入らせて、アイリスはマーギンのベッドに、バネッサはソファで寝るようだ。


「シスコはカザフ達のところでいいか?」


「別にどこでもいいわよ。スーッとするお酒が飲みたいわ」


「うちはキュウリとレモンサワー」


「あら、あなた酸っぱいの嫌いじゃなかったの? もしかして妊娠したのかしら? マーギン、責任取りなさいよ」


「違うわバカ」


なんて人聞きの悪いことを言うのだ。


「料理に酸っぱいのが掛かってんのが嫌なだけだ。レモン自体は嫌いじゃねー」


またキュウリを昆布とごま油和えにして出してやる。


「シスコはピクルスにするか?」


「あら、いいわね。それでお願い」


マーギンは焼酎の水割りにする。アイリスはおねむのようだ。訓練で疲れてるのかもしれんな。


しばらく話をすることもなく、ポリポリと食べながら酒を飲む。


「シスコ、まだ食えるか?」


「少しならね」


まだ食べれそうなので、試食会で出さなかった押し寿司を作ってやる。


「あら、美味しいわね」


「旨ぇじゃんかよ」


「バネッサもこれは食えるんだな。ご飯に酢を混ぜてあるから、食わないかと思ってたわ」


「上にのってる具がほんのり甘いから問題ねぇよ」


「これもソードフィッシュなの?」


「そうだ。これは押し寿司ってやつでな、

酢でシメた魚や、焼いたサバとかでも作れるんだよ」


「酢づけの魚しか無理なのかしら?」


「これは本来、作ってすぐに食うもんじゃないからな。魚が傷まないようにするためじゃないかな?」


「生の魚でもいけるんじゃない?」


「生の魚は握り寿司ってのにすることの方が多いんだよ」


「それは作らないの?」


「何回かチャレンジしたけど、上手くできないんだよな。適当なやつでよければ作れるぞ」


「じゃ、作ってくれよ」


ったく……


イチから握るのは難しいので、土魔法で型を作って酢飯を詰める。そこに魚をのせて、ちょっとだけ握って完成。


「とりあえずマグロの寿司だ。醤油を付けて食え」


マーギンはホースラディッシュをすりおろしたものをのせて食べる。


「うん、それなりに旨い」


「本当ね。これで十分じゃない?」


「そうか? まぁ生の魚が食える人なら食うかもな。タイベでは握らずに、丼飯で出す予定にしてるぞ」


「こっちでもできるかしら?」


「やめとけ。今でも手がまわってないのに、余計なものに手を出すな」


「いずれよ、いずれ」


「魚は王都の方が色々な種類が手に入るからな。他の店が軌道に乗ってから検討すればいい」


お前はなぜ自ら死地に向かおうとするのだ?


しばらく飲んだあと、バネッサが眠いとソファで横になり、寝てしまうと、


「ねぇ、マーギン」


ビクッ。


「な、なんだよ?」


ビタンを警戒するマーギン。


「どうしてあなたがやると、すぐに物事が進むのかしら」


シスコは少し下唇を噛みながらそう切り出す。


「ゴミ処理のことか?」


「そう。他のこともだけど」


「まぁ、俺は商会を背負ってないし、利益とかも考えてないからな。お前のやってることとは違うだろ」


「それでもよ。どうして、あなたが言えばみんなすぐに協力して動いてくれるのか教えて欲しいのよっ」


シスコは机をバンッと叩いてマーギンに大きな声を出す。


「全部が全部そうじゃないぞ。魔道具職人達もシスコみたいな顔をすることもあるからな」


「でも、マーギンが言えば、なんでもすぐに進んでいくじゃない……」


うつむいて、ポロリと涙をこぼす。泣くなよ……


「俺は頑張ってる人が報われたらいいなと思うだけだ。頑張ってても上手くいかないことってたくさんあるだろ? で、その解決方法を俺が知ってることもある。それを伝えるぐらいしかしてない。それが嫌だと思えばやらなくていいと思うんだよ。それと、やりたいことをやればいいとも思ってる。向き不向き以外に、好き嫌いもあるからな」


「マーギンがどんどん押し付けてくるのは私のためって言いたいの……」


「まぁ、お前が商売をやりたいと言ったからな。だからやりたくないことは、今日のゴミ処理みたいにやりたくないと言えばいい。だけど、あれはこれから必要になることだと思ったから進めた。個人でやるような店だとゴミ捨ても自分でできるが、チェーン展開していくなら、システムとして作っておいた方がいいんだよ。そのうちゴミの臭いで、もめるだろうからな」


「なら、どうして初めからそうやってちゃんと説明しないのよ」


「お前、俺が話し掛けると嫌な顔するだろ? だから用件しか言えないんだよ。俺ですらそうなんだから、他のみんなもそんな感じになってるんじゃないか?」


「私が悪いっていうのね」


「そうだな。お前が頑張ってるのはみんな理解している。だけど、お前は一人で頑張ってる気になってないか?」


「だって、みんな言わないと動いてくれないじゃない。それが続いたら自分でやった方が早いってなるじゃない」


感情的に怒鳴るシスコ。


「仕事が遅かったり、失敗したらお前に怒られるからだろ? だから、言われたことしかやらなくなるんだと思うぞ。それにお前、誰が何をできるか把握してるか? 得意不得意とか」


「してるわよ」


「じゃあ、仕事を任せて、失敗しても怒るな。やって欲しいこと、やっちゃダメなことを伝えて、あとは任せてみたらどうだ?」


「それで上手くいかなかったらどうするのよ」


「別にいいじゃないか」


「えっ?」


「失敗してもいいって言ってるんだよ。まだ商会は立ち上がったばっかりだ。とりあえず仕入れたものを右から左に流すだけでもやっていける。それに俺が出した金も返さなくていいと言ったろ? 利益が出たときの配当方式にしたの忘れてないか? お前が金の借りを気にするから、配当方式にしたけど、別に俺はそれもいらないんだよ」


「でも……」


「いいか、今働いてくれている人は生活もあるから、嫌でも辞めるに辞めれないだけかもしれない。このままの状態が続けば他にいい働き口があればみんな辞めていくぞ」


「お給料は他より高めに……」


「働くってのは、金だけの問題じゃないだろ? お前は金のためだけに商売しようと思ったのか? 違うよな。従業員もそうだと思うぞ」


シスコはうつむいて黙ってしまったので、一呼吸置いてマーギンはシスコの顔を両手で挟んで顔を上げさせる。


「お前が従業員に仕事を任せて、それが失敗してどうしようもなくなったら俺に言え。何とかしてやる。だからうつむかずに前を向け」


「え?」


「人が死ぬこと以外はなんとかしてやる。だから、やりたいやつがいればどんどん仕事を任せていけ」


「自分でもできないようなことを任せろって言うの?」


「逆に、お前はなんでもできるのか?」


「……」


「そういうことだ。仕事を任せて上手くできたら褒める、上手くいかないときはその理由を一緒に考えてやる、そして働きを労う。怒るのは絶対にやるなと言ったことをやったときだけだ」


「あなたはどうしてそんなことが分かるのよ……」


「俺がそうして欲しいからだ。お前もそうじゃないのか? だから、自分がして欲しいと思うことを人にもやれ。シスコは頑張っている。それはみんな知っている。その頑張りが報われて欲しいと俺は思う」


マーギンがそう締めくくると、シスコはポロポロと泣くのであった。


そして、マーギンがタイベに出発する前日に、ハンナリー商会の面接が行われていた。マーギンはクズ真珠を粉にする魔導回路を描きながら、隣の部屋でその様子を伺っている。ハンナリーは軍人二人を連れて面接に参加。しかし、一言も発することなく、見守っていた。


「あなたが最後ね」


最後の面接者は、事前のテストでほぼ完璧だった人。中央で流通業の税金などを担当していたらしい。複式簿記も完璧に答えられていたので、シスコは採用するつもりで面接をする。


「応募された理由をお聞かせください」


「ハンナリー商会を国で一番の商会にしたいと思ったからです」


「どうやって一番にするつもりかしら?」


「ハンナリー商会は今まで売り物にならなかったものに目を付け、それを価値あるものにしている商会だと思います。しかし、それを上手く活かせてないのでは?」


「できたばかりの商会のことをよくご存じなのね。上手く活用できていないとはどのことかしら」


「面接を受けるにあたって色々と調べました。まず、商会の頭脳と呼べる人が少ない。現場の業務は勉強ができない者にさせるのは仕方がないとして、管理関係の人すら遊女上がりにさせている。これでは商会長は大変でしょう。今回の面接で管理業務を得意とするものを雇われるようですので、改善の一歩ですね」


「そうね」


シスコは感情を出さずに返事をする。


「次は、作業効率の悪い者を辞めさせ、どんどん入れ替えると良いと思います。また、庶民向けよりも貴族向けの商品に切り替え、高単価高利益を目指すべきです」


「あんた、ちょっと待ち」


ハンナリーが思わず口を出す。


「あなたは黙っててちょうだい」 


「せ、せやかて……」


まだ何かを言いかけたハンナリーを目線で黙らせる。


「続けて」


「それと、会頭はお優しいのか、獣人風情まで雇われているようですが、別に不要では? 貴族には獣人を嫌う人もおられるので」


「そう。あなたの考え方は分かったわ。ハンナリー商会は今後、様々な出店を予定しています。何を売れば良いと思いますか?」


「宝石類、服やバッグなどの高単価商品を扱うべきだと思ってます。今は食料品関係が多いようですが、食品は利益が薄いですからね。しかし、北の領地で売り物にならなかったカニを扱い、田舎領地のタイベの食料品を取り扱うことで、各領主への貸しも作れているようですから、無駄ではないと思います」


「そう。宝石や鞄、服とか仕入れはどうするつもり? 高利益のものは他の商会とつながっているでしょ」


「それは、誰かに交渉させて、こちらに仕切れさせれば良いのです」


「誰かって?」


「それは……」


自分がやりますと言わない男。


「そう、では面接はここまでにします。合否は追って連絡させてもらいます。お疲れ様でした」


「はい、宜しくお願い致します」


「シスコ、あんたこの人を雇うつもりなんか?」


「そうね」


「なんでこんなやつ雇うんや。絶対に上手いこといかんの目に見えてるやんか」


「なんですかあなたは? これは会頭と私の面接ですよ。関係のない獣人は口を出さないでいただきたい」


「うちはっ……うちは……」


自分が会頭だと言い出せないハンナリー。


「ハンナリー、言いたいことがあるなら言いなさい」


「ハンナリー?」


獣人の小娘がハンナリーと呼ばれたことに疑問を持つ男。


「うちは……うちは、そんな商会イヤや」


「この人は試験はほぼできて、即戦力なのよ。あなたにその代わりができるのかしら?」


「そ、それは無理やけど」


「でしょ。採用権限は私にあるの。お忘れ?」


そう言われて言い返せないハンナリー。


「分かった。どうしてもその人を雇うっていうなら、もうええ。シスコがこの商会の会頭になり。うちは降りる。商会の名前も変えたらええ」


「それでいいのかしら?」


「元々商売人になりたかったのは、うちを捨てた親父を見返したかっただけや。そやけど今は違う。大儲けして、頑張ってても他ではいらん言われた人とか全部受け入れられるような商会にしたいんや。あんた、軍人の大半が戦われへんようになったらどうなるか知ってるか?」


「さぁ?」


「教育係とかで軍に残れるのはほんの一部や。残りの人は碌な働き口あらへん。特にケガして身体の一部が上手いこと動かんようになってしもた人はできることあらへん。命懸けで国のために戦った結果がそれってあんまりやんか……うちはそんな人らをなんとかしたい。そやけど、それには金がいる。だから大儲けせなあかんねん」


「そう。じゃあ、この商会を私に渡してしまったら、それも叶わないわね」


「そうかもしれんけど、こいつを雇ったら、今まで頑張ってくれてた人らも辞めさす言うんてんねんから一緒や……」


そう言ってぐすぐすと泣くハンナリー。


「ハンナちゃん、俺達のことはいいからよ、商会を人に渡すとか言うな」


軍人に慰められるハンナリー。


「ごめんな、予定狂ってもうたわ」


「どうしても商会を渡すってなら、俺達となんかやろうや。みんな頭はよくねぇけど、体力と力なら引退してからでも、他のやつらよりある。ハンナちゃんのためなら俺達も頑張るからよ」


「うわーん、おおきに、おおきに」


ハンナリーは軍人達によしよしされながら泣いている。


「そうですよ。勉強ができない人なりに身体を使って稼げばいいんですよ」


と、ふんっ、という感じで男は吐き捨てた。


「のちほど、合否連絡をすると言ったけど、今結果を伝えます」


「はい、ありがとうございます。あっと言う間に国一番の商会にしてみせます」


「それは無理よ。あなたは不合格だから」


「えっ?」


「うちはハンナリー商会。会頭はハンナリー。会頭が雇わないと言った人を雇うわけにはいかないわ」


「あ、あんな獣人風情の……」


「黙りなさい。ハンナリー商会は色々な人にお世話になって立ち上がったの。領主に恩を売れる? 何よそれ。カニは私が好きだからカニの店を作りたいの。他のものもそう。いいものだから売りたいの。人もそう。遊女上がりだからどうだと言うの? みんな能力は高いし、まじめに働いているわ。足を失った人も魚をさばくのに何も支障もないのよ。うちには入れ替えるような人はいません。というわけで、思想の合わない人は私も雇いたくないわ。お疲れ様でした」


「わ、私は一番の成績を……」


「はい、それを生かせる職が見つかればいいですね。お引き取りを」


そう伝えたシスコは凍りつくような目で男を見たのだった。



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― 新着の感想 ―
屋号と名前で会頭が誰だか判断できないのも獣人蔑視の固定観念やろな(*・ω・)
シスコ良くやった。一皮むけましたね。 カスコになるかと思った~(笑)
今回のマーギンはカッコ良かったぜ。濡れる!(シスコが)
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