君はそのままでいい
「ロ、ロ、ロッカ。いきなり何を言い出すんだよっ!」
慌てるマーギン。
「バネッサやアイリスと違って、私とはそんな仲ではないのは承知している。だが、私はいい年齢になってしまっている。もう、あとがないのだ。頼む」
頭を下げて懇願するロッカ。慌てたマーギンはロッカの手を引っ張って、みんながいる場所から離れた。
「お、お前どういうつもりで言ってるんだ?」
「ど、どういうつもりって……バネッサやアイリスのように……」
他のみんなが耳に身体強化魔法を掛けて、聞き耳を立てていることをマーギンは気付いていない。
「う、うちはマーギンに抱かれてなんてねぇ……ムグググ」
ロッカの言葉に大声を上げて反論しようとしたバネッサの口をシスコが塞ぐ。
「マーギン、お試しでもいいのだ。少しだけ、少しだけでもいい。それ以上は望まない。責任を取ってくれとも言わないから」
次は先っちょだけでもいいから、とか言い出しそうなロッカ。そして、聞き耳を立てられていることに気付いたマーギンは小声でロッカに真意を確かめる。
(抱けってどういう意味だ?)
(おんぶでも構わんのだ)
(は?)
(マーギンとくっついていると、魔力が増えるのではないかとシスコが言っていたのだ)
なんでそのことをシスコが知ってるんだ?
と、マーギンがシスコに目をやると、ニヤけた顔をしているのが目に入り、
『だって面白いじゃない』
と、心の声が聞こえてきた。
あいつ……
(今はみんながいるから家で話す。このあとうちに来れるか?)
(分かった。今夜マーギンの家でということだな)
マーギンとロッカのヒソヒソ話は身体強化能力に優れたバネッサとオルターネンの耳には途切れ途切れに聞こえていたのだった。
「あー、まだみんないた。マーギン、お腹空いた」
ロッカと話が終わったあとに、カタリーナとローズがやってきた。
「もう、飯の時間は終わったぞ。城で食え」
「いや」
こいつ……
欲望に忠実なカタリーナは周りの雰囲気がおかしいことも気にせず、飯をねだってくる。
「隊長、何かあったのですか? みんなの様子が変なのですが」
ローズは気付いてオルターネンに尋ねた。
「何も変わったことはない」
「た、隊長……?」
そう答えたオルターネンはオニターネンになっていた。
「シスコ、ちょっと来い」
マーギンはシスコを呼ぶ。
「いやよ。お邪魔したくないわ」
ニヤニヤしながら断るシスコ。
「お前も来いって言ってるんだよっ!」
「あら、私も加えるつもり? 私のことは好みじゃなかったんじゃないかしら。バネッサの方がいいんでしょ」
「お前なぁ……」
ヒスコ呼ばわりされたシスコはここぞとばかりにマーギンを窮地に追いやる。
「あーっ、もうっ。いいから来いっ!」
シスコをバッと抱き上げてダッシュするマーギン。
「マーギン、ご飯っ!」
「家で食えっ!」
呼び止めるカタリーナにそう叫んだマーギン。
「うん♪」
なぜか喜ぶカタリーナ。
「ローズも行こ」
「マーギンは城で食べろと言ったではないですか?」
「家で食べろって言ったのよ。マーギンの家でなんか作ってくれるんじゃない?」
シスコを抱えて走りさったマーギンに、ロッカが付いて行く。そして、
「うちとマーギンはそんなんじゃねーっ!」
バネッサもそう叫んで付いて行った。
カタリーナとローズも移動。
「お前も気になるなら追え」
「べ、別に気になりませんよ」
大隊長に背中を押されるオルターネン。
「感情を揺さぶる出来事を明日に持ち越すな。任務に差し支える」
「か、感情を揺さぶられているなどと……」
「行け。素直に自分の心を認めるのも皆を率いる者の勤めだ。そして、それを自分で理解して処理しろ。いつものお前ならそうしているだろう。それが今はできていないから言ってやってるのだ。早く行け」
最後はドカッと大隊長に背中を蹴られて、マーギン達の後を追ったオルターネンなのであった。
「アイリス、お前は行かなくていいのか?」
「あんなにたくさん押しかけたら、寝る場所ないですからねぇ」
アイリスは今日もアイリスだった。
カザフ達もよく意味が分からなかったのでこの場に残っている。
「よし、ちょうどいい。お前らに話があるから、甘いものでも食いながら話すか」
「え? 甘い物の店に連れてってくれんの?」
「我が家に招待してやろう。うちの奥さんはそういうのが得意だ」
「やったぁ!」
大隊長はカザフ達を家に連れて帰り、ゴルドバーンに行くことを話すのであった。
「で、シスコ。何を根拠にそんな話をロッカに吹き込んだんだ?」
「勘」
ハンナリーみたいな答えをするシスコ。確かにこれはイラッとする。思わず叩くところだった。
「お前なぁ……」
「だって、魔法の力というのかしら? マーギンの関係者だけ異常じゃない。異常な者を集めたのなら分かるけど、マーギンと関係が深くなった者だけが異常になっていく。共通点はあなたとの密着度。どう? ちゃんと根拠があるでしょ?」
図星なので反論できないマーギン。しかし、このことを認めるとヤバいことになるのは目に見えている。
「憶測と勘でロッカを巻き込むなよ」
「試したことあるの?」
「な、ないけど……」
マーギンは目線を一瞬ローズのほうにやってしまった。そして、ローズもあの夜のことを思い出して赤くなる。
「ふーん」
その様子に気付いたシスコ。
「な、なんだよ……」
「ふーん、なるほどね」
シスコの目が冷ややかな薄い目でマーギンとローズを見る。
クソッ。こいつなんでこんなことには鋭いんだよ。
「ロッカが可哀想。入れ物が違うだけで、中身はよく似ているのに」
「あー、確かに。それでかぁ」
カタリーナが相槌を打ったが、他の人達はその意味が分からない。
「マーギンは外見で差別する人だったからしら?」
「………あーっ、もうっ。ロッカにもやればいいんだろっ!」
バンッ!
「貴様っ! ロッカにまで手を……」
《プロテクションっ!》
べしゃっ。
「ち、ちい兄様?」
扉の外まで来ていたオルターネンが、マーギンがロッカを抱くと言ったと思い、飛び込んできたところにカタリーナがプロテクションを出したのだ。
やり方がマーギンに似てきたなと、みんなは思ったが、口に出すとカタリーナを侮蔑したように聞こえるかもしれないので言わなかった。
「どういうことかきちんと説明しろ」
オルターネンにそう言われて、マーギンは自分が人の魔力を増やせることができると渋々白状した。
「お前、そんなことができたのか」
「俺も知らなかったんだよ。シスコの言う通り、カザフ達、アイリス、バネッサの魔力の伸び方は尋常じゃない。カザフ達とアイリスは成長期なのかなと思ってたけど、バネッサはもう成長期を過ぎてるだろ? だからもしかしたらと思ったんだよ」
「で、ローズで試したってわけね?」
シスコがそう言ったら、オルターネンはマーギンをギロリンとしたが、前のように突っかかってくることはない。
「ローズの魔力は増えたのか?」
「まぁ、増えたよ。でも、いきなり魔力が増えると身体に良くないかもしれない。魔力暴走と同じような状態になるから、身体に負荷が掛かる。カザフ達みたいに一緒に生活するぐらいが一番いいんだと思う」
「分かった。身体に負荷が掛かってもいい。私にも試してみてくれ」
と、両手を広げてマーギンに近付くロッカ。それを見たオルターネンはちっ、と舌打ちをする。それに気付いたのはカタリーナだけ。
「別に抱き合わなくてもいい。手を通してやってみる。水晶を取ってくるから」
一応、魔力測定をするのに水晶が必要だと今更体裁を繕うマーギン。
「私の魔力はどれぐらいあるのだ?」
「145だな。普通だ」
「では、頼む」
マーギンはロッカと手を繋ぎ、ゆっくりと魔力を流してみる。
「何か感じるか?」
「いや、手を握られているなとしか感じない」
おかしいな。
「バネッサ、ちょっと手を出せ」
そう言うと素直に手を出すバネッサ。ロッカと違って小さな手だ。
バネッサに魔力を流してみる。
ビクンッ。
「アッ……」
思わず声が出たバネッサが慌てて、反対の手で口を塞ぐ。
「何しやがったんだっ!」
真っ赤になったバネッサはマーギンから手を振りほどいた。
うむ、なんかエロかったから人前でやるのは止めておこう。カザフ達がいなかったのが幸いだ。
もう一度ロッカにも同じように魔力を流すが無反応なので、強めに流してみる。
「マーギン、早く頼む」
「いや、やってるんだけどね……」
「なんだと?」
「誰しもが魔力が増えるのではないのかもしれんな。俺もよく知らない現象だから、原因が分からん」
「私には無理だということなのか?」
「かもしれんし、何か他にも要因があるのかもしれん。それか、人には魔力の器みたいなのがあって、ロッカの魔力の器は小さいのかもしれん」
「クソッ!」
グギギギギっ。
自分には無理だと言われて、マーギンと繋いでいる手に力が入った。
「痛だだだだだだっ!」
「あ、す、スマンつい」
「ゴリラかてめぇは」
グシャ。
「いぎゃゃぁぁ」
いらぬことを言ったマーギンは手を握り潰された。
「マーギン、シャランランしてあげようか?」
「大丈夫だ。自分で治せる」
自分に痛み止めの魔法を掛けて、骨を整形してから治癒魔法を掛ける。
自分の魔力を増やせるかもしれないと思っていたロッカは激しく落ち込み、マーギンに酒を要求した。
「飲んでもいいけど、暴れるなよ」
暴れゴリラとかごめんだからな。
「マーギン、ご飯」
マイペースのカタリーナ。うん、この場の沈んだ空気がどこかに行ったわ。君はそのままでいい。
ローズは食べてきたらしいが、多分食うので、唐揚げを山盛り揚げておいた。
落ち込むロッカを慰めるシスコとオルターネン。唐揚げを食うカタリーナとローズ。マーギンは一人で黙々と料理の準備を始めた。
「何作ってんだよ?」
「飯だ」
焼酎をオレンジジュースで割ったものを飲みながらバネッサが見ている。
「明日の朝飯か?」
「遠征するとき用の飯を作り溜めしとかないとダメだからな」
「また出るのかよ?」
「あぁ。タイベに行って、冬前に戻ってくる。そのあとのことは大隊長から聞いたか?」
「なんも聞いてねぇぞ」
「そうか。多分、大隊長から話があると思うが、冬にゴルドバーンに行く。お前も連れて行くからな」
「うちだけかよ?」
「他は大隊長、カザフ達、アイリス、カタリーナだ」
「そんなに抜けてこっちは大丈夫なのかよ?」
「隊長が許可したから問題ないだろ」
炊きあがったシャケの炊き込みご飯を味見しながら答えるマーギン。
「こんなもんだな」
「うちにも味見させろよ」
と、言うので、一口サイズに丸めて口の中に入れてやる。
「おっ、旨ぇ」
バネッサはご機嫌で酒を飲み、そっちも味見させろよと、楽しそうだ。
「でよぉ、さっきのは何したんだよ?」
「お前に魔力を流した。あの一瞬で魔力が増えるわけじゃないんだが、くっついているだけより早く伸びる」
「ローズで試したのか?」
「そうだ。カタリーナの護衛をするのに魔法攻撃ができるようになった方がいいと思ったから、実験に付き合ってもらった」
「ロッカは無理なのかよ?」
「お前、魔力が流れたときに声出したろ?」
「うっ、うるせぇ。いきなりだったからびっくりしただけだ」
「ロッカは何も感じなかった。多分、俺の魔力を受け付けていない」
「何が違うんだ?」
「さぁな。俺にも分からん。そもそも俺が人の魔力を増やせるのも知らなかったからな。魔力の詳しいことはよく分かってないんだよ」
「マーギンでも知らないことか……他のやつらに分かるわけねーよな」
「だろうな」
「なぁ、もう一度やってみてくれよ」
「お前はもう魔法使い並みに魔力が伸びてるから必要ないぞ」
「いいからやれよ」
バネッサがしつこいので、手を握って魔力を流すと今度は声を出さなかった。
「確かに、なんか流れてくる感じがする。それが行き場をなくして身体の中で溜まっていくって感じだな」
なるほど。バッテリーが充電されていくような感じなのかもしれん。もし、バッテリーと同じような感じだとしたら、ロッカは古くなったバッテリーが充電できなくなってるような感じなのかもしれん。
じーーーー。
「わぁぁっ。気配を消して近付いてくるなって言ってるだろうが」
「マーギンが、バネッサと二人で何してるか気になるじゃない。ロッカが落ち込んでるのに、イチャイチャしてたの?」
「してねぇよっ!」
カタリーナのうしろでは、ローズがピーマン畑を見てしまったような顔をしていたのであった。