ワンオペ
王妃の私室から出たマーギンは訓練所に向かう。
「ハンバーグさんっ!」
到着するなり飛び付いてくるアイリス。誰がハンバーグさんだ。
アイリスはマーギンの胸の中に飛び込み、顔を見上げる。
「お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
「晩ごはんはハンバーグにしますか? それともハンバーグ?」
なんだそれは?
「お前の飯は炭火焼きハンバーグにしてや……おっと」
ドサッ。
マーギンはうしろから刺してきた手を取り、捻って転ばせる。
「ちっ、まだダメかよ」
「危ないだろうが」
「お前が本気で殺しにこいと言ったんだろがよ。うちは甘辛だ」
殺し紛れに晩飯のリクエストをしてくるバネッサ
しかし、今のバネッサの攻撃は寸前のところまで気配に気付けなかった。気を抜いていたとはいえ、かなり気配の消し方が上達してんな。もう隠密と同じ域にきてやがる。
「お前ら、同じもんばっかり食ってよく飽きないな」
「同じもんばっか食ってるわけじゃねーよ。マーギンがいないと甘辛食えねぇだろうが」
「ハンバーグもそうですよ?」
「タジキ、コイツらまだお前の作るもんに文句を言ってんのか?」
「文句言うから作ってない」
あとからきたタジキはそう答えた。どうやらタジキ飯を旨そうに食ってくれる人にだけ作っているようだ。
料理人を目指すなら、そういう人に文句を言わせないように努力をした方がいいんだが、アイリスやバネッサのは単に味付けだけの問題じゃないかもしれない。俺の作ったものが、家の味になってるのかもな。
マーギンはそう思い、ハンバーグと唐揚げの準備をしていくと、他の者たちも訓練を終えたようだ。それに合わせてシスコとブリケも登場だ。
「焼きガニにするか?」
「いいえ。私もハンバーグと唐揚げが食べたいわ」
シスコがアイリスやバネッサと同じメニューを希望。
「珍しいな」
「店のオープンに向けて、メニュー決めるのにカニばっかり食べてたのよ」
「なるほどな。唐揚げは甘辛か?」
「塩レモンでお願い」
「私はブリケセットを……」
「了解」
「マーギン、俺たちにもなんか作ってくれよ」
「肉焼けばいいのか?」
「料理されたものがいい」
カザフ達も毎日のように焼肉とかのようで、違うものがいいらしい。野菜が不足してんじゃなかろうか?
「ちょっと時間掛かるから、なんか他のもん食っとけ」
カザフ達には野菜ゴロゴロカレーを作ってやろう。煮込むと時間が掛かるから、焼き野菜をスープカレーに投入だな。
炭焼きの網にソーセージをどっちゃりとのせ、自分達で焼いて食べさせる。ハンバーグも網焼きだから、合い挽きではなく、脂多めのマギュウ100%のやつだ。タマネギを炒めるのが面倒だったわけではない。
マーギンはテキパキと準備を進める。唐揚げは他のやつも食うだろうから、多めに必要だな。
ブリケセットは串に刺すのが面倒なので、鶏のミックスホルモン焼みたいな感じ。モモ肉も混ぜて、自分もこれを食おう。
同時進行はかなり忙しい。油断すると、網焼きにしているものが焦げる。
「タジキ、ハンバーグをひっくり返してくれ、カザフは野菜を頼む。トルクはこの鍋に湯を沸かしてくれ」
マーギンはその間に甘辛タレを2種類用意。揚がった唐揚げを分けて、シスコにはレモンを自分で絞れと渡し、バネッサのは甘辛タレに絡めて渡す。おっと、ブリケセットから炎が上がっているので、氷をひとかけらのせて火を落ち着かせねば。
「ハンバーグはもう焼けてると思う」
「了解。ここにのせてくれ。あとはこのブリケセットを頼む」
フライパンを出し、焼けたハンバーグをそこにいれ、甘辛タレで照り焼きにしていき、マヨを添えて渡す。焦げた脂の匂いと照り焼きは抜群に相性がいい。
次はスープカレーだ。マギュウの角切りをタイベ産のカレー粉で炒め、焼けた野菜投入。出汁を取る暇がなかったので、お湯を足し、すぐに美味しいインスタント麺を入れて少し煮込んで完成。
「ほらできたぞ」
「あーーっ、乗り遅れたやんか。うちは魚!」
ハンナリー登場。今から俺もブリケセットを食おうと思ってたのに。
「生でいいか?」
「かまへんで」
油でニンニクを炒めて、醤油投入。そこにカツオの切り身を漬けていく。
「お前、オニオンスライス食べれたっけ?」
「大丈夫やで」
漬けたカツオを切り分け、オニオンスライスをのせてポン酢を掛ける。
「ほらよ。丸々一匹使ったから、他のやつらも食えるだろ?」
「おおきにっ!」
ハンナリーは小躍りしながらカツオの皿を持っていった。
さて、ブリケセットを……
アージョン、お前いつ来てたんだよ?
二人で仲良く楽しそうに食っているので、もらいにいけないマーギン。
もう一度焼くのも面倒だな。俺もカツオ食おう。
自分のは叩きにする。炭火に風を送ってスモークチップを投入。薫製風にするのだ。
ほどよく炎とスモークチップで表面を炙ったあとに氷水に漬けて粗熱を取り、ショウガ、ネギを刻んでポン酢を掛ける。
これは焼酎だな。
「マーギン、お代わりやっ!」
軍人達は人数が多いので、一瞬で食い尽くしたようだ。
「ほら、これ持ってけ」
他にもお代わりを連発され、マーギンはちょいちょいと味見がてらつまんで飲むことで食事は終わってしまった。
「お疲れだったな。落ち着いたか?」
やってきたのは大隊長とオルターネン。
「やっとみんな満足したみたいです。なんか焼きますか?」
「もう食ってきたから大丈夫だ。今日は姫様は一緒じゃないのか?」
「そういや見てないですね。なんかやってるんじゃないですか?」
「それならいいけどな」
大隊長もオルターネンも別に用があるわけではなさそうで、単に一緒に飲もうと来たようだ。俺と同じものをと言うので、大隊長はロックで、オルターネンは水割りだ。つまみはマグロの赤身を角切りにして、刻みホースラディッシュと和え、醤油に漬けたもの。隠し味で砂糖をひとつまみ入れてある。
「これ、旨いな」
だんだん日本人舌になってくる大隊長。
「ワインと食うと不味いですよ」
「タイベの酒は懐が深いのだな。合わない料理がないだろう?」
「そうですね。その料理により合う酒は有るでしょうが、この酒に合わない料理はないかもしれません」
ならこの料理はどうだとか、この酒はどうだとかの話で盛り上がる。マーギンはこの感じを懐かしいと感じていた。
「マーギン、ご馳走さまや。みんな旨い言うて喜んでたわ」
「みんな生魚食えるんだな」
「新鮮やからちゃう? 王都でこんなん食べられへんで」
「それをやっていくのがハンナリー商会だろ? お前、ちょっとは手伝ってんのか?」
「今はなんもできてへん。あっ、シスコ、面接の日決まったん?」
「だいたいね」
「予定教えてや」
「どうしてよ?」
「うちも面接に参加するからに決まってるやん」
「は? 今さら口出しするって言うの?」
眉間にシワがよるシスコ。
「口出し言うか、面接する人数多いんやろ? 他の誰かとやるんか?」
「私がやるわよ」
「一人でやるつもりやったん?」
「あなたが私に丸投げしたんでしょっ!」
シスコの眉間にマリアナ海溝が見える。
「えっ? ホープが人の紹介してくれる言うてくれたけど、うちはシスコがどんな人が欲しいか分からんから、シスコに聞いてって言うたんやけど。面接一人ですんの無理やろうからうちも休み取って一緒にやるつもりやってん。シスコが欲しい人を選んだらええけど、うちは雇ったらあかん人だけは見ときたいねん」
「雇ってはダメな人? 何を基準に選ぶのよ?」
「勘」
グシャっ。
そう答えたハンナリーにシスコの感情が膨れ上がり、レモンを握り潰した。
「あなたって人は………」
「えっ? えっ? うち、なんかあかんこと言うた?」
その様子を見て焦るハンナリー。マーギンは仕方がなく、間に入る。
「落ち着けヒスコ。ハンナリーはハンナリーなりの判断基準があるんだろ」
「誰がヒスコよっ!」
引き金を引くマーギン。
「とりあえず予定をハンナにも教えてやれ。合否決定はシスコがすればいい。ハンナはどうしても雇いたくないやつがいるなら、ちゃんとした理由をシスコに伝えろ。それでも雇うと言ったら引き下がれ。今、商会を回してるのはシスコだ」
「う、うん……そやけど」
「マーギン、それでいいのね?」
「俺じゃなく、ハンナに聞け」
シスコはハンナリーには聞かず、マーギンの言ったことが決定事項となり、ハンナリーはトボトボと軍人達のところに戻った。
「ずいぶんと険悪だな」
と、今のやりとりを見ていたオルターネンが、大丈夫か? と聞いてくる。
「隊長が間に入ってやってくれません?」
「遠慮しておこう」
危機回避能力の高いオルターネン。
「じゃ、誰か派遣してくれない? ホープとか」
「そうだな。マーギンの代行をしろとだけ伝えておく」
何をするか言わずに命令するのか。酷い上司だ。
「なぁ、ロッカ。シスコのやつ、またヤべぇことになってんじゃねぇのか?」
指に付いた甘辛唐揚げのタレをペロっと舐めながら、ロッカと話すバネッサ。
「ぶつぶつぶつぶつ……」
何かを呟いているロッカ。
「おい、ロッカ、聞いてんのかよ?」
「うむ、では行ってくる」
「行くって、どこにだよ? って、おい、ロッカ」
バネッサの声が耳に入っていないロッカはつかつかとマーギンのところにやってきた。
「どうした。何か食い足らなかったのか? マグロ食うか?」
「マーギンっ!」
ビクッ。
いきなり大声を出したロッカに驚くマーギン。
「な、なんだ? お前のリクエストだけ聞いてなかったから怒ってるのか?」
「お、お、お、お前が私をそんな風に見ていないことは理解している」
「何が?」
「分かっているっ。みなまで言うな。それでも、それでも……私は……」
真っ赤な顔をして下を向くロッカ。
「だからなんだよ?」
「……………わ、私を……抱いて……くれないだろか」
と、言って、両手で顔を隠す。
「は?」
その場にいる全員があまりの衝撃に固まるのであった。