王に呼ばれる
「解体魔法とは見事なもんじゃの」
アワビとサザエを食べ終え、他の食材を食べ始める。手始めに海老だ。王や王妃の海老を使用人がアチアチと殻を外すのを見て、マーギンが魔法で殻を外したのだ。
「便利な魔法ですよ。ハンターや料理人には売れると思ったんですけどねぇ。まだ一つも売れてません」
というより、店を開けてないからな。
「いくらじゃ?」
「500万Gです。ただ魔力量の問題もありますので、誰しもが使えるわけじゃないですよ」
「そうか。ワシには使えそうにないか?」
「どうでしょう? というより、陛下には不要な魔法ですよ」
と、マーギンは笑って答えた。
カタリーナが何度も海老を剥いて剥いてと、俺にせがむのが羨ましかったのかもしれない。
魚は塩鮭を焼く。そろそろみんなお腹が膨れているだろうから、シメに焼きおにぎりに鮭をのせた鮭茶漬けでも出してやろう。
と、自分の食べたいものを焼く。
「私も食べる」
「もう焼いてる。俺と同じ食べ方か、チーズのせかどっちにする?」
「どっちも!」
「なら両方作ってやるけど、残したら二度と作ってやらんからな」
「えー、両方食べたいけど、無理かもしれないじゃない」
「だったら、どっちかにしろ」
「じゃあチーズの……」
とふてくされて返事をした。チーズのせはローズと大隊長、王妃がリクエスト。
チーズのせ用の焼きおにぎりは焼き鳥のタレで甘めの味付けで焼きあげる。
「はい、お待ちどうさま」
チーズのせを先に渡してから、鮭をほぐしてお椀に入った焼きおにぎりにのせ、昆布出汁を掛ける。
あっ、乾燥海苔かけちゃお。
希望者に渡していき、ようやく自分も食べる。
「うん、旨い」
「美味しいの?」
「あぁ。醤油で香ばしくカリカリになった表面が出汁を吸ってるのがたまらんな」
「一口ちょうだい。あーん」
「お前なぁ……」
「だって、そっちも食べたいんだもん」
「チーズのせが半分残ってるだろうが」
「じゃ、これはマーギンにあげるね」
こいつ……
結局カタリーナに焼きおにぎりの鮭茶漬けを取られてしまい、食べかけのチーズのせを食うハメに。これはこれで旨いんだけど、日本酒向きじゃないな。
「口から鮭が出る……」
ぽこたん腹のカタリーナ。
「マーギンさん、カタリーナはいつもこんな感じですの?」
王妃は腹パンのカタリーナを見て、呆れた顔で聞いてくる。
「そうですね。欲望に忠実です」
城だとあまりご飯を食べないカタリーナ。王妃もこんなに食べるのかと驚いたようだ。
デザートはナムの集落でもらってきたサモワン。これぐらい自分で剥けばいいのに、王と王妃は使用人に剥いてもらっていた。
食事が終わり、大隊長、オルターネンと共に王の私室に誘われた。
「マーギン、また明日ねー!」
カタリーナは王妃と共に戻っていく。ローズも宿舎に戻るようだ。
俺はまだ付き合わねばならんのか。
「マーギン、聞きたいことがある」
私室でそう切り出した王は渋い顔をする。
「なんでしょう?」
「カタリーナとはその……」
「何もありません。世話を焼かされているだけです。ご心配なら、これから構わないようにします。王の命令ということで」
マーギンは食い気味に返答する。
「い、いや、別にそういうわけではないのだ。ただその……」
「多分、カタリーナは幼少のころ、陛下がお忙しく、あまりかまってもらえなかった反動がきているのでしょう。カタリーナと出会ってから、そんなに経つわけではありませんが、初めのころよりずっと成長してきたんじゃないかと思います。そのうち落ち着きますよ。ねぇ、大隊長」
「えっ? あぁ、そうだな。うむ、そうに違いないでしょう」
まさか自分に振られると思ってなかった大隊長。マーギンはちゃんと大隊長を巻き込んでおくことを忘れない。
「そうか、反動が来ておるのか……」
王はちょっと寂しそうだった。
「陛下、お話は姫様のことだったのですか?」
大隊長はこんなことに付き合わせたのかとでも言いたげだ。
「い、いやそうではない。ゴルドバーンがどうなっているのか知りたかったのだ」
「チューマンの件ですか? 前回報告してから行ってないので、何とも言えません。今回タイベでは出現しなかったので、狩場をゴルドバーンに移した可能性もありますが」
「そうか……」
「何か気になることがありましたか?」
「年に一度来るゴルドバーンからの貨物船が今年は入って来ておらんのだ。遅れている可能性も捨て切れんがの」
なるほど。気になっていたが、ゴルドバーンでチューマンが大量発生していたらまずいな。大陸中央を挟んで、王都も生存合戦の場になる。その前にチューマンに飲まれぬよう、ノウブシルクが大陸西側を捨てて、こちらに全力で攻めてくる可能性も否定できない。
「陛下、この冬に見てきます」
「おぉ、調べてきてくれるか」
「人類の存亡が掛かってますからね。ただ……」
「何かあるのか?」
「カタリーナを連れて行くことになります」
「なんじゃと?」
「時間を掛けるなら、自分一人でもいいのですが、短期で往復するならカタリーナの力が必要です。来年の春まで報告をお待ち下さいますか? 春というのも最短での話です。向こうで戦闘になれば戻りがいつになるか分かりません」
「カタリーナをか……」
「ご心配でしょうけど、連れて行くからには命懸けで守りますけどね」
「そうか。ではカタリーナの同行を認めよう。スターム、お前も行け」
「王都の魔物の防衛はどうするおつもりですか」
「オルターネンがおるじゃろうが。それともオルターネンには任せられんというのか?」
「いえ、問題ありません。では私も同行します。オルターネン、何人か連れて行くがかまわんな?」
「誰を連れて行くおつもりですか?」
「カザフ達、アイリス、バネッサだ」
「承知しました。できればノイエクスも連れていってくれませんか?」
「ノイエクスか。理由は?」
「マーギンの戦いを見ておいて欲しいのですよ」
「そうか、分かった。マーギン、構わんな」
「いいですよ。しかし、人数が多いとどうするかな」
「何がまずい?」
「ハンターとして入国することになりますが、自分は目立つでしょ? ゴルドバーンの南部はタイベと似たような気候ですから、フードを被るのもおかしいですしね。多分、衛兵に止められてややこしくなります」
「髪の色か」
「はい。一目で異国人だとバレます」
「なら剃れ」
「眉毛もですか? 賊と間違われますよ」
ツルンとしたマーギンを想像する大隊長。
「マーギンよ、ならば染めればいいのじゃ。髪色を明るくするものを用意しておこう」
と、王が助け舟をだしてくれた。この世界にもブリーチとかあるんだな。
私室を退出したあと、
「大隊長、カザフ達を選んだ理由はなんですか?」
「ん? 子供の成長とは早いものだ。お前は親代わりなのだ。その目で成長を見ておけ。それとチューマンの殲滅は無理だと判断したのだろ? であれば次世代のカザフ達に経験させておく必要がある。この国近辺にチューマンが出るようになるころには、カザフ達が中心になっているだろうからな」
「ありがとうございます。カザフ達を大隊長にお願いして良かったです。あと、バネッサを選んだのは分かりますけど、アイリスは?」
「単純に戦力としてだ」
「は?」
「マーギン、アイリスは化け物じみてきてるからな。大隊長の言う通り、戦力になるだろう。ノイエクスはまぁあれだ。邪魔なら参戦させなくていいが、お前の実戦を見せてやってくれ」
と、オルターネンに頼まれたのだった。しかし、アイリスが化け物じみてるとかどういうことだろうか?
そして、飲むかとなり、騎士隊宿舎の屋上で、ソーセージをつまみに酒を飲むことになったのであった。
同時刻、王妃の私室。
「あなた、ギャンブルしてまでお金が欲しいのなら、初めから言いなさい」
カタリーナは王妃に小言を言われていた。
「お金が欲しかったわけじゃないの。お母様のお土産に欲しいなと思ったのよね」
「お土産?」
「うん、お金をチップに交換して、賭けていくんだけど、いくつか景品があるの。それはお金でも買えないし、勝ったチップでしか交換してくれないの」
「で、その景品ってなんなの?」
「真珠のアクセサリーセット。結構良さそうだったのよ」
王妃はそれを聞いてピンときた。よく考えてあると。おおむね賭事をしたがるのは男性。同伴の夫人はいい顔をしない。しかし、夫人のための景品を取ると言えば、反対はしないだろう。しかも、お金では手に入らないであろう代物を景品にしてあるというところか。
カタリーナは魔導金庫のパスワードを入力しながら王妃と話をしていた。
「開け方のヒントとかは残ってなかったの?」
「うーん、ヒントを残してくれてあるみたいなんだけど、マーギンもそのヒントがどこにあるのか見付けられないんだって」
「タイベで何があったか順を追って話してくれないかしら?」
「うん、あのね」
と、ロプロウスの石化解除や、ミスティの石像が偽物かもしれないと説明していく。
「でね、その石像の人と、ミャウ族の族長代理の人がよく似てて、マナの心は親心っぉぉお、とかやるの」
「マナって何かしら?」
「マーギンもよく分からないんだって。それに儀式で、マナを押せ、マナを押せマーギンって言われてた」
「儀式に?」
「うん。ローズも儀式にマーギンの名前が出てきてびっくりしてた。あっ、そうだ。お母様にお土産あったの忘れてた」
カタリーナは部屋にお土産を取りにいき、袋を王妃に渡す。
「これは下着?」
「ううん、水着。タイベにパンジャって街があって、泳ぐときはそんな水着なの」
「あなたも着たのね?」
「うん。でもマーギンは無反応だった。じゃーん、どう? とかやりたかったんだけど、ローズにしか興味を示さなかったのよねぇ」
「そう」
「ローズが恥ずかしがって、騒ぐからよ」
カタリーナはプンスカとしながらもパスワードを打ち込み続ける。それは王妃に、もう寝なさいと叱られるまで、しつこく続けたのであった。