王妃からのお礼
「ねー、今度いつタイベに行くの?」
船のカジノで大負けしたカタリーナは懲りない。船から降りるなりこれだ。
「お前、ギャンブル禁止な」
「えーっ。だって取り返さないとダメじゃない。今度は絶対に勝つ!」
こいつ、すっかりシシリーの手のひらの上で踊ってやがる。何度やっても根こそぎ絞り取られるのがオチだ。
「金返してから言え」
「城に戻ったら払ってもらうわよ」
こいつ税金をなんだと思ってやがんだ。
「貸した金はトイチだからな」
「トイチってなに?」
「10日ごとに利子が1割付くんだよ」
「どうして?」
「ワシは王都のギンジロウでっさかいな。てんご言うたらあきまへんでぇ」
と、どこかで聞いたようなことを言っておく。王都まで10日もかからないから、実質は無利子だ。まぁ、返してもらおうとは思ってはいない。ロプロウスとミスティの石像にシャランランしてくれた報酬代わりだ。
船着場から移動すると、ライオネルの倉庫兼食堂街は完成していて、結構賑わっていた。
「おー、店増えたな。なんか食っていこうか」
「うんっ」
「マーギンさん」
店に向かうと呼び止められる。元漁師のハンナリー商会関係の人だ。
「順調?」
「おかげさまで。これ海藻なんですけど、売れますかね?」
「この辺で採れるやつ?」
「はい。嫁さん達が岩場で手摘みしてくるんですよ。去年の晩秋から採ったものを乾燥させたものです。このままで食べられますよ」
マーギンは乾燥海藻を食べてみる。
「これ海苔じゃん」
「売れそうですか? 嫁さん達のお小遣い稼ぎになればいいかなと」
どうやら、冬の間は海苔を摘み、今はサザエやアワビを捕るらしい。
「米が流通し始めたら、売れると思うぞ。できたら板海苔にしてほしいわ。板海苔なら、売れなくてもハンナリー商会が買い取ってやるから、挑戦してみて」
「板海苔?」
作り方は紙漉きと同じ要領だっけ? なんとなくしか知らないから、紙を作る原料を海苔に変えてやってみてと言っておく。上手くできたらおにぎりにも、海苔巻きにも使えるから楽しみだ。
「サザエとかアワビがあるなら買っていこうかな」
「食べに行くんじゃないの?」
「なら、サザエとアワビは王都に戻ってから食うか」
食堂に入って海鮮スープを食べる。アクアパッツァみたいな感じだ。ハードパンを浸して食べちゃお。
「ここは何時までやってんの?」
と、店の人に営業時間を聞いてみる。
「昼過ぎまでです」
「夜の営業はやらないのか?」
「セリ市が終わると人が少なくなりますので」
「そう? 飯というより、酒に合う料理メインにしたら飲みに来ると思うぞ。酒の種類を増やしてやってみたら? これも白ワインに合うしな」
ライオネルでは当たり前の料理。飯としてしか認識されてないようだが、俺にとっては酒向きの料理だ。
「はい、オーナーに言っておきます」
食べ終わって外に出て気が付く。この辺りは夜になると真っ暗になるのだろう。
「街灯を増やせば、人が集まってくるかな?」
人間を蛾扱いするマーギン。
「何見てるの?」
「いや、戻ったらシスコに言うから大丈夫」
と、丸投げすることに決めた。
トナーレでソーセージを大量に仕入れ、農村でじゃがいもや夏野菜を仕入れてから王都に。
「カタリーナ、これ王妃様に渡しておいてくれ」
と、バレットフラワーの蜜を渡す。
「自分で渡せばいいのに。一緒に来る?」
「いつもいきなり訪問して悪いだろ?」
カタリーナがいるとはいえ、いつもいきなり行くのは気が引けているのだ。
「別にいいじゃない。今日無理なら、私の部屋に泊まればいいし」
それはそれでどうかと思う。テントでは一緒に寝たりしているが、城の私室だとさすがにまずいだろう。
「いや、お前の部屋には泊まらん。今日無理なら出直すわ」
と、いうことで、王妃の元に向かうことになった。
「マーギンさん、お久しぶりね」
いきなり来ても王妃と常に面会できるけど、暇なのだろうか?
「ご無沙汰しております。タイベから戻りましたので、バレットフラワーの蜜をお土産にお持ちしました」
「あら、嬉しいわ」
と、少女の微笑みを見せる王妃。上品なカタリーナといった感じだ。
すぐにお茶とお菓子が運ばれてきて、一緒にいただくことに。
「ローズも食べなさい」
「自分は護衛ですので、大丈夫です」
「食べなさい」
「……はい」
圧、圧倒的な圧。
いかん、帰りの船にカジノがあったから、独特なフレーズが聞こえてくる。
しばらく歓談しながら、、お茶とお菓子を楽しんだ。
「お母様、100万Gちょうだい」
カタリーナがお菓子を食べ終わったあとにお金をせびる。
「何に使うのかしら?」
「マーギンに借りたの」
「借りた? 何に使ったの?」
「勝負に負けちゃったのよねぇ。初めは勝ってたんだけど、全部なくなっちゃった」
テヘペロをするカタリーナ。
「マーギンさん……」
「あ、すいません。別に返してもらう必要はないです。これに懲りたら、二度としないかと思ったのが逆効果だったようで申し訳ありません」
マーギンはハンナリー商会の船でギャンブルができることを説明すると渋い顔だ。
「もしかして違法でしたか?」
「いえ、そのような法律はありませんけど、のめり込む人が出てきそうですわね」
と、カタリーナを見る。
「今のところ、タイベからライオネルまでの航路しかできませんので、入り浸ることもできませんし、そこまで問題にならないかなと思います。運営しているやつはそのへんの匙加減は上手いと思いますよ」
「その方にずいぶんと信頼をおいてらっしゃるのね」
「そうですね。しっかりものですよ」
と、マーギンは笑って答えた。
「カタリーナ、あなたはタイベ滞在中の支払いはどうしてたのかしら?」
「マーギンが払ってくれてた」
「やはりそうですか。マーギンさん、いつも申し訳ありません」
「いや、自分の都合で来てもらってましたし、そんなにお金は使ってませんから、お気になさらずに」
「そういうわけには参りませんわ。お借りしたお金を返すのはもちろんですけど、何かお礼をさせていただかないと」
「本当に大丈夫です。そんなことをされては、カタリーナに気軽に何もお願いできなくなります」
「そうですか」
と、王妃は少し寂しそうだ。
「えー、では一つお願いをしてもよろしいですか?」
「えぇ、なんなりと」
「実はタイベの領主が犯罪の証拠品として、金の女神像を押収されたんですが、王都に保管されていると伺いました」
マーギンはいつ頃のことか、それを何に使うかを説明する。
「元々は先住民のものでしたのね」
「その可能性があるということです。確定ではありません。もし、その神殿のものでなければお返しいたしますが、神殿のものであればそのまま置いておきたいのです」
「かしこまりました。手配しておきますので、明日もう一度お越し下さいな」
「ありがとうございます」
「マーギン、金庫のことをお母様にお願いしてみたら?」
「王妃様に? どうしてだ?」
「金庫とは何かしら?」
「マーギン、話してもいい?」
王妃は俺の過去を知ってるから別にいいか。
「かまわんよ」
と、答えると、カタリーナはラーの神殿でのことと、金庫のことを王妃に話した。
「なるほど。マーギンさんでも金庫の開け方が分からないのですね。それは壊してもよろしいのですか?」
「壊すのは無理ですね。かなり強固な強化魔法が掛けられています。錬金魔法も弾かれましたので。物理でも魔法でも壊すのは無理そうです」
妖刀バンパイアに思いっきり魔力を込めたたら斬れるだろうが、中身まで斬れそうで試していない。
「見せてくださる?」
ハイと返事をしたマーギンは金庫を出した。
「ここにパスワードを入力したら開くのですが、パスワードが分からないのですよ」
「これは古代の文字で入力ですか?」
「はい」
そう答えると王妃は黙った。
「マーギンさん、よろしければうちの者に調べさせますわ」
「調べる?」
「ええ、研究者に調べさせますわ。24時間ずっと試し続ければ、開くかもしれません」
ノーヒントで一つ一つ試すのか。無理じゃね?
「何文字かも分からないんですよ?」
「ええ。承知しておりますわ。でも何もしないよりマシではありません? もし、開いても、中身は見ないように致しますので」
「だって。お母様に預けておいたら? マーギンが一つ一つ試す時間ないでしょ?」
それはそうなんだけど……
「よろしいのですか?」
「えぇ。お金よりこのようなお礼の方が受け取りやすいのではありません?」
そういうことか。
「では、よろしくお願い致します」
と、ミスティの魔道金庫を王妃に預け、明日、古代文字と現代文字の置換表を作ってくることになった。
「マーギン、ライオネルで買った貝食べたい」
カタリーナは欲望に忠実だ。王妃との話が終わるといきなり飯の要求だ。
「たまには城で食えよ」
「いや」
こいつ……
「なんの貝かしら?」
王妃も興味を持ってしまった。
「サザエとアワビです」
「あら、いいですわね」
「……そうですね。中庭でよろしいですか?」
「ええ」
すでに王妃も食べることが決定しているようなので、そう聞くしかなかった。
(ローズ、大隊長と隊長も呼んできてくれ。間が持たん)
(分かった)
マーギンは生贄を増やす。きっと王も来るだろうからな。
「カタリーナ、お前は準備を手伝え」
「うん」
その様子を王妃は笑って見ていた。
「マーギン、何してるの?」
「サザエの下準備だ。このまま焼いてもいいんだけどな、みんなが上手く蓋を開けられないかもしれんだろ?」
これが終わったらアワビの下準備。魔法と手作業を併用だ。
「王妃様は肝ソース食べられるかな?」
「美味しい?」
「少し苦くて磯の風味がある。多分お前は無理だ」
「じゃあダメかも」
肝ソースは別添えにするか。大隊長が食うだろ。
これだけだと淋しいので、海老や魚も用意した。今夜のメニューは海鮮バーベキューだ。
全ての用意が終わり、炭に火をつけたところに、ローズが大隊長とオルターネンを連れてきた。
「マーギン、何を食わせてくれるのだ?」
大隊長は王や王妃に慣れているが、オルターネンは緊張気味だ。
「なぜ俺まで呼んだ?」
「生贄」
オルターネンにしれっと答えるマーギン。全ての準備と人数が揃ったことで使用人が王妃を呼びにいく。案の定、王もやってきた。
「マーギン、久しぶりじゃの」
「ご無沙汰しております。余興にお付き合い下さり、ありがとうございます」
こちらが無理矢理誘った体を取らないとダメなのだ。
「かまわん、ここで食う飯は旨いからの。スタームも来ておったか」
「はい。マーギンがご馳走をしてくれると聞きましたので」
オルターネンとローズは頭を下げたままだ。すまんね。
「おぉ、アワビではないか。どうやって食う?」
大隊長もアワビが好きなようだ。
「ステーキを予定してますけど、希望の食べ方あります?」
「ステーキ以外に何がある?」
「生、酒蒸し、煮鮑とかですね。煮るのは時間がかかります」
「では、生と酒蒸しも頼む」
「陛下と王妃様はどうされます?」
「同じものを頼む」
王も全部。王妃もニッコリと微笑むので同じだな。
「私も全部」
はいはい。
酒蒸しとステーキ用に肝ソースも別に作らんとダメだな。
先にサザエを炭火にのせる。
「大隊長、焼けてきたらこのソースを適量掛けて下さい」
「もう蓋を開けてあるのか?」
「食べやすいように処理してありますよ。ハラワタが好きな人は食べて下さい。カタリーナはハラワタを食うな。絶対に口から出すから」
うぇぇぇをするのが目に見える。
しばらくすると、サザエの焼けるいい匂いがしてくる。大隊長はちゃんと醤油と酒で作ったタレを入れている。酒は日本酒を渡しておくか。
ショワワワワ。
さらにいい匂いがしてくる。サザエの焼ける匂いって本当に旨そうな匂いだ。
その間に生のアワビを皿に盛って使用人に渡す。おそらく残すだろうけど、あとでバター炒めにすればいい。
「マーギン、これ硬いし、味がしない」
「よーく噛んだら旨くなってくる。嫌いなら残せ。あとでバター炒めにしてやる」
「むっ、これはしみじみと旨さがやってくるな」
大隊長は結構グルメだ。生のアワビも旨いと感じるようだ。
「マーギンにあげる」
酒蒸しを作っているマーギンの口に刺身を入れてくるカタリーナ。マーギンも何も気にせず口をあけて食べながら作業を続ける。そして、できた酒蒸しを一口味見をする。
「それは美味しい?」
「これなら好きだと思うぞ」
マーギンは一口サイズに切ってカタリーナの口の中に入れてやる。
「おいひい」
「だろ? 多分、次のステーキが一番好きだと思うから、お腹あけとけ」
「うん」
この様子を王は渋い顔、王妃は優しく微笑んで見ているのであった。