抜け目なんてないわよ
ナムの集落で2日滞在。シシリーが集落の様子を見たり、あちこちで何かを依頼していた。仕入れるものを具体的に打ち合わせしていたのだろう。
次は土の神ディンを祀る集落に移動する。
「シシリー、大丈夫か?」
シシリーの顔色が悪い。
「ごめんなさい、体力がなくて」
こちらは慣れたものだが、シシリーは森の中を歩くのに慣れていない。辛いのを隠していたので、へばっているのに気が付かなかった。
「マーロック、シシリーを背負え。ここは虫が多いから、移動を続けるぞ」
「お、おぉ、分かった」
「マーギンが背負わないの?」
いつもはマーギンが誰かを背負っているので、カタリーナが、え? という顔をする。
「虫も多いが、虫系の魔物も多いからな。俺の手が塞がるのはまずいんだよ」
という建前でマーロックに任せる。
「ほんと、蚊が多いわね」
「じゃ、これを塗っておけ」
マーギンはスーッとする草を漬けたアルコールをシシリーに渡す。
「これを塗ればいいのかしら?」
「そう。蚊が寄ってくるのがマシになるし、少しの間は暑いのもマシになるぞ」
みんなでペタクタと塗る。
「マーギン、足に塗ってくれない?」
シシリーが白い足をにゅっと伸ばしてくる。
「自分で塗れ」
「せっかく、触る言い訳を作ってあげたのに」
「誰が触りたいといったんだよ」
ったく、シシリーのやつ。ローズが俺のことをピーマンを見るような目で見ているじゃないか。
「きゃーーっ、目が痛い」
次はカタリーナが顔全体に塗りやがった。
「目の周りに塗ったらそうなるだろうが。ほら上むいて目を開けろ。水で洗い流してやる」
「痛くて開けられないの」
「ったく」
マーギンはカタリーナに顎クイをして上を向かせて、目を指で開かせる。
「痛ーーーいっ。痛い痛い」
「我慢しろ」
指先からジョロロと水を出して目を洗い流していく。
「マシになったろ?」
「目がゴワゴワする」
「真水で洗うとそうなる。すぐに違和感が取れるから」
マーギンは顎クイをしたまま、カタリーナの目に異常がないか確認をする。
「私にチューするの?」
「しません」
そう言われて、顎クイをやめた。そんな冗談を言えるならもう大丈夫だろ。
《シャランラン!》
カタリーナが目をコシコシしたあと自分にシャランランする。
「ゴワゴワしたのも治った」
「そりゃ良かったな」
自分にシャランランしたカタリーナからやっぱり甘い匂いがし始めた。
「マーロック、カタリーナから甘い匂いがするか?」
「嬢ちゃんから甘い匂い? いや、分からんぞ」
甘い匂いが分かるのはやはり俺だけか。ということは実際には匂いではないのかもしれん。
「嗅ぐ?」
「嗅ぎません」
嗅がれなれてきたカタリーナは手の甲をマーギンの前に持ってくる。
ブーーン。
「ちっ、みんな伏せとけ」
大きな羽音と共にやってきたのはキラービー。魔物としては小さく、手のひらサイズだが刺されるとヤバい。
マーギンは次々と寄ってくるキラービーを氷魔法で包んで落とし、踏み潰していく。
「カタリーナ、お前、森の中でシャランランを使うな。このキラービーはお前の匂いに寄ってきたんだ」
「そんなに匂うの?」
「こいつらは匂いに敏感だからな。シシリーも森の中に入るときは香水つけてくるなよ」
「大丈夫つけてないわよ」
「そうなのか? いい匂いしてるぞ」
と、シシリーを嗅いだマーロックは鼻にビンタされていた。誰しも嗅がれるのは嫌なのだ。
キラービー騒動が終わったあと、マーロックにシシリーをおんぶさせて移動する。
「重くない?」
「エルラぐらい平気だ」
「マロ兄ぃ、汗臭いよ」
「しょうがねぇだろ。そんなに嫌なら鼻をつまんどけ」
臭いと言われたマーロックは不機嫌だが、シシリーは安心したかのように、子供みたいな顔をしてマーロックに身を預けていた。
ディンの集落には3日滞在。シシリーはマーギンに食材の調理方法を聞いたりして、売れそうなものを増産依頼していた。
「マーギン、パンが食べたい」
米と芋を練ったような主食に飽きてきたカタリーナ。
「嬢ちゃん、パンが食いたいのか? ならこれを焼いてやろう」
と、ディンの民がドッジボールサイズの実を焚き火で焼いていく。
「これパンなの?」
「パンみたいな匂いのする実だな」
と、焼けたものの皮を取り渡してくる。
「美味しいけど、じゃがいもみたい」
「これ、熟してないやつあるか?」
「あるぞ」
と、マーギンは熟しきるまえのものをもらい、蒸してから裏ごししてコロッケにしていく。
◆◆◆
「旨いけど、パンと全然違うじゃん」
「旨ければなんでもいいではないか。いちいち文句を言うな」
ミスティに怒られるマーギン。文句を言ったわけではない。感想を言っただけだとブツブツ言いながら食べる。
過去のシャーラムで、芋に飽きたと言ったら村人がパンの実を焼いてくれたのだ。
「ごめん、パンの実って言われたから、パンみたいな味がするかと思ったんだ。まずいわけじゃないんだよ」
「こちらの方がパンの匂いに近いかもしれません」
と、まだ熟してない実も焼いてくれた。
「あっ、これは少し甘いな。南国フルーツ風味の焼き芋みたいだわ」
どこがパンの実の匂いかわからなかったが、おやつとして食べる分には美味しかった。
「旨いのか?」
甘いと聞いたミスティがこっちのを欲しそうな顔をする。
「旨けりゃなんでもいいんだろ? 今食ってるやつを食え」
「貴様ーーっ、少しくらいくれてもいいではないかっ!」
喧嘩を始めるマーギンとミスティにオロオロする村人達。
仕方がないので、ミスティに分けてやろうとすると拗ねて食べなかった。中身はババアのクセに、見た目通り子供だな。
そして、なかなか機嫌を直さないミスティに、パンの実をコロッケにして口に突っ込んだのだった。
◆◆◆
「マーギン、これ美味しいっ!」
「そうか、良かったな」
カタリーナはパンの実コロッケを口に突っ込まれてムグムグしたミスティと同じような表情で喜んだ。
「マーギンさん、こんな食べ方があったんですね」
「俺にはオヤツとしか思えんがな。カボチャとかでも似たような感じになるぞ」
甘いカボチャのポタージュを気に入っていたローズもパンの実コロッケを美味そうに食っている。シシリーはこれも気軽に食べられるオヤツとして販売すると言う。こんなもん売っても利益出ないだろうに。
「マーギン」
「なに?」
「この実はタイベでどこでも採れるのよ」
「それがどうした?」
「原価はパン粉と油代だけ。そこそこ利益出るわよ」
何も口に出してないのに、心を読まれたマーギン。
「単価安いだろ? 2個100Gとかそんなもんじゃないのか?」
「もう少し大きめにして、1個100Gって感じね。商売は単価の高いもの、安いもの、バランスよく扱わないと長続きしないものなのよ」
そういうものなのか。まぁ、好きにしてくれ。商売は任せたのだから。
こうして、シシリーを先住民に紹介するミッションも完了し、用件が済んだマーギン。
「マーギン、王都に戻るんでしょ?」
そう、ロドリゲスにラーの祭壇のことを頼まねばならないのだ。
「そのつもりだけど。なんかあるのか?」
「帰りは客船に乗って欲しいの」
「客船に?」
「そう。新しい客船を体験して帰ってね」
そういうことか。
と、いうことで、タイベ領都からライオネルへは、リフォームされた客船で帰ることになったのだった。
「なにこれ?」
マーギンが客船の中で見たものはカジノ会場。
「ライオネルからタイベに向かうときは、ショーを見てもらって、タイベからライオネルに向かうときは賭けごとを楽しんでもらうの」
「行きと帰りでどうして変えたんだ?」
「来るときにスカンピンになったら、タイベを楽しめないでしょ?」
と、笑うシシリー。帰るときに持ち金全部落としていってもらう腹づもりのようだ。やっぱり抜け目ないわ……
そして、客船の中でカタリーナはカジノに夢中になり、マーギンに大きな借金を作るのであった。