いい大人のはず
「こっ、こんなの裸同然ではないですかっ。こ、こ、こ、こんな姿で人前に……マーギンの前に出られるわけが」
テントの中で白いビキニに着替えたローズは全身がピンク色になって顔から蒸気を噴き出している。
「早く行くよっ。シシリーが先に外に出ちゃったら、全部持っていかれるじゃない」
シシリーから溢れ出る色気の水着姿を先に見られてしまうと、あとから外に出た者のインパクトが薄くなる。
「もう、先に外に出ていいかしら?」
「ダメっ。シシリーは絶対に最後」
先に出ていいかと聞くシシリーを止めるカタリーナ。
「ほら早くっ!」
イヤイヤするローズを無理やり引っ張り出す。
「マーギンっ! お待たせー!」
元気いっぱいのカタリーナに引きずり出されたローズは外に出るなりうずくまった。
「みっ、見るなっ、私を見るなーーっ!」
大きな声で叫ぶので注目を浴び、なんだなんだと人が集まってくる。
人だかりになってしまったので、マーギンは慌てて自分の着ていたシャツを脱いで渡すと、ローズは涙目でそれを受け取り、急いで着る。
「まったくもう。ローズの意気地なし。恥ずかしいのか、人目を集めたいのかどっちなのよっ!」
カタリーナは、マーギンに「じゃーん、どう?」をやりたかったのに、ローズのせいで台無しになったことを怒っていた。
「み、見るな……」
水着の上からマーギンのシャツを着たローズ。見られるのが恥ずかしいので、前かがみになってシャツを下にぐいっと引っ張る。
ブッ。
マーギンは思わず目をそらす。白いビキニなだけに、ローズの胸チラと変わらない光景が目に飛び込んできたのだ。
「マーギンのえっち」
カタリーナがその様子をニヤニヤしながらからかいにきた。
「カタリーナ、ローズがこんなに嫌がってるのに、無理やり水着を着せんなよ。どうせ命令でもしたんだろ。セクハラだぞ」
どの口が言うマーギン。
「ハイ、マーギン。どうかしら?」
エグいハイレグ水着を身に着けたシシリーがウッフンポーズでマーギンにウィンク。
「お前、ケツが半分出てんじゃねーか。もう少し隠せ。マーロックの目に毒だ」
マーロックはシシリーの水着姿にドギマギしていた。
「んもうっ。もうちょっとは照れるとか、目がハートマークになるとか、そういう反応をして欲しいわ」
「目がハートマークになんかなるか。てか、このビーチにこんなに店があったか?」
マーギンは待ってる間に、ずいぶんと様変わりしたパンジャのビーチに驚いていた。出店というか、海の家みたいなものがたくさんできていて、ビーチにも人が多いのだ。
「ふふふっ、賑やかになったでしょ?」
「やっぱりお前の仕掛けか」
「そう。自分で飲み物や食べ物を用意するの大変じゃない? みんなで話し合って、簡単なお店を出すようにしたのよ」
こういう店ができると、一気にリゾート感が増すな。マーギンはどんな店があるのかシシリーに説明を受ける。
「マーギンっ、泳ぎに行こうよ」
それを待ち切れないカタリーナ。
「お前、泳げるのか?」
「ううん。だから教えて♪」
「ローズはどうすんだよ?」
ローズはしゃがんでマーギンのシャツで身体を隠している。
「もうほっとけばいいのよ。ここまで来て往生際の悪い」
腕組みをしながら呆れてそう言う。どうやら水着も命令したわけではなく、ローズが自分で買ったらしい。
「マロ兄、お嬢ちゃんに泳ぎ方を教えてあげて。マーギン、あのお嬢さんをほっとけば、他の男達が寄ってきて、悪さされるかもよ」
「エ、エルラはどうするんだよ。お前一人になるじゃねぇか」
「大丈夫よ。店の人達とも話があるから」
シシリーはマーギンの背中をトンッと押して、早く行ってあげなさいと促した。
「ロ、ローズ。せっかくだから海に入るか?」
「どうして、みんなこんな裸同然の姿が恥ずかしくないのだ」
涙目でマーギンを見上げるローズ。
「ここじゃ、これが普通だからだろ。そうしてうずくまってる方が人目を引く。それにマーロックがカタリーナを連れて海に行ったから、あんまり離れないほうがいい。ローズは護衛だろ?」
護衛だと言われてハッとする。マーギンも自分のところにいる。こうして恥ずかしがって、姫様から離れてはいけないのだ。
「分かった」
そう返事をしたローズにマーギンは手を出した。
「じゃ、行こうか」
ローズはその手を取り、そのまま手を引かれて海へ。
「はぁ、二人ともいい大人なのに、少年と少女みたいね」
その様子を見ていたシシリーは甘酸っぱいものを見ているようだった。自分はマーギンを楽しませるために、レンタルベッドとサイドテーブル、ヤシの葉で編まれた大きな日傘を店の人に運ばせておく。
「お、お姉さん。僕たちと泳ぎませんか」
シシリーが日傘の下でベッドに座っていると、ナンパしてくる男達。
「ビーチって、暑いわねぇ。何か冷たいものが飲みたいわ」
ニコッと微笑んでドリンクを持ってこさせる。そして、大きなうちわのようなものも借りてこさせて、男達に扇がせていた。
バチャバチャバチャとマーロックに手を持ってもらい、バタ足練習をするカタリーナのところに、マーギンとローズが手をつないでやってきた。
ニヤニヤニヤ。
「なんだよ?」
「仲いいね」
そうからかわれて手をパッと離すマーギンとローズ。
「ちっ、違う。人が多いからはぐれないようにだな……」
からかわれて赤くなる二人を見たカタリーナ。けしかけておいてなんだが、いきなり手をつないできたことに、なんかイラッとした。
「えいっ!」
ビシャ。
「ぶわっ、水掛けんなよ」
ビシャビシャビシャ。
「わっ、ブブブブ」
カタリーナの連続攻撃。
「やりやがったなこのっ!」
マーギンも負けじとビシャビシャとカタリーナに水を掛け返す。
「キャアっ。やったなこのっ!」
それに反撃するカタリーナ。また応戦するマーギン。はたから見たら、キャッキャウフフで水を掛け合ってるように見えるが、どんどん水の掛け合いが激しくなっていく二人。
ビシャシャシャシャッ。
激しい水の掛け合いに、マーロックとローズも巻き込まれていく。
「マーギン、姫様っ、いい加減にゴブブブブブ」
止めようとしたローズにカタリーナからの大量水攻撃。
「カタリーナ、いい加減にゴブブブブブ」
マーギンがそれを注意しようとしたときに同じ攻撃を食らう。
「キャーハッハッハ。ゴブブブブブだって」
《ウォーターバースト!》
「ゴブブブブブ」
大笑いするカタリーナにマーギンの容赦ない水魔法攻撃。
「ゲーホッゲホゲホ。魔法で攻撃してくるなんて酷いじゃない」
「お前がしつこいからだろうが」
横ではローズも海水が口に入ってケホケホしている。
「姫様、他の人達もいるのですから、迷惑にならないように遊んでください」
「ローズ、もう恥ずかしくないの?」
「マーギンのシャツを借りましたので、少しはマシになりました」
「なんか、凄いえっちだよ?」
「え?」
濡れたシャツがピタリと肌に張り付き、白い水着が透けている。シャツの丈がビキニの下ギリギリなので、チラリズムも演出しているのだ。
カタリーナにそう言われたローズを見たマーギンが目を逸らす。
「みっ、見るなーーーっ!」
ぐぼぼぼぼと、海に顔までしゃがんで隠したローズ。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、最後は観念してシャツも脱いで完全な水着姿になるのであった。こうして、マーギンは目の前でローズがシャツを脱ぐというシーンのご褒美をもらったのであった。
「うわーーーん。痛いよぉっ」
マーギンがデレているときに、近くにいた子供が泣き出した。
「どうした?」
子供は痛いと泣くばかり。近くにいた母親もオロオロとしている。
「こいつぁ、クラゲにやられたな。急いで水から出すぞ」
マーロックがすぐに何にやられたか判別し、抱きかかえて岸に連れていく。
「マーギン、酢を持ってねぇか?」
「あるぞ」
マーロックに酢を渡すと、それをジャバジャバ掛けて、触手を取り除いていくと、触手にやられたところが赤く腫れ上がっていた。
「ずいぶんと腫れてるけど、大丈夫なのか?」
「触手は取れた。あとは冷やしてやるしかねぇんだが。下手したら命にかかわる。こいつはハブクラゲだな」
命に関わると言われて母親が青ざめ、なんだなんだと周りの人が集まってくる。
「マーロック、これは毒なの?」
「そうだ」
と、カタリーナがマーロックに毒かどうかを確認した。
「マーギン、杖を出して」
「はいよ」
カタリーナはマーギンからエクレールを受け取り、天にかざす。
「我の名はカタリーナ。癒しを与えるものなり。聖杖エクレールよ、この子の毒を消し去りたまへ」
《シャランラン!》
優しい光が子供を包み、みるみるうちに赤く腫れ上がっていた部分が治っていく。
「どう? もう痛くない?」
「うん、もう痛くない。ありがとう、鰯のお姉ちゃん」
「鰯じゃなくて、癒しよ」
せっかく言い間違えなかったのに、癒しという言葉を知らなかった子供に鰯と変換される。
「鰯様、子供を助けていただきまして、ありがとうございます」
それにつられた母親にカタリーナは鰯本体呼ばわりされたのだった。そして、周りの人々からは、鰯すっげぇ、鰯の奇跡だとかざわめく。
「んもうっ。ちゃんと言えたのに」
プンスカと怒ったカタリーナは、マーギンにもう一度海に入ろうっと言って手を引っ張っていく。
「お前、また甘い匂いしてるぞ」
マーギンは手をつないだまま水着姿のカタリーナを嗅ぐ。
「だから、嗅がないでって言ってるでしょっ!」
「もしかしたら、シャランランの影響で甘い匂いを発してるんじゃないか?」
「そうなの?」
「さっきまで、こんな甘い匂いしてなかったからな」
と、また嗅ぐ。
「自分では分かんない」
「お前、外でシャランランを使ったあと気を付けておけ」
「何に?」
「ハチとかだ。ローズは分からないと言ってたけど、俺には甘い匂いに感じる。もし、それが魔物や虫も感じ取れたとしたら、襲われるぞ」
「プロテクションも使えるようになったから平気。それより泳ぎ方教えて」
真剣な顔でそう言ったマーギンだが、あっさりとそう答えて、マーギンと海に入ってご機嫌になるカタリーナ。なんか魚が寄ってきているような気がするけど気にしないでおこう。
そして、カタリーナが満足したので、海から上がると、シシリーは4人の男から大きなうちわで扇がれ、優雅にドリンクを飲んでいたのであった。