ガター
タイベで宝探しか……嫌な予感がするな。
マーギンは過去にラーの神殿が荒らされた話を思い出していた。ムーの遺跡も荒らされた形跡が残っていたから、こういう噂話は知る人ぞ知るってやつなのか、それとも……
「マーギン、こいつらはどうするのだ?」
「このまま捨てる? ここなら死んでも魔物か虫が綺麗に掃除してくれるから、何も残らんよ。最終的にGが来ると思うから、早くここを離れよう」
足と口から血をダラダラと流して気絶している男二人と、ガタガタ震える残りの男達。
「見殺しにするのか?」
「連れて行くの面倒じゃん」
しれっとそう答えるマーギン。
「お前というやつは……」
しかし、これはタイベ領主のエドモンドに報告しとかないとダメだな。雇われたのがこいつらだけとは限らん。
マーギンはズルズルと男達を引っ張って集め、土魔法で作った箱に詰める。
「たっ、助けてくれ」
《スリープ!》
潤んだ目で助けてくれと叫んだ男達に睡眠魔法を掛けて蓋をした。
「まさか埋めるつもりか?」
「それでもいいんだけどね。ちょっと気になるから領主に報告するわ」
「このままでは窒息するぞ」
そう言われたマーギンは少しだけ空気穴をあけておく。カブトムシとかと同じだ。
「カタリーナ、起きろ」
まだ爆睡していたカタリーナは先ほどの光景を見ずにすんだ。
「まだ眠い」
「しょうがないな。夜までどこかで休憩するか」
明るい間に転移魔法で領都に行くのもまずいので、Gが寄ってきそうなここから離脱することに。
《スリップ!》
箱を浮かせて移動する。
ゴッ、ゴンッ。
森の中なので箱が木に当たって進めない。
「面倒だなこいつら。やっぱり捨てるか」
「マーギンっ」
ローズに睨まれたので、プロテクションでスロープを作り、空中に浮かぶことに。
カタリーナはローズがおんぶ。マーギンはプロテクションスロープに箱を載せ、押していく。
「くっそ重てぇ」
浮いていても、上に押し上げていくのに相当力を使うので、身体強化をして押した。
「マ、マーギン。大丈夫なのかこれ……」
初めて空中に登っていくローズは足が震えている。高いところが苦手なのかもしれない。
「もうすぐ水平にするから」
木の高さより上に来たところで水平にプロテクションを展開。箱があるから幅は広めだ。
「だ、大丈夫なのか」
「もしかして高いところ怖いの?」
「そ、そうでもないのだが、こう下がすけすけだと足が震えてくるのだ」
膝がカクカクしているけど、カタリーナをおんぶしたまま落っこちないだろうな? それと浮いている箱を押してまっすぐ進ませるのが意外と難しい。気を抜くと落としそうだ。ここまでGは来ないだろうから、夜まで休憩だな。
箱のスリップを解除し、マットレスを出してカタリーナを寝かせておく。この状況で起きないとは大物だな。
「これからどうするのだ?」
「日が暮れるのを待って、転移魔法で領都に行く。どこに出口を設定するか迷うね」
「いきなり我々が現れたら驚くだろうからな」
候補地はアイリスの実家近くか。孤児院でもいいんだが、転移魔法の説明が面倒臭い。シシリーに見つかったら、商売に利用されるかもしれん。
特にすることがないので座ってぼーっと考えごとをしていると、ローズがソワソワと落ち着かない。
「トイレ?」
デリカシーのないマーギン。
「ちっ、違う。なんかこう落ち着かないのだ」
地面から離れているのが落ち着かないというローズ。
「じゃあ一度下に降りようか」
「そ、そうしてくれると助かる」
立ち上がったローズが恐る恐る下をのぞき込んでいるので、イタズラ心が湧き出るマーギン。
トンッ。
「きゃぁぁぁ。何をするのだ。バカモノバカモノっ!」
「ごめん、プロテクションはまだ先にもあるから落ちないって」
ローズは涙目になってキッと睨み、無言でぽかぽかと叩いてくる。うむ、なんか幸せである。
ジーーーっ。
「わぁっ、起きてるなら起きてると言えよっ」
ローズにぽかぽかされてニヤけているマーギンをカタリーナが見ていた。
「ちょっと目を離すと、すぐにイチャイチャするんだから」
「イチャイチャなんかしておりませんっ。マーギンが私を落とそうとしたのですっ!」
「プロテクションで上に登ったの?」
「そうだ。ローズが高い所は落ち着かないというから、今から降りるところだ」
「この箱は?」
「カブトムシが入ってる」
そう答えたマーギンは緩やかなスロープ状のプロテクションを下まで展開する。
《スリップ!》
箱を浮かべてスロープまで移動。
シューー。
音もなく滑って落ちていく箱。
「結構なスピードが出てるけど大丈夫なのか?」
「この角度でもあんなにスピードが出るんだな」
どんどん加速していく箱。
「あっ……」
スピードの乗った箱はプロテクションスロープから落ちてしまった。
「ガターだね」
そう呑気に答えたマーギン。落ちた箱はピンボールの玉のように木々に当たって落ちたから大丈夫だろう。
「さ、俺達も降りようか」
「いっ、いやだ。私もあんな風になるかもしれないではないか」
今の惨事を見て、腰が引けるローズ。
「歩いて降りるから大丈夫だって。カタリーナも自分で歩けよ」
「歩くの? 滑っていこうよ。これぐらいなら大丈夫じゃない?」
「お前、前のときでこりたんじゃないのか?」
「これぐらいなら大丈夫。私が先頭ね!」
ジェットコースター気分のカタリーナが先頭、マーギンが後ろからカタリーナを抱き抱えるように座り、最後尾のローズはマーギンの背中にしがみつく。
「しゅっぱーつ!」
シュルっ……シュルルルルッ。
前のときより遅いが、まぁまぁスピードが出てきた。
ぎゅぅぅぅう。
ローズが後ろから力いっぱい抱きしめてくる。うむ、次から同じ移動をしよう。
スピードを落とすために、時々登りにしたりしながら下まで降り、落っことした箱を探す。
「マーギン、開けて確認しなくていいの?」
「うーん、気配はあるから大丈夫だろ」
見つけた箱の中を確認せずに、夜を待った。
「さ、移動するぞ」
「結局どこに転移するのだ?」
「衛兵に引き渡すから、離れてると面倒だよねぇ。港に転移しようか」
「人目に着くのではないか?」
「二人とも気配を消して。見つかっても、船の荷物と思ってくれるかもしれない」
最悪誰かに見られたら、騒がれる前に魔法で眠らせよう。
転移の魔法陣を浮かべて、ローズ、カタリーナを先に送ったあと、マーギンも箱を押しながら魔法陣へ。
《シャランラン!》
マーギンが魔法陣から出てきて、オロッとしかけたときに治してくれるカタリーナ。
「おー、めっちゃ楽だ」
「へへーん。凄いでしょ」
「凄いぞ」
カタリーナの頭を撫でてやり、箱を押しながら衛兵の詰所に行く。
「こんばんはー」
「なんだ……お疲れ様です!」
マーギンに気付いた衛兵が敬礼で挨拶する。
「怪しいやつを捕まえてきたんだけどさ、牢屋に入れといてくれない?」
「罪状はなんでしょう?」
「不敬罪」
「えっ?」
「貴族に向かって剣を抜いて殺害しようとしたんだ。未遂に終わったけどね。今、箱開けるから」
と、土魔法を解除すると、血まみれの男達。生きてはいるが、眠ったままなのか、気を失っているのか分からない。
《スリープ解除!》
「う、うーん……痛ぇぇぇっ!」
目を覚ますと、大声で痛いと叫ぶ男達。
「騒ぐとムカデが来るぞ」
ビクッ。
マーギンにそう言われた男達は苦悶の表情を浮かべながら声を殺した。
「酷い状態ですね」
「そうだな。これだと取り調べに支障が出るか。聖女様、この者達に鰯をお願いします」
「鰯じゃないわよっ」
と、プンスカしながらシャランランで怪我を治した。なんか、足が曲がったままな気がするけど、初めからこうだったのだろう。と、いうことにする。
「それぞれ個別の牢に入れといて。明日、内容を領主に直接報告するから」
「かしこまりましたっ!」
「さ、一段落付いたから飲みに行こうか」
マーギン達は宿を取って、街に繰り出したのであった。
翌日、領主の元へ。
「姫殿下、ようこそボルティア家へ」
カタリーナが突然来たから大慌てだ。
「領主様、お気遣い不要ですよ。それより報告があって参りました」
別にマーギンが気遣われているわけではない。
マーギンはエドモンドに男達の話をした。
「宝探しの依頼か……」
マーギンの報告を聞いてエドモンドは難しい顔をした。
「それだけだと罪にはならないんですけどね、カタリーナがいるのに剣を抜いたので、捕まえて衛兵に引き渡しました」
「その者達に、姫殿下のことを明かしたのかね?」
「いえ。身分を知らずとも、丸腰の男一人、女二人相手に剣を抜くのは怪しいですからね。宝探しの依頼を誰に受けたまでは分からなかったんですが、組合を通した依頼ではありません」
「直接の依頼か」
「いや、ハンターとして活動していたものではないと思います。ハンターをしていたら、あの装備であんな森の奥深くまで来ないと思いますので。今回捕まえなくても、いずれ魔物の餌になっていたと思います」
エドモンドは今の話を聞いて考え込む。
「何か気になることでも?」
「あぁ。少し前に当家に賊が入ってね」
「噂は聞きました。被害はなかったんですよね?」
「そうなんだが、賊に入った目的がはっきりしないままなのだよ」
「金目の物を盗ろうとしたんじゃないんですか?」
「あぁ。金貨や宝石を盗ろうとした形跡がないのだよ。尋問しても金目の物を盗もうとしただけだとしか言わなくてね」
「そいつらはまだ牢に?」
「そのままだ」
「じゃ、明日俺が聞いてみますよ。その許可だけいただけます?」
と、エドモンドに尋問の許可を一筆書いてもらい、翌日、馬車で向かうことになったのであった。




