あくマーギン
宴会が終わったあと、ローズとカタリーナはテントに。マーギンは山犬達と外で寝る。
「ポニー、お前も中で寝てきたらどうだ?」
「ここで寝るの」
山犬に埋もれているマーギンにくっついてきたポニーがマーギンに顔を埋めてくる。そして、
クンカクンカ。
「嗅ぐなよ」
心のダメージを引きずるマーギン。
「私のお父さんもこんな匂いだったのかな?」
さらに傷をえぐられるマーギン。
「ど、どうだろうな……」
王や父親の臭い……
やっぱり俺はちゃんと歳をとっているのだろうか? 見てくれや体力より先に臭いに年齢が出てきているのかも……
自分をクンカクンカしたマーギンは何度も自分に洗浄魔法を掛けてから寝たのであった。
「姫様、あまり人の匂いをどうこう言うのはやめておかれた方が……」
「マーギンが私のことを嗅ぐからじゃない。甘い匂いとか言われても恥ずかしいんだからね」
マーギンの前で汗臭いと言われたローズはもっと恥ずかしいのだ。
「しかし、マーギンは王と同じ臭いと言われたらショックなんじゃないですか?」
「どうして?」
それはおっさんの臭いだからと言いかけたローズ。王に対して不敬だと思い、モゴモゴする。
「臭いって言ってないでしょ。お父様もマーギンも優しい匂いなの。なんか安心する匂いっていうのかな?」
「そういう意味でしたか」
おっさんの臭いと言わなくて良かったと思うローズ。
「私の匂いって甘いの?」
「いえ、特に私はそのようには思いませんでしたよ。もしかしたら、男性からしたら甘い匂いなのかもしれませんね」
「ふーん。そうなの?」
「私は隊長やノイエクスからは女臭いと言われますが、私からしたら二人は男臭いのです」
「マーギンも男臭いの?」
「いえ、そんな風に思ったことはないです。マーギンは綺麗好きですし、近くにいても臭いとは思いませんよ」
「嗅いだことあるの?」
「あっ、ありませんっ」
テントの中でこんな会話をされていることを知らないマーギンは、ポニーからするおひさまの匂いに心を癒されながら寝ていたのであった。
「さて、カタリーナ。魔法で王都に送るわ」
翌朝、カタリーナの用事は済んだので、王都に送ると言ったマーギン。
「マーギンはこのあとどうするの?」
「魔カイコを育ててる村経由でシシリーに会いにいく。他の集落と始める取り引きの話をしておかないとダメなんだよ」
「じゃあ、私も行く」
「なんでだよ? 森の中を抜けるから危ないだろうが」
「パンジャで泳ぎたいの」
しれっとそう答えるカタリーナ。
「お前なぁ、遊びにきてるんじゃ……」
コソッ。
(ローズの水着姿を見れるよ)
「しょうがないやつだなまったく」
(えっち)
(うるさい)
カタリーナとヒソヒソ話をしたあと、二人を連れて移動することになった。
「転移魔法使わないの?」
「バレットフラワーの蜜を採取しておきたいんだよ。王妃様にまた持っていくと約束してたからな。採取できたらお前に渡すわ」
採取できたらプロテクションを使って空中移動しよう。移動に時間が掛かり過ぎるからな。
森の中を移動して、その日のうちに
バレットフラワーの蜜を10本採取した。
「これで十分だな」
「たくさんあるから、晩ごはんにこれ食べようよ」
「えーっ、甘い晩ごはんかよ。明日の朝においとけ」
「ぶーっ」
見たらすぐに食べたいカタリーナ。晩飯にパンケーキとか嫌すぎる。
晩ごはんは冷やし中華にした。蒸し暑いのでこういうのが食べたいのだ。
「ポン酢とゴマダレどっちがいいんだ?」
「どっちが美味しいの?」
「さっぱりならポン酢、こってりならゴマダレだ。好きな方を選べ」
「じゃあ私はポン酢」
「ローズは?」
「私はゴマダレをいただこうかな」
マーギンもゴマダレでうまうまと冷やし中華を食べた。
「マーギン、また外で寝るの?」
マーギンは迷っていた。プロテクションで囲んだら敵は防げるのだが、蚊が多いのだ。蚊取り線香を持ってきてないので、プロテクションを張っても、すでに中にいる蚊に刺されそうだ。寝ているときに耳元でぷいーんと羽音がするのも勘弁して欲しい。
「中で一緒に寝ればいいじゃない。エアコンの魔道具があるから、3人でも涼しいでしょ」
そう言われたマーギンはチラッとローズを見る。
「わ、私は構わないぞ。元々はマーギンのテントなんだからな」
「そ、そう?」
すでに耳元でプインプインしている蚊に負けて、一緒にテントで寝ることに。
マーギン、カタリーナ、ローズの並びだ。
寝っ転がると、カタリーナがくっついてきてクンカクンカする。
「嗅ぐなって言ってるだろうが」
「マーギン、ローズって女臭い?」
「ひっ、姫様っ」
「いや、男とは違うのは分かるけど、臭いとか思ったことないぞ」
「ふーん」
そう返事をしたカタリーナはマーギン吸いを続ける。
「だから嗅ぐなって言ってるだろうが」
「なんかやめられないんだもん」
怖いもの見たさ、臭いもの嗅ぎたさと言うが……そういやこいつ、魔木の実もずっと嗅いでたな。前世は犬なんじゃなかろうか?
「マーギン、少女師匠のことはどうするのだ?」
ローズが話題を変えてくれようと、今回の本題を聞いてくる。
「ミャウタンに立て直される前の神殿のことと、祭壇に祀られていたものを聞いたけど、何も分からずだったよ」
「そうか。大隊長に渡したバトルアックスはあそこに保存されていたんだな?」
「そうだよ。祭壇の裏側にね。俺かミスティ以外には開けられないように隠されてたんだ」
「ということは、やはりあそこが元々の神殿ではないのか? それとも祭壇だけ元の物を使ったかもしれんが、移動式ではなかったように思うぞ」
「あ、そう言われたらそうだね」
確かにそうだ。ということは、立て直しというより、リフォームしたのだろうか?
そう気付かされたマーギンはしばらく黙って考え込む。
「どうする? 戻るか?」
「いや、どっちにしろ、あの祭壇の回路の謎を解かないとどうしようもないね」
「解く方法は何かないのか?」
「うーん、ダメ元であいつに見てもらうか」
「あいつ?」
「ハンター組合のロドリゲス。あの人、手書きのものなら読めない文字でも、なんとなく読めるみたいなんだよ。一度王都に戻って、一緒に行ってくれるか聞いてみる」
「ほう、そのような能力もあるのだな」
「あんな風貌だけど、勉強家みたいだよ」
「あんな風貌か」
と、ローズも笑った。とても勉強家とは思えない見た目なのだ。
「マーギン、あの師匠の金庫持ってるんでしょ。出して」
「なにするんだ?」
「開けてみたい」
「開かなかったと言ってるだろうが」
「やってみなくちゃ分かんないじゃない。シャランランで身体も柔らかくなったじゃない」
そう言われて反論できないマーギンは金庫を出した。
どん。
狭いテントの中で金庫を出したら寝転べないじゃないか。
「思ってたより大きいね。どうやって開けるの?」
「ここに解錠のパスワードを入れるんだ」
「手掛かりなしでパスワードか。それは無理だな」
ローズもパスワードを打ち込む所を見ながら無理だなと呟く。
「ガインの手紙に解錠のヒントを残してくれてると書いてあったけど、そのヒントもどこにあるのか分からないんだよね。ガインは先にミスティが目覚めると思ってたみたいだから」
「そうなのか」
ローズとそんな話をしている間に、カタリーナはデタラメにパチパチと入力しては解錠を試している。
《シャランラン!》
金庫に治癒魔法を掛けるカタリーナ。そんなもんで開くわけがなかろう。
「あっ!」
えっ? まさか。
「キーッ、開かないっ」
「期待させるなバカッ」
「バカって何よっ。ノーヒントなんだから、なんでも試してみないと分かんないじゃない」
「どっちにしろ、お前、昔の文字も分からんだろうが」
「うっさいわね」
カタリーナはしつこく解錠を試みるので、金庫をしまうにしまえず、金庫に寝床を奪われたまま夜を明かすのであった。
一晩中やってたカタリーナ。こいつ、よく訳も分からないものを一晩中やり続けられたな?
朝飯にバレットフラワーの蜜でパンケーキを食べたカタリーナはねむねむだ。
「おんぶ」
「お前なぁ……」
まぁ、俺のために頑張ってくれてたんだから仕方がないか。
と、マーギンはカタリーナをおんぶすると、クンカクンカしながらカタリーナは寝てしまった。
「姫様はマーギンといると子供と変わらんな」
「そうだね。まぁ、初めて会ったときから比べると成長したとは思うけどね」
「このままずっと背負っていくのか?」
「昼頃には起きるんじゃない?」
と、ローズと話しながら魔物の気配を探り森の中を進むと、人の気配を察知。
「ローズ、一応警戒しておいて」
「何か来るのか?」
「人がいる」
「賊か?」
「いや、こんな森の中に賊がいるのはおかしい。先住民かもしれん」
鉢合わないようにしてもいいが、少し気になるので、そのまま進む。
「うわっ!」
気配は先住民かと思ってたが、どうやら違ったようだ。
「おっ、お前ら、ここで何をしているっ」
相手は男6人。
「何って、移動してんだよ。お前らこそこんなところで何やってんだ? この辺りは先住民の土地だぞ」
「あぁ、そうだったな。いや、珍しい魔物を狩ろうと思って、つい奥地まで入り込んじまったわ」
ここはつい入り込む場所でもない。
「お前らハンターか?」
「そ、そうだ」
「タイベ登録か?」
「そ、そうだぞ」
応対してる男の様子がおかしい。それに後ろのやつは剣に手を置いたままだ。
「タイベ登録のハンターなら、こんなところまで来るはずがないんだがな」
「ちっ」
対応していた男が舌打ちすると、後ろのやつが剣を抜きやがった。
「もう殺っちまおうぜ」
《パラライズ!》
「ぐっ……きさま何を……」
マーギンは全員にパラライズを掛けた。
「さて、怪しい君達に選択肢を与えよう」
「なんだと貴様っ」
「1、何をしていたか素直に話す。2、何も話さずここにこのまま放置される。どっちにする?」
「俺達にこんなことをして、あとでどうなるか分かってんだろうな」
マーギンは話せる程度にしかパラライズをかけていない。
「どうなるんだろうね?」
「善良なハンターをこんな目に合わせやがって。あとで通報してやるからな」
「お前らが本当にタイベのハンターで、魔物を狩りに来ていただけならな。が、お前らは先に剣を抜いた。その相手が問題だったな」
「なに?」
「まぁ、それはどうでもいいわ。ローズ、カタリーナを頼む」
マーギンはカタリーナをひょいとローズに乗せて、男たちの持ち物を漁る。
「ほう、ハンターというのは本当だな。が、登録は北西の領都か。こんなところまで何しにきたんだろうな?」
「うるさいっ」
ハンターの身分証を持ってるが、こいつの喋り方が少し気になる。イントネーションが微妙に違うのだ。もしかしたら、ノウブシルク出身か?
「さて、このまま放置してもいいんだけど、確実に死ぬことになる。何をしに来たか素直に話したら、解放してやるけど?」
「何も話すことはないっ。言っておくが拷問しても無駄だからな」
「誰がそんなことをするって言ったんだ。女性の前でそんなことをするわけがないだろ?」
と、言いつつ、マーギンは男の剣を手に取る。
「ローズ、ちょっと見てて」
「何をするつもりだ?」
「ハンター試験」
「は?」
マーギンはそう言い残し、森の中に消えていく。そして、しばらくして、大ムカデの魔物を剣に刺して戻ってきた。
「これなーんだ?」
「そ、そんなものでビビると思うなよっ!」
「何か知らないみたいだな。これはタイベではよく見かけるムカデ系の魔物なんだよ。こいつは肉食でな、人の肉も食う」
と、ムカデの顔を近づけてやる。
「しっ、死んでるじゃねーか」
「こいつはな。で、これを焼くとどうなるでしょうか? これが試験だからしっかり答えろよ。正解だったら、本当に活動しているハンターだと認めてやろう」
「毒だっ。焼けば毒になるんだろうが」
「ブッブー。残念でした。正解は実際に焼いて確かめてみよう」
《プロテクション!》
ローズ達をプロテクションで包んでから、ムカデを炙る。
ポタっ、ポタッ。
「熱っつう」
焼けたムカデの汁が男の足首に滴り落ちる。
「毒じゃなかったろ?」
「じゃあなんだってんだっ」
「もうじき分かるさ」
しばらく待つと、ザワザワザワザワと音がする。
「なっ、なんだっ」
「今なら間に合うぞ。ここで何をしていた?」
「誰が喋る……か」
ムカデを炙った臭いに誘われてムカデの魔物が現れた。
「ヒッ……うぎゃぁぁぁあ」
ムカデが男の足を齧り始める。こいつは小型だから食うのに時間が掛かるだろ。
「じゃ、次は誰かな? 初めに剣を抜いたお前がいいかな」
「やっ、やめろっ」
「何されてもしゃべらないっての見てみたいんだよね。はい、あーんして」
そう言うとガチッと口を閉じで抵抗する男。すぐそばでムカデに足を齧られている仲間が悲鳴を上げているのだ。
「口をあけろって言ってんだよ」
マーギンはドスを効かせた声で男の顔を掴み、無理やり口をあけさせる。そしてそこに炙ったムカデの汁を流し込んだ。
「ガッ、ゲホッゲホッ」
「さ、早く次のムカデがこないかな。こいつら、仲間が炙られた臭いに寄ってくる習性があるんだよ。さて、お前はどこから齧られるかな?」
悪魔の笑みを浮かべるマーギン。
「たっ、助けてくれっ。口の中から食われるなんて嫌だっ」
「それはムカデに言えよ。俺は汁を掛けただけだ。おっ、来たぞ」
残りの男たちも震え上がっている。次は自分だと。
「俺達は宝探しに来たんだっ」
耐えきれずにまだ汁を掛けられていない男が叫んだ。が、マーギンは聞こえないフリをする。
「やめろっ、やめてくれぇぇっ」
次に来たムカデが口の中に汁を入れられた男に這い上がる。
「うっ、うぎゃうごごごご」
ちょうど口の中に入るサイズのムカデ。唇を噛んで叫んだ隙に中に入った。
「マーギン、もう助けてやれ」
ローズがそう叫ぶ。
「いや、絶対に喋らないって言うからさ。どこまで耐えられるか見てみたいだろ?」
「もう話したではないかっ」
「そう? 勝手にしゃべったの君だっけ? よく聞こえなかったから、君は耳にしようか、それとも目がいいかな?」
こうして、ムカデを近づけられた男はベラベラと何をしにきたのか白状するのだった。
「ローズ、助けたかったら、氷魔法でムカデを攻撃してやれ」
カタリーナを引き取り、ローズに氷魔法でムカデを殺させたのであった。