ローズの視点とシスコの視点
「ねーねー、マーギン。マーギンってば」
ミスティの石像を見ながらぶつぶつ言ってるマーギンの肩をカタリーナが揺さぶる。
「ん? どうした」
「肉が燃えて煙たいんだけど」
おっと、いつの間にこんな煙だらけになってたんだ。
神殿内部が煙で満たされつつある。慌てて炭になった肉を避けて、炎が上がっている網の上に氷をのせていく。
「ごほっ、ごほっ。マーギン、煙で目が痛い」
「そうだな。魔法で綺麗にするわ」
マーギンは神殿内部全体に洗浄魔法を掛けていく。これで焼肉で汚した神殿も元通り。
「あー、煙たかった。マーギン、ここって遺跡なんだよね?」
「現存しているから、遺跡とは呼ばんぞ」
「でも、このガイコツのオジサンが寝てたところと同じような場所なんでしょ?」
ガインをガイコツのオジサン……知らないって最強だな。
「まぁ、そうかもしれんが……」
「ならマーギンにしか読めない文字とか書かれてないの?」
「それなら、大隊長に渡した魔斧を残してくれてたのはここで見付けたぞ」
「他には?」
「いや、それだけだ」
「ふーん」
「なんか気になることでもあるのか?」
「これは文字?」
と、カタリーナが祭壇の前に移動して指をさしている。
「そこは前に見たけど、文字なんか書いてなかったぞ」
「じゃあ模様かな?」
模様?
「どれのことを言ってる?」
と、マーギンも祭壇の前に行って確認してみる。
「なんだこれ?」
「ね、文字みたいでしょ? マーギンも読めないの?」
「そうだな……」
これは文字というよりも、魔導回路ではなかろうか? それになんとなく見覚えのある字が使われている。多分、過去のシャーラムの文字だろう。ミスティが俺にも覚えておけと言われたけど、面倒臭くて覚える気がなかったんだよな。あー、認めたくないものだな、若さゆえの考えなさというものを。
「前に見たときはこんなのなかったんだけどな。もしかしたら焼肉の煙に反応して浮かび上がってきたのかもしれん。多分、魔導回路だなこれ」
マーギンは魔導回路と思われるものを見ていると、後ろからひょいとローズが顔を出して覗き込んできた。
「何か隠されているのか?」
「隠されている?」
「そうだ。もしかしたら少女師匠の本物の石像がどこかに隠されているのではなかろうか。これが魔導回路だとすると、どこかにスイッチがあって、隠し扉か何か開くのではないか?」
「そうかも。前の遺跡も床が開いて下に落ちたじゃない。あんな仕掛けがあるんじゃない?」
いや、あの遺跡は石化した俺を保管していた施設とガインの墓を兼ねていた。そのために作られた建物で、文字も読めるものだった。ミスティが石化した時期は自分と変わりないはずなのに、なぜ使われている文字が違う? それにこの神殿はあとから建て直されたものだとミャウタンが言っていた。しかし、この回路に使われている文字は過去のシャーラムの文字。もしかしたら、この祭壇は立て直される前からあったものなのか?
マーギンは考えごとをしながら、魔導回路を確認する。文字は読めなくとも回路の仕組みはなんとなく分かる。
「何か分かったのか?」
「いや、この回路は壊れてんじゃないかな? 繋がりがない部分があるからね。ここに何か描かれていたんじゃないかと思う」
と、ローズに切れている部分を教える。
「ふむ、魔導回路というものは、壊れるときにはこのように綺麗に部分的に消えるものなのか?」
「そんなことはないんだけど、もしかしたら人為的に消されているのかもしれないね」
「人為的に消すならば、全部消すのではないか? ここだけ消しても、分かる人がいれば修復可能ではないか」
それもそうだ。意図的にここだけ回路が消えてる……? いや、他の回路に繋げてあったなら辻褄があう。これは祭壇だから、ここに祀られていたものにも回路が組み込まれていたのだとすると、祭壇と祀られていたものがセットなのではなかろうか?
マーギンは色々と仮説を頭の中で立てながらしばらくその場でフリーズするのであった。
◆◆◆
「あら、明日は休みなのかしら?」
「あぁそうだ。ちょっと飲みにでも行かないか?」
珍しく、ロッカが一人でシスコの所にやってきて飲みに誘った。
リッカの食堂で飲み食いをしながら、お互いの近況報告をする。
「そうか、ブリケも使い物になってきたか」
「そうね。北西の領都に支店を出すことになったら、そこを任せようと思って鍛えているのよ」
ブリケは毎日煙を口から吐きながら頑張っていた。ハンナリー商会の支店長になればアージョンが稼げなくても生活できるようになるからだ。
「アージョンも頑張ってるぞ。もう不合格ということはないだろう。ハンナリー隊の軍人を何人か引き連れて領都に戻ることになるのではないか」
「小隊長候補ってわけね」
「だろうな。隊長にしごかれまくってるぞ」
アージョン&ブリケは王都にいる間に鍛えられるだけ鍛えられるようだ。
「で、ブリケ達の将来は何とかなりそうなのは分かったけど、ロッカの話はなんなのかしら?」
「う、うむ、最近、自分の限界を感じていてな……」
「年食ったってこと?」
「そんなわけあるかっ!」
年齢に敏感になり始めたロッカは真っ赤になって怒る。
「じゃ、何かしら? 腹筋が割れて汗が溜まってしょうがないとか?」
「ぐぬぬぬぬ、違う」
ちょっと図星のロッカ。
「ならなによ? さっさと言いなさいよ」
「う、うむ。実は最近勝てなくなってきたのだ」
「隊長に?」
「まぁ、隊長や大隊長に勝てないのならまだいいのだ。相手はサリドン、バネッサ、アイリスとかだな」
「アイリス? まぁ、攻撃魔法使い相手だと相性は悪いわね。バネッサとスピード勝負になれば分が悪いのは昔からだし。相性の問題なんじゃないかしら?」
「それはそうなのだが、サリドンがものすごく強くなってきてな。魔法を併用されると手も足も出ないのだ。ホープも相当強くなった。剣技のキレはすでにホープの方が私より上かもしれん」
「へぇ、やっぱり同じだけ努力をしてると男の方が強くなるのね」
「そうかもしれんな……」
少し前まで自分の方が圧倒的に強かったのが、追い抜かれたことに落ち込むロッカ。
「特務隊は魔物討伐隊でしょ。対人相手の強さに意味はないんじゃなくて?」
「まぁ、そうなんだが、やはり腑に落ちないというか、モヤモヤしてしまうのだ」
ロッカは強めの酒をぐっと煽って、一呼吸おいた。
「シスコ、私にも何か魔法が使えるようにならないものだろうか?」
「魔法?」
「そうだ。アイリスとサリドンは火魔法を教えてもらっただろ? 私も何か魔法が使えるようになれば、もう1段上のステージにいけるのではないかと思うのだ」
「ロッカに魔法の才能があればマーギンが教えてくれてるでしょ。教えてくれなかったということは才能ないんじゃないの?」
「やはりそうだよな」
「そうよ。ロッカは身体強化をできるようになったじゃない。それが一番あなたに必要な能力だったってことでしょ」
「あれも問題があってな。体力は鍛えて増やすことができるが、魔力量はどうしようもない。バネッサも身体強化を使えるが、私よりずっと長く使えている。たしか、私達にそんなに魔力量の差はないと思ってたのだが」
「私達の魔力量は普通だって言われたわね。バネッサも暗視魔法で倒れたことあるし。そんなに差があるの?」
「あぁ。バネッサはずっと使ってるんじゃないかと思うぐらいだ。アイリスは魔力量が多いとは聞いていたが、だんだん化け物じみてきてるしな」
「バネッサとアイリスね……マーギンにべったりくっついていることが多い二人ね」
「べったりくっつく?」
「そう。おぶってもらったりとかよ。マーギンにくっついてたら、魔力量が増えるんじゃないかしら?」
シスコは冗談めかしてそう言ったのだが、ロッカはなるほどと真に受けたのであった。
翌日
「シスコ、話がある」
「立て続けに何よ?」
「立て続け? なんの話だ」
シスコの元にやってきたのはホープ。
「昨日、ロッカが来てたのよ。で、何?」
「お前、人を雇う気はあるか?」
「どんな人?」
「貴族籍がなくなる予定の者たちだ」
「えっ?」
「貴族籍を引き継げるものは一人だけ、爵位のない貴族の次男や三男は長男が爵位を継いだら平民落ちになる。そういう者達を雇う気はあるかと聞いている」
「なんか、プライドだけは高そうな人達ね」
「まぁ、そう言うな。教育はしっかり受けているから、能力は問題ない」
「どうしてそんな話を私に持ってくるのかしら?」
「いや、先にハンナリーに話をしたら、シスコに言えと言われたのだ」
ペキッ。
シスコの持っていたペンが半分に折れる。
「あの野良猫………」
プルプルと震えながら、ハンナリーを野良猫呼ばわりするシスコ。
「嫌なら断ってくれても構わないんだが、これからカニの店を増やすのだろ? 財務担当や責任者の候補者が必要なんじゃないかと思ってな。声を掛けようと思っているのは文官をやっているようなやつらだ」
「声を掛けようと思っている? まだ未定の話?」
「そうだ。貴族籍がなくなっても優秀なら本人に貴族籍が与えられる。例えばサリドンとかがそうなるだろうな。で、文官だとかなり優秀でないと貴族籍はもらえないが、能力が高くて貴族籍をもらえても出世することはほぼない。爵位持ちの者が上にいく世界だ」
「つまり、いつまでも能力の低い上司の元で働くことになるのね」
「そういうことだ。文官の中で貴族籍をもらえそうなやつが無能の下でくすぶるより、自分の力を発揮できる職場があるならくるんじゃないかと思ってな。接客とかはダメだろうが、経営には役立つと思う。どうだ?」
「いい人ならありがたい話だけど、どうしてそんなことをしてくれるのかしら?」
「ま、まぁ……お前が壊れそうになったのを見てたからな。気にはなっていたんだ。それにそのうち魔カイコの糸を扱うようになるんだろ? 文官の中には貴族の繋がりや流通に詳しい者もいる。そういうやつは中の繋がりも持っているから、何かと便利なはずだ。本当は服飾系のことは手伝ってやろうと思ってたんだが、俺はいつ死ぬか分からんからな」
「いつ死ぬか分からないって……」
「特務隊とはそういう部隊だ。マーギンが言っていた通り、同じ魔物でも強い個体が出てきている。死ぬ気はないが、いつそうなるか分からんのも確かだ。だから、まだ落ち着いている間にできることはしておこうかと思っただけだ」
「ホープ、あなた……」
ホープがそこまで考えてくれてたのだと初めて知るシスコ。
「ま、俺が言うのもなんだが、庶民だと見下すようなやつには声を掛けんから心配するな。どうする? この話は受けるか?」
「えっ、ええ。ありがとう。希望者がいるなら私が面接させてもらうわ」
「そうか。なら宜しくな。またしんどくなったら訓練所に飯食いに来いよ。じゃな」
ホープは用件だけを伝えて、笑顔で去っていくのであった。