指輪
虫系の魔物を倒したりしながらミャウ族の集落に到着したマーギン達。
「あっ、オヤビン、また違う女を連れてきたでヤンスか?」
人聞きの悪い言い方をするピアン。
「余計なことを言うな。ロブスンは?」
「見回りに出てるでヤンスよ。で、その美人さんが本命で?」
ローズを見てニヤニヤするピアン。
「だからいらんことを言うなと言っただろうが。後でお前だけ特別訓練をするからな」
「ゲッ! 図星を突かれたからって酷いでヤンスよ。んげっ、シビビビビビビ……」
無言でピアンに軽くパラライズを掛けるマーギン。そのままそこで痺れとけ。
ロブスン達は夜に戻る予定にしているらしいので、とりあえずミャウタンの所に行くことに。キン、ギン、ポニーもロブスンに付いて行ったらしい。
マーギンを見かけた集落の人達が慌ただしく走っていく。恐らく宴会の準備を始めるのだろう。ウナギとか取りに行くのかもしれん。俺はまた鰻屋をやらんとダメなのか。
「使徒さ……マーギン様、お帰りなさいませ」
また使徒様と言いかけるミャウタン。
「神殿に用事があるんだが、他の神を祀る集落と話を付けてきた報告をしておくわ」
マーギンはミャウ族が他の集落と協力してチューマンへの対応と物流を始めることを説明する。ワー族が各集落との物流を担うのがいいんじゃないかとアドバイスしておいた。ワー族は力もあるし、魔物に襲われても対応できるから護衛も不要だろう。
「マーギン様の仰せのままに」
ミャウ族が他の集落と打ち解けたら、先住民達の生活も今より豊かになっていくだろう。あとはマジックコンテナをいくつか渡してやるつもりだから、鮮度も問題ないな。それと、王国側と先住民達の物流はシシリーに頼んでおけば問題なし。これで商会関係のことはほぼ手が離れる。
ミャウタンに話し終えたあと、神殿へと向かった。
「こんな所にこんな施設があるのか」
初めてここに来たローズは驚いている。
「昔、神殿を他の者に荒らされたことがあったらしくてな、その後にこうして隠すようになったみたいだ」
神殿のことを軽く説明してから、ミスティの石像の所へ。
「この少女がマーギンの魔法の師匠だった人か。先程のミャウタンはその末裔なのか?」
「いや、まったく関係がない。ミャウタンはコイツを模しているだけなんだよ」
「模している?」
「あぁ。魔法でな」
「特殊な魔法もあるのだな。しかし、このような少女がマーギンの師匠だったとは驚きだ」
「見た目は少女だけど、年齢は俺よりずっと上だぞ。中身はババァだ」
「こんな少女がババァなわけがあるかっ。私をからかうな」
まぁ、当時から300歳を超えていたと言っても普通は信じられんわな。
「マーギン、もう試してもいい?」
カタリーナは自信満々で杖を振り回す。
「あぁ、頼む。俺は治癒魔法をスタンバイしておく」
マーギンはミスティ像を触りながら治癒魔法を流し始めた。
「いいぞ」
「我が名はカタリーナ。鰯の聖女なり」
お前、それ気に入ってんのか?
わざとなのか言い間違えたのか分からんが、鰯の聖女と名乗ったときに、カタリーナの背景に鰯の魚群が流れたように見えた。サムが出たら確定だったのに。
「聖杖エクレールよ、この者の石化を解きたまえ《シャランランっ!》」
「戻って来いっ、ミスティ!」
マーギンもカタリーナの魔法に合わせて治癒魔法を強く流す。
……
…………
…………………
「ダメか……」
ロプロウスのときは一発で解けたが、ミスティの石像は何度シャランランをしても石化が解けることはなかった。
「どうして? どうして解けないのっ!!」
ぐすぐすと半べそをかきながら叫ぶカタリーナ。
「カタリーナ、ありがとう。これだけやってもダメならもう無理だ。もうシャランランしなくていい」
繋がり掛けた一縷の望みを絶たれたマーギンは精一杯の笑顔で、まだシャランランしようとするカタリーナを止めた。
「だって……だって、この人はマーギンの大切な……」
「そうだな。でも仕方がない。石像が壊れたときにもうダメだったんだろ……」
少し切ない顔にも見えるマーギンの笑顔。
「マーギン……うわーんっ」
マーギンの代わりに胸の中でカタリーナが泣いてくれる。
「なんか辛い思いに巻き込んで悪かったな」
「ごめんなさい……役に立てなくてごめんなさい……」
「そんなことを言うな。お前は精一杯やってくれたんだ。謝ることはない」
「でも……でも……」
「世の中にはどうしようもないこともある。魔法も万能じゃないからな」
マーギンの胸の中でぐすぐすと泣き続けるカタリーナ。そのことでマーギンはローズの前で涙を浮かべずに済んだ。
「マーギン、残念だったな……」
ローズもどう声を掛けていいか分からず、そういうのが精一杯だった。
カタリーナが落ち着くのを待って焼肉の準備を始めたマーギン。
「こんな室内で焼肉をするのか?」
「そう。そこに眠ってるのがガイン。剣と体術の師匠だ。俺に残した手紙に焼肉と酒を供えろって書いてあったんだよ」
「もしや、大隊長のバトルアックスはこの御仁の……」
「そう。魔斧ヴィコーレはガインの武器だ。カタリーナの杖は聖女ソフィアの聖杖エクレール、バネッサに渡したのはベローチェのオスクリタ。どれも勇者パーティメンバーが使ってたものだ。よくこの時代に残しておいてくれたものだよ」
「そんな逸品だったのだな。マーギンの持つ妖刀バンパイアもそうなのか?」
「まぁ、そうなるね。俺は補助役だったから使ってなかったけど、威力としては勇者マーベリックが使っていた聖剣ジェニクスに匹敵するのかもしれないね」
「その聖剣もどこかにあるのか?」
「多分、ミスティの魔導金庫の中に入ってると思うんだけど、開け方が分かんないだよ。金庫自体は見付けて持ってるんだけど」
「そうか。勇者パーティメンバーは全員、凄い物を所有していたんだな。ちなみにあの少女師匠は何を使っていたのだ?」
「ミスティは指輪を……!?」
そうだ、ミスティはオスクロの指輪を持っていた。あれは魔力を増幅させると聞いたことがあったな。
◆◆◆
「ミスティ、指輪なんてしてるんだな。誰にもらったんだ?」
強い魔物相手の時にはめていた指輪。石も付いていないシンプルなものだが、討伐から戻ると、毎回大切にケースにしまって金庫に入れているのだ。マーギンはどこかの男に貰った指輪かと気になっていたので、面白くなさそうに聞いてみた。
「お前には関係のない話じゃ」
「お、男から貰ったのか? お前みたいなロリババァに物好きなやつもいたもんだな」
けっ、と憎まれ口を叩くマーギン。
「誰がロリババァじゃーーっ!」
以前にロリババァの意味をマーギンから聞かされていたミスティは怒鳴る。
「だって、お前コンプリーターじゃんかよ」
「なんじゃ、コンプリーターとは?」
「ロリババァツルペタ魔法使い」
ゴゴゴゴゴゴッ。
ミスティから溢れ出す魔力。そして、片付け掛けた指輪をはめた。
「まっ、待て。お前、何をしようとして……」
《パラライズっ!》
「んぎゃぁ。シビビビビビビ」
「一生、そこで痺れておけっ!」
いらぬことを言ったマーギンは一晩中痺れたままパラライズを解除してもらえないのであった。
◆◆◆
マーギンはミスティの石像の指を確かめた。指輪をしているときには左手の中指にはめていた。
「ない……指輪がない……」
念の為、右手も確認したが指輪をはめていない。
「あのとき、ミスティは指輪をはめていたか……?」
マーギンは最後のときの記憶を探る。ミスティは常時指輪をはめていたわけではない。強い魔物と対峙するときだけ指輪をはめていた。だから、魔王討伐のときにはめていないわけがない。
いや……指輪をはめているときと、外しているときのミスティの基準をはっきりと聞いたわけではない。多分そうだろうなと思っていただけだ。
最後のときはどうだった? 思い出せ自分! 最後のときにはめていたなら、この石像に指輪がないのはおかしい。指輪も一緒に石化されていれば外れないはずだ。……いや、オスクロは特殊で石化されず、石像を壊して指輪を盗んだという可能性も……
一人でうんうんと唸って考えるマーギン。
「マーギン、どうしたのだ?」
「いや、ミスティは指輪をはめていたかもしれないんだよ。しかし、この石像には指輪がない」
「盗まれたのではないのか?」
「分からない……聖剣とかと同じような力を持った指輪だったから、一緒に石化されてないならその可能性はある」
「なるほどな。……あと残る可能性としては……」
「そう。この石像はただの石像で、ミスティが石化されたものではないかもしれない……」
「そうか。ロプロウスの石化を解いた姫様の魔法でも何も変化がなかったのだ。本当にただの石像かもしれんぞ」
「ロプロウスはミスティが石化したものだ。ガインの手紙では、ミスティが自ら石化魔法を掛けたのか、魔王の瘴気で石化したか分からないと書いてあった」
「自ら掛けた魔法だったら、ロプロウスと同じように姫様の魔法で解けるのが道理。魔王の瘴気で石化したのだとしたら……」
ローズはミスティの石像を見て何かを言いかける。
「瘴気で石化したのだとしたらの続きはなに?」
「いや、私は凡人だからあのように瘴気を吸った時に苦しく、意識を失ったかもしれんが、少女師匠は平気だったのだろうか?」
「耐性の有り無しはあるかもしれないけど、濃い瘴気を吸ったら俺でも咳き込むぞ」
「そうか。マーギンでもそうなるのだったら、この石像はおかしいのではないか?」
「えっ?」
「いや、自ら石化魔法を掛けたのなら、この安らかな寝顔も合点がいくのだ。だが、瘴気で石化したのであれば、もっと苦しそうな顔で石化するのではなかろうか? この少女師匠の石像は、私には安らかな寝顔にしか見えんのだ」
そうだ。俺が傍にいないのにこんなに安らかな顔で寝られるのかと思ったのだった。
「もし、これが偽物だとしたら、誰が何のために……それに本物のミスティの石像はどこにあるんだ……」
「す、すまぬ。私には分からん」
マーギンの独り言にそう答えたローズの声は耳に入らず、一人でぶつぶつとミスティの石像を見てつぶやくのであった。