リベンジ
「それよりお前、息止めとけと言っただろうが」
マーギンはチューしたと、しつこいカタリーナに危機管理がなってないと叱る。
「だって、怖かったし、走った後にそんなに息が続くわけないじゃない。ちょっと待ってと言う間もなかったでしょっ。もう一度息を吸った時にプロテクション解除したのマーギンじゃないっ!」
反撃を食らうマーギン。
「うるさいっ。ちゃんと言うことを聞け」
確かにそうだったかもしれんと思うが、キレたふりをしておく。こうしないといつまでもチューしたと言いやがるからな。
「マ、マーギン。緊急事態だったということは理解している。あの……その、なんだ……私も初めてだったが、ノーカウントということで……」
どういう状況だったのか理解し、真っ赤な顔をしたローズがノーカウントと言ったことで事態は収まった。そう、あれはキスではなく、治癒なのだ。
……しかし、ローズの唇柔らかったな。
今更ながらにローズの唇の感触を思い出し、赤くなるマーギン。真っ赤な薔薇はあいつの唇か……優しく抱きしめてくれとねだってくれるかな?
「ねぇ、マーギンっ。二人で赤くなってるところ悪いけど、あの魔物どうすんの?」
「あぁ、そうだな。建物の中は瘴気で満たされてるだろうから、俺はそれを処理してくる。カタリーナはここから逃げる時に転んだ人が何人かいるから、その人達を治してやってくれ」
「コケたぐらいなら、そんなに急いで治癒しなくても大丈夫でしょ? 私はマーギンがどうやって処理するか見てたい」
「あのなぁ。扉を開けて空気を入れ替えて、魔物を外に出してマジックドレインの魔法で瘴気を抜くだけだ。見てても楽しくないぞ」
「そうなの?」
「そう。ごみ処理と変わらん」
「ならいいや」
何を期待していたのだこいつは?
カタリーナとローズは下に降りて行ったので、建物の扉を開けて風魔法を送る。
「しかし、かなりの瘴気を放ってやがんな。デカいトカゲを倒したときでもこんなに瘴気を放たなかったんだが……」
もしかしたら、石化している間に魔物の核も育ってたんだろうか?
マーギンは自分が石化されている間に魔力が伸びたことと同じようなことになったのか考えつつ、風を送り続けた。
「瘴気はほぼ霧散したな。これなら入っても大丈夫か」
中に入ってロプロウスの死体を収納して外に出る。その死体にマジックドレインを掛けて瘴気を抜いておいた。
マーギンが下に降りると、カタリーナを可哀想な目で見ていた民達が、今は神を見るような目で見ている。
「どうした?」
「あ、マーギン。もう終わったの?」
「終わったぞ。で、なんでお前は拝まれてんだ?」
「怪我した人にシャランランしたんだけど、腰が痛かったのとか、身体の不調が全部治ったんだって」
「触りながらやったのか?」
「ううん。みんなに一度に掛けた」
「は?」
どうやらカタリーナはエリアヒールとかワイドヒールと呼ばれるような広範囲治癒魔法を使えるようで、一人一人やるのが大変だったから、試しにやったらできてしまったようだ。
「お前、人間離れしてきたな」
「マーギンに言われたくないわよっ!」
その夜は集落上げての宴会となり、3人は祀られるように座らされた。
「マーギン様、聖女様、聖騎士様、お好きなものをお召し上がり下さい」
様々な料理を用意してくれる。その中にお椀に入ったような種類違いのスープ。
「カレーかこれ?」
「はい。豆、鶏、羊でございます」
「わぁ、なんか大きくて、平べったいパンもある」
「これはパンじゃなく、ナンだな」
「ナン?」
「そう。似て異なるものだ。カレーと食うと旨いぞ」
と、言ってから、火の神プレを祀る集落の激辛カレーを思い出した。
「カタリーナ、カレーは辛いかもしれんからな」
「そう? これ、甘い匂いしてるよ」
「甘い匂い?」
と、豆のカレーを手に取って匂いを嗅ぐと、確かに甘そうな匂いがするので味見をしてみた。
「ぜんぜん辛くないな。というか甘い。村長、これは何が入ってるんだ?」
「ここで採れるフルーツが入っております」
と、見せてくれたフルーツは桃みたいなやつ。
「このまま食べていいか?」
「どうぞ」
ここの人達は皮付きのまま食べるようだがマーギンは皮を剥く。
「おっ、桃じゃん」
「マーギン、美味しい?」
「あぁ、旨いぞ。ほれ」
マーギンは齧った側の反対側を切って口に入れてやる。
「おいひいっ!」
「お気に召して頂けたようでなによりです。出始めのものはこのように柔らかく甘いものが多く、これが終わると黄色いものに変わります。そちらはやや硬く、ここまで柔らかくなりません」
「へぇ、今はこいつがシーズンなんだ。もし、数があるようなら少し貰えないかな」
「用意させて頂きます」
ここのカレーは辛くないと分かったところで、カタリーナとローズはうまうまと食べ始めた。マーギンは甘いカレーより、豚のローストされたものを薄く切ってナンにのせ、チーズを掛けて炙る。
「私にも作って」
「お前、カレー食ってるだろうが」
「それと一緒に食べる」
仕方がないので、カタリーナとローズの分も作ってやる。
「おいひいっ!」
「うむ、確かにこれは旨い」
カタリーナとローズが旨い旨いというので、マーギンも試してみると、甘口のカレーとよく合う。
「確かに旨いなこれ」
じーーーーーっ。
マーギン達が旨い旨いというものだから、ロムの民達がじーっと見てくるので、チーズを一塊提供しておいた。炙るのは薪の火を使いたまへ。
こうして宴会を堪能したあと、村長の家に泊めてもらい、翌日ここを去ることに。
「カタリーナ、ありがとうな。これで一つ片付いたわ」
「マーギンも王都に戻るの?」
「いや、これからロブスンに会いにいく。火の神プレを祀る集落で打ち合わせたことを伝えないとダメなんだ」
「あの石像のある所だよね?」
「そうだな」
「私も行く」
「は? 何か用事があるのか?」
「もう一度、石化が解けないか試したいの」
「前にやってダメだったろうが」
「でも魔物の石化は解けたじゃない? だからもう一度試したいの。魔物の石化を解いたときと同じようにすれば解けるかもしれないじゃない」
確かにそうかもしれん。今回のことでコツか掴めたのだとしたら可能性はある。
「じゃ、一緒に来てくれるか?」
「うんっ!」
マーギンに頼みごとをされて喜ぶカタリーナ。
「ローズはどうする? 王都に送ろうか?」
「いや、来てしまったからこのまま姫様の護衛を勤めようと思う。マーギンは構わないか?」
「ローズがいいなら、いいよ」
ということで、二人を連れてミャウ族の集落に行くことになった。カタリーナからホバー移動をせがまれたが、ローズを抱っこかおんぶするのは理性を失いそうなので却下して徒歩移動。普通に歩くとそこそこ距離があるので、野営しながらになる。当然マーギンは一緒にテントの中で寝るわけにはいかず、外にマットを敷いて寝るハメに。
「意地を張らずに、一緒に寝ればいいのに」
翌朝、カタリーナがそう言ってくるが、ローズが隣に居て寝られるわけがないだろうが。
「いいんだよ。それより魔物が来てるから戦闘体制をとっておけ」
「何が来るの?」
「リンマーかピコスだ」
「リンマーとは猿みたいなやつだったな? ピコスとはなんだ?」
「同じく猿みたいな魔物だ。ピコスならローズは防御に専念。リンマーなら討伐してみてくれ。ローズは俺の背中側を頼む。カタリーナは間に入ってローズの援護だ。いいな」
ピコスは勇者パーティ時代にやらかしたから気を付けないとな。と、マーギンは昔にピコスに殺られかけたことを思い出し、上にも注意を払った。
「マーギン、来ないぞ」
「あぁ、こっちが戦闘体制に入ってるから様子を伺ってるんだろ。こうなるとピコスの可能性が高い。リンマーならギャーギャー言いながら襲ってくるからな。ローズ、前のよりデカくてスピードもパワーも上だから気を付けてくれ。深追い厳禁。倒すより防御に専念すること」
「分かった」
ビュッ。
その時に石がローズ目掛けて飛んできた。
ギンッ。
剣でその石を弾いた瞬間に一斉に飛び出して襲ってくるピコス。
「うぉぉぉぉっ! フンッフンッフンッ」
シパパパパパパッ。
ローズはカタリーナの方へピコスがいかないようにピコス達に連撃を食らわせていく。致命傷にはなっていないが、傷を負ったピコスはギャーギャー騒ぎながら後ろに下がる。まるで、「ほら、殺しに来いよ」と誘っているかのようだ。
「ローズ、追うなよ。あれは罠だ」
「分かっている。だが、あの顔はムカつくな」
「イラッとさせてやがんだよ」
「怖気づいたかこの臆病者め」とでも言いたげに、歯茎を見せて手を叩くピコス。
《ウォーターキャノンっ!》
ボヒュッ。
「ギャーギャーッ」
ローズは使い慣れていないウォーターキャノンを放つ。が、手前に着弾し、ピコスには当たらない。それを笑うかのようなピコス。
「魔物のくせにっ!」
挑発に乗りかけるローズ。しかし、その場からは動かない。カタリーナを守るのが最優先なのだ。
「マーギン、どうしてローズの方ばっかり襲いにくるの?」
「ん? ローズになら勝てると思ってるんだろ」
「そうなのかっ?」
「そうだよ。俺は威圧を放ってるからな」
マーギンは昔やられたことがあるので、自然と威圧が出ていたのだ。
「なるほど、威圧か……」
ローズは、はぁぁぁっ! と自分も威圧を放ってみせる。一生懸命威圧を放っているのがなんか可愛くて良い。
ピコスはローズの威圧に一瞬怯んだあと、一斉に襲い掛かってきた。本気で殺しにきた感じだ。
「クソッ! 私の威圧は平気だというのかっ」
いや、舐めていた相手をちゃんと敵と認めて襲ってきたんだよ、と教える間もなく戦闘が始まる。これはローズ一人で戦うには分が悪いか。数が多すぎる。
マーギンはローズの後ろから、死角に入ろうとするピコスをファイアバレットで撃ち抜いていく。
ローズの剣に斬られていくピコスと、ファイアバレットに倒れていくピコス。
《パーフォレイトッ!》
マーギンがいきなり魔法攻撃を上空に放った。
「避けろっ」
ローズとカタリーナをぐいっと引っ張って後ろに下がる。
ドサッ。
そこへ一回り大きなピコスが落ちてきた。それを見た残りのピコスは一斉にその場を離れて逃げて行った。
「こいつは?」
「今まで襲ってきたピコスは全部囮だ。こいつが本命なんだよ」
「あのさなかで、上から来てるやつに気付いていたのか?」
「昔、この戦法で殺られ掛けたことがあるんだよ。リベンジできて良かったわ」
マーギンは倒したピコスを燃やしてから、ローズに昔話をしつつミャウ族の集落に向かったのであった。