焼けた味噌
「大隊長、王様って子供ですか?」
騎士隊宿舎の屋上で麻婆芋を食いながら、さっきの王とのやりとりを話す。
「前にも言っただろう。陛下は欲望に忠実なのだ。しかし、この辛いスープというかなんというか、旨いなこれ」
「大隊長はこういうの好きだと思ったんですよね。追加のには卵も落としますよ。半熟の方が旨いですけど、どうします?」
「なら、そっちで頼む」
「マーギン、これ辛ぇぞ」
「バネッサ達のは辛さをかなり抑えてあるだろうが。卵落として食え」
「えー、違うの作ってくれよ」
ロッカ以外の女性陣のはほとんど辛くないのにしたのに、バネッサはダメなようだ。これを甘くしても辛味は消えんしな。
「それならちょっと待て」
マーギンはバネッサ用に芋の煮っころがしを甘辛で作っていく。ついでに味噌田楽も作るか。
煮っころがしを作りながら、田楽用の味噌を作り、茹でた芋ともらったコンニャクを串に刺して炭火で炙る。
「マーギン、なんで串を二股に割いたんだ?」
マーギンが作るものをじーっと見ているタジキ。
「こっちの方がひっくり返しやすいんだよ。普通の串だと、串だけが回ったりするからな」
そう説明すると、自分でも二股に分かれた串を作るタジキ。これからは串もタジキに作ってもらおう。次に田楽味噌が炙られて香ばしい匂いを出し始めた頃に、おにぎりにも塗って追加で焼く。これ、五平餅みたいなもんだな。
「マーギン、肉は?」
カザフ達は肉を所望するので、豚バラとネギを自分達で串に刺させて、豚ネギマにする。俺の分も作っておいてもらおう。
「ほら、バネッサ。煮っころがしができたぞ。こっちは味噌田楽だ。熱いからフーフーしてから食えよ」
「分かってるよっ。いちいち子供扱いすんな。……あっちぃーーっ!」
ほれみろ。焼けた味噌は凶器になるのだ。きっとバネッサの前歯の裏あたりは皮がベロンベロンになっているだろう。
「言わんこっちゃない。ほら、口を開けろ」
涙目になってるバネッサは素直に口を開けたので、指を突っ込んで治癒魔法を掛けてやる。
その様子を見ていたカタリーナ。
「ローズ、今の見た? チャンスよ!」
「何がですか?」
「ローズも口の中を火傷するの。早くっ!」
「い、イヤです」
「いいから早く!」
アチアチの味噌田楽芋をグイグイとローズに押し付けるカタリーナ。
「あづーーーっ!」
抵抗して口を閉じたローズはカタリーナにアチアチ味噌田楽を押し付けられて唇を火傷をする。
「姫様っ、酷いじゃないですか」
毛が3本しかないオバケのような唇になるローズ。
「マーギンっ、マーギンっ。ローズが唇を火傷したの。治癒魔法を掛けてあげて」
「ひっ、姫様!」
あー、カタリーナがまた余計なことをしたのか。オルターネンもいるし、ローズの唇に触るわけにもいかんな。
「お前が治せるだろうが。治癒魔法の訓練だと思ってやれ」
「えー」
「えー、じゃない」
「バネッサの口の中には指を入れたじゃない。どうしてローズにはやってあげないの?」
「なら、次にバネッサが口の中を火傷したらお前が指を突っ込め」
「それはイヤ」
「うちを汚いもん扱いすんな」
イヤと即答したカタリーナにぶつくさ言うバネッサ。
確かに、人の口の中に指を突っ込むとか普通は躊躇する。ということは俺は普通じゃないのか?
と、今更ながら自問自答するマーギン。
「姫様、お願いします。ヒリヒリしてまふ」
涙目になっているローズに渋々治癒魔法を掛けるカタリーナ。
《シャランランッ!》
なんだその詠唱は?
カタリーナがやると、別に患部に触れなくても治せるのが凄い。ソフィアもそうだったけど、エクレールの効果なのだろうか?
「姫様、二度とこのようなことはなさらないでください」
「ご、ごめんなさい……」
ローズにキッと睨まれながら怒られたカタリーナは素直に謝った。ちょっと本気で怒られたのを感じ取ったようだ。
その後は、豚バラネギマを塩でウマウマと食べていると、アイリスがチーズのせにして欲しいという。カザフ達とカタリーナもそれを希望したので、チーズをのせてこんがりと。
「あっぢーーーっ!」
焼けたチーズのせ豚バラをバネッサに横取りされそうになったカザフは慌てて口の中に入れて火傷をした。
「マーギン、口の中の皮がめくれて痛ぇ」
「カタリーナに頼め。たくさんあるのに、がっつくからだ」
「バネッサが俺のを食おうとするからじゃんかよ。怒るならバネッサに怒れよ。姫様、治癒魔法掛けてくれよ」
んあっと口を開けるカザフ。
「カタリーナ、杖なしでやってみろ」
「どうして?」
「触らなくても治せるかどうか試してみてくれ」
と、試してみるとエクレールなしでシャランラしても治らなかった。ということはやはりエクレールの能力だな。
「マーギン、治らなかった」
「みたいだな。杖なしだとこうやるんだ」
「えっ? なにさせるつもり?」
マーギンはカタリーナの手を持ってカザフの口の中に突っ込もうとする。
「いやーーっ。人の口の中に指なんて入れたくないっ!」
「いいからやれ。これからこういうこともあるかもしれんだろうが」
ジタバタするカタリーナの手をむんずと掴んで無理やり口の中に入れさせるマーギン。
ズボっ。
「おぇぇぇぇぇっ」
想定より奥まで入ってしまったカタリーナの指。喉の奥を刺激されてリバースするカザフ。
「いやーーーーっ!」
未消化の豚バラチーズを盛大に手にぶちまけられたカタリーナ。まるで地獄絵図だ。
ちょっと可哀想なので洗浄魔法で綺麗にしてやる。
「もうっ、酷いじゃないっ!」
「酷い目にあったのはこっちだ。あー、もったいねぇ」
カザフ、頼むからリバースしたものをもう一度食おうとしないでくれ。
こうして賑やかな晩飯の時間を過ごしたマーギンはカタリーナに頼み事をする。
「カタリーナ、悪いけどもう一度一緒にタイベに行ってくれるか?」
「いいけど、何するの?」
「石化された魔物の石化魔法を解除してみて欲しいんだ」
「石化された魔物?」
「そう。風の神を祀る集落に石化された魔物がいる。そいつの石化を解除できたら討伐する」
「そのままにしてちゃダメなの?」
「俺は石化魔法に詳しくなくてな、何がきっかけで解除されるか分かんないだよ。そのまま永遠に石化されているなら問題ないんだけど、急に石化が解けたら危ないからな」
「強い魔物?」
「かなりヤバいな。デカくて空を飛ぶ魔物だから、討伐がかなり難しい」
「マーギンでも?」
「俺は魔法で狙撃できるけど、それができるやつはほとんどいないだろ? 弓矢では無理だし、引き付けてアニカディア号に載せたバリスタで撃つとかしないとダメだろうな」
「ふーん。なら集落にもバリスタを用意してあげた方がいいんじゃない? その空飛ぶ魔物を討伐しても、また出るかもしれないじゃない」
確かに。ロプロウスは珍しい魔物だけど、もう出ないとは限らんな。陸上用バリスタも作った方がいいかもしれん。それなら先住民の各集落に配備するか。チューマン対策にもなるだろうし、先住民達は戦争に利用するようなこともないだろう。
「それは検討しておく。明日の朝出発でいいか?」
「うん。じゃ、朝にマーギンの家に行くね」
と、いうことになった。
翌朝。
「おっはよーっ!」
「お前は老人か。早すぎるぞ」
また夜明け前にやってきたカタリーナ。ローズにも迷惑だろうが。
「朝ごはん何にするの?」
「甘いのがいいんだろ? パンケーキ……いや、フレンチトーストにしようか」
と、食パンを厚切りにしてフレンチトーストを作っていく。自分はまた吐くだろうから朝飯は抜いておく。
「おいひいっ!」
「うむ、ふわふわしていて旨い。マーギンは食べないのか?」
「俺は転移酔いをするから、食べても無駄なんだよ」
「そんなに酷いのか?」
「そう。気を失うぐらいだね。カタリーナがいたら、すぐに治してくれるから助かるんだよ」
「そうか。さすが聖女様ということか」
「そう。聖女様々だよ」
二人が食べ終えるのを待ってから出発する。
「ローズ、すぐに戻らせると思うから」
「うむ。では王城で帰りを待っておこう」
マーギンは転移の魔法陣を浮かべ、カタリーナと共にそこに進む。
「ローズも一緒に行こっ!」
「えっ?」
カタリーナは転移の魔法陣に入る瞬間にローズの手を掴んで無理矢理連れて行ったのであった。




