風の神ロムを祀る集落
「どうした? 渋い顔をして」
ロブスンがマーギンの顔を見て聞いてくる。
「いや、何でもない」
子供を戦いに巻き込むことを考えていたとは言えないマーギン。魔道具で高周波を検出できる物が作れないか考えてみようとは思うが、仕組みがよく分からない。こんなときにミスティがいたら何か考えだしてくれたかもしれないのに。
これまでの魔道具開発も、発想はマーギン、仕組みを考えるのはミスティというものが多々あった。マーギンには家電の知識はあるが、家電の仕組みを知らないのだ。
「自分の耳を魔法で強化するほうが早いかもしれん」
これもまだない魔法。身体強化の応用で聴力はアップするかもしれないが、聞き取れない音まで聞こえるようになるのだろうか? 次にチューマンが出たら試してみよう。
その後、3匹のチューマンをあっさり倒したことで、プレを祀る民からますます神格化されていくマーギン。ミャウ族との連携や交流の話もマーギンからすると2つ返事で了解してくれた。
翌日からプレの集落では何をしているか聞いていくと、鉱物の採掘と鍛冶仕事をしているようだ。他の集落の農具とかここで作られるものも多いとのこと。
「投石機に使われているバネの素材はここで作ったのか?」
「はい」
「どうやって鉱石を溶かすんだ?」
「これを使います」
見せられたのはまっ黒でキラキラと光る石。
「石炭かこれ?」
「石炭とは何か分かりませんが、ここは燃える石が採れるのです。薪や炭を燃やすより温度が上がります」
炉を見せてもらうと、煙も出てない上にかなりの熱量を出している。これなら魔道炉も必要ないかもしれない。
「ここで、こんなのは作れるか?」
と、クロスボウとバリスタの説明をする。
「これなら可能です。投石機のバネと同じ物で大丈夫でしょう」
「あれより頑丈にできるか?」
「可能ですけど、引くことは可能ですか?」
「そこは心配しなくていい。こっちで何とかする」
ということで、アニカディア2号用の武器をここで作ってもらうことに。ついでに投石機改も作ることにした。弾になる石も加工して、狙い通りに飛ぶタイプに改良する。もちろん投石機自体も魔道具化して、初速を上げるのと人の力でも引けるようにアシスト機能も盛り込むのだ。
マーギンはバリスタとクロスボウの設計図を描いて、職人達に渡す。支払い用の金はここではあまり価値がないだろう。
「支払いは何ですればいいかな? 金貨でよければ金貨があるんだけど、物の方がいいだろ?」
「使徒様にお支払いいただくわけにはまいりません」
と、何も請求してこない。これは次から頼みにくくなる。
「分かった。俺も労働で払うわ。魔道具でいいか?」
「魔道具ですと?」
「そう。氷とか物を冷やす魔道具があれば便利だろ? 箱は自分達で作ってくれ。それを魔道具にしてやるから」
こうして支払いの代わりに、集落で使える共同大型冷凍庫と冷蔵庫を作ることにしたのであった。
半月ほどプレの集落で作業をする。すっかりプレのゴツい男達と仲良くなった。
「じゃ、そろそろ次に向かうか」
「次はどちらへ?」
「風の神ロムを祀る集落だ」
「ではこちらをお持ちください」
「これは?」
「これは火の水晶と呼ばれるもので作った腕輪です」
赤とオレンジの中間のような色合いの宝石で作られた念珠のような腕輪。水晶と宝石の違いはよく分からんが、貴重なものではなかろうか?
「これ、貴重なものじゃないのか?」
「これは火の神プレの民の心です。ぜひ使徒様にお持ちいただきたいのです。それに風の神ロムを祀る民にこれを見せていただければ、わずらわしいことも避けられます」
「分かった。ありがたくいただくわ」
マーギンが腕輪を受け取ると長老達は嬉しそうに微笑んだ。
ロムの集落は比較的近いようで、普通に歩いて1日ほどの距離だった。
「ここは柵とかないんだな」
平地から少し上った山と山に挟まれた土地。風車がたくさんある。山の斜面には高さのそろった木がたくさん植えてあった。
「どちら様?」
細い目をした女性に声を掛けられる。服も白をベースに青の刺繍の入った民族衣装を着ていて、なんか神秘的だ。
「俺はワー族のロブスンだ。こちらはマーギン。虫系の敵が出ているから、各集落を回って情報収集をしている」
「そうですか。この集落にはそのような敵は来ておりません」
細い目の女性の感情が読めない。不審に思われてるのかな?
「俺たちはプレの集落に寄ってからここに来たんだ。長老達にこれを見せろと言って渡されたんだけどね」
と、腕輪を見せる。すると、
カッ、と一瞬、目を見開く女性。
「ようこそ風の神ロム様の集落へ。ご案内致します」
案内されて集落の中を歩いていくと、ここの人達はみんな目が細い。というか、細めているのだろうか?
ぶほぉーー。
風の神を祀る集落だけあって風が強い。風車も勢いよく回っている。
「あの風車は小麦かなんかを挽いているのか?」
「はい。小麦を挽くものや、水を吸い上げているものなどがございます。ロム様の恵みが我々を生かしてくださっているのです」
丁寧に対応してくれるけど、心は開いてくれないって感じだな。
そして、長のところに案内された。
「では、私はこちらで失礼いたします」
「わざわざありがとうね」
「どういたしまして」
最後まで感情の分からない人だったな。
「ようこそおいでくださいました」
「突然すいません。俺はマーギン。こっちはワー族のロブスンとピアン、ポニー。それと山犬のキンとギンだ」
「ワー族がここに来るとは珍しい。それに山犬と言われたが、山神様では?」
「そうらしいね。コイツラは虫系の人型の敵にやられてたときに助ける形になってね。それで懐いちゃったみたいなんだよ。で、ここに来たのは、その虫系の人型の敵、俺達はチューマンって呼んでるんだけど、そいつらの情報を集めに来たんだ」
「魔物ではないのですか?」
「いや、魔物には必ずある魔核がない。それに身体の構造も動物や魔物と一致する特徴がないんだよ。死体を持ってるから見るか?」
そう言うと頷くので、チューマンの死骸を出した。
「これは……」
「初めて見るか? ならここにはまだ出てないんだな。こいつはプレの村を襲いにきたやつだ。もしかしたらそのうちここにもくるかもしれない。こいつを倒すのは結構厄介でな。プレの民と協力して倒せるようにしておいた方がいい」
そして長にチューマンの特徴と倒し方を教えておく。
「貴重な情報をありがとうございます」
ここでは新たな情報を得ることもなさそうだし、プレと連携するならチューマンを倒せるだろう。もうこれで用事は済んでしまった。
一通り話が終ると、お茶をだしてくれる。
「このお茶旨いね」
「ここで作っているお茶にミカンの皮を干したものが入っております」
「あー、ミカンの皮って身体にいいんだっけ?」
山の斜面に植えてあるのは、お茶とミカンとか柑橘系の木らしい。
「ご馳走様。じゃ、俺達の話はこれだけだから帰るよ」
「お待ちください」
「なに?」
「なぜ、プレの腕輪をお持ちに?」
「長老達がくれたんだよ」
「そうですか。マーギン様は太陽神ラーの使徒様をご存知ですか?」
「ミャウ族の集落で聞いたよ」
「実はここ、ロムの集落にも使徒様がいらっしゃった言い伝えがあるのです」
「へぇ。ここでは何をしてたんだ?」
そう言うと、ご案内致します、と言われた。
外に出てどんどんと集落の上にいく。そして突き当たりの岩場に頑丈そうな大きな石造りの建物があり、その中に案内された。
「これ……ロプロウスじゃないか」
そこには空飛ぶ大型の魔物、眠るような姿のロプロウスの石像があった。
「やはり、この魔物の名前をご存知でしたか」
「まぁな。これをラーの使徒が石像にしたのか?」
「はい。この魔物がいた時代には、集落の者を生贄として差し出していたのを知った使徒様が、寝ているロプロウスを石に変えたと言われております」
なるほど。寝ている隙を狙ってミスティが石化魔法を掛けたのか。
「はい。言い伝えでは、石化が解ける前に砕けと言われたそうなのですが、硬くて砕くことができず、このままの状態なのです」
「万が一石化が解けたときのための建物かこれ?」
「はい」
ロプロウスが復活したら石造りの建物でも壊せるかもしれんな。
「ムーの使徒様」
長はいきなりマーギンをムーの使徒と呼んだ。
「俺は使徒じゃないぞ」
「この魔物のことを知っておられたのです。プレの長老もあなた様が使徒様だと確信したからこそ、腕輪を渡されたのです。使徒様、何卒、この石になった魔物を壊していただけませんでしょうか」
石化が解ける条件が分からないから、壊しておいた方がいいか。俺がここに来たのはそのためかもしれん。
「分かった。危ないから俺の後ろに下がっててくれないか」
みんなを後ろに下げて、妖剣バンパイアを抜いた。
「はぁぁぁぁっ、フンッ」
マーギンは魔力を少しだけ込めて首に斬り付けた。
ガキンっ。
「えっ?」
チューマンを斬ったぐらいの魔力を込めたはずなのにロプロウスの石像は壊れなかった。
「なんだこれ? 硬いどころの話じゃないぞ」
「マーギン、ダメなのか?」
「チューマンを斬れるぐらいには魔力を込めたんだがな。もっと魔力を込めたら斬れるかもしれんが、加減を間違うと山まで斬ってしまうかもしれん」
ロブスンはマーギンが使ったフェニックスのことを想像した。
「なら止めた方がいい。万が一山が崩れたら、この集落ごと巻き込むぞ」
「だよな。長、もっと魔力を込めたら斬れるとは思うけど、集落に被害が出るかもしれん。代わりにこいつが復活したとしても大丈夫なように、この建物を強化しておいてやるよ」
と、マーギンは言って、建物に強力な強化魔法を掛けた。
「これで、この建物は壊せんと思う。心配なら誰かハンマーかなんかで壊せるか試してみてくれ」
「いえ、使徒様がそうおっしゃられるなら問題ございません。ありがとうございます」
そのまま宴会となり、目の細い人達に囲まれて崇められたマーギン。
その夜、長の家に泊めてもらって寝転びながら、石化魔法のことを考える。
妖剣バンパイアで斬れなかったロプロウスの石像。ミスティの石化魔法が強力なのか、石化魔法とはそういうものなのかよく分からない。もし、石化魔法そのものが石化したものを壊すのが困難なほど硬くできるのであれば、ミスティの石像が壊れたのはおかしい。魔王の瘴気の影響で石化したならそうでもないのかもしれない。
そんなことを考えているうちに朝を迎えたマーギンは、もう一度この集落に来ようと思うのであった。