覚悟
「大隊長、なんで俺だけ連れてきたんだよ? バネッサで良かったじゃねーか」
「ん、不服か?」
「不服ってわけじゃねーけどよ……」
雪熊が湖を渡って来たかどうかの確認をするためにカザフだけを連れてきた大隊長。カザフはその意図が分からなかった。悔しいが、まだバネッサに勝てないのは自分でも理解してしまったからだ。
「お前、バネッサのことをどう思ってる?」
「ど、どうって……」
バネッサに惚れているかどうかを聞かれたと思ったカザフは赤くなる。
「お前は成長途中だ。それに対してバネッサは完成形に近い。本来であれば女であの年齢ならもう能力のピークだろう。が、バネッサは初めて会ったときより数段レベルが上がってる。これからも伸びるかもしれん」
「そういうことかよ」
「惚れてるかどうか聞かれたかと思ったか?」
笑いながら図星を突いてくる大隊長。
「ちっ、ちげーよっ」
「まぁ、それはどうでもいい。それよりバネッサがあれほど強くなった理由は分かるか?」
「あいつは女のクセに元から凄かったけどよ。今のバネッサはまるで別人みたいな感じがする」
「そうだな、俺もそう思う。その原因はなんだ?」
大隊長はカザフに考えさせる癖を付けようと答えを出さずに問いかけ続ける。
「マーギンがなんかしたんじゃねーのか?」
「そうだな。マーギンが関係しているのは確かだ。それはバネッサだけじゃなく、オルターネン達や特務隊、それにお前ら全員そうだ。マーギンと出会う前と比べものにならないぐらい強くなっているだろう」
「じゃあ、なんだよ?」
「お前とバネッサの違いはなんだ? 男と女、年齢や経験とかじゃなくな」
「それ以外分かんねーよ」
「そうか、分からんか。なら、何が違うか考え続けろ」
「なんだよそれ?」
カザフは大隊長の意図が分からないまま、凍った湖の上に雪熊の足跡がないか調査を続けた。
「これだな」
「大隊長の読み通り、湖を渡ってきたんだな」
「そうだろう。湖の中心地は氷が薄い。だから岸近くを通ってきたのだ。来年、再来年と寒さがもっと酷くなるようならまずいな」
「もっと強いやつが来るってのか?」
「マーギンの話によると、マンモーという化け物みたいな魔物がいるらしい。ノウブシルクの北側はその魔物に滅ぼされたと言っていた」
「やべぇじゃんかよ」
「そうだ。しかも群れを作るらしいから、群れごとこの湖を渡って来たら、北の街は滅ぼされるかもしれん。そうなれば王都の食料が不足する」
「そんなの俺達で討伐できるのかよ?」
「できるかできないかじゃない。やるしかないのだ。そのために特務隊はもっと強くならなくてはならない」
「もっと強く……」
「そうだ。この国の未来はお前達の成長に懸かってるのかもしれんな」
大隊長はそうカザフに伝えたのであった。
◆◆◆
「き、奇跡だ……」
カタリーナが死にかけていたラリー達と軍人を治したのを見て医者が呟いた。
「俺達助かったのか?」
目を覚ましたラリー達。
「良かった」
ラリー達を抱きしめるロッカ。
ぐぎぎぎっ。
「ギッ、ギブッ! ギブギブ」
ロッカの腕をタップするラリー。
「今度は絞め殺す気かよっ!」
「お前がヤワだからこれぐらいで音を上げるのだ」
「姫様、今の治癒魔法は……」
カタリーナが皆を治したことに目を丸くするローズ。
「これが聖女の力よ! どう? 凄い?」
ハイテンションで答えるカタリーナ。
「姫様、皆を救って頂きありがとうございました。自分の判断ミスで、仲間を死なせるところでした」
オルターネンは片膝を突いて胸に手を当て、カタリーナに頭を下げた。
「オルターネン、私がいるから大丈夫! 何があっても助けてみせるわよ」
「今後は姫様の手を煩わせるようなことにならないように精進いたします」
そして軍人達もカタリーナに片膝を突き、助けてくださってありがとうございますと頭をさげた。
ひとまず危機を脱したオルターネン達は、魔物の残党がいないか現場に戻り、散乱する魔物の死体を集め、魔結晶を回収させた。
「これが毒持ちの魔物?」
「姫様、近寄らないでください。まだ毒が残ってるかもしれませんので」
興味本位でグロロの死体に近づくカタリーナ。
「姫様、キルディアを食う?」
「食べるっ!」
タジキはキルディアの解体を終えていた。その肉で焼肉パーティーをする予定なのだ。
今回の防衛戦はこれで終了。領主邸の庭で宴会となる。
宴会の準備をしながら、カタリーナを褒め称える軍人達。
「姫様、すっげーじゃないですか。いつの間にあんなことができるようになったんですか?」
「これが聖女デビューよ!」
そう答えたカタリーナの言葉に喜ぶ軍人達。
「ハンナちゃん、ラリパッパ、ラリパッパ!」
「あんたらほんまに欲しがりさんやな」
《ラリパッパ》
「いやっほぅ。初めてーの治癒♪ 俺に治癒♪」
と、歌いながら踊り出した。
「皆が姫様の魔法で元気になって良かったですね」
「うん。本当に良かった。私はこれから聖女として頑張るから、ローズも宜しくね」
「もちろんですよ」
「じゃあ、ローズは私を守る騎士だから、聖騎士ってことになるわね」
「聖騎士?」
「そう。聖騎士ローズ。私は王都に戻ったら、聖女の服を作ってもらうつもり。ローズも聖騎士の服……いや、騎士だから鎧を作ってもらうね」
「鎧ですか?」
「そう。騎士隊みたいな無骨な鎧じゃなくて、聖騎士らしいオシャレなやつね」
そう言ってキャッキャとはしゃぐカタリーナはシャランランを使ってから、ずっとハイテンションだ。
「姫様、何かありましたか?」
ローズはそのハイテンションさに疑問を持つ。カタリーナは天真爛漫ではあるが、マーギンがいるとき以外にこんなハイテンションになることはないのだ。
「私は本当の聖女になるの」
「本当の聖女?」
「そう。マーギンが理想とする聖女になるの」
「マーギンの理想?」
「うん。私にはそれぐらいしかマーギンのためにしてあげられることがないから……」
カタリーナはそう言って笑顔のままポロッと涙を流した。
「ひ、姫様?」
「わ、私は……私は……マーギンにたくさん願いを叶えてもらったのに、私は……私は何も……」
その言葉を口にしたカタリーナは笑顔のままボロボロと泣き出したのであった。
◆◆◆
「じゃ、マーギン。いくね」
「いいぞ」
ラーの神殿で、ミスティの石像に治癒魔法を掛けて復活を試みるマーギンとカタリーナ。
カタリーナは聖杖エクレールを掲げて祈りを捧げる。マーギンはそれに合わせて治癒魔法を掛けた。
「戻って来いミスティ……」
強く、強く願いながら魔力を込める。
カタリーナの治癒魔法もラーの神殿内を満たすように注がれていく。
「ミスティ、頼むから目を開けてくれ」
マーギンはそう呟き続けた。
ドサッ。
長時間魔法を掛け続けたカタリーナが倒れた。
「カタリーナっ!」
マーギンは倒れたカタリーナを抱き上げて鑑定をする。
「魔力切れか……」
使い慣れない聖杖を使った反動で何かあったのかと思ったマーギンはただの魔力切れだと分かってホッとする。
が……
「無駄だったか……」
病気や呪いを消す治癒魔法がどれぐらい魔力を使うか分からないマーギン。しかし、これだけ長い間治癒魔法を掛け続けて、何も変化がなかったミスティの石像。カタリーナがただの魔力切れで良かったと思うと共に、ミスティを元に戻す手立てを失った喪失感が同時にやってくる。
そしてそのままカタリーナを抱きしめたまま朝を迎えた。
「石像っ、石像の人はどうなったのっ?」
パッと目を覚ますなり、カタリーナはマーギンにどうなったのか確かめた。
「俺のわがままに付き合わせて悪かったな。残念ながらカタリーナに頑張ってもらったのが無駄になったわ」
目を赤くしたマーギンが首を横に振ってそう答えた。
「ダ、ダメだったの……ごめんなさい……」
「いや、お前が謝ることじゃない。多分、ミスティはもう死んでたんだと思う。石像も壊れてたしな。お前が掛けてくれた治癒は慈愛に満ちた優しい魔法だった。あれでダメなら何をしても無駄だ」
「マーギン……」
マーギンはきっと気を失った自分を一晩中抱きかかえてくれたのだろう。そんなマーギンにカタリーナはギュッと抱き返した。
「マーギン、私に何かできることないの?」
「お前は十分やってくれたぞ。普通は魔力が切れそうになったら、気を失う前に脱力感で立てなくなるものなんだ。それに気が付かないぐらい集中して魔法を掛けてくれてたんだ。それで十分だ。俺もこれで諦めが付いた」
「でも……」
「本当に大丈夫だ。聖女と呼ばれるようになってもお前は人間なんだ。なんでもできるようになったわけじゃない。これからも助けられない人も出てくる。それをいちいち気に病むな。助けられないのはお前のせいじゃないんだから」
「私がマーギンにしてあげられることは何もないの……?」
カタリーナは苦しそうな顔をしてマーギンを見る。これは大丈夫だと言ってやるより、何かお願いをした方が気が楽になるのかもしれん。
「なら、カタリーナは治癒魔法だけじゃなく、癒しを与えるような聖女になってくれ。治癒魔法でも助からない人も出てくるだろう。それは仕方がないことだ。だけど、お前なら残された人達の悲しみを癒してやれるかもしれない。人が亡くなっても、亡くなった人はこの世での役目を終えて天に還ったのだと、微笑みながら教えてやってくれ」
「天に還るって?」
「宗教にもよるんだがな、俺の生まれた国では輪廻転生という考え方もあるんだ。人はこの世に役割を果たすために生まれる。そして、その役目を果たしたら天に還るという考え方だ。本当かどうかは俺も知らないけど、もしそれが本当なら、ミスティはこの世でやるべきことをやって天に還ったんだろう。もしかしたら、また何か役目をもってどこかに違う人として生まれているかもしれない」
「また生まれてくる……」
「そう。肉体は器、その中に魂というものがある。役目を終えたら天に還り、また違う肉体の中に入って生まれてくる。だから、ミスティの魂が俺の魂と縁があるならまた会えるってことだ。だからお前はもう気にするな」
「うん……」
「笑顔は人に癒しを与える。だけど、辛く悲しいときに笑顔でいるのは辛いものだ。それでも癒しを与えるものは笑顔でいなければならない。お前はそんな聖女になれるか? 俺の知ってる聖女はいつもツンツンしててな、慈愛の欠片もない聖女だったんだ。俺がイメージする聖女とは全然違ったんだ。がっかりだよまったく」
と、マーギンは笑った。心なしかエクレールが怒りでぶるぶる震えたような気がするカタリーナ。
「私、癒しを与える聖女になる」
「そうか。なら、俺のイメージする聖女とぴったりだ。だけど、自分の感情を抑えて笑顔でいると辛くて耐えられないときが出てくるだろう。だから、俺の前では聖女カタリーナじゃなく、ただのカタリーナでいいぞ。俺の前では泣きたいときには泣け、怒りたいときは怒れ。素直に感情に従えばいい」
「マーギン」
カタリーナはぎゅううっとマーギンにしがみついた。
その後、マーギンはカタリーナだけを転移魔法を使って王城に送ったのだった。
「お前、もう死んでたのかよ……」
カタリーナを転移させたあと、マーギンはミスティの石像を撫でる。
「神様が本当にいるなら、酷なことをしやがる……」
壊れてはいるものの、安らかに眠るような石像のミスティ。
「お前、俺がいなくても、こんなに安らかに寝れたのかよ……一人のときはちっこく丸まって寝てたクセに……」
マーギンはそう言って、石像の頭を撫で続けるのであった。




