防衛戦再び3
「夜間にキルディアは来なかったな」
「そうですね」
軍人達を休ませ、オルターネンとロッカ達で交代で夜間の見張りをしていたが、キルディアは来なかった。
「おはようさん、何事もなかってんな」
ハンナリーが起きてきて、ロッカに話し掛ける。
「うむ、3匹がこちらに向かっていたのだが、違う方面に行ったのかもしれん」
「ま、それならそれでええんちゃう? うちらは領都に魔物がいかんようにしてたらええねんから。それより、落ち着いてんねんやったら、ロッカら寝てきーな。一晩中起きてたんやろ?」
「なら、交代で寝るか。ロッカ達が先に寝ろ」
「隊長、なんかあったら起こすから、一緒に寝てきーな。うちら人数おるから、起こしに行く間ぐらいなんとかなるやろ」
「そうか。休めるうちに休むのも重要だな」
と、オルターネン達は仮眠を取ることにした。
「ハンナちゃん、キルディアが来たら、俺達でも大丈夫か?」
軍人達が魔狼より強いキルディアに勝てるかハンナリーに聞いてくる。
「うちがスロウを掛けたるし、なんとかなるんちゃう? あんたらは徹底的にヒットアンドアウェイで戦うんや。絶対に無理したらあかんで。まだ命掛けるような展開ちゃうしな。ほんで、あいつがジャンプしよったら、腹に矢を打ち込む。そして離れるんやで」
「了解っ!」
軍人達は辺りを警戒し、気配を探る。
「ハンナちゃん、向こうになんかいるぞ」
「どれどれ? あっ、ほんまや。あれがキルディアやで、3匹固まってこっちに来そうやな」
「隊長達を呼んでくる」
「寝たとこで可哀想やけど、頼むわ」
伝令を買って出た者がオルターネン達を呼びに行く。
「隊長、キルディアが出ました」
「分かった」
オルターネン達はテントから出て身体をほぐす。寝入りっぱなだったので、身体が重い。
「嫌なタイミングで来ましたね」
「あぁ、マーギンみたいなキルディアだ」
と、オルターネンが言うとロッカは笑った。護衛訓練のことを思い出したのだ。
「やられると確かに嫌なものですね」
「あぁ、一晩だけで来たのはマーギンより優しいな。3匹のようだから、ラリー達で1匹、俺とロッカがそれぞれ1匹担当だ」
「オッケー!」
こうしてオルターネン達はキルディアを討伐しに行く。
「ハンナリー、俺達でキルディアを殺るから、そっちは他の魔物の警戒をしておいてくれ」
「りょーかいや」
キルディアは3匹で来たといっても連携しているわけでもなく、それぞれが単独で襲って来た。
シパッ、シパッシパッ!
オルターネンはキルディアの攻撃を躱し、足に斬り付けていく。以前戦ったときと攻撃パターンに変化がないか確認しながらの作業。
「そろそろ飛ぶか」
ダメージの溜まってきたキルディアの姿勢が僅かに沈んだ。
「フンッ!」
ズバッ。
オルターネンは完全に飛ぶのを待たずに腹の下に潜り込み、腹を縦一文字に斬った。
ブッシャァァァッ。
腹から内臓をぶちまけたキルディアはそのまま絶命した。
「隊長って、めっちゃ強ぇな」
軍人達が今の戦いを見ていて目を丸くする。
「当たり前や。初回はちょっと苦戦しはったけどな。慣れたらあんなもんちゃう? ロッカの方も見てみ、えげつない倒し方してるわ」
ロッカ対キルディア。
「ふふふっ、噛みつこうとしてくるとは愚かなり。フンッ!」
バキッ。
顔を下げてロッカに噛み付こうとしたキルディアを殴るロッカ。キルディアは今の一撃でふらついた。
「でぇぇぇいっ!」
ゴトン。
ロッカはふらついたキルディアの首を一刀両断にした。
「斬れぬ物など我が魔鉄の剣にはない」
剣をブンッと振って鞘にしまうロッカ。
「ロッカ……キルディアを殴ってたよな?」
「お、おおぅ……」
軍人達はオルターネンとは違った強さを見せたロッカにも驚く。
そして、3人で連携して倒したラリー達は、普通だなと言われていた。
「ハンナちゃん、なんかすげー勢いで走ってくる魔物がきたぞ」
「えっ? なんやあれ……」
「よしっ、防御の体勢だ!」
「ちょ、ちょっと待ち……あっ、あかんっ。あんたら退避や、退避っ! 急いで風上に逃げるんやっ!」
防御の陣を取った軍人達に退避しろと叫ぶハンナリー。
「えっ? ここ抜けられたらヤバいんだろ?」
「ええからみんな風上に逃げっ! 隊長らに任せるんや。あいつは毒持ちや。はよ逃げぇっ」
軍人達を風上に退避させるハンナリー。軍人達は戸惑いながらも退避をする。
「ロッカ、グロロだ。俺達で仕留めるぞっ!」
もの凄いスピードで走ってくるグロロにオルターネン達は突っ込んでいく。
「ロッカ、左っ!」
オルターネンは右に飛び、ロッカは左に飛ぶ。すれ違いざまに二人が斬り付ける。
が、腰の入ってない剣ではダメージが通っていない。
「トリプルアターーック!」
「ラリーやめろっ! そんな攻撃が効くかっ」
3人が一直線に並んでグロロの正面から攻撃をするラリー達。
ドガッ。
「ぐはぁぁぁっ」
目眩ましもへったくれもなく、3人まとめてふっ飛ばされる。
「ハンナリー、ラリー達を回収しろっ!」
《クレイウォールっ!》
そう指示をしたオルターネンはラリー達の前に粘土の壁を出した。ストーンウォールより柔らかいが、粘りがあるため衝撃を吸収する。壁を破壊されたら、破片でラリー達を回収する軍人達を巻き込んでしまうからだ。
ズムっ。
グロロの爪攻撃がクレイウォールを引き裂く。
「お前の相手はこっちだ。食らえ回転斬りっ!」
ロッカは身体ごと回転させてグロロの腹に斬り付けた。
ブシャッ。
グロロの腹から血飛沫が飛ぶ。
ぐるん。
グロロがラリー達を回収する軍人達に尻を見せた。
「逃げろっ!」
ぶしゅーーーーっ。
グロロは尻から霧状の毒ガスを出したまま、その場でぐるぐると回転した。そのことにより、近くにいた全員に毒霧が振りまかれた。
「息を止めて離脱っ!」
オルターネン達は息を止めてその場から飛び退く。
「ぐおっ……」
ラリー達と回収に向かった軍人達は毒を吸い込んでしまった。
「クソッ」
オルターネンとロッカは息を止めたままラリー達と軍人の回収に向かう。
「ガアァァッ」
手負いになったグロロはラリー達を回収に向かったオルターネン達に襲い掛かる。
「ええ加減にしいやっ!」
《スロウっ!》
ハンナリーが皆を助けに入った。
「今のうちに逃げぇっ!」
コクコクと頷いたオルターネン達はラリー達を引きずって全員退避した。
「あんた、うちの仲間に何してくれとんねんっ。もう勘弁したらへんからな」
ハンナリーはスロウの魔法にどんどんと魔力を込めていく。
《めっちゃスロウっ。死ぬほどスロウっ!》
ありったけの魔力を込めたハンナリーの毛が逆だっていく。
そのことにより、グロロは強烈なスロウで心臓の鼓動まで抑えられていった。
「グ………オォ」
ぐるん。
グロロが口から泡を吹き、目玉がぐるんと白目になって倒れた。
「あんたら、大丈夫かっ?」
「街へ退避。治癒師っ! 移動しながらこいつらに治癒魔法を掛けてくれ」
オルターネン達も少し毒を吸い込んだようで、喉に焼けるような痛みが走る。ラリー達はもっと吸い込んでしまったようで、激しい咳をしながら血を飛ばす。
「あんたらしっかりしぃっ。今から医者のおるとこに連れてってやるからなっ」
毒を吸い込んだ者達は荷車に乗せられて、領都へと急ぐのであった。
◆◆◆
「なぁ、ロドリゲス。この雪熊はどこから来たと思う?」
雪熊討伐を終えた翌日、大隊長はロドリゲスと雪熊の死体を見ながら話し合っていた。
「北の山から来たんじゃないですかね?」
「そうだとすると、わざわざ湖畔に沿ってこっちに来たのか?」
「そうですね……バネッサ、こいつはどの方面から来たか分かるか?」
「うちが見たときは湖畔沿いの道にいたからな。橋を渡って、湖畔沿いの道を来たんじゃねーか?」
「北の領主はあの橋を落としてないからな。それも考えられるが……」
「大隊長は他に心当たりあるんですかね?」
「いや、この雪熊はノウブシルク側から来たのではないかと思ってな」
「ノウブシルクから?」
「あぁ。マーギンの話だと、ノウブシルク側の方が強い魔物が出ているらしい。この雪熊は統率個体がいた。これだけでも驚きなのだが、統率個体がいるにも関わらず縄張りを追い出されたのではないかと思ったのだ」
「マンモーとかに追われたと?」
「そうだ。それで凍った湖を渡って来たとしたらどうだ?」
「なるほど。それは考えられますね」
大隊長は腕組みをして考える。
「よし、カザフ。付いてこい。湖に雪熊の足跡がないか探しにいくぞ」
「えっ? バネッサじゃなく、俺を連れて行くのか?」
「不満か?」
「べ、別にいいけどよ」
「ロドリゲス、ここを頼む。多分もう今回の襲撃はないと思われるがな」
「了解です」
大隊長はカザフだけを連れて、湖の様子を見に行くのであった。
◆◆◆
「ダメです。治癒魔法ではこれ以上なんとも……」
怪我は治っても毒は除去できない。
「医者の意見はどうだ?」
「魔物の毒はどうにもならないと……」
「クソッ」
ラリー達と、回収に入った軍人達がゼーゼーッと苦しそうな息をしている。それもどんどん弱くなってきているのだ。
「ゴフッゴフッ、も、申し訳ありません……私がむやみにグロロを斬ったばかりに」
ロッカも苦しそうな息をしながら、自分のせいだと謝ってくる。
「いや、斬らねば食われていたかもしれん。悔やむべきことはそこではない。我々が引き付けて皆からグロロを離さなければならなったのだ。私の判断ミスだ。ロッカの責任ではない」
「責任とかどうでもええねんっ。この子ら助けたってぇなっ。何でもええから助けたってぇなっ!」
ハンナリーが泣きながらオルターネンの胸元を掴んでゆさぶる。
「すまん、もう打つ手がないのだ……」
「嘘や……そんなん嘘やっ! ほら、あんたらしっかりしいっ。ハンナリー商会の根性見したりぃやっ!」
「ゴフッ、売……れ、売ーれ……ハンナ……」
軍人達はもう意識がなくなり掛けているのにハンナリーの声に応えようとする。
「うわぁぁぁっ。死なんといて、死んだらあかんであんたらっ!」
「ハ、ハンナちゃん……な、泣くな……軍人は死ぬ……のも……仕事だ……」
「そんなん仕事ちゃうわっ。しっかりしぃ、頑張ったらなんとかなんねんっ」
軍人はハンナリーが揺さぶるのにも反応をしなくなってしまった。
ガラゴロガラゴロ……
そのときに王家の馬車がやってきた。
「まさか……」
「やっほーっ。聖女カタリーナ参上っ!」
「ひ、姫様……どうしてこちらに?」
「どうしてって? 私が聖女だからだけど? もしかして、その人達死にかけてる?」
「カタリーナっ、あんた何とかできるんかっ! できるんやったら助けたって」
「怪我? 病気?」
「毒やっ!」
「分かった。やってみる」
カタリーナは聖杖エクレールを天に掲げる。
「我が名はカタリーナ。エクレールよ、聖なる光で病める者達を照らし、鰯を……癒しを与え給えっ!」
肝心な所で言い間違えるカタリーナ。ここに来るまで、聖女らしいセリフを考えてきたのにだいなしである。
《シャランランっ!》
左手でエクレールを掲げ、右手で目元にピースをしながらポーズを取るカタリーナ。
目には見えないが、カタリーナからでた光が毒に侵された者達に降り注いでいく。
「うっ………」
「あんたら気が付いたんかっ」
死にかけていた軍人達が目を覚ます。
「ハ、ハンナちゃん……俺達……」
「うわぁぁぁん、良かった。良かったぁぁっ」
グシグシと泣いてすがり付くハンナリーを軍人達は頭を撫でてやるのであった。