自分にしかできないこと
マーギンはバネッサを家に3日間泊まらせて治癒を行った。
「もう大丈夫だぞ」
「なんか身体も軽くなったぜ」
身体の調子を確かめるように腕をグルングルンと回すバネッサ。
「身体を酷使してきたんだろ? ちょうどいい休息期間だったと思えばいい」
「身体が鈍るんじゃねえかと思ってたけどよ、休むってのも重要なんだな」
「そうだな。心身ともに休む期間は必要だ。まぁ、筋力が落ちたのは確かだから徐々に戻していけ。いきなり全開でやるとどこか痛めるぞ」
「分かった」
バネッサは治癒期間中の3日間、カタリーナとローズの訓練を見学するのみ。家に戻ったら、ちゃんとマーギン飯を食ってベッドで寝る生活をしていたから少し野性味が抜けていた。
「今日はどうする?」
「とりあえず見学しとく」
ということで、バネッサの見学最終日。カタリーナもローズも少しずつ様になってきているから、俺が見ててやるのもこれで最後でいいかもしれない。あとは自主訓練をしてくれ。
「よし、これで終わり。あとは自分達で訓練してくれ。特務隊の訓練に参加してやるといいぞ」
「えー、マーギンはもう見てくれないの?」
「他にもやることがあるんだよ。カタリーナは社交会に参加するんだよな?」
「年初のやつは出ないとダメだけど、そのあとのは出なくていいと思う」
「分かった。そのあと1週間ぐらい予定を空けておいてくれ」
「何かするの?」
「まぁな。そのときに話す」
そして、晩飯はバネッサの完治とカタリーナ達のマーギン特別訓練終了を兼ねて家で宴会。当然カタリーナは泊まろうとするので、酔い潰して帰らせることにした。
「マーギンはときどき酷いことをするな」
「こうしないと言うことを聞かないだろ?」
ローズがカタリーナを背負っている。マーギンは二人を貴族門まで送って来たのだ。
「バ、バネッサは平気で泊まらせるのだな……」
「まぁ、あいつが甘えられる場所はうちぐらいだろうからな。実家もないし、親兄妹もいない。ロッカ達はお互いに対等の立場だと思ってるから甘えられる対象でもない。ローズからしたらいい歳をして何を……と思うかもしれないけど、あいつは幼少期にそういうことができなかったんだよ」
「それでも……」
「別に男女の関係とかじゃない。バネッサはアイリスやカザフ、ハンナリーとかと同じだ」
ローズに何かを言われる前にちゃんと説明しておく。他の人から見たら自分とバネッサはお互いに結婚していてもおかしくない年齢だ。それが一つ屋根の下で寝泊まりしてたらそういう誤解を受けるのは当然だろう。
しかし、ローズは疑うような顔をしている。
「ならローズもうちに毎日のように泊まる?」
「そ、それは……」
いきなり泊まるかと言われて困惑するローズ。
「そう。普通はそうなるよね。みんなで宴会して帰るのが面倒になったとかならあり得るけど。それに俺はハンターではなかったけど、似たような生活をしてきたから、男女で雑魚寝するのが当たり前の生活をしてきた。寒いときには一つの布団で寝たりもするし。世間一般の人達とは常識が異なるんだよ」
「そ、そうだな」
こんな話をしている間に貴族門に着いた。
「ローズ、水系統の攻撃魔法を使えるようになったことは隊長にも話をしておいた方がいいぞ」
「なぜだ?」
「訓練に参加するなら、隊長は隊員の能力を把握してないとダメだからな」
「私は特務隊に入るとは……」
「多分、カタリーナは特務隊に入る。そうなればローズも道連れだろ?」
「姫様は特務隊に入るつもりなのか?」
「というか、そうなると思う。前線に出て戦うわけではないけど、戦う者たちの心の支えになるような存在ってやつかな。元々皆を鼓舞する力もある。ハンナリーとは違った感じだけどね。例えるなら信仰対象になるって感じだ」
「姫様が拝まれるのか?」
「いずれね。カタリーナがそうなったときに、心の拠り所が必要になると思う。俺もできることはしてやるつもりだけど、ローズも心の支えになってくれると嬉しい」
「人々から崇められる人に心の支えが必要なのか?」
「本当の神なら不要かもしれないけど、崇められたとしても人間であることに変わらない。人なのに神扱いされるのは辛いことだと思うよ。慢心することもあるだろうし、間違うこともある。自分の至らなさに心が病むこともあるだろう。だからそばで支えてやることも必要だし、ときには嫌なことを代わりにしてやる必要も出てくると思う」
「それを私に?」
「そう。俺は俺でやらないとダメなことがある。ずっと傍にいてやれるわけじゃないんだよ。それとローズが一人でカタリーナを支えるのも無理があるから、隊長や大隊長とかを上手く巻き込んでおいて」
「姫様が聖女と呼ばれる人になることは誰が知っているのだ?」
「大隊長は王か王妃から聞いていると思う。それに誰も知らなくてもそのうち誰かが聖女だと言い出すからそれは気にしなくていい。聖女とはそういうものなんだよ」
マーギンはそうローズに説明して、二人と別れたのであった。
ローズは貴族門を通り、王城へと向かう。
「マーギンって、色々と考えてくれてるんだね」
ローズに背負われているカタリーナがローズに話し掛けた。
「姫様、聞いていたのですか?」
「うん。マーギンは聖女になるかどうか確認されたときにも説明してくれたんだけど、実はあんまり深く考えてなかったんだ」
「そうでしたか」
「人から崇められるって、しんどいのかな?」
「どうでしょうね? 私は崇められたことはありませんので、正直想像が付きません」
「マーギンってね、タイベの先住民から崇められてるの」
「えっ?」
「使徒様って呼ばれてるみたい。ひれ伏すようなことはされないけど、すっごく頼りにされてる。他の街でもマーギンを頼る人って多いじゃない?」
「そうですね」
「マーギンはそれが辛いのかな?」
「大変だとは思いますが、辛そうにしているようには見えないですけどね」
「さっきの話を聞いて、そう見せてないだけなのかなぁって思っちゃった。自分で体験したことじゃないと、その立場の人の辛さとか分からないじゃない?」
「そうかもしれませんね。私にはそこまで分かりませんでしたから」
「でもあそこまで心配してくれてるなら、きっと辛いことが待ってるんだと思う」
「なら、聖女になるのはやめておかれますか?」
「ううん。多分、これは私にしかできないことなんだと思う。それにこれからの世界に聖女が必要になるからマーギンはお母様達に相談したんだろうなって。必要ないなら、初めから相談しないじゃない?」
「確かにそうですね」
「だから私は辛いことが待ってようと、聖女にならないとダメなんだと思う。マーギンが自分にしかできないことをしようとしているように、私も私にしかできないことがあるならやらないとダメだと思うの」
「辛いことがあると分かっていてもですか?」
「うん。何をしてても辛いことはあると思うの。それならやる方がいいじゃない?」
「そうですね。姫様がそうお決めになられるのであれば私はお供するのみです」
「うん、これからも宜しくね」
「はい。こちらこそ宜しくお願い致します」
カタリーナはローズに背負われたまま話を続け、王城へと送り届けてもらったのであった。
その後、年末までにマーギンはライオネルの倉庫と漁船に直接積み込める海水氷の魔道具を設置していった。動力となる魔結晶は勇者パーティ時代に集めた使い道のない巨大な魔結晶を使うことに。魔道具に見せかけたダミーの箱に強化魔法を掛けて誰にも開けられないようにしておく。皆には通常の魔石か魔結晶を補充してもらうために、スイッチのランプや温度計などの魔力はそこから流れるようにしておいた。
◆◆◆
「なぁ、シスコ。これ、マーギンから預かってきてん」
「何かしら?」
「ラーメンを作る魔道具の回路と設計図やって。大隊長からの発注やねん」
「なんですって?」
「機械の設置場所と作る人はこっちでやるから、なる早で宜しくな」
「製麺機は分かるわよ。すでにいくつか作ってるから。で、この麺の保存性を高める魔道具って何かしら? こんなの知らないんだけど」
「さぁ? 生の麺やったら遠征のときに食べられへんから、保存性を高めるためのやつらしいで」
また面倒な物を……
「いつまでに必要なのかしら?」
魔導回路の素人でも分かる複雑な回路。それと機械の方もやたらと指示の多い設計図。これは回路はジーニア、機械はハルトラン、ガラスの部分はリヒトに頼まないと作れないだろう。あの3人は超多忙だ。
「えっ? さっき言うたやん。なる早で!」
と、ウインクしたハンナリーにシスコはビンタをしたのであった。