NTRとか言うな
「おっはよーっ!」
まだ暗い時間にカタリーナがやってきた。大隊長もローズも迷惑そうな顔をして隣にいる。カタリーナはきっと、老人になったら昼と夜が逆転するだろう。
「早すぎるぞお前」
「だって、朝に来いっていったじゃない」
「まだ朝になってないわっ。で、飯は?」
怒りつつも朝飯を食べたか確認するオカンマーギン。
「まだ食べてない」
やはりここで朝飯食うつもり満々で来やがったのか。
「あーーっ!」
家に入るなり大声を上げるカタリーナ。
「マーギンはどこで寝たの?」
「マットレスだけど?」
「ということはバネッサと寝たのね?」
「そうだぞ」
朝っぱらからうるさいカタリーナの声で皆も目を開けてはいるが、誰も起き出そうとしない。
「だから私達も泊まるって言ったのにっ! これはオルターネンに罰を与えないとダメね」
プリプリ怒るカタリーナの横で、ローズがジト目でマーギンを見ているがそれには気付かない。
「ローズ、朝ごはん作って!」
「わ、私がですか?」
「当たり前じゃない。寝取られたんだから、ローズは胃袋を掴むのよっ!」
寝取られたとか言うな。
まだ暗いのに、カタリーナの騒がしさでカザフ達も起きてくる。
「マーギンさん、パンケーキがいいです」
アイリスはおはようの前に朝飯をリクエスト。
「うちは焼き魚定食」
続いてハンナリー。
「目玉焼きなら焼いてやんぜ?」
バネッサは作ってやろうかと言ってくれる。
「マーギン、俺達は肉っ!」
最悪の朝だ。シスコがいたらカオスねと呟きそうな状況だ。それにカタリーナがローズに朝飯を作れと言った。バネッサも目玉焼きを焼いてやろうか? と言っている。これは、両方出されてどっちを食べるの? という状況になるだろう。正解のない問いをされるのは勘弁だ。
「よし、今日の朝飯はラーメンだ」
「えっ?」
全員の言葉を無視して朝ラーにしてやる。
「どうしてラーメンなんだ?」
タジキの質問。
「人数が多いから鍋で作る。それだと具材は好きなのを勝手にのせて食えるからな。お前ら手伝え」
「うん」
チャーシュー山盛り。鶏ハム、ネギ、刻みタマネギ、焼き鳥のタレで作る黄身のみの簡易煮卵、ハンバーグ代わりのミートボール、鯛の薄切りを用意。ラーメンは鶏ガラスープの醤油味と塩味の2種類。あとはすりごまとバターも置いとくか。しかし、朝飯の用意をしているとは思えんな。
「好きな味のラーメンに食べたい具材をのせて勝手に食ってくれ」
そう言って鍋を置く。するとこの組み合わせの方が旨ぇっ、いやこっちだと朝っぱらから賑やかな食卓になる。
「マーギン、どれをどうして食べれば美味しいの?」
「ガッツリいきたいなら、醤油のやつに肉系と卵をのせろ。あっさり系なら、塩味に鯛と鶏ハムとかだな」
「マーギンはどうやって食べるの?」
カタリーナは何から食べていいか分からないようだ。
「そうだな……塩味に鶏ハムと刻みタマネギ、卵、すりごま、バターだな。それと柚子胡椒を入れる」
「私もそうしようかなぁ」
「たくさんあるから、少しずつ試して気に入った組み合わせで食え。それと柚子胡椒は辛いからやめとけ」
朝ラーは好評で、あっという間に食いつくされた。たまにはこういうのもいいだろう。
「マーギン、このラーメンとやらは売り出すのか?」
大隊長は朝ラーが気に入ったのか、ラーメンを売るのか聞いてくる。てっきり醤油でガッツリいくのかと思ってたら、塩に鯛とタマネギのあっさりラーメンを選んでいたようだ。
「そのうちラーメン職人が出てくるかもしれませんね。俺が使ったのは、魔法で保存性を高めた麺なので、他の人には作れないかもしれません。生麺なら店で出せるようになるんじゃないですかね?」
「いや、遠征しているときに食いたいのだ。保存性を高めた麺を買えるようにできないか?」
「だってよ、ハンナリー。お前の商会で作って売るか?」
「マーギンしか作られへんのやったら無理やん」
「魔道具を作ればできるかもしれないんだけどな」
「よし、俺が投資しよう。魔道具を作ってくれ」
大隊長がめっちゃ乗り気だ。
「大隊長、魔道具を作れても、どこで誰が作るんですか?」
「ハンナリー、軍人の誰かに作らせろ。場所は何とかしてやる」
「ほなら希望者に作らせるわ。マーギン、魔道具宜しくな」
なんてこったい。朝ラーなんかするんじゃなかったと後悔するマーギン。これは魔導回路と機械の設計図を描いてシスコに丸投げしよう。お前のところの商会長が引き受けたんだから責任は商会長代理のシスコにある。大変だな、商会長が安請け合いする人で。
心の中で責任転嫁を終えたマーギンは、カタリーナとローズの訓練をしに行くことに。大隊長とバネッサも一緒だ。カザフ達はリッカの食堂へ。
「アイリスも来い」
「えっ? 外は寒いです」
家でぬくぬくしてようとするアイリスも引っ張りだす。火魔法と水魔法と属性は違っても、やることは同じ。ローズの手本になってもらおう。
「ハンナリーはどうする?」
「えー、どうしよっかなぁ」
「ここで寝ててもいいぞ」
一人だけいらない子扱いされるハンナリー。
「なんでやねんっ。そこはお前も来いって言うてくれなあかんやんかっ!」
「そういうの面倒臭いんだよ。来たいなら来い。嫌なら寝とけ」
そう答えると膨れっ面をするハンナリー。
「では、私はベッドでぬくぬくしてます」
「お前は来るんだ」
マーギンは惰眠を貪ろうとしたアイリスの首根っこを掴み、ズルズルと引っ張っていった。
「さ、この前の続きだ。カタリーナはコンパクトなプロテクションを素早く出して消しての練習。ローズは温度を下げすぎないアイスバレットを数多く、かつコントロールの練習。アイリスはそれをファイアバレットで手本を見せてやってくれ」
「うちは何してりゃいいんだ?」
「バネッサは大隊長に稽古を付けてもらえ。オスクリタなしで体術の組手だな」
「うちが大隊長と?」
「そう。俺が教えるより上手いと思うからな。大隊長宜しくお願いします」
「俺がバネッサとか。苦戦しそうだな」
そう苦笑いする大隊長。お互いが苦手とする相手同士だ。スピードとパワーの戦い。恐らくバネッサの攻撃は大隊長に効かない。そして大隊長の攻撃をバネッサは食らわない。決着が着くとすれば、バネッサがコツコツとダメージを与えて倒すか、大隊長の一撃を食らって負けるかの戦いになる。とても楽しみな組み合わせだな。
「なぁ、うちは何するん?」
「ハンナは何もすることないな」
「えー、暇やん。なんか役割与えてぇな」
と、いうので、コタツ代わりになってもらう。さすがに地面に寝転ばせて、足を乗せるのは可哀想なので、膝の上に乗せて二人で毛布でくるまる。
「こうしてたらめっちゃ温いわ」
「そうだな」
ローズとカタリーナはやり過ぎてなさそうだから、大隊長とバネッサの戦いをみる。
おー、大隊長はスピードもかなりあるな。指導組手みたいな感じで、バネッサに攻撃させて、それをさばいている。わざと隙を作って誘い込んでるようだな。
時折、バネッサの強烈な一撃が大隊長の防御に当たる。
ブンッ。
大隊長の反撃をバネッサはスッとうしろに下がり避ける。ヒットアンドアウェイに戦法を変えたか。大隊長相手にはそれが正解かもな。しかし、チマチマ当てても大隊長には効かないだろう。さて、バネッサはどうするかな?
バネッサのパンチやキックが大隊長に当たるが、大隊長は平気そうな顔をしている。少しはダメージ通ってるのかな? ダメージを感じてるならそろそろ反撃しそうなんだけど。
「食らえっ!」
バネッサの右フックを大隊長は左の手でガード。それを見越したバネッサが身体を回転させて左回し蹴りを出そうとした。
「フンッ!」
「ぐはっ」
いきなり吹き飛ばされたバネッサ。ヤバいっ。
「大丈夫か?」
マーギンは膝の上のハンナリーをぽいっと捨てて、バネッサのもとに駆け寄る。するとゴフッゴフッと血を吐いたので、慌てて治癒魔法を掛けた。
「アバラいってないか?」
「痛てて……」
「す、すまん。大丈夫か? そこまで力を入れたつもりはなかったのだが、モロに入ってしまった」
「大隊長、あのゼロ距離からの鉄山靠はヤバいって」
「いや、すまん。嫌な予感がしたもんだから身体が勝手に動いてしまってな」
「バネッサ、あの体勢からの回し蹴りで大隊長のこめかみを狙ったろ?」
「な、何しても効かねぇからよ、急所狙ってみたんだよ」
「なるほどな。大隊長はそれを命の危険と感じて鉄山靠を使ったのか。ま、お前の負けだ」
「ちぇっ、これで勝てねぇ相手が増えちまったじゃねぇかよ……いちちち」
治癒魔法を掛けたことで、血を吐くのは治まったが、骨までいってるなこれ。
「お前、多分アバラにヒビが入ってるわ。3日くらい訓練禁止な。3回に分けて治癒魔法を掛けてやるから、その間うちに泊まれ」
「分かったよ」
負けたバネッサは悔しそうだ。しかし、大隊長はあれでも手加減したような気がする。想定したよりバネッサの動きが速くてモロにカウンターになってしまったって感じだな。
「ローズ、聞こえた?」
「何がですか?」
「バネッサが怪我してマーギンの家に完治するまで泊まるんだって」
「そ、そうですか」
「ローズも怪我をしたら……」
ブツブツと何かいらぬことを考えるカタリーナ。
それから昼休憩を挟んで、夕方前まで二人の特訓は続いたのであった。