ローズのイヤイヤ
晩飯を食べたあと、貴族門の所まで二人を送って行く。
「ローズ、カタリーナ。明日の訓練は休みにする。魔力を完全回復させるためにな。勝手に魔法を使うなよ」
「マーギンは何をしてるの?」
「いろいろとあるんだよ。シスコとも打ち合わせしないとダメなことも残ってるし」
「魔道具ショップに行くの?」
「多分な」
居場所を確認したということは、きっと来るんだろうな。まぁ、いいけど。
マーギンは二人と別れたあと、リッカの食堂に向かった。昨日、魔導エアコンを作る約束をしてたのに行かなかったからな。
食堂の営業時間が終わるのを待って中へ。
「やっと来やがったか」
片付けをしていた大将に嫌味を言われる。
「ごめん、ちょっとやることができてね」
「なんか作ってやろうか?」
「晩飯は食ってきたけど、賄が残ってるなら、ちょっと貰おうかな」
「マーギン、もう洗い物終わったのよ」
洗い物はリッカの仕事。魔法で洗うんだからすぐに終わるだろうが。
「自分で片付けるから文句言うなよ」
大将に賄を出してもらって飲みながら食べる。いつもの味なのに懐かしい。最近、殆ど来てなかったからな。
大将も飲むみたいで、酒を持ってテーブルの向かい側に座った。
「で、最近どうなんだ? タジキ達もマーギンが全然顔を出さないってブツブツ言ってるぞ」
「あいつら来てんの?」
「休みの日に手伝いに来てくれてる。三人とも相当厳しい訓練をしてるみたいだな」
「大隊長にしごかれてんだよ。成人する頃には相当強くなってるんじゃないか」
「だろうな。あんな子供がボロボロになるまで鍛えないとダメな世界になっちまってんだな」
「そうだね。王都周辺はあまり変化がないけど、魔物は増えてるよ」
「みてぇだな。魔王は復活しそうか?」
「まだ分かんない。昔は魔国と呼ばれた場所にいたんだけどね。今はそんな場所があるかどうかすら分からないんだよ」
「それを探しに行くのか?」
「うん。でもその前に倒さないとダメなやつが出てきたから、そっち先かな」
マーギンはチューマンの話をする。
「そいつはやべぇな。誰か連れて行くのか?」
「いや、巣の殲滅は俺にしかできなさそうだからソロでいく。その方が心置きなく大魔法を使えるってのもあるしね」
「大魔法か……どれぐらいの威力がある?」
「まぁ、王都が滅ぶくらいじゃない?」
「おっ、お前……そんな魔法を使うつもりなのか?」
「この前、それに近い魔法を使ったんだけど、巣を殲滅できたかどうかが分からないんだよ。巣じゃなかったのか、他にも巣があるのか、あの威力でもダメだったのか……」
「もし、王都を滅ぼすぐらいの威力でも効かなかったとしたらどうやって倒すんだ?」
「チマチマと一匹ずつ倒すしかないね。総数がどれだけいるか分かんないけど」
そう説明すると大将は黙ってしまった。
「ご馳走様。店のやつを先にやるから」
マーギンは食べ終えて、店と厨房に魔導エアコンの回路を魔法で書き込んでいく。魔結晶の設置場所と回路を繋ぐのは金貨を錬金魔法で溶かして使った。これで最高効率の回路だな。
「部屋はどうする?」
「頼む」
大将達の部屋に行くと、パジャマ姿の女将さんがいた。パジャマより浴衣の方が似合いそうだ。
「何か余計なことを考えてんじゃないだろうね?」
力士の浴衣姿を想像したとは言わない。
「女将さんは厚着しなくても大丈夫そうだね」
ギヌロッ。
「どういう意味だい?」
凄まれるマーギン。
「べ、別に……」
いらぬ想像をこれ以上しないように、さっさと回路を描いていく。
「このつまみで温度調整。こっちは風量の調整ね。風量は強くしてもそんなに魔力を使う量は変わらないけど、温度は室温との差があればあるほど魔結晶の減りが早いから」
使い方を説明して、次はリッカの部屋。
コンコン。
「なに? 夜這いでもしにきたわけ?」
「そうだ」
「えっ? ちょっ、ちょっと。何言ってんの……」
「そんなわけあるかバカ。自意識過剰かお前は」
バンッ!
ぶっ……
いらぬ冗談を言ったマーギンは思いっきり枕を投げつけられる。綿ではなく、豆かなんかが入った枕は結構痛い。
「死ねっ!」
まぁ、今のは俺が悪いな。しかし、リッカのパジャマ姿はそれなりに可愛いく見える。歳が近いとドキドキするのかもしれん。
「今から魔道エアコンを作ってやる。どうしても寒くて寝れないときに使え」
プリプリ怒ったリッカは返事をしないので、勝手に壁に回路を描いていった。
「終わったぞ」
「なんにもないじゃない」
「壁から温風も冷風も出るんだよ。これが温度調節、こっちが風量調節のつまみだ。じゃあな」
「も、もう帰るの?」
もじもじっとするリッカ。
「終わったからな」
「ちゃんと使えるか試してよ」
女心の分からないマーギンは、疑り深いやつだとブツブツ言いながら魔導エアコンを作動させる。するとファンの回るような音もせず温風が出てくる。
「ほら、正常に動いたぞ。部屋を使わないときにはちゃんとスイッチ切れよ。そうしないと魔石か魔結晶が無駄に減って大将に怒られるからな」
「わぁ、あったかーい」
忠告を聞かずに温風が出てくるのを手で確かめるリッカ。
「だろ? この冬も前より寒くなるかもしれないから、こういうのがあった方がいいだろ。じゃ、帰るわ」
「まっ、待ってよ」
「まだなんかあるのか?」
「あんた、今何やってるのよ?」
「ん? なんかいろいろやってるな。商売のことや、魔物対策の指導とかやってたけど、それもだいたい終わった。これからは人類の脅威の討伐だな」
「魔物討伐?」
「いや、魔物よりヤバいやつだ」
「えっ? そんなの危ないじゃない」
「危なかろうが、なかろうが、やらないとダメなんだよ。ほっとくと安心して暮らせないだろうが」
「あ、あんたがやることないじゃない……」
心配そうな顔をするリッカ。
「俺以外誰がやるんだよ? まぁ、心配すんな。俺はお前が思ってるよりずっと強い。お前が安心して暮らせるようにしといてやるから、頑張って萌え萌えキュンをしとけ」
「だって、もしなんかあったら……」
「大丈夫だ。俺はそのためにいるんだから」
「マーギン……」
リッカはマーギンに近寄ろうとする。
ドンッ。
「キャッ」
壁ドンを隣の部屋からされる。
「何かしたら責任取らせるからね」
ここの寝室の壁は薄い。隣の部屋に今のやり取りが聞こえていたのだろう。
「じゃ、さっさと寝ろよ」
マーギンはそう言ってリッカの部屋から出たのであった。
ドカッ。
マーギンが下に降りたのを見計らって、リッカは隣の部屋との壁を蹴飛ばしたのであった。
◆◆◆
「では姫様、おやすみなさい」
カタリーナの部屋の前まで送り届けたローズは挨拶をして宿舎に帰ろうとする。
「ローズ」
「はい、なんでしょう?」
「押し倒されたら良かったのに」
「姫様っ!」
「マーギンからは何もしてこないんだから、ローズからチュッてすればいいのに。そうしたらマーギンも責任取らねば、とかになるんじゃない?」
「しませんっ」
「自分から行動をおこさないとバネッサに取られちゃうよ」
「わ、私は生涯独身でいいのです」
「それはマーギンが誰とも結婚しなかったらでしょ? もしバネッサと結婚しちゃったら後悔すると思うんだけどなぁ」
「それは……」
「するなら早い方がいいよ。じゃ、お休み」
それだけを言ってカタリーナは部屋に入ってしまった。
ローズは宿舎に戻りながら、カタリーナに言われたことをブツブツと反芻する。
「マーギンがバネッサと……」
ギリッ。
二人のキスシーンを想像すると、にわかに嫉妬心が出てくる。本当にマーギンはバネッサのことが好きなのだろうか? あの二人はいつも親密だからそうなのかもしれない。
私からマーギンにキスを……
ボッ。
想像するだけで顔から火が出るローズは両手で顔を隠して横に振る。
「遅かったな」
「キャァァァっ」
考えごとをしていたら、いつの間にか自分の部屋の前まで来ていた。マーギンとのキスシーンを想像して顔を振ってイヤイヤしているところにオルターネンから声を掛けられたのだ。
ビクウッ。
「なっ、なんだっ?」
ローズの悲鳴で驚くオルターネン。
「いきなり声を掛けないでくださいっ!」
「お前が俺の前を通り過ぎたんだろうが」
「えっ?」
「何をブツブツ言ってたのだ?」
「言ってませんっ! おやすみなさいませっ」
ローズは逃げるように自分の部屋に入ったのであった。