生々しい重み
「おっはよーっ!」
朝っぱらから元気なカタリーナ。
「朝食はローズが作ってくれるんだって」
「えっ?」
「お、美味しくないかもしれないが、作らせてもらえないだろうか……」
「いいの?」
「ほ、本当に美味しくないとは思うが……」
もじもじしながら朝食を作ってくれると言うローズ。パンは食パンがあるので、卵とベーコンを用意する。これで大きな失敗はないだろう。
「み、見ないでくれ」
ローズの料理を作る姿を眺めておこうとしたら、あっちに行っててくれと言われてしまった。
テーブルに着くと、向かいに座っているカタリーナがニヤニヤした顔で見てくる。
「なんだよ?」
「ローズに朝ごはん作ってもらえて嬉しい?」
ニヤニヤ。
「ま、まぁな」
「バネッサに作ってもらうのとどっちが嬉しい?」
ずっとニヤニヤしながらそんな質問をしてくる。なんて嫌なやつだ。返答に困る質問をしてきやがる。
「どっちも嬉しいよ」
マーギンは一番ダメな答えを出す。
「えーっ、ローズの方が嬉しいんじゃないんだ?」
本当に嫌なやつだ。
マーギンはこれ以上、カタリーナを喋らせないように、見えない手で口を摘んでやる。
「むむむむむっむふーっむふーっ!」
なんかちょっと面白い。もう少しこのまま見ておこう……
「むっむむむんむんむっ!」
カタリーナは仕返しに見えない手でマーギンの口を掴んできた。いつの間に見えない手を使いこなせるようになりやがったんだ。
お互い、むむーむむーっ! と口を開けられないまま口喧嘩をする。
「お、お待たせした。み、見てくれはよくないのだが……」
グチャァ。
ローズが気まずそうに出してきてくれたのは目玉焼きとスクランブルエッグのどちらか判別が付かないもの。どっちを作ろうとしたのだろうか?
「ぷはっ。いい加減にしろ」
「ぷはっ。マーギンが先にしてきたんでしょっ!」
うーっ、と睨み合いをする二人。
「ど、どうしたのだ?」
何をしていたのか分からないローズ。
「あっ、いや、ごめん。ありがとうね、作ってくれて」
「ローズ、なにこれ?」
カタリーナは容赦なくローズに聞く。
「め、目玉焼きのつもりなのですが、お皿に移すときにちょっと失敗してしまって……申し訳ありません」
移すときに失敗してもこうはならない。ひっくり返そうとしてこうなったのだろう。
「大丈夫。ちょっとくっついちゃったんだね。問題ないよ」
では、ありがたくいただこう。
「いただきます」
パクっ、ジャリ……
うむ、卵の味そのもの味に加え、カルシウム入りである。ペッペとしたらローズが傷付くから、気にしないフリをしよう。
「ど、どうだ?」
「おいひいです」
口の中でジャリジャリ言わせながらありがたく頂く。
「ローズ、ジャリジャリするし、味がない」
忌憚なく事実を述べるカタリーナ。美人が作ってくれただけでご褒美と思え。
「も、申し訳ありません。マーギンも私に気兼ねせずに残してくれていい」
ローズはそう謝ったが、マーギンはありがたく完食した。
「マーギンが作り直して……むむむっむーっ!」
いらぬことを言おうとしたカタリーナの口を見えない手で摘む。仕返しされないように睨んでおいた。ちょっとは気を遣え。
「ご馳走でした」
完食したマーギンを見てローズの気まずそうな顔がパァッと明るくなる。うむ、この顔を見れただけで今日はいい一日になりそうだ。
「さ、訓練しに行こうか。前に特訓していた森に向かうぞ」
アイリスを特訓していた森に向かう。
「マーギン、さむーい」
「なら、走るぞ」
おんぶと言いかけたカタリーナを振り切るように走りだすと、ちゃんと走って付いてきた。アイリスなら何も言わずに飛び乗って来るところだったろう。
「ずいぶんと木がなくなっているのだな」
「本当だね」
森の開けた所に来たら、前より木が減っている。おそらく薪にするために切り倒したのだろう。開拓するならともかく、間引くように切ればいいのに。
「まずはローズに手本を見せるから」
マーギンはアイスバレットを浮かべて撃つ。
バビュンっ、ガツッ。
勢いよく飛んだアイスバレットが木に刺さった。
「これが基本のアイスバレット。最終的にはこれぐらいにならないと、使い物にならないから、よく見ててね」
マーギンはアイスバレットを無数に浮かべて撃った。
ズガガガガガガッ。ズズン。
無数のアイスバレットに撃ち抜かれた木が倒れた。
「氷でも木を倒す威力があるのだな」
「そうだね。もっと温度を下げたアイスバレットならこうなるよ」
マーギンはアイスバレットに魔力を込めて温度を下げていき、木に撃った。
シュンッ。ガツッ、バリバリバリバリっ。
アイスバレットが当たった周辺が凍りついていく。
「そ、そんなこともできるのかっ!」
「ローズの水適性だとここまで温度を下げるのは効率が悪いからね。それより、数を出せるようになる方がいいと思うよ。あとは形を変えるとかね」
マーギンは殺傷能力の高い尖った形や、殺傷能力を抑えた大きくて丸い形を作って見せていく。
「こんな感じ。もっと殺傷能力を下げたウォーターボールも使えるし、威力を上げたウォーターキャノンとかも使えるようにしてある。あとはローズのイメージと魔力コントロールの訓練だね。アイリスとサリドンも慣れるまで苦労したから、あとは練習あるのみだ」
ローズはアイスバレットを一つだけ出して撃つ訓練を始めた。しばらくそれを続けたまへ。
「カタリーナはプロテクションの練習だな。取り敢えずプロテクションを唱えて自分を隠せるぐらいに出してみろ」
《プロテクション!》
ブォンと巨大なプロテクションが出る。
「できたっ!」
「ばっ、馬鹿。こんなにデカいのを出したらすぐに魔力が切れるぞ。早く消せ」
「ど、どうやって消すの?」
「魔力を流すのを止めたら消える。早く消せっ!」
「えっ? えっ? えっ? 消えないっ。えいっ、えいっ、えいっ!」
どんどんデカくなるプロテクション。
「魔力を込めるんじゃないっ。止めるんだ」
「キュゥ……」
パタン。
げっ、もう魔力が切れた。
倒れたカタリーナをコートで包んでおんぶしておく。地面に寝かせておいたら冷たいからな。
「ローズ、どう……」
げっ、こっちもいつの間にか倒れてる。なんでぶっ倒れるまで気付かないんだよっ!
マットレスを出して、その上にローズを寝かせて、隣りにカタリーナも寝かせておく。毛布を掛けておくか。
しかし、カタリーナの魔力が切れたのは理解できる。プロテクションは魔力を食う。しかも、あんな馬鹿でかいプロテクションを出して、魔力を止められなかったからな。ローズのはアイスバレットだ。あんなに一気に魔力を使うことないはずなんだけど。
と、マーギンが何をしたか確認をすると、アイスバレットが当たった木が凍ってる。これはどこまで温度を下げられるか試したのか。いきなりそんなことをするからだ。
することがなくなってしまったので、薪を組んで焚き火をする。二人をテントの中で寝かせるべきだったと思うけど、まぁいいか。
暇になったマーギンは魔物の気配を探りつつ、周りの木を魔法で薪にしていく。もう間引くとか気にしないでやろう。これだけ拓けたら、畑にできるかもしれん。
マーギンは二人が目覚めるまでせっせと薪を作っていく。それは昼を過ぎても続き、夕方前にカタリーナが目覚めた。
「フラフラする」
「まだ魔力が少ない状態だからな。もう少し寝とけ」
「ローズも魔力が切れたの?」
「いきなり無茶なことをしたみたいだ。普通は倒れる前に疲労で立てなくなるんだけどな」
「お腹空いた」
「そうだな。寒いからスープでも飲むか?」
「じゃあ、コーンスープ!」
と言うので、インスタントコーンスープと厚切りのハチミツトーストにしてやる。
「おいひいっ!」
「食ってから喋れ」
マーギンはトーストにタマネギの薄切りをのせてマヨを掛けて炙る。
「それ美味しいの?」
「まぁ、好き好きだ」
「一口ちょうだい」
カタリーナの分を作っても食べ切れないだろう。自分でもそれを分かってるから一口ちょうだいか。学習したな。
一口分をちぎって口に入れてやる。
「おいひいっ!」
「だから食ってから喋れ」
学習しないやつだ。
簡単な飯を食い終わってもローズは目覚めない。これは無理やり魔力を伸ばした弊害だろうか? 魔力値を急激に伸ばしても回復力が追いつかないのだろうか? よく分からんな。
「もうすぐ日が暮れるね」
「そうだな。仕方がない。ローズをおぶって帰るか」
「えーっ、私は?」
「もう歩けるだろ?」
「まだ立てない」
「嘘吐け。立てないぐらい魔力が減ってたら、あんなに元気に飯が食えるわけないだろ」
マーギンはよいしょとローズを起こしておんぶする。カタリーナやアイリスと違って生々しい重みがある。気絶しているから余計に重いのだろう。
意識のないローズをおんぶすると、頭がぐらんぐらんするので顔を肩にのせる。吐息が自分の顔に掛かるのはおんぶの報酬としておこう。
「さ、帰るぞ」
ぶーたれるカタリーナを連れて王都に戻ってもローズは目を覚まさない。
「ローズ、起きないね」
「そうだな。しょうがないからこのまま連れて帰るわ」
家に連れて帰り、ベッドに寝かせている時にローズが目を覚ました。
「マ、マーギン……?」
ローズはキョロキョロとしてここが朝まで寝ていたマーギンのベッドだと気が付いた。
「あっ、あのっ……」
自分がベッドに連れ込まれたと思ったローズ。
「目が覚めた?」
「マ、マーギン……あの……その……私はその……心の準備が……」
真っ赤になって何かを言い出すローズ。
「気持ち悪くない? ローズは魔力切れで倒れたんだよ。いきなり無茶なことをしただろ? ダメだよ。魔法は結構危ないこともあるんだから」
マーギンにそう説明されて、自分がベッドに連れ込まれたのは勘違いだと理解したローズは、変なことを口走ってしまったことに気付いて真っ赤になって顔を両手で隠す。
「どうしたの?」
「見ないでっ!」
両手で隠した顔を横に振り、イヤイヤするローズ。
「えっ? あ、ごめん。落ち着いたら晩御飯にするから」
マーギンはそう言って部屋から出た。
「マーギン」
「なんだ?」
「ローズの裸を見ようとしたの?」
「は? 何言ってんだお前?」
「だって、見ないでっ! ってローズが叫んでたじゃない」
「そんなことをするかっ!」
「本当かなぁ?」
そうニヤニヤしながらマーギンをからかうカタリーナなのであった。