勇者マーギン
「できるサポートはしてやるが、常に俺がなんとかしてやれるとは思うなよ」
「うん♪」
「それと俺からお願いが1つあるけど、いいか?」
マーギンは呼吸を止めて1秒、真剣な目をする。
「何? 私とチューしたいの?」
「違うわ」
言うべきか悩んだ自分が馬鹿らしくなる態度のカタリーナ。
「じゃあ、なに?」
「これをお前にやる」
マーギンは聖杖エクレールをカタリーナに渡した。
「あっ、これ……遺跡の骸骨が持ってたやつだよね?」
「そう。これは聖杖エクレール。魔王討伐をした勇者パーティ、聖女ソフィアが使っていたものだ」
「えっ?」
「骸骨になって眠っていたのは俺の剣の師匠、ガインガルフ。そのガインが使っていたバトルアックスと、この聖杖エクレールを俺のために残しておいてくれたんだ」
「……やっぱり、マーギンが勇者だったの?」
「やっぱりって、どういう意味だ?」
信じようとしないか、驚いて声が出ないかと思っていたが、やっぱりってなんだよ?
「だって、マーギンって凄いじゃない? 絶対に勇者だと思ってたんだぁ。やっぱり聖女になるって言って良かった」
「俺は勇者じゃない。勇者の補佐役だ」
「でも勇者パーティの人だったんでしょ? で、今から私が聖女としてマーギンのパーティに入るってことよね?」
こいつは何を言っているのだ?
「俺はパーティを組むつもりはないぞ。」
「だって、魔王が復活するなら勇者パーティが必要になるんじゃないの?」
「魔王はまだ復活すると決まったわけじゃない。それにお前にそんな危険なことをさせるか」
「どうして? 聖女になったら世界の人々のために戦うんじゃないの?」
「聖女は戦うんじゃない。人を救うんだ。怪我を治すのは治癒師にも可能だけど、病気を治せるのは聖女だけだ。お前に渡した聖杖エクレールがそれを可能にしてくれる」
「マーギンには使えないの?」
「俺の治癒能力より、カタリーナの方が適性が高い。お前の方がその聖杖の力を引き出せるだろう。持ってて何か感じるか?」
「うん。なんかフォースを感じる」
だからフォースってなんだよ? いい加減誰か教えてくれ。
「なら、お前がエクレールに認められたんだ。俺が持っても何も感じなかったからな。お前はこれから人々を救う聖女になるんだ」
「私、治癒魔法とか使えないよ?」
「お前はもう自然と使ってる。コケて怪我してもすぐに治るだろ?」
「うん」
「それが治癒魔法だ。きっと自分にだけでなく、他の人にも使えるはずだ。慣れは必要だけどな。あとはプロテクションを使えるようにしてやる」
「プロテクションって、マーギンが空への階段とかに使ってやつ?」
「そう。本来はあんな使い方をしない。攻撃を防ぐための魔法だ。かなり魔力を使うから、一瞬だけプロテクションを張るような使い方をする」
「マーギンは私を包んでくれたりしてたじゃない」
「俺はお前よりはるかに魔力が多いからな」
「えー、私も空に昇ったりしたい」
「あのなぁ、そういう使い方をするもんじゃないと言っただろ」
「だって、空に避難している方が安全だったりしない?」
「それはそうかもしれんが、下にいてもプロテクションで攻撃は防げるだろうが」
「空から見た方が敵がどこにいるか分かりやすいじゃない。他の人に敵の位置を教えたりできるよ」
「まぁ、それはそうなんだが……って、違う。お前は戦いの場に出なくていいんだ。それに上まで登って、魔力が切れたら落っこちるんだぞ」
「あっ、そうか。落ちたら痛そうだね」
もう話すのが面倒になってきたマーギン。
「もうそれは置いといて、頼みというのはな、俺の魔法の師匠を元に戻せるか試してみて欲しいんだ」
「いいよ」
詳しく話す前に、そう軽く返事をしたカタリーナ。マーギンは今までの話は他の人に話すなと口止めをしておいた。
取り敢えず話は終わったので外に出る。結構話し込んでしまったので、もう夕方だ。次はローズに攻撃魔法を使えるようにする話をしないといけない。
「お待たせーっ!」
「ひ、姫様。大丈夫でしたか」
心配そうな顔をするローズ。
「うん。マーギンに女にしてもらった」
また、誤解を生む爆弾発言をするカタリーナ。
「変な言い方をするな」
「えー、だって秘密にしとけって言ったじゃない」
カタリーナの発言がますます誤解を生む。
「もう、いいから黙っとけ」
「ぶうっ!」
「ローズ、今からうちで話をしたいけどいいか?」
「はい」
マーギンから少し距離を取るローズ。
「あ、あの……ローズさん?」
「はい。畏まりました」
ダメだ。完全に何かを誤解している。
「カタリーナ、お前も来い」
「いいの?」
「しょうがないだろ」
こうして二人をマーギンの家に連れて行くことになった。
寒くなってきているので、カタリーナのリクエストで晩飯はシーフードグラタン。ホフホフと食べたあとに、カタリーナが聖女と呼ばれる存在になるであろうとの説明をローズにする。
「女にしてもらったというのは……」
「女じゃない。聖女。まだ公にしないでおこうと思ってたから、聖女の聖を抜いて女と言いやがったんだこいつは。王城内であらぬ噂が立ったらどうすんだよ?」
時すでに遅しだろうけど。
「そういうことだったのか。さすがは姫様です」
ホッとした顔のローズはカタリーナを褒めた。
「で、ローズに攻撃魔法を教えるようにする約束だったんだけど、明日から特訓する?」
「私は護衛任務が……」
「カタリーナにも他の魔法を教えるから、同時に訓練すればいい」
「だって。一緒に訓練しよっ!」
「はっ、はい」
「ローズは魔法適性が特別高いわけじゃないから、攻撃魔法主体になるわけじゃない。一つの手札として持つというつもりでいて欲しい。それでいい?」
「サリドンと同じスタイルだったな?」
「そう。魔法剣士ってやつだね。使い方によっては剣のみより遥かに強くなれる」
「では、ファイアバレットを使いつつ剣で戦うというスタイルなのだな」
「それなんだけどね。ローズは水魔法の方がいいんじゃないかと思うんだよ」
「水?」
「そう。水魔法の応用で氷を使う。アイスバレットやアイスランスとかだね」
「炎の方が強力ではないのか?」
「そうなんだけど、理由が2つあってね。1つ目は火事の心配がない。カタリーナの護衛で攻撃魔法を使うことが出てくるとしたら街の中だろ? 家とかが近くにあったら下手に使えないから躊躇するときがあると思うんだよ」
「なるほど」
「で、2つ目の理由が、氷は物理攻撃になるということ。塊を相手にぶつければ吹っ飛ばせる。他にも敵の足元を凍らせて足止めすることもできるし、氷の盾を作ることもできる。隊長のストーンウォールのような使い方だね。炎でやると相手を焼き殺してしまうこともあるけど、氷ならその心配がない。殺傷能力を求めるなら炎の方がいいけどどうする?」
「両方使えるようにはなるか?」
「可能だけど、使いこなせずに中途半端になるかもよ。中途半端に両方使えるより、どちらかに特化したほうが使い物になると思う」
「なるほど。そう言われるとそうかもしれん。マーギンのお勧めは水なのだな?」
「うん」
「ではそれで頼む」
「了解。じゃ、手を出して」
マーギンはローズの手を取り、水魔法系統の攻撃魔法と防御魔法を使えるように魔力で魔法陣を刻んでいく。
「マーギン、魔法書を転写するのではないのか?」
「それでやると魔法効率が著しく落ちるんだよ。本当は俺のやってるのは転写じゃなく、付与ってやつでね。元から魔法が使えるのと同じ状態にしてるんだよ。これは内緒ね。多分、他の人はできないから」
「水を出す魔法も……」
「そう。だから他の魔法書店とはまるきり違う」
「そうだったのか……」
「はい、終わったよ。実際に使うのは明日からね。次はカタリーナ……」
寝てやがる……
「ローズ、庶民街の家に泊まる?」
「あそこは隣の店舗の工事がまだ終わってないから使えないのだ」
「じゃあ、うちに泊まる?」
「えっ?」
「俺のベッドは広いからカタリーナと寝ればいいよ。俺はソファで寝るから」
「それならば私がソファに……というか泊まるというのは……」
「カタリーナだけここに置いて帰る? こいつ確信犯だと思うよ。それにローズがソファで寝たら俺がカタリーナと同じベッドで寝ることになるよ」
「えっ?」
「初めから泊まるつもりだったんだよこいつ。そうだろ?」
「えへへへ」
「ひっ、姫様? タヌキ寝入りだったのですか?」
「バレてないと思ったんだけどなぁ」
「バレバレだ。泊まるなら風呂に入ってこい」
「私がソファで寝てあげようか?」
「ひっ、姫様っ!」
「じゃ、一緒に寝よ♪」
ということで、カタリーナとローズは交代で風呂に入り、マーギンのベッドで二人が寝ることになったのであった。
マーギンは二人が寝たあとに、カタリーナ用とローズ用のマジックポーチを作っていく。携帯食が入る程度の小さなもの。容量はあまり大きくしない。大きなリュック程度の容量だ。これなら魔結晶だけでも長い間持つし、身に付けている間は自分の魔力で補える。着替えと聖杖が入ればいいのだ。
マーギンは明け方近くまで掛かってマジックポーチを作りあげたのだった。