こういうことだったのね
「じゃ、あとは頼んだぞ」
「えぇ、任せておいて」
翌日マーギン達はナムの村へ、マーロックとシシリー改めエルラはパンジャに残り、ショービジネス等の取り組みにかかってくれるとのこと。
「おんぶと抱っこ、どっちにする?」
パンジャを出たところでマーギンが突然シスコにどっちにする? と聞いてきた。
「どっちも嫌よ。私はバネッサじゃないわよ」
即答するシスコ。
「なら、全力疾走しろよ。今日中にナムの村に着くように移動するからな」
「えっ? そんなの無理に決まってるじゃない」
「だからおんぶか抱っこを選べと言ったんだ。断ったんだから死ぬ気で走れ」
と、シスコに何も説明せずホバー移動を開始するマーギン。
「えっ? ちょっと、何よそれ。説明しな……もうっ!」
何かを言い掛けたシスコを無視してスピードを上げて見えなくなっていくマーギン。
「まっ、待ちなさ……」
もう言葉を発している暇はない。全力疾走してもマーギンが離れていくのだ。
こんなの長距離を移動するためのスピードじゃない。シスコは少し身体が鈍ってきていたのと、ほぼ無酸素運動に近い全力疾走を30分程続けてギブアップした。
「こんなところでぶっ倒れてたら今日中に着かないだろうが」
土色の顔をしたシスコにもう行くぞと容赦のないマーギン。
「お……んぶ……」
「なんだって?」
「もう無理……って言ってるのよっ。何よあれ……ゴッホゴッホゴホッ」
ゼーハーしながらマーギンに怒鳴るシスコが咽る。
「だから初めに聞いただろうが。ほれ、乗れ」
「あなたがいつも初めにちゃんと説明しないからこうなるんでしょっ!」
「文句ばっかり言ってたら置いてくぞ」
「あなたって人は……」
悔しそうにマーギンを睨んだシスコは背中に乗った。アイリスやバネッサのように飛び乗るのではなく、なんかこう大人しいというか、しっとりとした乗り方というのだろか? それにスッと首に手を回してくる感じも後ろから抱きつかれたようで照れくさくなる。
「ちょっとタンマ」
「何よ?」
「抱っこにしてくれ。尻を触ったとか言われそうだからな」
と誤魔化すと、
「どうせ私はバネッサやエルラみたいじゃないですからね」
お前じゃ胸を楽しめないから抱っこだと言われたのだと受け取ったシスコはフンッとしながら降りた。
マーギンはそれに気付かずに、お姫さま抱っこをしてホバー移動を開始した。シスコは想定していたスピードよりずっと速くて恐怖心が出てきてマーギンにキュッとしがみつく。
「ちょ、ちょっと離れろよ」
「振り落とされそうで怖いのよっ!」
風の塊に包まれているので高速で移動しても風はないが、目まぐるしく周りの景色がすっ飛んでいくのだ。大きな岩を飛び越え、邪魔な木を蹴飛ばしたりするたびに、キュッと強く抱きつくシスコ。マーギンは照れくさくて真っ赤になりながらナムの村へと飛ばす。
「マ、マーギン……」
「な、なんだよ?」
「……うぇぇぇぇ」
ホバー酔いをしたシスコは耐えきれずにマーギンの腕の中でやらかしたのだった。
「気持ち悪いなら、気持ち悪いと早く言えっ!」
洗浄魔法をお互いに掛けてキラキラを綺麗にした後にシスコに怒るマーギン。
「悪かったって謝ってるじゃない。怖いし、気持ち悪いし、最後にふわっと浮いたのが耐えられなかったのよ」
ったく……
「次からは気持ち悪くなりだしたら早く言え」
と、言いながらしゃがむ。
「もう懲りたんじゃないの?」
「気付かなかった俺も悪かった。おんぶだと自分でも前を見ることが出来るから酔うのがマシかもしれん」
シスコはてっきり、もうお前は走れと言われるものだと思ったが、マーギンが怒ったのは気持ち悪くなったら早く言えという事だけ。キラキラを掛けてしまった事を怒ったわけではなかった。
「う、うん……」
シスコはしゃがんだマーギンの背中に乗ると、さっきよりスピードを落として移動してくれる。それに見かけよりがっしりした身体つきが逞しく思え、その背中に身を預けると何となく安心感が出てくる。
「ねぇ、マーギン」
シスコはマーギンの顔の横から話しかける。
ビクっ。
「な、なんだよ。尻に手が当たるのは仕方がないだろ?」
「そんなことじゃないわよ。バネッサやアイリスがマーギンにおんぶしてもらいたがるのはこういうことだったのね」
「移動が楽になるからな」
「そうね」
シスコはそう答えた後にふふふと笑ったのであった。
「よお、マーギン」
夕方にナムの村に着くとゴイル達が出迎えてくれ、ハナコの愛に締め付けられながらチューマン避けになるかもしれない花の種を渡して、村の周りに増やしておくように伝えていると、
「マーギンさん、味見してもらえませんか」
と、醤油職人達がナムの村で作った醤油を持ってきた。
「もう、醤油になったのか?」
「ええ、気温が高いおかげか王都より早くできそうですね」
渡された醤油を味見してみるとまだあっさりしてコクのない味だが、醤油といってもおかしくないものになっている。
「この分だともう少しで製品になりそうだな」
「そうなんですよ。なので樽を増やしてもらう予定にしています。ここの人達も醤油作りに参加してくれる人も増えてます」
「おぉ、そりゃ良かった。ナムの村の産業になりそうだな」
「えぇ、そのうち王都の醤油より良いものができるかもしれません」
「そうなりゃ競争だな」
「えぇ、頑張りますよ」
王都から来た醤油職人達はホームシックになることもなく、楽しそうに醤油を作ってくれている。
「マーギン、お帰りっ。感謝祭終わっちゃったよ。もっと早く戻ってくればよかったのに」
マーイがやってきてそう言う。
「これでも急いで戻ってきたんだけどな」
「今晩は新米用意するから食べていって。それと米粉でヤキソバ作るから」
晩飯はマーイ達が用意してくれることになる。新米はおにぎりにしてくれるらしいので、塩むすびと試作醤油の焼きおにぎり、マーギンから塩鮭を提供してシャケおにぎりにしてもらう。
「塩だけでも美味しいのね」
シスコは新米の塩握りを食べて美味しいと言った。なかなかの進歩だ。
「シスコ、イクラと食っても旨いと思うぞ」
と、イクラを出しておく。ゴイル達も食べてくれたまえ。
「わー、宝石みたい。プチプチして美味しい」
マーイはイクラを気に入ったようで、塩おにぎりに掛けて食べている。
「マーギン、こりゃなんだ?」
「これは鮭の卵だよ。ライオネルで大量に仕入れて、加工してきたんだ。酒のつまみとしても旨いぞ」
先住民の村で人気になるイクラ。流通させるには魔道具が必要になるな。
「ゴイル、こういう箱を作っておいてくれないか? ミャウ族の村から戻ったら魔道具にしてやるから」
「そんな簡単に魔道具ができるのか?」
「俺は天才だからな。イクラとか冷凍保存できるようにしてやるよ」
と、イクラをつまみに飲んでいると、ジャーっと小気味よい音してきた。マーイが米粉のヤキソバを作ってくれているのだ。
「お待たせ。いつもは塩味なんだけど、醤油を少し使ってみたよ」
マーイの作ってくれた米粉の海鮮ヤキソバ。ヤキソバというより焼きビーフンだが実に良い匂いだ。
「うん、旨い。マーイは料理上手だな」
「そう? えへへへ。なら私を嫁にもらう? これなら毎日作ってあげるよ」
いくら旨くても毎日焼きビーフンは嫌だ。
「お前は都会に行きたいだけだろ? 嫁にならなくても連れてってやると言ったじゃないか」
「そうなんだけどね。今回、本当に行きたかったなぁ」
「ま、そのうち機会があるだろ。それと、パンジャの店の支配人がマーイが来てくれないと嘆いていたぞ」
「忙しかったのもあるんだけど、マーギンのおかげで村にお金が入ってくるから出稼ぎに行く必要なくなっちゃったのよねぇ」
「ここに来る前に支配人と話してきたんだがな、多分パンジャでダンスショーをやる店ができると思うぞ」
「なにそれ?」
と、ハンナリー商会がやることを説明してやる。
「へぇ、客船の中でもやるの?」
「その予定だ」
「私、それやろうかな」
「パンジャでか?」
「ううん、船の中の。それなら稼ぎながら王都に行けるじゃない」
「そうかもしれんな」
「おにぃ、一緒にやろうよ。踊るなら音楽も必要だし」
「そ、そうだな」
こりゃ、本当にやりそうだな。マーイ達の船の中のショーが人気になったら、王国民の先住民の見方も変わっていくかもしれん。マーイは可愛いし、ゴイルはムッキムキだからな。
夜はいつもの場所で風呂と酒。シスコはマーイの水着も手土産に買っていたようで、パッド入りの水着を着ていた。なかなかに破壊力のある姿だ。
「マーギン、これ凄くない? パンジャにこんな水着を売ってる所あったんだ」
マーイがマーギンの前で前屈みになって見せてくる。実に宜しいと、ウンウンと頷くマーギンをゴミを見るような目で見るシスコ。
「パンジャにも探せば色々と店があるのね。これはビーチから少し離れた店で買ったのよ」
「ありがとうシスコ。これ、着て踊ったら人気出ると思わない?」
「あなたは恥ずかしくないのかしら?」
「全然。エロい目で見られるの慣れてるし。ね、マーギン」
「みっ、見てません」
「マーギン、見るのは構わんが、触ると責任取らせるぞ」
と、ゴイルから釘を刺された。いつもお触りをしているように言わないで欲しい。
その後、ちょっと触ってみる? とからかわれるマーギンはレモンチューハイをゴクゴクと飲み続けるのであった。