仕組みを作る
マーロックがアニカディア号にシシリーを乗せ、いつしかなくした夢を探している頃、
「わっ、何だよこれ?」
マーギンは漁港に建設中の倉庫を見て驚いていた。
「ねぇ、マーギン」
ビクっ。
「は、はい。何でしょうシスコさん」
マーギンは両手でほっぺを押さえてシスコから目を逸らす。
「こんな規模の倉庫なんて聞いてないんだけど? いったい何をどれだけ仕入れるつもりなのかしら?」
マーギンが想定していたのは小屋だ。マジックコンテナがあればこんな馬鹿でかい倉庫は必要ないのに。
「み、見なかったことにしようか?」
ビタンッ!
とぼけたマーギンはシスコにモンゴリアンビンタを食らう。衝撃を逃せないからめっちゃ痛い。
「そんな事できるわけないでしょっ。こんな大きな倉庫の建設費用とか管理費用はどうするのよっ!」
「お、俺が作らせたんたじゃないっての。ライオネル領主がハンナリー商会用に作ってくれたんだよ」
「えっ? 領主様が?」
マーギンは倉庫建設のいきさつを話す。
「どうするのよ? ライオネル領まで巻き込んで大事になってるじゃないのっ!」
「いや、王妃様がね……あの……」
全力で王妃への責任転嫁を図ろうとするマーギン。
「よぉ、マーギン。いつもいい時に来やがるな。鮭と鮭の卵を持ってきたぞ」
シスコと揉めていると、北の街の大型漁船の船長がやってきた。
「やったね! 全部買う」
「あったりめぇだ。ここに荷下ろしすりゃいいのか? 卵はまだ冷凍してねぇけど、冷凍しとくか?」
「いや、卵は生で欲しい。ここに持ってきて」
そしてマーギンが漁港に来たことが色々な人に伝えられていき、雇う予定の漁師達も走ってきた。
「待ってたぜ!」
「おう、足を失ったやつは?」
「今呼びにいったぞ。杖ついて来ると思うわ」
とりあえず今いる人達をシスコに紹介していく。
「本当に雇ってくれんのか?」
「マーギンがそう約束したんでしょ。ハンナリー商会は信用第一なのよ。約束はちゃんと守るわ。王都に来てくれる人と倉庫の管理をしてくれる人に分かれるけどいいかしら?」
これからやって欲しいことを説明していくマーギンとシスコ。そして足を失った人も杖をつきながらひょこひょことやってきた。
「あなたは王都勤務ね。座りながらでも魚はさばけるのかしら?」
「大丈夫だ。本当にこんな身体になっちまった俺を雇ってくれんのか?」
「別に足があろうとなかろうと、やって欲しいことをしてくれればそれでいいわ」
そうシスコが答えると男は涙ぐんだ。この世界は福祉などの仕組みがないから、身体にハンデを負うと働ける所が極端に減るのだ。それをどうでも良いことだと言ったシスコの言葉に思わず涙が出てしまったのだ。
「これから鮭の卵をほぐすんだけど、手伝ってくれよ」
「どうやるんだ?」
集まった漁師達に大量の筋子をイクラにしてもらうことに。
ぬるま湯に塩を少し入れてから、網にこすり付けてほぐしていく。北の街の船長も興味深そうに見ている。薄い膜や血管みたいなものを綺麗にとってもう一度洗い、ザルにあげていく。これを延々と繰り返してもらった。マーギンはその間に調味液作り。
「この調味液に漬けて、1日くらいで食べられるぞ」
「魚の卵とか旨いのか?」
「なら試そうか」
手の空いてる人にダイコンを買いにいってもらい、マーギンはご飯を炊いて準備。今食べるイクラに熟成魔法を掛けておく。
買ってきてもらったダイコンをおろして、イクラおろしに。自分は山盛りイクラ丼だ。
「さ、食べてみたい人は食べて」
「マーギン、どうして自分だけご飯なのかしら?」
「え? みんな気持ち悪いんだろ? 俺は山盛り食べたいんだよ」
「私も試すわよ」
と言うので、お椀に少しだけご飯を入れてミニイクラ丼にしてやる。
「旨っ!」
マーギンは超久しぶりのイクラ丼をかき込む。それを見た他の人達も恐る恐るイクラおろしを食べてみる。
「なんだ、旨ぇじゃねぇかよ」
「だろ? 酒飲むか? それは酒のつまみだからな」
と、朝っぱらから日本酒を出してやる。
「こいつはこんなに美味かったのか」
口々にイクラおろしを食べて日本酒を飲む漁師達。船長も気に入ったようだ。
「本当ね。数の子より美味しいわ」
「数の子も旨かっただろ?」
「こっちの方が美味しいわよ」
「マーギン、これは北の漁港でも売っていいか?」
「調味液とか作れる? 塩漬けだとけっこう生臭いぞ」
「そうか、醤油を仕入れて作らないとダメか」
「この状態までしたら冷凍できるから、ここで加工したやつを冷凍して北の街で売った方が楽なんじゃないか?」
「おっ、そうするか。ま、ライオネルほど数も出ねぇだろうからそれで十分か」
シスコに船長へ卸すのものは利益をあんまり乗せるなよと言っておく。
こんな事をしていると、当然他の漁師達も寄ってきた。
「ここって、魚を一括で買ってくれんのか?」
「元々は北の漁船とマグロとかの大物だけのつもりだったんだけどね」
「そんな事を言うなよ。いちいち値段交渉すんの面倒なんだ。まとめて買ってくれるなら安くしとくからよ」
「何捕ってんの?」
「アジとかサバとかだな。まぁ、そん時しだいだ」
「アジはどれぐらいある? ちょっと大量に欲しいんだよね」
「今日は漁に出てなかったからな。買ってくれるなら今から漁に出てくるぞ」
「じゃ捕って来て。今日捕れたやつは全部買うわ」
「おっ、いいねぇ。戻るの夕方だぞ」
「いいよ。ちゃんと海水氷に入れてきてくれよ。鮮度が落ちてたら買わないからな」
「氷か……」
「船に海水貯めれるようになってるのか?」
「なってるぞ」
「なら一緒に行くわ。氷を入れてやる」
シスコに漁師達と給料の話とかをしてもらっている間にマーギンは漁船の所へいき、魚を入れる所にザーッと大量の氷を出してやる。
「お前、魔法使いか?」
「そう。かなり温度を下げた氷にしておいたからな。じゃ、頑張ってアジを捕ってきてくれ」
「おう、任せとけ!」
と、漁船を見送って戻ると、他の漁師も来てやいのやいのとシスコに詰め寄っていた。
「マーギン、どうするのよこれっ!」
「どうした?」
「みんな魚をまとめて買ってくれって言ってきてるのよ」
「お前ら、今まで取引してた商人とかどうすんだよ?」
「地元のやつには今まで通りでいいんだけどよ、よその商人が絡むと面倒なんだよ」
漁師も交渉下手なやつ多そうだからな。
「それならいっそ、競りにするか」
「競りってなんだ?」
「同じ種類の魚を箱に入れるだろ? 大きなやつは1匹とかでもいい。それで、欲しい人がいくらで買うか希望金額を言って、1番高値を付けた人が買う権利を得るんだよ。漁師が商人と交渉する必要がなくなるぞ」
「それいいじゃないか。やってくれんだよな?」
「まぁ、この倉庫はデカいからここでやるのがいいかもしれんな」
大変だなシスコと言いかけたら睨まれる。
「し、仕組みだけは作るからお前らも手伝え。こっちは人手が足らん」
「おう、ならやりたいやつでやるわ」
ということで、漁協みたいのを作る事になってしまった。
「あとな、鮮度の高い魚の方がいいから、氷の魔道具をハンナリー商会で用意してやる。その代わりハンナリー商会が欲しい魚介類は優先的に売ってもらうからな」
「おう、そりゃ助かる」
倉庫用と船に直接氷を入れる仕組みが必要だな。海水を使えば魔力も少なくて済むし、魚を冷やすのにも適してるか。
マーギンは建物と仕組み、氷を出す魔道具を提供して、後は勝手にやってもらうことにした。
そして、夕方になって、アジを頼んでいた漁師が戻ってきた。
「どうだった?」
「まずまずだな」
と、アジをトロ箱に入れて持ってきてくれた。ざっと30cmサイズが300匹ってところか。
「これ、300匹くらいだよね?」
「そんなもんだな」
「いくらになる?」
「3万Gでいいぞ」
「そんなんで利益でるのか?」
「氷も出してもらったしよ、それにまとめて買ってくれるならそれで十分だ」
第一次産業って儲からんよなぁ。こんなとれたての綺麗なアジが1匹100Gか。
マーギンは3万Gを払い、漁協のような事をやることを説明しておく。詳しくは他の漁師に聞いてくれたまへ。
これで漁港の業務は終わりにして地引き網漁師の所に行こう。
「ねぇ、どうしてあなたはどんどんと手を広げていくのよ。いくら頑張っても仕事が追いつかないじゃない」
地引き網漁師の所に向かう道中でシスコにネチネチと怒られる。
「ねぇっ、聞いてるのかしらっ?」
マーギンは歩くふりをしながら少し浮いてホバー移動を開始する。もうそんな話は聞きたくないのだ。
スススっスーーーッ。
「えっ? あっ、ちょっと待ちなさいよっ!」
「シスコ、商売を始めてから足が遅くなったんじゃないか?」
「ちょっとっ! ねぇ、待ちなさいってば」
マーギンは歩くふりをしながらスーッとシスコから離れていく。
「待ちなさいっ!」
ゲッ、めっちゃ怒ってる。
スタタタタタタッ。
「おっ、速い速い。そら急ぐぞ」
マーギンはギリギリ追いつかれないスピードで頭の家までいく。
「ぜーっ、はーっ、ぜーっ、はーっ」
「これぐらいで息が上がるとか、やっぱり鈍ってんぞ」
ビタンッ!
シスコはゼーハーしながらビンタで返事をしたのだった。