一時の日常
訓練所に戻るともう夕方だ。秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだな。訓練所の外に出ていた者たちも戻ってきたようで、ハンナリーが軍人達にお買い物はハンナリー商会への訓示をやっていた。もはやあれは洗脳だな。
「あっ、マーギン。帰ってきてたん? なんか魚料理作ってぇな」
なぜ皆は俺を見たらあれ作れ、これ作れと言ってくるのだ?
「塩焼きか?」
「何の魚があるん?」
「結構何でも残ってるぞ」
「サワラはあるん?」
「まだ残ってるぞ」
「ほなら炙り焼きにしてぇな。あんなん他で食べられへんねん」
「晩御飯はハンバーグなのですっ!」
アイリスよ、いつの間に来てたんだ?
「カニの新しい食べ方は何かあるのかしら?」
「マーギン肉っ!」
「焼肉のソースを出してくれ」
ぞろぞろと集まってきて個別リクエストをされる。君たち、俺をなんだと思っているのかね?
「もう、順番順番っ!」
「私はねー、グラタンっ!」
カタリーナからも別注が入る。
「今からそんな面倒臭いもの作るか。色々作るから適当に好きなものを食え」
「えーっ! ローズもグラタン食べたいって言ってるよ?」
……
「あーっ、もうっ。時間掛かるからな」
「ひっ、姫様。私は何も言っておりません」
「ふーん」
「なんだよその目は?」
「べっつにぃ」
プクッと膨れるカタリーナ。
まずは肉とタレを出してカザフ達に渡しておく。勝手に焼いて食べてくれたまへ。次はサワラの炙りを渡すと小躍りして持って行くハンナリー。カニは勝手に茹でてもらうのと焼きガニでいいか。シスコならこれが好きかもしれんなと三杯酢を作って渡しておく。
「ハンバーグ……」
人差し指を咥えてねだるアイリス。
「わかってるよ。もう作ってあるから。チーズは?」
「マシマシで!」
アイリスにはチーズをもりもり掛けてやり、グラタンに取り掛かる。シーフードグラタンでいいか。貝のスープに炒めたタマネギとベーコンを入れ、小麦粉を溶かした牛乳を入れてとろ火で混ぜていく。ドロリとしたら塩を入れて味見。コクがないけど具を入れたらこれぐらいか。次にバターで貝とイカとエビを炒めてホワイトソースに投入。うん、美味しくなった。これにチーズを掛けてこんがり炙る。
「ほらできたぞ」
「わーい♪ ローズも一緒に食べよ」
「マーギン、ありがとう。何から何までお任せしてすまない」
「グラタンにはピーマンもニンジンも入れてないから」
と、笑っておく。ローズも笑い返してグラタンを受け取った。次は唐揚げか。鶏モモを唐揚げにして甘辛に。
「ほら、バネッサのも……」
いかん、つい癖でバネッサの分まで作ってしまった。あいつ、ケガとかしてないだろうな?
と、思いつつ行き場のなくなった唐揚げの甘辛を自分で食べる。バネッサ用に作ったから甘いなこれ。唐辛子かけちゃお。
皆が飢えていた思い思いの飯を美味そうに食っていく。
「マーギン、バネッサは頑張っているのか?」
ロッカが骨付き肉を齧りながらこっちにやってきた。ワイルドさが増したなおい。
「あぁ。強くなったなあいつ。今は真なる獣人に稽古を付けてくれてる。それボアか?」
「そうだ。今日狩ってきたやつだ。最近マギュウが多くてな。たまにはこういう歯ごたえのあるやつが食いたくなるのだ」
ロッカにマンモーの肉とか与えると似合いそうだよな。
「マーギン、この後空いてるか?」
ロッカの後ろからきたのはオルターネン。
「大隊長と飲む約束をしてるんですよ」
「そうか。俺がいたら邪魔か?」
「別に大丈夫ですよ。大隊長が場所を予約してくれてると思うので確認してみて下さい」
そう伝えるとオルターネンは大隊長の元へと向かう。
「マーギン、このカニのタレは何を使ってるのかしら? ワインビネガーとも違う酸っぱさね」
「それは米から作られた酢に砂糖と醤油を混ぜた三杯酢ってやつだ」
「米の酢なのね。これは仕入れルートを確保してあるのかしら?」
「いや、してないぞ。王都じゃ使い方知らないだろ? 米が普及したら需要が出てくるかもしれんがな」
「カニには合うわよ」
「好き好きだぞそれ。俺はあまり好きじゃないからな。海藻とタコの酢の物とかダイコンとニンジンのなますとか好きじゃないしな」
「なますって何?」
「食べてみるか?」
「ええ」
マーギンはダイコンとニンジンを細切りにして塩で揉む。しんなりしたら水で洗ってよく絞ってから三杯酢で和える。
「こういう食べ物だ。ちょっとした突き出しみたいなものだな」
シスコはなますを気に入ったようだ。
「美味しいじゃない」
「カニの三杯酢が好きならそうだろうな。タコも作ってやろうか?」
「あのたこ焼きのやつ?」
「そう。これもなますと作り方は一緒だ」
茹でたタコを薄切りにして塩もみしたキュウリの薄切りと和えて三杯酢を掛ける。
「ふーん、やっぱりこれは仕入れるわ」
「なら好きにしてくれ。好きな人は好きだろうからな」
「何食べてるの?」
グラタンを食べ終えたカタリーナがやってきたので、酢ダコを口に入れてやる。
「マリネ?」
「そんな感じだ。使ってる酢がタイベのものだけどな」
自分が美味しいと感じたカタリーナはローズに食ハラをする。やめてやれ、ローズの口周りが酢でビショビショじゃないか。
「あっ、生臭くないですね」
ローズは酢がダメなんじゃなくて、マリネした魚が嫌いなのか。王都じゃ鮮度の落ちた魚で作ることが多いのかもな。試しにアジの南蛮漬けを作っておいてやるか。好みがあるから、揚げるのと焼くやつを作る事に。
「わっ、魚の唐揚げやん。食うたろ」
アジを揚げていくとハンナリーにヒョイパクされる。
「こら、これは南蛮漬けにするんだから食うな」
「ええやんちょっとくらい。ほならこっち食うたろ」
次は焼いたアジを食われていく。もう腹いっぱいになるまで食え。
追加でアジを焼きつつ揚げていく。これをタマネギのスライスとともに三杯酢に漬け込んで完了。
「ローズ、これは魚のマリネと似た作り方だけど、新鮮なアジを使ってるから食べられると思うぞ。明日食べてみてくれ。訓練の疲れもマシになる料理だ」
「あ、ありがとう……」
とってもありがた迷惑な顔をするローズ。食べられなかったらカタリーナが食うだろ。
「私のはないのかしら?」
と、シスコに言われて再び作る。シスコのはニンジンも入れておこう。
こうしてあれやこれやを作ったマーギンはぐったりして業務終了し、大隊長とオルターネンと飲みに行った。
「ねぇ、ローズ。マーギンがローズの為に作ってくれたの嬉しくないの?」
南蛮漬けの深皿を見て苦い顔をしているローズ。
「い、いえ。明日が楽しみだなぁっと思っておりますよ」
「ふーん、私の部屋で味見をしてみる?」
「は、はい」
ローズはカタリーナに連れられて私室までいく。
「こっちが揚げたほうね」
フォークにプスッと刺して食べるカタリーナ。
「おいひいっ!」
そしてローズの口にもグイグイ押し付ける。
「あ、生臭くなくて美味しいです」
次は焼いた方も味見する。
「揚げた方が美味しいね」
「そうですね」
「焼いた方はお母様に食べてもらう?」
「王妃様に?」
「うん、お母様もこれ好きだと思うんだ。たくさんあるし、ちょっとぐらいいいよね?」
と、カタリーナはローズを連れて王妃の元へ。そしてマーギンが作った南蛮漬けを味見させる。
「あら、マリネよりずっと美味しいですわね」
「うん、マーギンが作ったの」
「そう。明日もマーギンさんと会うかしら?」
「多分」
「では手紙を渡しておいてちょうだい」
と、王妃はマーギン宛の手紙を託すのであった。
自分の部屋に戻ったカタリーナはローズに話があると言う。
「何か重要な話ですか?」
「うん。じゃーん、これを見て」
カタリーナは1枚の紙を出してきた。
「これはマーギン攻略法よ!」
「何か弱点とかをまとめてあるのですか?」
「そんなところかな」
と、ニヤッと笑ってローズにその紙を渡す。
・自分好みのご飯を作ってくれる人
・面倒臭い女
・甘えてくる人
・頑張っている人
・透けて見えるおっぱい
「なっ、なんなんですかこれは?」
「マーギンの弱点よ。この中でローズに当てはまるのは頑張っている人って項目だけね。ローズはご飯を作れる?」
「い、いえ……」
「あ、面倒臭いのも当てはまるか」
「ひ、姫様、何をおっしゃってるのでしょうか?」
「だからマーギン攻略法よ」
「な、何の攻略ですかこれは?」
「マーギンを落とす為の攻略法。バネッサはこれが全部当てはまるのよねぇ」
「え?」
「このままだとバネッサにマーギンを取られちゃうよ?」
「何をおっしゃってるのか……」
「料理は目玉焼き程度でいいから。ローズが素直に甘えるのはできるかなぁ。あっ、最後のは簡単にできるわ。ねっ、ローズ。明日ノーブラで来て」
「ひっ、姫様っ!」
こうしてローズはカタリーナの恋愛ハラスメントを受けるのであった。
一方、ワインバーの個室。
「おれは何かつまめるものとワインにします」
「食ってないのか?」
「作るだけでなんか腹いっぱいになったんですよ。おっ、これにしよ」
具だくさんのオムレツみたいなものがメニューにあったのでそれとお任せのワインにする。大隊長とオルターネンはチーズをのせたクラッカーみたいなものを頼んだ。それももらおう。
頼んだものが運ばれてきた。この具だくさんオムレツってキッシュみたいなものなんだな。ベーコンの塩味が強めでワインとよく合うわ。
オムレツを食べきった後にオルターネンの前にあるチーズのせクラッカーもヒョイパクしてやると、スッと俺の前に皿を出してくれた。こういうのは人のをつまみ食いするから旨いのに。
「マーギンからの報告はなんだったのだ?」
「あっ、そうだ。チューマンのことなんですけどね、今回も出たんですが、前回の戦闘を学習してたんですよ」
「チューマンは魔物ではなかったな。前回は巣を潰したとか言ってなかったか?」
「えぇ。戦ったチューマンは全て殺したはずなんです。ですが、自分達の弱点を守るような戦い方をしたんです。考えられる事は2つ。巣を潰したと思ってたのが潰せてなかった。もしくは何らかの情報伝達方法を持っているということです」
「巣はどうやって潰したんだ?」
「チューマンが入った山の岩場の中にフェニックスを飛ばして、山が崩れるぐらいの高温で焼きました。岩も熱で溶けるぐらいの温度です。炎耐性があるといってもあれに耐えられるとは思わないんですよね。もし耐えられるなら巣の殲滅はほぼ無理になり、1匹ずつ倒すしかないですね」
「なるほどな。情報伝達方法はどのような方法だ?」
「それがまったく分からないんですよ。ですから、しばらくタイベに住んで調べようと思ってます」
「それが相談ごとか?」
「はい。ガキどもの事をこれからもお願いします」
「分かった。カザフ達は責任を持って鍛えておこう」
「それともう一つ。カタリーナのことで」
「姫様がどうかしたのか?」
「はい。詳しくは話せませんが、王か王妃様から相談があればサポートをお願いします。話がなければこの件は忘れて下さい」
「むっ……分かった」
大隊長への頼み事はこれで終わり、ボトルをそれぞれ開けてお開きとなる。自宅に帰ろうとすると大隊長が離れたところでオルターネンが話を切り出した。
「お前、ローズに何かしたろ?」
ドキッとするマーギン。
「すいません。結婚する気がないなら断ったら? とそそのかしました」
事実の一部だけを話す。
「やはりな。まぁいい。あいつが自分でそれを選んだのなら構わん。俺がいつまでもローズに構い過ぎていた弊害か、甘い部分が抜けなくてな。覚悟を決めて自分の道を選んだのならそれでいい」
「ソウデスネ」
今日バアム家に行った事はすぐにバレるだろうが、今は黙っていよう。聞かれたのはローズに何をしたかを聞かれただけだ。家の事は聞かれていないのだ。
「よし、もう少し飲むか。明日は休みだから付き合え」
と、オルターネンはマーギンに肩を組み、飲み直しに誘うのであった。