女性問題を解決しにいく
「ねぇ、お母様と何を話してたの?」
「チューマンのこととかだな」
「ふーん」
カタリーナと中身のない会話をしながら訓練所に向かう。
訓練所ではいつもの半分くらいの人数しかいない。外に訓練か討伐に行ってるのかもしれんな。
「ハンバーーッグ!」
マーギンを見付けて飛び込んでくるアイリス。
「こら、勝手に訓練を抜けてくんな。それに人前で抱きつくな」
人前じゃなかったら抱きついても良いのかとアイリスは受け取る。
「お帰りなさい。バネッサさんは?」
「タイベで他のやつらに稽古をつけてくれてる。もう一度シスコとタイベに行くからその時に連れて帰ってくる。隊長は?」
「実地訓練を兼ねてサリドンさんと何人か連れて討伐に行ってますよ」
「何が出てるんだ?」
「魔狼です。また増えてきたみたいですね」
「増えてきたというか、常態化が始まってんだろうな。お前も気を付けておけよ。同じ魔狼でもだんだん強くなっていくからな」
「はい。晩ご飯はハンバーグがいいです」
アイリスは魔物の脅威よりハンバーグか。そんなにハンバーグに飢えてるのかな? 昨日たくさん作っておいて正解だった。
「姫様っ! お帰りなさいませ」
カタリーナを見付けて走って来たローズ。
「ただいま。ローズ、髪の毛切ったの?」
「えぇ、切ったというより訓練で少し燃えてしまいまして、長さを揃えたのですよ。お元気そうで何よりです」
「うん、楽しかった。ね、マーギン♪」
「今回も色々あったけどな」
「戻ったか」
次に来たのは大隊長とカザフ達。
「お前ら、なんかボロボロだな」
あちこち傷が残ってるし、服もボロボロだ。
「大隊長が酷ぇんだよ」
そうか、大隊長はカザフ達を鍛えてくれてるんだな。
「大隊長ありがとうございます」
「なんで俺達がボロボロにされてんのにお礼を言うんだよっ!」
「アホかお前ら。大隊長自ら鍛えてもらえる奴らがどれだけいると思ってるんだ。ありがたいと思え」
と、カザフ達に言って気付く。あぁ、俺もガイン自ら鍛えてもらってたのはありがたいことだったんだなと。
まだブツブツ言うカザフ達。
「あのな、今はこいつ死ね、とか思う時もあるだろう。だが、ちゃんと感謝しとけよ。後で気付いてもどうしようもなくなるからな」
「だってよぉ……」
と、まだふてくされるカザフにコツンとゲンコツを食らわせておいた。
「大隊長、夜にお時間頂けますか」
「構わんぞ。お前も出ずっぱりで疲れているだろう。レストランにでもいくか?」
「飯はここで食うと思いますので、飲む方が嬉しいですね」
「了解だ。さ、お前ら休憩は終りだ。訓練再開するぞ」
「ほら頑張ってこい。そんなに嫌々やってたらバネッサにどんどん離されるぞ」
「おっぱいは何やってんだよ?」
「あいつはタイベに1人残って真なる獣人達に稽古を付けてる。もうあいつは教える側になったぞ」
「ちっ、大隊長。早くやろうぜっ!」
バネッサに対抗心を燃やしたカザフは大隊長の手を引っ張って訓練に戻っていった。
「ローズ、カタリーナをお返しするから宜しくね」
「あぁ、任された……というか、良いのだろうか?」
「何が?」
「あ、いや。何でもない」
マーギンはローズが結婚を断ったこともバアム家に離籍届を出したことも知らないフリをした。
「じゃ、夕方にシスコとここで待ち合わせをしているから、用事を済ませてまた戻ってくる」
マーギンはそれだけを言い残して訓練所を去って行った。
アポ無しで大丈夫かな?
と、思いつつバアム家に行ってみることに。自分がローズを焚き付けた責任を取らねばならないのだ。
バアム家まで走っていき、門番に当主に会えないか、もしくはアポイントを取れるか聞いてみることに。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「あ、すいません。自分はマーギンと申します。以前、こちらでフェアリーローズ様の成人の儀のパーティーをされた時に参ったものです。姫殿下も来られたときの」
「あっ……! しょ、少々お待ち下さいませ」
マーギンの事をどこかで見たことがあると思った門番はカタリーナの事を聞かされて思い出したのだ。
慌てて屋敷の中に入り、誰かを呼びに行ってくれた。そして出てきたのはメイドのアデル。
「マーギン様、ようこそバアム家へ。当主は不在ですが、奥様がおられますのでどうぞ中へお入り下さいませ」
「アデルさん、お久しぶりです」
「マーギン様もお元気そうで何よりです」
と、軽く挨拶を交わして応接間に案内され、しばらく待つとローズの母親が現れた。
「突然の訪問申し訳ありません」
「何かお急ぎのご要件がありましたでしょうか?」
「はい。今朝、王妃様からフェアリーローズ様の事を伺いました」
「そう、王家にはもう報告が上がっておりますのね」
「この度は申し訳ございませんでした。フェアリーローズ様がご結婚をお断りになられたのは自分のせいなんです」
「あら、マーギンさんが求婚なさったのかしら? それならそれで良かったですわ」
「い、いえ、そうではないのですが、あまり結婚に乗り気ではなかったようですので、断ったらどうだと焚き付けたのが自分なんです。誠に申し訳ございません」
マーギンは深々と頭を下げた。
「それで責任を取りに来られたと?」
「はい。フェアリーローズ様ご本人の事もございますし、バアム家の事もございますから。フェアリーローズ様がもし離籍されたとしてもカタリーナ姫殿下の護衛から外される事はないと王妃様より伺いました。離籍されるかどうかまでは私にはどうしようもできませんが、お相手様との問題解決はさせて頂けないかと」
「失礼ですけど、マーギンさんは庶民であり、異国の方ですわね? この国の貴族間の問題を解決できるとは思えませんけど」
「そうですね。私は貴族間の取り決めや解決方法をよく分かっておりません。このような場合は金銭での解決になるのでしょうか?」
「お金で解決できるなら苦労はしませんわ。これはバアム家より上位貴族のプライドの問題ですの。もし金銭で解決するならバアム家が破産するほどの金銭が必要になりますわね」
そんな金額になるのか。
「金品だとどうなりますか?」
「そうですわね。お相手は宝石にこだわりをお持ちですから、手に入らないような宝石とかがあれば解決する可能性はありますわね」
なんだ宝石か。
「分かりました。いくつご用意すれば良いですか?」
「えっ?」
「宝石は手持ちのものがありますので、それを気にいって下さるなら話が早いです。私は宝石の価値がよく分かりませんので、お選び頂けませんでしょうか」
そう伝えるとパンパンと手を叩き、使用人に豪奢な箱を持ってこさせた。
「これは?」
「開けてみてください」
と言われて箱を開けると、剣身を斬られた宝石付きの剣が入っていた。
「見事ですね」
「そうでしょう。その剣にあしらわれた宝石より良い宝石であれば可能性がございます」
「いえ、見事なのは剣身の斬り口のことで宝石のことではありません。これはフェアリーローズ様が?」
「えぇ、婚約の調印をする日にお相手様と立ち合いを行い、斬り落としたのです」
マーギンは斬られた宝剣を手にとって眺める。豪奢ではあるが、剣としては何の価値もない。これをローズのような剣だと相手は言ったのか。
マーギンはギリっと下唇を噛み締めた。
「お相手の方は剣の心得はお待ちでしたのでしょうか?」
「貴族の男性は嗜みとして剣を習います。お相手の方はローズに勝てると思っておられたようですわ」
「分かりました。ご迷惑をお掛けした身で失礼だとは思いますが、お断りになられて良かったです」
「なんですって?」
「あ、いえ。今の言葉は忘れて下さい。これより良い宝石を渡せば解決するかもしれないなら問題ありません。こちらをどうぞ」
マーギンは見たこともないような大きな宝石をゴロゴロと10個出した。
「あいにく、宝石に見合うような箱を持ち合わせておりませんので、箱はご準備お願いできますでしょうか。全部お渡し下さってもいいですし、余るようであればバアム家への迷惑料としてお受け取りください」
「こっ、このような大きな宝石は国宝どころではありませんのよっ!」
ローズの母親はらしからぬ大声を上げる。
「こんな宝石よりフェアリーローズ様の方がはるかに素敵ですよ。これで解決可能であればお使い下さい」
「これは王族に献上するような宝石ですのよ……?」
「そうですか。私は宝石には興味がありませんのでお好きにお使い下さいませ。これでもお相手様が何か言ってこられたら、戦いとかになりますか?」
「どうでしょうか……」
「もし、まだ揉めるようであれば私が直接対応をさせて頂いても構いませんか?」
「それはどういう意味ですか?」
「私はローズに約束をしたのです。もし結婚を断って相手の家がバアム家に手を出すようなら俺がどんな手を使ってでも叩き潰してやると。それに王妃様に正式な婚約をする前の破談なので本来は文句を言う筋合いのない話だと伺いました。しかし、筋は通した方が良いと思い、今回のご提案をさせて頂きました」
「叩き潰すって……」
マーギンは斬られた宝剣を手に取る。
「ローズの事をこんな見てくれだけの下らない剣のようだと言った事を俺は許せないんですよ。剣の事をまったく知らない人ならしょうがないですけど、剣を少しでも嗜んだものなら、剣の価値は飾りではないことぐらい分かります」
と、マーギンは思わず怒気を出した。
「あっ、申し訳ございません。ついムカついてしまいまして。この剣もお返しになられるのですよね?」
「えっ、ええ」
それを聞いたマーギンは剣身を錬金魔法でくっつけた。
「これで元通りです」
「い、今のは?」
「錬金魔法と呼ばれるものです。この剣は鋳造の剣身なので元の性能と変わりませんよ」
「鋳造?」
「鋳造とは溶かした金属を型に流して作る手法です。いくらでも量産がきく手法ですね。職人でなくても作業員が作れます。安価に作れるので良い手法なのですが、壊れたら捨てるような使い捨てを前提にしたような感じです。こちらをご覧下さい」
マーギンはマーベリックの剣を出した。
「これは?」
「この剣は私の友人の剣なのですが、鍛造という手法で作られています。職人が厳選した素材に魂を込めて作った剣ですね。もしお相手の方がローズの事をこの剣のようだと言ったなら、ローズの事を理解して大切にして下さる方だと思います。先ほど断って良かったと申し上げたのはこういう意味です」
マーギンの説明を聞いてローズの母親は微笑んだ。
「マーギンさん」
「はい」
「ローズの事をそこまで思って頂いてありがとうございます。でもローズを娶ろうとしないのは何か理由があるのですね?」
マーギンは少し黙ったあと、
「私はローズに見合うようなものではありませんのでね。ただ幸せになって欲しいと願うだけです。私はローズと出会えて少しの間だけでも触れ合えただけでも幸運でした」
そう微笑み返した。
「ありがとうございます。この宝石はありがたく使わせて頂きます」
マーギンはもう一度、深く頭を下げて謝った後にバアム家を後にしたのであった。
次は娼館のババァの所に行く。
「ババァ、これでシシリーを身請けさせてくれ」
「お前、シシリーと一緒になる気かい? それなら金はいいから連れて行きな」
金の亡者が金をいらないと言う。何を企んでやがるんだ?
「俺じゃねーわ。マーロックというシシリーの幼馴染からシシリーを自由にする金を払っておいてくれと頼まれたんだよ」
「ふーん、そうかい。おい誰かシシリーを呼んできな」
しばらくしてシシリーがやって来た。
「マーギン、会いに来てくれたの?」
と、抱きついてくる。やめれ。
「違うわ。マーロックがお前の身請け金を用意したんだよ。ほら、1億Gだ」
「えっ? 何か悪さしたのっ?」
「違う。マーロック達はライオネルで海の魔物討伐をして稼いだんだよ。誰も討伐できないような魔物討伐だったから高額報酬になったんだ。マーロックの部下達もタイベの孤児院出身のやつらだからな。お前が自由になれる金ならとマーロックに託したらしい」
「……」
シシリーは口に両手を当てて涙ぐむ。
「ババァ、これで足りるんだよな? シシリーが提示した値段だぞ」
「ふん、なら1億Gって事にしておいてやるか。シシリー、お前はこれで自由の身だとよ」
ババァは1億Gを受け取った。
「マーギン、私……」
「マーロックがこの金でお前を買うつもりじゃないと言っていた。これはエルラを自由にする為の金だとよ」
「私を自由に……馬鹿ね、私は元から自由なのよ……好きでここにいるだけなのに……」
「知らねーよ。俺はマーロックに頼まれたから金を渡しに来ただけだ。後は勝手にしてくれ」
「マーギン……」
シシリーはとても切ない顔をしてマーギンを見つめる。俺にそんな顔をするなよ。俺もどうしてやったらいいか分からんだろうが。
「俺は明後日ライオネルにシスコと向かう。付いて来るか? マーロックはライオネルにいるぞ」
「え? でも私……」
「マーロックは金を払ったから結婚してくれとは言うつもりはないんだとよ。あくまでもお前を自由にするための金だ。本当はいらない金だったかもしれんが、あいつは筋を通した。顔ぐらい見せてやってもいいんじゃないか?」
「考えとく……」
「分かった。明後日朝イチの馬車でライオネルに向かう。一緒に来るなら来い。来なかったらそのまま出発してマーロックにシシリーは会う気はないと伝えるからな」
「うん……」
マーギンはいつものマーギンを装い、娼館を後にしたのであった。