月見ラーメン
「マーギン、大丈夫?」
しばらくしてカタリーナが声を掛けてきた。
「あ、あぁ。悪かったな。ここにはもう用がないから出ようか」
マーギンは手紙と聖杖をアイテムボックスにしまって、この部屋から脱出をすることに。しかし出口はどこにあるのだろうか?
ガインを安置してくれた人はここから出たのだからどこかに外に繋がる場所があるはず。カタリーナと2人であちこちを探して、何か違和感がないかと調べる。
「何もないね」
「そうだな。床が落ちた仕掛けを開けっ放しにして、はしごで出たのかもしれんな」
万が一、俺以外の人がここにきても聖杖を持ち出せないようにしてあったのかもしれん。幸い、他の誰かがここに落ちた形跡はなかったけれども。
「俺達が落ちた床が開くか試してみるわ」
マーギンはプロテクションを階段にして落ちてきた床をコンコンと叩いてみる。
「これ、上から強い衝撃を与えないと開かんのか?」
「マーギン、開きそう?」
「いや、取っ手とかもないしな。ちょっと魔法をぶっ放して壊してみるから離れてろ」
「えーっ、危なくない?」
「それしか方法がないだろうが」
マーギンは落ちてきた床目掛けてどの魔法をぶっ放すか思案する。万が一跳ね返ったら危ないか。魔法を撃つ前に掌打で殴ってみるか。
身体強化をして力を溜める。
「はぁーーーっ、はっ!」
下から上に突き上げる掌打を思いっきり打った。
ガコンっ!
ベンっ、ごすっ。
「ふんぎゃぁっ!」
強い衝撃を与えた床は開いてマーギンの顔を強打した。
ドドドっ、ゴロンゴロン。
プロテクション階段から転げ落ちるマーギン。身体強化をしていたおかげで大怪我は避けられたが、開いた床に顔面をしこたま殴られたから痛いものは痛い。
「なんちゅうムカつく仕掛けなんだよっ!」
ガインへの悲しみが怒りで吹き飛ぶマーギン。
ゴゴゴゴゴ。
おっといかん。もう床が閉じかけてるじゃないか。
《プロテクション!》
ガツ
プロテクションが閉じかけた床を止めてくれている間にカタリーナを呼び寄せ、なんとか外に出られたのであった。
「わぁ、もう真っ暗。マーギン、お腹空いた」
思ってたより長く遺跡の中にいたようで、外は真っ暗だった。ここに来た時に魔物は掃討したが、虫系の魔物が寄ってきてるかもしれんな。
「飯は後だ。先にここから離れる」
「えーっ!」
お腹が空いたとブーたれるカタリーナにおんぶしてやるからと言って、プロテクション階段を作り、上空へと上がっていくのであった。
◆◆◆
「お前、家に離籍届けを渡したんだってな」
ローズからは何も話していなかったが、家が大騒ぎしているとメイドのアデルがオルターネンに知らせてきたのだ。
「そうですけど?」
木剣を振りながらしれっと答えるローズ。
「なぜ黙っていた。結婚も断ったそうじゃないか。何が不満だったのだ」
自分には何も相談してこなかった事に怒るオルターネン。
「隊長は隊長の成すべき事をなさいませ。私は私で成さねばならないことをやりますので。ふんっ、ふんっ!」
ローズはオルターネンの方を見ずに木剣を振り続ける。
「その髪もそのせいか?」
「別に伸ばしておく必要もありませんし、楽でいいですよ。ふんっふんっ!」
ローズはセミロングヘアを後ろで束ねているだけの髪型になっている。オルターネンは他のものと遠征に出ていたので髪の毛を切ったことも後から知ったのだ。
「マーギンのせいか?」
「マーギンは関係ありませんよ」
マーギンの名前を出しても晴々とした顔のローズ。
「そうか。それならもう何も言わん。俺もお前の事を構い過ぎていたのかもしれんな」
「はい。私はこれからはただのローズとして生きて参りますのでご心配なく。隊長も精進下さいませ」
「お前は特務隊に入るつもりなのか?」
「姫様の護衛をクビになったら希望するかもしれませんね」
そうか、バアム家から離籍したらクビになる可能性はなきにしもあらずなのか。
「ま、入隊したければテストを受けろ。お前は特別に俺が相手してやろう」
「そうですか。私に恥をかかされぬようお気を付け下さいませ」
ローズは一度もオルターネンの方を見ず、素振りを続けたのであった。
その夜、サリドンと飯を食うオルターネン。
「ローズはいつからああなのだ?」
「元気になる前はとても落ち込んでいたんですけど、結婚を断った後からはスッキリした様子で訓練に励んでますよ」
「お前には結婚を断った事を話したのか?」
「話したというか、無理矢理聞いたような感じです。それまでのローズさんはとても見てられないような様子でしたので」
「そうか」
「隊長、1つ聞いてもいいですか?」
「何をだ?」
「マーギンさんのことです」
「マーギンのこと?」
「はい。マーギンさんもローズさんの事を好きだったんじゃないんですか?」
「そうだろうな」
「マーギンさんは庶民ではありますけど、王妃様との繋がりもありますし、ローズさんと結婚しても良かったんじゃないんですか?」
「そうだな。俺もそうだといいなと思ってはいたがな」
「ならどうして……」
「諦めたんだよ」
「諦めた? 何をですか?」
「ローズとのことだ。マーギンは大きな使命を背負っている。あいつは自分の幸せより使命を優先したんだ。だから俺もその使命の一部だけでも担う。友としてな」
「友……」
「マーギンには言うなよ」
「は、はい」
オルターネンは黙々と飯を食いながら淡々とサリドンにそう説明をしたのだった。
◆◆◆
「まだへばるには早いぞ。立て」
「だ、大隊長強すぎだって……」
カザフ達は連日、大隊長にコテンパンにやられていた。特訓開始当初はトルクの見えない手に苦戦した大隊長だったが、見えないはずの手を避けるかの如く動き、まずはトルクを守るタジキを吹っ飛ばし、トルクを巻き添えにする。そしてカザフのスピードにも付いてくる大隊長。
「次は体術だ。早く立て」
「鬼っ!」
「鬼でも構わん。さっさと立たんと飛び乗るぞ」
巨体の大隊長に飛び乗られたら、ぷちゃっとなってしまうので飛び起きる3人。その後もバンバン投げ飛ばされていくのであった。
「ガッハッハッハ。まだ修行が足らんな。市販のソースよりは旨いがマーギンのソースにはまだ届いておらん」
タジキの作った焼肉のタレで焼肉を食べながら笑う大隊長。
「何が違うんだろうな?」
「作り方は同じなのだろ?」
「うん。何度作ってもアイリスにはハンバーグの味が違うって言われるし」
「うむ、俺には料理の事は分からんからな。マーギンには聞いたのだろ?」
「作り方は同じだって。マーギンは自分で作るのと変わらないって言ってたんだけどさ」
「アイリスはマーギンの作るハンバーグに何か思い入れがあるんじゃないか?」
「そんなの知らないよ。バネッサ姉は何作っても違うって言うしよ、姫様もアイリスと似たような事を言うんだよな」
「飯とは不思議なもんだが、酒も同じかもしれんな」
「酒なんていつ飲んでも同じ味なんじゃないの?」
「いや、同じ瓶に入っている酒でも外で飲むほうが旨い。家で飲むと本当に同じ酒か? と思うぐらい違う。それに誰と飲むかによっても違うぞ」
「一緒に飲む人で味が変わんのか?」
「不思議なもんだな」
「今は旨いのか?」
「そうだな。今も旨い酒だ。ガーハッハッハ」
ウィスキーを飲みながらタジキ達にご機嫌で酒を飲んで笑う大隊長なのであった。
◆◆◆
「もうお腹ペコペコっ!」
タイベの港街まで戻ってきたマーギンとカタリーナ。ほぼ夜中といっても良い時間なので誰も外にいない。
「なんか食いたいものあるか?」
「ハンバーグっ!」
「作り置きがないから今から作る事になるぞ。もっとすぐにできるものにしようや」
「えーっ。なら何でもいい」
食べたいものより、すぐにお腹に入れる事を優先したカタリーナ。港横の岩場に移動して海を見ながら飯にすることに。
作るのはインスタントラーメン。卵を落として、お湯を注いで3分待てば完成だ。夜中に海を見ながら食べるのに最適な飯だ。今は月が昇ってそこそこ明るい。3分待っている間にハムを切り、できたラーメンにのせる。
「ほらできたぞ」
「わー、卵がお月さんみたい」
「そうだな。月見ラーメンってやつだ」
2人でずるるっとラーメンを食べる。カタリーナは卵を最後に食べる派のようだ。マーギンは先に割って混ぜる。
「美味しいねっ!」
笑顔でそう言ってくるカタリーナは月の明かりに照らされて可愛いかった。歳が近いとこういうのに惚れるんだろうな。
そういやミスティは旨かったらガツガツと食うだけで、微笑みかけてくることなんかなかったな。まぁ、あれはあれで飯にがっつく犬みたいで面白かったが。
お腹いっぱいになったカタリーナはテントを出す間もなく、こてんとマーギンに頭を預けて寝てしまう。カタリーナのタイベ遠征は今日で終わり。明日にはマーロックの船でライオネルに戻る事になる。
「しょうがないやつだな」
マーギンはカタリーナを抱き上げ、アイテムボックスから出したテントに寝かせるのであった。