仕掛け
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。マーギン死ぬっ、死ぬっ!」
煙にやられて死にそうになるカタリーナ。密閉された空間で焼肉を焼いてみたがやはりダメだ。煙もそうだが、下手したら一酸化炭素中毒になってしまう。
「ガイン、こんな所で寝てたら焼肉を供えてやれんだろうが。なんでこんな所を墓にしたんだよ」
と言いつつ、恐らく石像だった俺が祀られている場所を守るためにここを墓にしたのかもしれない。ムーを祀る民に遺言みたいな感じで頼んだんだろうな。ったく、俺はお前の子供じゃないんだぞ。
◆◆◆
「ガーハッハッハ。成人したといっても酒飲んで咳き込むとかまだまだ修行が足りんな」
ガインに訓練が終わった後の飯時に強い酒を飲まされてゴッホゴッホと苦しむマーギン。
「こんな強いの飲めるわけないだろ。せめてワインぐらいにしてくれよ」
「これはいい酒なんだぞ。味を覚えておけ」
「いいも悪いも、これだけ強い酒の味が分かるかっ!」
「まぁ、そう言うな。こうして酒を飲むのが俺の夢の1つでもあったからな」
「酒なんかしょっちゅう飲んでるじゃないか」
マーギンが18歳ぐらいの時にガインはお気に入りの酒を飲ませた。自分に息子が生まれたらこうして一緒に飲むのが夢だったとは恥ずかしくてマーギンには言わない。咳き込んだ後に少しずつ舐めて味を確かめるマーギンを見てガインは嬉しそうに笑うのであった。
そんな事にはまったく気付かないマーギンは後日、トイレに上を見ろとかの落書きをしてささやかな仕返しをしたのだった。
◆◆◆
「ここで焼肉すんの無理だな」
「当たり前じゃない。涙が止まらないんだから」
煙が目に入って、涙を流しながら目をシパシパさせるカタリーナ。
「どれ、見せてみろ」
マーギンはカタリーナの目を無理やり開けさせて指先から水を出して洗ってやる。
「もう、ビッショビショになったじゃない。私はバネッサじゃないんだからね」
誰が服を透けさせる目的で水を出したというのだ。人聞きの悪い。
プンスカと怒るカタリーナを温風で包んで乾かしてやる。
「ガインももうここに用はないだろ? 墓を移すけど化けて出てくんなよ」
「えっ? マーギン何をする気なの?」
「こんな崩れかけた遺跡に墓があっても誰もお供えしてくれなさそうだからな。ミャウ族の集落にでも墓を移すわ」
「このお墓に眠っている人はマーギンの知り合いなの?」
「まぁ、そんなところだ。細かい事を気にすんな」
カタリーナのどうして攻撃がくる前にもう聞くなと釘を刺す。ガインのことを説明すると全部話さないとダメになるからな。
ガインの名前が記された石。つまり墓石を動かして下に眠っているであろうガインの骨を取り出すことに。
グッ……
「動かんか。《スリップ!》」
重くて動かないと思ったマーギンはスリップを掛けて押してみる。
ズルッ、ゴツン。
「あれ? なんか引っ掛かってんのか?」
少し動いただけで、それ以上動かない墓石。元の位置に戻してリトライ。しかし、先ほどと同じだ。魔法で持ち上げようとしても上がらない。これは何か仕掛けがしてあるのかもしれない。
少し動かした後に横に押してみる。おっ、動いた。が、また引っ掛かって動かなくなる。
「どうしたの?」
「いや、なんか仕掛けがしてあるみたいなんだよな。正しく動かさないとダメなのかもしれない」
「私にもやらせて♪」
墓をパズル扱いするカタリーナ。バチが当たっても知らんからな。
ゴッ、ゴッと石の当たる音をさせながら動かすカタリーナ。しばらくやってみてダメだったようで飽きたみたいだ。
「はい、交代ね♪」
ったく。
マーギンはガチャガチャ動かしてもやはり引っかかる。何かヒントは……あっ、
ここに落っこちた時の事を思い出して、東西、と動かして魔法で少し浮かせてからスリップを解除して墓石を押してみた。
ゴゴゴゴゴ
1番奥の壁が動いた。
「キャアっ!」
壁が動いたことで驚くカタリーナ。
「凝った仕掛けにしてあるなこれ。ガインがこんなの考えたのか?」
いや、今と違って魔道具も発達してたからな。ムーを祀る民でもこういう仕掛けを作れてもおかしくはないか。ラーの神殿の扉は音声認識だったからな。
カタリーナにしがみつかれながら、動いた壁の向こうに行ってみる。
「きゃーーーっ!」
「耳元で叫ぶな。鼓膜が破れるだろうが」
扉の向こうには鎧をまとった大きなミイラのような骸骨が台座に寝ていた。この鎧は間違いなくガインのだ。死ぬときまで鎧着てんなよな……
「だ、誰なのこれ……」
「あの墓の人だな。グスッ……」
マーギンはガインの骸をみて涙が出てくる。死んでいるのは分かってはいたが、こうして骸を目にするとそれが現実なのだと実感する。鬼のように自分を鍛え、焼肉と強い酒を好み、大きな声で無神経に笑うガイン。時にはムカつき、時には2人で大笑いをしたことが昨日のことのように思える。
「お疲れ様、ガイン……ありがとう……」
そう呟いた後、マーギンは涙が止まらなくなり、ガインの骸の前で動けなくなったのであった。
「マーギン、大丈夫?」
しばらくして声を殺して泣くマーギンを心配するカタリーナ。
「あぁ、悪い。この人は俺の恩人でね。こんなところじゃなく、ちゃんとした所に祀ってやろう」
マーギンはガインの骸を収納した。アイテム名にもガインの死体と出たから間違いはない。
骸を収納した後の台座は死体から血か脂が流れたのか変色している。なんとなくそれが嫌で台座を丁寧に洗浄した。
あっ……
綺麗になった台座に違和感がある。石の塊台かと思ったが横からみるとうっすらと切れ目が入っている。
《スリップ!》
台座の上部が蓋になっているようなのでスリップを掛けて動かしてみるとやはり台座は箱状になっており、その中には聖女ソフィアが使っていた聖杖エクレールと手紙があった。
〜マーギンへ〜
これを読んでいるということはやはり石化が解けて目覚めたのだな。俺が死んだ後どれぐらいの時間が経っているかは分からんが、魔王の復活が近いということなのだろう。
ソフィアの杖はお前が使えるかもしれんとソフィアから預かった。本当はソフィアを連れてきて石化解除を頼みたかったのだが、恐らく無理だろうと言っていた。あいつももう年食ったからな。と、これはお前が言った事にしといてくれ。今のあいつは王妃だからな。
お前がこの杖を使えるなら、ミスティの石化が解けるかもしれん。お前が石化したのはミスティの魔法だったが、ミスティの石化は自ら掛けたのか、魔王の瘴気にあてられて石化したのか分からなかった。俺にはミスティが自分に石化魔法を掛けるほど魔力が残っていたと思えんのだ。瘴気にあてられて石化するかどうかは分からんが、もし瘴気が原因なら病気の一種とも考えられる。それならばソフィアの杖で解除できるかもしれんから試せ。
ミスティの石像は太陽を祀る民のヒノモトに預けた。お前なら場所が分かるだろう。お前がここに気付かなかった時の為に向こうにも手紙とヴィコーレを残しておいた。ちょっと照れくさい事を書いたかもしれんがそれは気にするな。
また魔王討伐を頼む事になるが、今度は誰にも気兼ねすることなく倒してくれ。頼んだぞ。
追記
本当は魔王とかどうでもよい。幸せに暮らしてくれ。それが俺の願いだ。
我が息子、マーギン。
「だ、誰がお前の息子だってんだよ……」
マーギンはガインの手紙を読んで嗚咽するのであった。