ミャウ族のチューマン対策
数日掛けてミャウ族の集落に戻った。移動中は徒歩と延々飯作り。レバーペーストを食べさせ続けたからか、黒犬はすっかり体調を戻したようで、ミャウ族の集落に近付く頃にはスッと消えていってはイノシシや鹿を捕まえてくる。それを俺に食えと言わんばかりにずいずいと鼻で押してきてたのだ。お前達はレバーペーストをせがむくせに。
「あーっ、帰ってきたーっ! マーギンお帰りなさいっ!」
門のところで毎日待っていたのかポニーがマーギン達を見付けて走ってきた。
「わっ!」
山犬達を見付けて怯えるポニー。
「ただいま。こいつらは大人しいから心配すんな」
と、言われてもポニーはマーギンの後ろに隠れて怯える。
フンフンフンフンフン。
「きゃぁーーっ!」
黒と金に執拗にフンフンと匂いを嗅がれるポニー。
「お尻っ、お尻を嗅がないでっ!」
ポニーは鼻先でお尻をツンツンされながら嗅がれて涙目だ。
「やめてやれ」
犬とタヌキは近い存在だからか、そのままフンフンされながらミャウ族の集落に入った。
「マーギンさん、そ、それは……」
「多分山犬だ。チューマンと戦って怪我していたから治癒したら付いてきてな。まぁ、大人しいから大丈夫だろ」
「そ、それは山犬ではありません。誰かっ、誰かミャウタン様とロブスンを呼んで来てくれっ!」
慌てる門番。
「山犬じゃないのかこれ? でも魔物と違うと思うぞ」
「それは山神様ですっ!」
「山神? なんだそりゃ?」
山犬達を見て騒然となるミャウ族。そしてロブスンが慌てた様子で走ってきた。
「マーギン、山神様を……本当だ……」
山犬達を見て言葉を失うロブスン。
「ロブスン、山神ってなんだ?」
「山を守る神だ」
「いや、そういう意味じゃなくて、山犬と山神は違う種族なのか?」
「分からん。しかし、山犬はこんなに大きくもないし毛色も違う。お前たちは山の奥深くまで行ったのか?」
「いや、麓手前だ。そこでこいつらとチューマンが戦ってたんだよ。俺達がいた所にたまたま落ちてきたんだ」
「麓に……?」
「取り敢えずミャウタンの所に行こうか。ロブスンも来てくれ。報告事項がある」
山犬達の話は後にして、チューマンが戦闘を学習していたことを説明しておかねばならない。ミャウタンも山犬達を見て驚いたが、それは後回しにしろと言って説明をした。
「学習するにしても早すぎないか? もしくはたまたまとか?」
「俺もそう思って確認したが、確かに関節を庇った。あれは自分達の弱点を学習したとしか思えないんだよ」
「しかし、戦ったやつはすべて倒しただろ? 逃げたやつはマーギンが山ごと巣を潰したはずだ」
「そう。俺もあの威力で死んでないとは思えないんだが、あれで生き残って情報を伝えたのか、他に情報を伝達する術を持っているかの2つが考えられる。どちらにしても脅威なのは確かだけどな」
あの時のフェニックスは山を崩す程の威力を込めた。いくら炎耐性があるとしてもあの高温に耐えられるとは考え難い。岩ですら溶かす程の温度にしたからな。生物が耐えられる訳がない。いや、耐える可能性があるのであれば次に出た時に試しておかないとまずい。もし効かないなら巣を潰す手段を失う。
「伝達する方法があるかもしれないということか?」
「そう。あの時に現れたチューマンは3匹。2匹倒して、1匹を見逃して追跡した。あれ以外にもチューマンがいたら情報を持ち帰る事が可能だ」
「そんな気配は……あいつは気配がなかったんだな」
「そうだ。索敵は音頼りになる。しかし、あの時に他のやつが潜んでいて、俺達が離れた後に行動したら気付いていない可能性が高い」
「そうかもしれんな。なら、これから現れたら見えるやつ以外にも気を付けておかないとダメだな」
「倒し方も複数持っておかないとダメだろうな。それと追い払うのではなく、確実に仕留めていかないと、戦い方を学習されて手に負えなくなる」
「厄介だなまったく」
「ただ、電撃耐性は前と同じだった。ということは身体が進化した訳ではないから、まだマシと考えるしかない」
「他には何かないのか?」
「あいつらは泳げないと思う。水にも沈んだからな。これを見てくれ」
マーギンは池に沈んだチューマンをアイテムボックスから出した。
「どんな倒し方をしたんだ?」
「これは……なんだこれ?」
マーギンはこのチューマンが斬られた関節から体液が流れ出て死んだか、溺死したものと思っていた。が、目の前の死骸は頭が砕けていた。
「これは後で確認するわ。それより、ミャウ族の集落の周りに堀を掘れるか?」
「堀?」
「集落の周りに水の壁というのかな? 水路みたいなものを作れるか?」
「マーギン様。それは集落を守る手段になりうるのでしょうか?」
ロブスンではなくミャウタンが聞いてくる。
「チューマンは水に浮けない。水中で溺れ死ぬかどうかは不明だが、水の中にいれば電撃を躱せなくなる。防衛をやりやすくなるのは確かだな。あとは毒が効いてくれるなら助かるんだが」
「毒?」
「あぁ。人には効かない毒が効くかもしれん」
「どのような毒でしょうか?」
「蚊取り線香だ」
は? となる皆に蚊取り線香を出して見せ、これの元になる花があることを説明した。
「その花は手に入りますか?」
「もう一度王都に戻って、こっちに戻ってくる。その時に種をもらってくるよ」
「よろしくお願いします」
効くかどうかは分からないけど、ここでも蚊取り線香を作れたら役に立つだろう。
「あとはスーッとする草は生えてないのか?」
「あぁ、あの草は臭いから、この辺のは駆逐したぞ」
真なる獣人達にとって、スーッとする草の臭いは嫌な臭いらしく、この周辺に生えていたものは塩を撒いて枯らしたらしい。もしかしたらそれが原因でチューマンがこの辺まで来た可能性も捨てきれなくなってきた。蚊取り線香になる花、スーッとする草で死なないとしてもチューマン避けになるかもしれない。マーギンはチューマン対策が他にもないだろうかと考えていくのであった。
「マーギン様、山神様をどうなさるおつもりでしょうか?」
「こいつらか? どうしようね。てっきり怪我が回復したら山に帰ると思ってたんだけど付いてきたんだよ。ここで飼う?」
「山神様を飼うとか恐れ多いことを……」
「そもそも山神ってなに?」
「山を守る神様の化身だと言われております。山神がおられることで山の秩序が保たれているのです」
「山犬とは違うってこと?」
「そこまでは分かりません」
恐らく、食物連鎖の頂点に近い存在ってやつかな? 動物だけどここまで大きいと魔狼や熊より強そうだし、単にチューマンとは相性が悪すぎただけだ。爪や牙の攻撃では歯が立たない相手だからな。
「お前、ちょっと手を見せろ」
マーギンは黒犬の大きな前足を持ち、爪を出させてみる。なるほど、普通の犬ならば爪は出たままだが、こいつの爪は2重になっている。通常の爪とは別に鋭い爪を隠しているのか。山犬もこうなってんのかな?
次は口を開けさせて牙を見る。
「へぇ、こうなってんのかお前の牙」
犬歯の内側にカミソリのような歯がある。これも任意で出したり引っ込めたりできるのか。イノシシとかの首の傷はどうやったのか気になってたんだよな。剣で斬ったみたいな傷口だったからな。
「お前、凄いな」
と、首元をワシワシしてやると照れたようにそっぽを向く。金色の方も確認すると同じ仕組みだった。金色も褒めてワシワシしてやると身体をでんっと当ててくるので背中もワシワシしてやると目を瞑って気持ち良さそうにした。
「山神様がこんなに気を許されるとはさすがは使徒さ……」
びしっ。
「あうっ」
マーギンを使徒と呼びかけたミャウタンはデコピンを食らっていた。
その後、話を進め防衛に役立つかもしれない堀はミャウ族達で取り組む事が決まった。
話が終わるとポニーが寄ってくる。
「いやーーっ、お尻を嗅がないでっ!」
またもや山犬達にお尻をツンツンされながら嗅がれまくるポニー。仲良くなれそうな感じだ。
「ポニー、こいつらが山に帰るまで面倒を見てやってくれないか?」
「私が山神様の世話係をするってこと?」
「そうだ。食いもんは自分達で取ってくるだろ。多分俺に付いてきたのはこいつが気に入ったからかもしれん」
と、マーギンはレバーペーストを出す。途端に舌なめずりをする山犬達。マーギンは手にレバーペーストをのせて山犬達の前に出してやるとベロンベロン舐める。
「な、これは山犬達のおやつみたいなもんになったんだろうな。作り方を教えてやるからポニーが作ってやってくれ。材料はロブスン達に言えば手に入るだろ」
その夜はポニーはマーギンと寝るのではなく、テントの横で山犬達が2匹で守るようにして眠った。もしかしたら山犬達が自分の娘のように思ったのかもしれない。ポニーも親がいないからここに頼れる存在がいるのはいいことかもしれんな。
バネッサとカタリーナに足をのせられながらマーギンはそう思うのであった。