地獄アゲイン
ドーナッツやアメリカンドッグを食べた後も疲労は取れない。
「晩飯どうする?」
今日は探索もやる気がでないので、早い時間から晩飯を何にするか決めておこう。
「なんか元気が出るもの作ってくれよ」
「うなぎーっ!」
元気が出るものとうなぎは合致する。
「なら川まで行かないとダメだな。上から見た時に川があったからそこまで移動するぞ」
「動きたくねぇ」
「私もー」
川まで自分1人で行くとカタリーナをバネッサに任せておくことになる。見知らぬ場所でそれは危ないかもしれん。
「移動するのが嫌ならうなぎは無理だ。他のメニューにするぞ」
「えーっ!」
「動くか、うなぎを諦めるかだ」
「ならホバー移動にしてくれよ」
ったく、ワガママな奴らだ。
この蒸しっとした暑さの中で、抱っことおんぶするのは嫌なので、土で箱を作ることに。箱の中に入ってりゃ落っこちることもないだろう。
マーギンは土魔法でトロッコのような箱を作る。
「これに乗れ」
「うちらを捨てるつもりじゃねーだろうな?」
確かに犬や猫を捨てる箱にも見えなくもない。ハンナリーを入れておくと似合うかもしれないな。マーギンは箱の中でニャーニャー鳴くハンナリーを想像する。すぐに保健所に連れていかれそうだ。
「心配すんな。優しい人が拾ってくれるはずだ。横に拾って下さいと書いといてやる」
「うるせえっ。うちらを捨てようとすんな」
ご機嫌斜めのバネッサを持ち上げて箱に入れる。こら、暴れんな。次にカタリーナを入れてマーギンは先頭に乗った。
《スリップ&ウィンド》
音もなく動き出す箱。
「バネッサ、この棒を持っとけ」
「何するんだ?」
「木々の間を抜けられる程細かい操作ができないと言っただろ。木に当たりそうになったら棒で押してくれ。俺は前で同じ事をするから」
マーギンは前、バネッサは後ろを担当して、川下りのような感じで木に当たらないように棒で操作する。歩くぐらいのスピードならこれで何とかなるな。
木の少ない場所に滑り落ちてきたとはいえ、まったく木がないわけでない。当然平坦な道でもないので下り坂になるとスピードが出る。
「うわわわわっ!」
立ってホバー移動をしている時には下り坂も気にしなかったが、箱に乗ると操作が難しい上にスピードが出ると恐怖感が増す。目線が地面に近いのでなおさらだ。
ゴンっ、ゴンっと木に当たりそうになったら突いて躱していく。
「もっとスピード落とせよっ!」
「風は止めてる。勝手に滑っていってるんだっ!」
プロテクションスライダーの恐怖が再びやってくる。木を突いて避けた先が長い下り坂なのだ。大きな石とかもあるので箱が跳ねまくる。
バインっ。
「きゃーーっ!」
大きめの石を乗り越えて箱が跳ねる。カタリーナが放り出されないように片手で服を掴み、もう片手で棒を振り回す。激流の川下りみたいになってきた。これはヤバい。
「スピードを落とせよっ!」
「スリップ解除っ!」
ゴンっ。
「うっぎゃぁぁぁっ!」
ゴロンゴロンゴロンゴロンっ。
スリップを解除した箱は地面に引っかかり盛大にひっくり返る。3人は団子になって坂道を転がった。
バッシャーーン。
坂道を転げ落ちた先は池だった。お池にはまってさぁ大変どころではない。カタリーナがバチャバチャと溺れそうになっているのだ。
カタリーナを助けにいくと当然しがみつかれる。こうなると2人とも溺れる。本当は水を飲んで気を失ってから近付く方が助かる可能性が高いのだ。
《パラライズ!》
マーギンは暴れるカタリーナにパラライズを掛けて動けなくしてから足の届くところまで引っ張って泳いだ。バネッサは浮袋を持ってるから大丈夫だろう。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、うぇぇぇぇ」
岸に上がるとカタリーナは飲んだ水を吐く。良かった。意識がなかったら人工呼吸をするはめになるところだった。
「ここでじっとしてろ」
次はバネッサだ。プカっと胸を上にして浮いているので捕まえて岸まで連れてくる。
「身体中が痛ぇぞ」
確かに。俺も全身擦り傷だらけだ。
まだゲッホゲッホしているカタリーナより先にバネッサの傷を治癒する。
「カタリーナ、大丈夫か?」
「もうお水飲みたくない」
「そうだな。吐けるだけ吐け。池の水は身体に良くないから、お腹が痛くなるかもしれん」
綺麗な池ではあるが、念の為に魔法で水を出して飲ませて、吐かせてを繰り返す。自分で吐くのをやった事がないカタリーナの口に指を突っ込みうぇぇぇぇとさせる。手にキラキラを掛けられたけど仕方がない。
「死にそう……」
「こんなもんで死ぬか。さ、擦り傷に治癒魔法を掛けるから……ん?」
自分もバネッサも擦り傷だらけだったのにカタリーナは無傷だ。服とか破れてるのに。
マーギンはカタリーナの服の破れたところを広げて傷がないか確認をする。
「なんともないな。あれ?」
「マーギンのえっち」
「ちっ、違うわバカっ。破れた所から覗いたわけじゃねーっ! もうどこも痛くないならそれでいいわ。今から風呂を作ってやるからバネッサと入れ」
マーギンはトロッコの箱を回収してきてテントの中に設置してバスタブ代わりにして2人を浸からせる。
「先に2人で入っとけ」
マーギンは2人が風呂に入っている間にうなぎ罠を作る。罠といっても土の筒だ。
「えーっと、水が抜けるように穴をあけて、ここを紐で繋いどけばいいな」
同じものを何本も作っているとテントから声が聞こえてきた。
「マーギンは私の裸見たかったのかな?」
「は? なんかされたのか?」
「さっき、服の破れた所から覗かれたのよねぇ。そんな見方しなくてもいいのに」
「マーギンの野郎、お前みたいなガキ臭い奴にまでそんなことしやがんのか」
「バネッサもなんかされたことあるの?」
「されまくりだっつうの。前にうちのせいでマーギンに怪我させちまった事があってよ、回復するまで様子を見てたら、うちの太ももに顔を埋めた挙げ句、乳を揉みやがったんだ」
「へぇ、でもなんとなくマーギンの気持ち分かるかも」
「は? どういう意味だよそれ」
「ほら、バネッサのすっごいし、足も細いのにムッチリしてて触り心地良さそうだもん」
「ばっ、ばっか。何言ってやがんだっ!」
「やっぱりマーギンはバネッサみたいなのが好きなのかな?」
「そ、そ、そ、そんな事あるわけねぇだろっ」
「ローズももっと柔らかそうになればいいのに」
「おい、全部聞こえてんだぞっ! 人聞きの悪い事を言うなっ!!」
マーギンはたまりかねて大声を出した。
「きゃーっ、覗かれてるーーっ!」
「覗いてないわバカ。声が丸聞こえなんだよ」
そう言うとテントからヒョイと顔を出すカタリーナ。
「マーギンも一緒に入る?」
何を言い出すのかね君は?
「バネッサの凄いよ。見たほうがいいよ絶対」
「カタリーナっ、てめえっ、何言ってやがるんだっ!」
「ケツなら見たことがあるから大丈夫だ。温まったなら早く代われ」
「バネッサ、マーギンにお尻見せたの?」
「見せたんじゃねーっ。見られたんだっ!」
「お前がパンツ下げたまま俺の前に来たんだろうが」
「モグラにやられた時にパンツ下げて見ただろうがっ!」
「あれは見たんじゃない。診たんだ。失礼な事を言うな。俺のお陰でケツが4つにならずに済んだんだろうが」
「ケツが4つになるか。このスケベ野郎が」
「そんな事を言うなら今度ケツを怪我しても治してやらんから……ちっ」
「誰がケツに怪我するかっ!」
と、バネッサが怒鳴った後、マーギンから返事がない。
「……お、怒ったのかよ?」
と、自分を助けてくれたマーギンにちょっと言い過ぎたかなと思ったバネッサは様子を探る。が、マーギンの気配がない。
「おい、マーギンっ。返事しろよ」
「お前ら風呂から出て着替えとけ。何か来る」
「えっ?」
「早くしろ」
マーギンがいつものトーンと違った声で早く着替えろと言ったことで良くない事態なのだと理解したバネッサはザバッと風呂から出て身体を拭かずに服を着る。
「カタリーナも急げ。ヤバい状況になってるはずだ」
カタリーナもそう言われて慌てて風呂から出て、身体をさっと拭いてから着替えた。
「マーギン、何がきてんだ?」
「分からん。ただ殺気が上からきてる」
「殺気だと?」
「俺達に向けられた殺気じゃないから何かと戦ってるのか……」
ザザザザザっ。
その時に金色の毛並みをした大きな魔狼のようなものが現れた。それを見たバネッサがオスクリタを投げようとする。
「待てっ!」
マーギンがバネッサを止めた。金色の毛並みを持つ魔狼みたいなものはマーギン達を見ていないのだ。
「来るぞ」
マーギンがそういった刹那、今度は金色のより大きな黒い魔狼のようなものが降ってきた。
ドサッ。
黒くて分かり難いが血塗れのようだ。
よろめきながら黒い大きな魔狼のようなものが立ち上がると腹にざっくりと切られた傷がある。そこからボタボタっと血が滴り落ちているのにも関わらず上を向いて鼻にシワを寄せ牙を剥き、金色の魔狼のようなものを庇うように前に立った。
ガサっ。
そして後から現れたのはチューマンだった。