サリドンの保証
「ほら、ローズ。あんたの身体鈍ってんねんから、もっと本気出しや。軍人に負けてんで」
「くっ、くそっ。これしき。ぐぬぬぬ」
ローズはハンナリーのデバフ魔法、スロウを特別強く掛けられていることを知らない。ハンナリーも毎日毎日軍人達にスロウを掛けているので、個別に強度を変えられるほど魔法操作能力が上達をしているのだ。これにより全員が横並びに走り、より競争心を煽る事に繋がっていた。
「クソッ、また勝てなかった……」
ローズは今日こそ1位になるつもりだったのが最下位に近い順位で終わった。
特務隊の訓練は大人数部隊と少人数部隊で内容を変えている。少人数部隊は気配察知や気配を消す訓練に重点を置き、目隠しでオルターネンに襲われる日々。大人数部隊はとにかく体力強化を行っているのだ。
「はい、最後はダッシュやで。下位3割は全員の服の洗濯やからな。気合入れて走りや」
50mダッシュを5往復。これに負けたら夜遅くまで皆の服の洗濯をせねばならないので、疲れた身体に活を入れ、合図と共に一斉に走り出した。
「はい終了ぉぉ! これより後にゴールした人は洗濯担当な」
ローズは毎日洗濯当番になっていた。ここでは魔導具を使わず、井戸からバケツリレーで水を汲んできてタライで洗う。洗濯も体力と筋力向上訓練の1つになっていた。お嬢様育ちのローズは慣れない洗濯も重労働である。
「ローズさん、毎日精が出ますね」
「うるさいっ。見に来るな」
サリドンはローズが洗濯しているところを見にきた。
「訓練は慣れましたか?」
「洗濯に慣れたか聞きたいのか?」
毎日洗濯をしているのをからかいにきたのかとキッと睨む。
「そんなに怒らないで下さいよ。洗濯にも訓練の意味が含まれているんですから」
「そうなのか?」
これも訓練だったのかと驚くローズ。
「嘘です」
「きっさまぁぁっ!」
ビシャビシャビシャ。
からかわれたと分かったローズは怒って洗濯用の水をサリドンに掛けた。
「うわっ、うわわわ」
ビシャビシャビシャ。
ローズは逃げるサリドンにバケツを持って追いかける。
《ファイアウォール!》
ローズがバケツをザパッと掛けた時にサリドンは炎の壁を出して防いだ。
「そんなに怒らないで下さいよ」
ローズはサリドンがこんな魔法を使えた事を知り、怒りがどこかにいってしまった。
「お前、そんな魔法も使えるようになったのか?」
「はい。マーギンさんに教えてもらった火の攻撃魔法を毎日使ってるとなんか色々とできるようになってきたんですよ。アイリスには敵いませんけどね」
「アイリスのはそんなに凄いのか?」
「えぇ。ファイアバレットの温度調整はもちろん、ホーミングまでできますからね。一度に出せる数も相当ですよ」
「そうか。皆成長著しいのだな」
「そうですね。カザフ達もマーギンさんに不合格にされてから必死ですよ。大隊長も厳しく鍛えてますからきっとまだまだ伸びるんでしょうね。自分ももっと若い時にマーギンさんと出会ってればとか思ってしまいます」
「それはお前より歳上の私への嫌味か?」
「ちっ、違いますよ」
ローズとサリドンは1つしか歳が違わないのだが体育会系脳のローズにはこだわりポイントなのだ。
「まぁいい。私は私にできることをやるしかないのだからな」
「ローズさん」
「なんだ?」
「ずいぶんと吹っ切れた感じがしますけど、何か進展があったんですか?」
「吹っ切れたか……そうだな。吹っ切れたぞ。今の私は心が軽い。身体はあちこち痛くてだるいがな」
「そうですか。それは良かったです」
「サリドン」
「何ですか?」
「飯を食い終わった後に対峙してくれないか? 魔法と剣の併用でな」
「え? 危ないですよ」
「かまわない。魔法剣士とはどのようなものなのか体感したいのだ」
「わ、分かりました。ではご飯の後に騎士隊の訓練所でやりましょうか」
「うむ、宜しく頼む」
騎士宿舎でご飯を食べ終え、ローズとサリドンは訓練所に向かった。
「ファイアバレットは当てないようしますけど、気を付けて下さいね」
「いや、当てるつもりで撃ってくれ」
「そんな事をしたら髪の毛とか燃えちゃうじゃないですか」
「髪の毛か……燃えてもかまわん。私にはもう長い髪など不要なのだ」
「えっ? それはどういう意味……」
「いくぞサリドンっ!」
ローズは木剣でサリドンにいきなり連撃を
放った。
ガン、ゴン、ゴッ
「くっ、速いっ!」
「どうしたサリドン、遠慮はいらんぞ」
「では遠慮なくいきますよっ!」
サリドンは自分の周りに無数のファイアバレットを浮かべて攻撃をしてきた。ローズはそれをギリギリで躱していく。
チリッ
長い髪がローズの身体より遅れて動いたところにファイアバレットがかすめた。
「あっ……」
ローズの左側の髪の毛がぽそっと落ちたのを見たサリドンは一瞬固まる。
「隙ありっ!」
ゴンっ
サリドンはローズの一撃を食らって倒れた。
「だ、大丈夫か? てっきり避けられると思って寸止めしなかったのだ。すまん」
「あ痛いててて、すいません。ローズさんの髪の毛を……」
「えっ? あぁ、髪にファイアバレットが当たったのだな。気にすることはない。どうせ切ろうと思っていたのだ」
「髪を切るですって? 結婚相手の方からなんて思われるか分かりませんよ」
貴族の女性は長い髪であることが普通であるこの世界。それを切ると言い出したローズにサリドンは慌てる。
「それは気にすることはない。結婚の話はなくなった」
「ど、どういうことですかっ?」
「結婚は私から断った。それで私はバアム家も除籍になるだろう。すでに除籍届にはサインをして両親に渡してある」
「除籍って……隊長はご存知なんですか?」
「どうだろうな? 最近隊長とは話していないからよく分からん。それにこれは家と私の問題だ。隊長は兄ではあるが、跡継ぎではない。家のことより任務を優先すべきなのだ」
「ど、どうして結婚を断ったのですか?」
「ん? 後悔すると思ったからだ。貴族の娘としての責務は理解している。が、これ以上自分の心を殺していくのもなんだしな。だから除籍してフェアリーローズ・バアムではなく、ローズとして生きて行こうと思ったのだ。そう決めたら心が軽くなった」
「そう決心させたのはマーギンさんですか……?」
ローズは少し顔を赤くしてこう答える。
「そうだ」
「そうですか……やはりマーギンさんには何も敵わないですね。おめでとうございます」
サリドンは苦しそうな顔をしてローズを祝福した。
「おめでとうとはなんのことだ?」
「マーギンさんと結婚するんですよね? だから今回の結婚を断ったんじゃないんですか?」
「マーギンと結婚すると誰が言った?」
「えっ? だって……」
「マーギンはマーギンの道を行く。私は私の道を行く。私はすでに大切なものをマーギンからたくさんもらった。これ以上望むのは虫が良過ぎるというものだ」
ローズは笑顔でそう答える。
「ローズさんはマーギンさんの事を好きだったんじゃ……」
「そうだな。好きだぞ。だが、マーギンは私をそのような相手として見ていない。確かに綺麗だとは言ってくれたが、それだけだ。そう、それだけのことだ……」
ローズは笑顔のままポロッと涙を流した。
「ローズさん……」
「私はもう結婚とかどうでも良い。今よりずっとずっと強くなって、姫様を必ずお守りするつもりだ。まぁ、バアム家を除籍になれば貴族籍だけになるから解任されるかもしれんがな。その時は特務隊の入隊テストを受けようと思う」
「解任なんてなりませんよ」
「そうだといいな」
「ええ、自分が保証します」
「はは、サリドンの保証か。それは頼りになるのか?」
「もしダメだったら責任を取りますよ」
サリドンはそう笑顔でローズに答えたのであった。
◆◆◆
「マナの心は親心っ!」
いつものごとく輪になって隣の人の背中を押す。マーギンはバネッサの肩甲骨近くをぐっと押した。
「ギャハハハハっ。そんな押し方すんなよ」
くすぐったがりのバネッサは儀式の最中なのに大きな声を出して笑う。
「普通に押しただけだろうが。しかしお前、いい身体してんな」
いきなりセクハラ発言をするマーギン。
「せっ、背中で発情するなっ。スケベやろう!」
なんて人聞きの悪い。皆が驚いてこっちを見てるじゃないか。
「違うわバカっ。お前の筋肉のことだ」
「筋肉?」
「あぁ。力を抜いている時にマシュマロみたいに柔らかいのはいい筋肉なんだ」
「マーギン、私のもいい筋肉?」
ポニーがマーギンの手を取って肩に置く。
「ポニーのはまだ筋肉と呼ぶほどのものじゃないぞー」
とグニグニと揉んでやる。
「くすぐったいよぉ」
ポニーもくすぐったがりだ。このままコショコショしてやりたくなる。
「マーギン私のは?」
次はカタリーナだ。もう輪もここだけ崩れてしまったが気にしないでおこう。
グニグニ。
「どう?」
「硬くはないがまぁ、普通だな」
「えーっ、普通ってなんか嫌」
「嫌とか言われてもな。バネッサのが特別のなんじゃないか」
「特別ってここが?」
ムニョンムニョン。
「ど、どこ触ってやがんだっ!」
いきなりカタリーナに胸を揉まれるバネッサ。
「すっごーい。どうやったらこんなになるの?」
「知るかっ!」
カタリーナは自分の胸を触ってバネッサと比べてみる。
「マーギン、どうやったらあんなになるの?」
「し、知らん」
儀式会場で何をやってるんだという目でミャウ族達は見ていた。が、その後すぐにミャウタンが歌いだし、皆は踊るほうに意識が流れた。
シェイヒッ、マナナナナナナ♪
シェイヒッ、ウォウウォウウォウオ♪
皆もミャウタンに合わせて歌い、お尻を振って踊るのであった。