覚悟
「今からでも間に合います。こちらのドレスに着替えなさい」
バアム家当主夫妻とローズは馬車で結婚相手の家に向かっていた。
「お母様、私の勝負服はこの騎士鎧なのです」
ローズは母親から何度もドレスに着替えなさいと言われても頑なに鎧を脱がなかった。
「おぉ、やはり騎士姿も美しい」
母親の予想に反してローズの鎧姿に喜ぶ結婚相手。しかし両親は苦笑いでバアム家を出迎えた。
「では、正式に婚約の書面にサインをいたしましょうか」
本日は貴族の家同志の契約のようなものが交わされる予定である。
「その前に1つ確認をさせていただけませんか」
ローズは当主同士がサインをしてしまう前にそう切り出す。
「何を確認されたいのですか?」
「あなたが我が夫に相応しいかどうかです」
「相応しいとは失礼な言い方ではありませんかフェアリーローズ?」
相手の母親がローズの言い方にカチンときたのか呼び捨てで呼んできた。
「はい。これから人生を共にするのであれば、家長は家を守らねばなりません。強さにも色々とありましょうが、これから王国は魔物の脅威にさらされると兄から伺っております。魔物に対して家柄や財力は意味をなしません。私の結婚相手は家族を自らの手で守れる力があるか確認をしたいのです」
「ローズさん、護衛ではなく当主自らという意味でしょうか」
「はい。最終的に自分を守れるのは自分自身。貴方様も女の私に守られたいとは思っておられぬはず。であれば、貴方様自身にどれぐらいのお力があるか試させて下さい」
「私とローズさんが戦って、その力があるか試したいという意味でしょうか?」
「はい」
「私は騎士ではありませんが、剣は貴族の嗜み。それなりに稽古はしておりますので、騎士とはいえ女性のローズさんより強いかもしれませんよ」
「それならば私は喜んで嫁ぎましょう。子を成せば妻子とも旦那様にお守り頂けるのですから」
これはローズの本心でもある。価値観は違えども、自分より強いのであれば納得できる部分がある。愛せなくとも尊敬はできるだろうと。
「では庭で行いましょうか。勝負は木剣でいいですか?」
「いえ、貴方様は私に下さった剣で、自分は手持ちの剣で行いたいと思います。頂いた剣は私のような剣だと言ってくださったので、私を守れる力があると思われるならばこの剣を見事お守り下さいませ」
「ローズっ、あまりにも失礼ですよっ。控えなさい」
「お母様、これは私の覚悟なのです。邪魔をしないで頂きたい」
ローズがそうキッパリと言い切ると母親は何も言わなくなってしまった。相手側も息子が負けるとは思っていないようだ。
「分かりました。フェアリーローズがそこまで言うなら勝負を受けなさい。但し、フェアリーローズが負けたら婚約ではなく、来年の社交シーズンで結婚と致しますが宜しいわね?」
「はい、構いません」
相手側は早くローズを手に入れ、王家との繋がりを強めたいとの意識があるのだ。
庭に移動して対峙する2人。
「ローズさん、手加減しませんけど大丈夫ですか?」
「問題ありません。寸止めでなくても大丈夫です。このような稽古を続けて参りましたので」
「その粗末な剣だと折れるかもしれませんよ」
「はい、折れるならば折って下さい。私もそのほうが吹っ切れます」
「吹っ切れる? ローズさん、あなたはもしや……」
「さ、始めましょうぞ。心置きなく掛かってこいっ!」
ビクっ。
ローズが掛かってこいと言った時に威圧が出た。
「く、クソッ。御覚悟をっ!」
それなりに様になっている攻撃で宝剣を振った結婚相手。
チンッ。
ごとっ。
「あっ……」
ローズは振り下ろした剣を避けるのではなく、剣身を斬り落とした。
「私を守れませんでしたね。ではこの婚約話もなかった事にして下さい。これまで私の為に時間を割いて下さった事にお礼を申し上げるとともに、無礼な振る舞いをお詫び申し上げます」
ローズは結婚相手だった男に深々と頭を下げた。
「ローズっ、あなたは何を勝手な事を言っているのですかっ!」
「お父様、お母様。不出来な娘で申し訳ございません。フェアリーローズはバアム家に迷惑を掛けました。これは除籍申請でございます。本日より私はフェアリーローズ・バアムではなく、ただのローズとして生きて参ります。これまで育てて頂いてありがとうございました。いずれこのご恩はお返しに参ります」
ローズはそう言い残し、相手側にも頭を下げて1人で屋敷を出ていったのであった。
「バアム殿、このような仕打ちをなさった事の責任を問いますからな」
相手側の当主夫妻はバアム家夫妻にそう言って見送る事もなく家に戻って行った。
バアム夫妻は帰りの馬車の中で話しあう。
「お前、なぜそんなに落ち着いているのだ」
「ようやくローズが本音を言ったからですよ」
「お前、こうなることが分かっていたのか?」
「流されて結婚するもよし、好きに生きても良し。私はどちらでも良かったのよ。あの子が自分で選んだ道なら」
「お前がこの縁談を進めろと言ったのではないか」
「ええ。だから流されて結婚しても良いお相手として進めてもらったのよ。本人はローズを気に入ってましたし、家は王家との繋がりが強くなるのであればローズを大切にしてくれたでしょうからね」
「お前、それならそうと初めから言っておいてくれ。この後どう始末を付けるかまで考えてくれているのだろうな?」
「大変ね、あなた」
ローズの母親はにっこりと笑ってそう言ったのであった。
「ほらほら、ローズ遅れてんで。こんな訓練の終わりかけの時間に来たんやから、限界超えて走りや」
鎧姿のまま訓練所にやってきたローズは晴々とした顔で訓練を受けるのであった。
◆◆◆
「おっ、マーギン。戻ってきたか」
パンジャからナムの村に移動したマーギン達はゴイルの家に向かった。
「おう、醤油はどうなってる?」
「よく分からんから自分で見てきてくれ」
醤油を作っているところに訪問して確認をする。
「あ、マーギンさん」
「調子はどうだ?」
「順調にいってますよ。塩と気温とか王都と違いますので出来上がりがどうなるか楽しみです」
「そうか。飯とか困ってないか?」
「いやぁ、ここは魚介類が旨くて太りそうですよ」
食生活も合ってるようで何よりだ。
その後、ゴイルのところに戻る。
「泊まっていくだろ?」
「2〜3日したらミャウ族の所に行ってくるわ。チューマンがどうなったかも気になるしな」
「そうか。お前ら3人ならうちで寝るか?」
「どうする? 俺は風呂の側でテントを張るけど」
「うちもそっちで寝る」
「なら私もテントでいいよ」
テントの方が空調が効いてていいのだ。
飯前に風呂に入ることにする。男湯と女湯に分けてあるからゆっくりと入れるだろう。マーギンは両方の湯船を洗浄してからぬるま湯を貯めてスーッとする草を入れておく。ナムの村の風呂でのお楽しみだ。
「もう風呂に入んのかよ?」
「一応女風呂も用意しておいたぞ。お前らも入るなら入れば?」
「じゃあ、私も入ろうかなぁ。マーギンテント出して」
「風呂場に脱衣所作ってあるぞ」
「ううん、水着に着替えるの」
「外から見えなくしてあるから水着の必要ないだろ?」
「マーギン、私の裸見たいの?」
「誰が一緒に入ると言ったんだよ。女風呂に入れ」
「えーっ、前もローズがダメって言ったから諦めたんじゃない。水着着たらいいでしょ?」
「俺は1人でゆっくりと入りたいんだよ。女風呂に入れ」
「えーーっ」
そんなやり取りをしながらマーギンは男湯へ。
「ふぅー、こうやって大きな風呂に入るの久しぶりだな」
そう思いつつ、冷えたレモンチューハイを作って飲む。
「かぁーっ、旨っ!」
思わず声が出るマーギン。
「やっぱりもう風呂に入ってたか。もうちょっとしたら飯の用意できるぞ」
「やっほー、マーギン。後でハナコの相手してやってね。こっちに来るって暴れそうだったの」
マーイはすでに水着だ。ゴイルも酒瓶を持って来ているからここで飲むつもりのようだ。そして当然のごとく兄妹で男湯に入ってくる。
「マーギン、私にも同じものちょうだい」
「俺のは甘みがないぞ。少しハチミツかなんか入れてやろうか?」
「うんっ♪」
マーイにはハチミツ入りレモンチューハイを入れてやる。
「はぁーっ、冷たくて美味しぃ。お風呂もちょっとスーってしてて気持ちいいねぇ」
「たまには浸かった方がいいだろ?」
「そうだねぇ。マーギンがここに住んでたら毎日入れるのに」
「魔導具付けてあるんだから、いつでも入れるじゃないか」
「魔導具があっても自分で用意するの面倒じゃない?」
確かに大きな湯船だと風呂掃除も面倒だからな。
「ねーっ、マーギン。そっちで何してんのーっ?」
女湯から叫ぶカタリーナ。
「気にすんな」
答えないマーギン。
「気にするーっ。何してんのーっ?」
「ちょっと飲んでるだけだ」
「ずっるーい。私も飲みたーいっ!」
「風呂から出て飲め」
「今飲みたいからそっちに行くっ!」
「ばっ、バカ、くんなっ」
と言ってるのにバスタオルを巻いてきやがった。
「あーーっ、マーイもいる。ズルいっ。私にも水着出してっ!」
あーっ、もうっ。
マーギンは水着の袋を出してカタリーナに投げた。どこから出したか不思議に思わないカタリーナ。
そしてしばらくすると水着を着たカタリーナと、水着の上にマーギンのシャツを着たバネッサがやってきた。もうこのシャツはバネッサのものになってしまったようだ。
「キャーッ、フェアリーの水着可愛いっ。バネッサはすっごーい」
2人を見てはしゃぐマーイ。
「マーイのも可愛いっ!」
キャッキャと水着を褒め合うカタリーナとマーイ。この2人は似ているのかもしれん。
カタリーナにはマーイと同じ物を。バネッサにはオレンジジュースで割った物を出してやる。
「ゴイル達が飯の準備をしてくれているから飲み過ぎると食えなくなるぞ」
「大丈夫。ねーっ!」
カタリーナとマーイは一緒にねーっと言った。仲良し姉妹のようだ。
「マーギン、今は何してんだ?」
ゴイルが聞いてくるので、イルサンとパンジャでしていることを説明した。
「ほぅ、王都の人間を観光でタイベに呼び寄せるのか」
「難しいかもしれないけどね。金持ちの年寄りが冬場にこっちでのんびり過ごすのにはいいかもしれんな」
「こっちは冬でも寒くねぇからな。逆に俺達は雪を見てえとは思うけどよ」
「雪なんていいもんじゃねぇぞ。寒いし歩きにくいしよぉ」
とバネッサが答える。確かにスピード重視の能力は雪だと生きてこないからな。
「私も雪を見てみたーい」
「なら冬にくりゃいいじゃんかよ。その代わり冬の間ずっと王国にいることになるぞ」
「別に冬はこっちも暇だからいいわよ。マーギン、連れてってくれる?」
マーイはバネッサの胸をすっごーいと言いながらツンツンしては怒られているのも気にせずにマーギンに連れてってと言う。
「ゴイルの許可が出るならな」
「王国の王都か。俺達が行って問題にならねぇか?」
なんか自分も行く気になってるゴイル。
「正直に言うと、肌の色が違うからジロジロと見られるとは思う。なんかされるとは思わないけど、それで嫌な気がしないなら大丈夫なんじゃないかな。身分証明はタイベの領主に頼んでやるから大丈夫だと思うぞ」
「そうか。なら考えておくか。マーギンはこれからどんなスケジュールで動くんだ?」
「ミャウ族の集落に行って、チューマンの調査。それが終わったら一度王都に戻ってシスコを連れてくる。それが秋だな。で、冬の前に王都に戻るようなスケジュールだ。もし一緒にくるならシスコと王都に戻る時になるかな」
そう説明したマーギンは2人が王都に来ることになるんだろうなと思うのであった。