代理代理デビュー
マーギンとローズは別々に家を出た。まずはローズがカタリーナの所へ。少し遅れてマーギンは訓練所へ。
「ローズ、ちゃんと話はできたの?」
「はい。姫様、背中を押して下さってありがとうございました」
「キスくらいした?」
「しっ、してませんっっ!」
顔から火が出るぐらい真っ赤になるローズ。
「怪しいなぁ」
それをニヤニヤするカタリーナ。
「ほっ、本当にしてません。でも……」
「でもなぁに?」
「私は今回の結婚話を断ることにしました。恐らくバアム家に迷惑を掛けることになり、除籍になると思います。そうなれば姫様の護衛も解任になるかもしれません」
「別にバアム家から除籍されてもそれはないと思うよ。男爵家の娘ではなくなるけど貴族籍は残るし、私は別に貴族籍もなくてもいいし。マーギンだって身分は異国人の庶民じゃない。それでも今回のタイベ行きの護衛の許可もらってるんだから」
「マーギンは特別ですから」
「あら、ローズも私にとって特別よ」
カタリーナはそう笑ってウインクをしたのだった。
◆◆◆
「バネッサ、用意はできてるか?」
「そんなに荷物ねぇからな」
「着替えとかどうすんだよ?」
「家にあるやつを持っていくから行く前に寄ってくれよ」
今回はアイリスがいないから俺が荷物持ちか。
「パンツとか生のままで渡すなよ。ちゃんと分けて袋にいれろよ」
「なっ、生でなんか渡すかよっ。スケベな事を言うなっ!」
「お前は前にボロ雑巾みたいなパンツを触らせただろうが」
「うるせえっ」
バネッサとギャーギャー騒いでいるとカザフ達もやってきた。
「タジキ、お前のバッグに大隊長が狩ったマギュウを入れといてくれ。ここで使うつもりの肉だ」
2匹分ほど自分達用に残して渡す。
「あとカニも渡しておくから、シスコが欲しがったら食わしてやってくれ」
「カニは茹でるだけでいいのか?」
「タラバは焼いてもいいぞ。毛ガニは茹でる方がいいと思う。なんか料理にしてみたかったら自分で試せ」
「分かった」
「お待たせーっ!」
走ってくるカタリーナ。
「ひ、姫様を宜しく頼む」
「あ、うん。任されました」
お互い顔を赤くして挨拶を交わすローズとマーギン。それを見てニヤニヤするカタリーナ。
「マーギン、これ持ってね。こっちが下着でこっちが着替え」
説明しなくてよろしい。
カタリーナの荷物をしまって出発。バネッサの荷物も回収した。
まずはのんびり歩いてケンパ爺さんたちの村へ行き夏野菜を仕入れておく。
「夕方なのに泊まらずに出発するのかい?」
「そう。ライオネルに人を待たせているから早く行かないとダメなんだよ」
夜に移動することをケンパ爺さん夫妻が心配する。
「皆鍛えてるから夜でも大丈夫。心配は不要だよ」
「気を付けなさいよ」
「ありがとうね」
日が暮れてから村を出発した。
「マーギン、夜に出発するのはどうして?」
「カタリーナはライオネルまで走りたいか?」
「いやかな、テヘ♪」
素直でよろしい。
「明るい時にやると目立つから夜に出発するんだ。これに乗れ」
マーギンはソリ代わりの板切れを出す。
先頭はマーギン、カタリーナ、バネッサの順で乗る。2人は小柄だが3人だとギリギリだな。
「しっかり掴まっておけよ。《スリップ&ブロワー!》」
板切れがスルッと地面を滑るように動きはじめ、マーギンは徐々に風力を上げていく。
「なんだよこれっ?」
すでにかなりのスピードが出ている板切れソリ。
「スリップと風魔法の併用だ。移動効率が格段に上がる。多分1時間ぐらいで着くぞ」
風の塊の中にいるので自分達に風が当たる事はない。こうして普通に会話ができるのだ。
そしてあっという間にライオネルに到着。
「マーギン、すっごーい」
「だろ? 人に見られると驚かれるからこの辺だと夜にしか使えないけどな」
その日はライオネルの食堂付き宿に泊まり、明日朝にライオネル領主の所にいく事に。
「お待ちしておりましたぁっ。どうぞ中へ」
門で紹介状を見せると、すでに連絡が入っていたようでズラッとお出迎え。やっぱり大事になってんじゃん……
応接室に入るとすでに領主と思われる人が跪いていた。
「カタリーナ姫殿下、マーギン様、お待ちしておりました」
「ライオネル、マーギンが港に倉庫を作りたいんだって」
「ご自由にお使い下さいませ、使用料も不要でございます」
「だって、マーギン良かったね」
「お前、領主と面識あったのか?」
「うん。お父様に怒られてたよ」
冷や汗を流し続ける領主。何で怒られたのだろうか?
「領主様、どこに作ってもいいってことです?」
「はい、御心のままに」
大事になってしまったけど、話が早くて良かった。一応、領主には何をするのか説明しておく。
「ボルティア家が客船と貨物船を所有されたのですか?」
「そう、船主が採算が合わなくなるから手放したがってたんですよ。どちらもタイベ領の生命線ですから領の船として買われたんです」
「そうでしたか。流通の主導権はボルティア家になるのですね」
「そうですね。運営はハンナリー商会が行いますので、何か要望がありましたら、ボルティア家でなくハンナリー商会にしていただければいいですよ」
「ハンナリー商会とは社交会でカニを手配された商会ですね。マーギン様が運営を?」
「自分は手伝ってるだけで、商会とは無関係ですよ。会頭はハンナリーと申しまして、ライオネル出身です。しばらく特務隊に属しますので、会頭代理にフォートナム商会の娘、シスコが実権を握ってます」
「マーギン、私の事も説明してよ」
「えー、カタリーナはフェアリーという名前でハンナリー商会会頭代理代理を務めます。何かご依頼があればフェアリーにしてやって下さい」
「姫殿下が代理代理ですと?」
「はい。ハンナリー商会でしばらく働く予定です。社会勉強の1つですね」
ライオネルは愕然とする。すでにタイベ領のボルティア家がライオネルータイベ間の流通をがっつりと押さえ、姫殿下の社会勉強を任されたハンナリー商会とも繋がっている。王家の社交会で出されたカニは北の領地のもの。それをハンナリー商会経由で広めたということは北の領主とも繋がりができている。これはまずい。トナーレを任せていた馬鹿者のせいで巻き添えを食らった挙げ句、王都への海の玄関口としてのライオネルだけが何も繋がりがないのだ。
「マーギン様、倉庫だけでなく、ライオネル領も何かお手伝いをさせて頂けませんか」
「いえ、倉庫を作らせて頂くだけで十分ですよ」
「ちなみに倉庫は何を保管されるおつもりですか?」
「北の漁船のカニとかを一時保管するのがメインですね。あとはライオネルの大型漁船の魚とかです。漁船の船長とはすでに話が付いてますので、水揚げしたらそのまま倉庫に運んでもらうんです」
「おぉ、ライオネルの漁船も関係してくるのですね」
「マグロとかの大物専門ですけどね。丸々一匹買う商会が少ないみたいなので、ハンナリー商会が買い上げ金額固定で丸ごと引き受ける内容になってます」
「なるほど。では漁船は安定して売り上げが見込めるのですね?」
「魚が捕れればそうですね。豊漁でも不漁でも同じ価格。その代わり全部引き受ける契約です。倉庫に納入したらその場で払う予定にしております」
「結構な金額が動きそうですが、もうその人員や資金はご準備をされてますか?」
「人はどうしようかなと思ってるところです。貨物船の事務所に代行してもらえるといいんですけどね」
「それは大変でしょう。人員と資金は我がライオネルがお手伝いさせて頂きますっ!」
「え?」
「領の倉庫として建てます。人も魚の買い付け代金の建て替えもライオネル領の業務として行います」
「いや、ハンナリー商会としてやりたいので、領の業務みたいな大事にはしたくないのですよ」
「ハンナリー商会専用倉庫です。それでいかがでしょうかっ!」
「ありがたい話ですけど、他の商会から反発がでませんか?」
「大丈夫です。その代わりライオネル領もよろしくお願い申し上げますっ!!」
「だって、カタリーナはどう思う?」
「ライオネルがそう言ってくれてるならいいんじゃない? 王都の店もお母様がお金出してくれるし」
「いや、お前らがいいならいいんだけどね。領主様、倉庫はいつぐらいに出来上がりますかね? なるべく早めに作ろうと思ってたんですけど」
「最優先で取り組みます。どうかライオネル領もよろしくお願い致します」
「あ、はい」
こうしてバカでかい倉庫があっという間に建設されることになったのである。
もう、普通の商会じゃなくなったなこれ。
大変だなシスコ。