王族命令
「分かった」
ローズはそれしか返事ができなかった。寂しい、悲しい、悔しいが入り交じる。
「カタリーナ、俺は訓練所に寄ってから魔道具ショップに行って頼んでいたものを受け取りにいく。出発は明日にするからお前も用意をしとけ」
「う、うん」
ここでマーギンと別れたカタリーナとローズ。カタリーナとローズは王城の私室に向かった。
「ローズ、ごめんね」
「何がでしょうか?」
「私はローズが一緒に行くと思ってたの。きっとお母様は私のタイベ行きを許可するからローズも一緒に行く事になると思ってたの」
「私の実力不足で申し訳ありません」
「ううん、多分マーギンは自分だけで全部なんとかできると思うの。だけどローズを連れて行かないと言ったのは他に理由があるんじゃないかな?」
「理由ですか」
「もうローズの結婚の事を知ってるんじゃないかな」
「えっ?」
「バネッサに戦闘訓練をさせるって言ってたからそこそこ危ないんだと思う。そこにローズを連れて行きたくなかったんじゃないかな」
「私はマーギンには何も言って……」
「オルターネンが知ってるでしょ。もう伝わってるよきっと」
「……そうなのかもしれません」
「ローズ、いいの?」
「何がでしょうか」
「マーギンとちゃんと話をしなくていいの? その人と結婚する、しないは別にして、ちゃんとマーギンに気持ちを伝えておいた方がいいと思うの」
「姫様、私は別にマーギンの事を何とも思ってはおりません」
「まだそんな事を言うのね。なら、辛気臭い顔をしないで。自分だけが辛い目に合ってるような顔をしないで。自分が納得して結婚するなら笑顔でいてちょうだい。ずっと落ち込んだ顔で護衛に付いててもらっても嬉しくないの」
カタリーナは少し怒ったように声を上げる。
「申し訳ございません……」
「その顔よ、その顔っ! 私が護衛をして欲しかったのはそんなローズじゃないっ!」
カタリーナはヒートアップしていく。
「申し訳……」
ビタンッ。
カタリーナはローズにビンタをした。
「いい加減にしてって言ってるでしょっ! どうしてそんなに意地を張るのよっ。他の男と結婚したくないならしたくないって言えばいいじゃない」
「私は貴族の娘としての義務があるのです。私より家を優先させなければならないのです」
「それに納得してるならそんな顔すんなっ。納得できてないならそう言えっ!」
「申し訳……」
まだ下を向いて謝ろうとするローズ。カタリーナはふうっと、一息ついてビシッとローズを指さした。
「フェアリーローズ・バアムに命ずる。マーギンとちゃんと話をしなさい」
「姫様……」
「これは王族命令よ、反論はさせない。はいと言いなさい」
「はい……」
◆◆◆
「バネッサ、お前をタイベに連れて行こうと思うんだけど、一緒に行くか?」
「うちだけか?」
「カタリーナとお前、俺の3人」
「珍しいメンツだな。うちはいいけどよ、訓練とかどうすんだよ?」
「隊長の許可はとってある。一緒に行くなら準備しといてくれ。明日出発予定だ」
「えーっ、バネッサだけかよ。俺たちも行きてぇぞ」
横で話を聞いていたカザフも行きたがる。
「お前らは不合格だったからダメだ。大隊長に鍛え直してもらえ」
「えっ?」
「今回バネッサは合格だから連れていく。お前らは不合格。だから連れて行かない」
「昨日のことかよ?」
「そうだ。実戦と思ってやれと言ったのにお前らは腕試しでかかってきたからな。バネッサはちゃんと俺を殺すつもりで挑んできた。その真剣さの差だ」
「今度は本気で……」
「実戦で負けたら今度はない。あるのは死だ。成人したらもう一度チャンスをやる。それまで次があるとかの甘っちょろい考えを捨てておけ」
マーギンはカザフ達にそう言い切り、訓練所を去っていった。
ボロボロっ。
悔し涙を流すカザフ。
「マーギンは相変わらずキッツいお灸を据えよるなぁ」
様子を見ていたハンナリーがカザフ達のところにやってきた。
「うるさいっ!」
「そやけど、確かに最近のあんたらは真剣味が足らんかったわ。他の軍人より強うなっとるけど、そのうち追いつかれるで」
「そんな事あるかよっ」
「そうか? ほなら今日は軍人らと同じ訓練してみ」
「余裕でクリアしてやるよっ」
「ほら、タジキもトルクも一緒にやり。自分らが自惚れてんのよう分かると思うで」
ハンナリーにそう言われたカザフ達はハンナリーの強力なスロウを食らって、課題をクリアするのがギリギリなのであった。
◆◆◆
「できてる?」
「何とか……」
「よく頑張った! これは差し入れだ。皆で食ってくれ」
マーギンは大隊長が狩ったマギュウの塊を職人たちに渡す。
「これは?」
「市販されてない特別な肉だ。貴族でもなかなか手に入らない肉だぞ。焼き肉のタレは自分達で用意するように。あとは特急代金も払っておく」
マーギンは市価の倍額を払った。
「肉だけでいいですよ。回路もマーギンさんが組んだのに」
「回路の事はまあいい。それと、これからこんな無茶な注文を受けざるを得ない事が出てくる。その時にはちゃんと特急代金をもらえ。絶対に無償で受けるなよ。自分の首を自分で絞める事になるぞ」
と、無茶な経験をさせるためにこんな事をさせたように振る舞うマーギン。
「分かりましたっ!」
これでよしと。
次にシスコの所へ。またおかしくなってたらどうしようかな? まぁ、カニを口に突っ込んでやればなんとかなるだろ。シスコはツヨイコだしな。
事務所に行くと、ブリケがシスコにしごかれていた。
「あら、どうしたの?」
「いや、様子を見に来ただけだ。明日出発するからな」
「そう。分かったわ。で、魚卵ってのはどうなったのかしら?」
「できてるぞ。今食ってみるか?」
「ええ」
カズノコそのまま、醤油とカツオの粉末を掛けたもの、出汁醤油漬けを味見させる。
「悪くはないけど、これって美味しいのかしら?」
「どうだろうな? 俺は好きだけどね。先に言っとくけど、魚卵はワインと合わないからな。タイベの日本酒か焼酎には合う」
「少しちょうだい」
日本酒を少しだけ入れてやる。
「なるほど、こう楽しむものなのね」
「どちらかと言う寒い季節に合う組み合わせだ。ちなみにマヨと合わせても旨い。おにぎりにしてやるけど食うか?」
「頂くわ」
作り置きの米でカズノコマヨのおにぎりを作ってやる。ブリケも食うかな?
「面白い味になるわね。こうやって売るつもりなのかしら?」
「いや、俺は個人的に楽しめたらいいだけだ。毎年大量に仕入れる事になるけど、魚卵は売れないかもしれないから、全部俺に回してくれていいぞ」
「ねぇマーギン」
ビクッ。
「な、何?」
「魚とかも持ってるのよね?」
ビンタを警戒したけど違ったようだ。
「あるぞ」
「今から少し付き合ってくれないかしら?」
「あんまり時間ないぞ」
「2時間ぐらいは付き合いなさい。お昼ご飯を奢るから」
と、シスコと2人でレストランにいく事に。
「高そうな店だけど良いのか?」
「いいわよ。これぐらいは払えるわ」
個室に案内されたあと、料理人を呼んだシスコ。
「あ、お嬢様。またのお越しありがとうございます」
「この前と同じ料理をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
「ちなみに、あの魚はなんという魚かしら?」
「鯛です」
「マーギン、鯛はある?」
「あるぞ」
「悪いけど、この鯛を使って下さる?」
「な、なんですかこの新鮮さは……」
「マーギン、この状態で手に入るのよね?」
「いや、これは生だから違うな。王都で扱うのは冷凍したやつだ。だが、捕れたすぐに冷凍するから解凍をきちんとしてやればあまり変わらんけどな」
「とれたてを冷凍した魚が手に入るのですか?」
「今のところはマグロやブリ、カンパチとか大型魚だな。カジキとかも混じるかもしれん。鯛とか必要なら別に手配することも可能だけど、予約制になるかな」
「わ、分かりました。今回はこれで調理させて頂きます」
そしてしばらくして料理が運ばれてきて実食した。
「いかがでしたでしょうか?」
「やはり前より美味しかったですわ」
「旦那様はいかがでしたでしょうか?」
誰が旦那だ。
「うーん、美味しかったのは美味しかったよ。シスコが前と同じ料理でと指定したからこれになったと思うんだけど、指定されなかったらどうしてた?」
「そうですね。もう少しソースを控えめにして魚の味を前面に出したいと思います」
「そうだね。この料理のままならカジキとかの方が旨いかもね。鯛の繊細な風味が飛んでるから」
「旦那様は料理人なのでしょうか?」
「いや、仕事で作ってるわけじゃないから素人だよ。仲間の飯をよく作ってるだけで」
「ちなみに鯛だとどのような料理に?」
「まずは生で、あとは鯛飯や天ぷらとかかな。手間かけるなら塩釜とかだよ」
「聞いた事がない料理ばかりです。それに生で食べるとは?」
「俺が漁師に頼んでいる魚は生食を前提としてるんだよ。だから加熱調理でも旨いと思う。生で食べてみる?」
「お腹が痛くなったりしませんか?」
「冷凍してあるから大丈夫だよ。マグロ、ブリ、カンパチと……魚卵も食べてみる? 今回はニシンの卵だけど」
「は、はい」
マーギンは刺盛りにカズノコを追加してやり、ホースラディッシュ醤油も用意。
「生で食べるとまったく違う味わいです」
「生で食って旨い魚、加熱料理にした方が旨い魚とか種類によって異なるからね。生食を前提にしているとどっちにも使えるんだよ」
「旦那様、是非うちでも仕入れさせてください」
「それはシスコに言って。俺は漁師とハンナリー商会を繋いだだけだから。シスコ、丸で卸すなら別にいいけど、切り分けて売るなら魚をさばける人を雇わないとダメだぞ」
「分かったわ」
「じゃ、ハンナリー商会をよろしくね」
「これから宜しくお願い致します。本日は私の勉強代としてお支払いは不要です」
「そういうわけにはいかないわ。支払いはちゃんとしますわ」
払う払わないでゴチャゴチャするのでマーギンが代案を出す。
「じゃ、支払いの代わりにタイベ産の豚肉と酒を渡すよ。気に入ったら仕入れてやって」
「いいんですか?」
「魚料理にはこっちの酒の方が合う。特に魚卵にワインは合わないからね」
料理人は喜んでそれを受け取ってくれたのだった。
「シスコ、これは営業だったのか?」
「ええ、ありがとう。商品説明をしてくれて助かったわ。でも旦那と呼ばれて否定しなくてよかったの?」
「夫としての旦那じゃなくて、商会としての旦那という意味だろ?」
「そうだといいわね」
と、シスコはクスクスと笑う。この前と随分と雰囲気が違う。
「なんかあったのか? 顔色も良くなったし」
「ええ、どういう商売人になるのか定まったの」
「へぇ、どんな商売人になるんだ?」
「王都で1番の商会にするわ」
「そうか。厳しい道のりだけど頑張れ」
シスコは商品を通じてハンナリー商会が関わった取引先や客が笑顔になる事が本当の目標よと小声で呟いたのだった。
その後、マーギンも色々と準備をしてから自宅に戻る事にしてシスコと別れる。
マーギンが家に戻ると、入り口の前でローズが待っていた。
「マーギン、少し話をしたいのだが構わないだろうか?」
ローズはそう切り出した。
「……いいよ。うちに入る?」
ローズは無言でコクンと頷いたのだった。