シスコの分岐点
大隊長とのマギュウ狩りに来ているマーギン。前に階段を作っておいたおかげで楽々とマギュウのたまり場へ。
「思ってたより数が多いわ。前に狩り尽くしたから減ってると思ってたんだけど」
マギュウポイントには前と同じぐらいのマギュウがいた。ここの現状をみると魔物を狩り尽くすというのは無理なんだなと改めて実感する。
「マーギン、手出しは無用だ」
「了解です。では、あの木の下にいるやつらを殲滅お願いします。自分は魔木の実を採りにいきますので」
大隊長はマサカリを担ぐような感じでヴィコーレを持ち、ずしずしとマギュウに向かって歩いていく。そして大隊長に気付いたマギュウ。
「ウゴォォォッ!」
大きな鳴き声を上げて、3匹まとまって突進してきた。
大隊長は担いでいたヴィコーレをくるんと回して1薙ぎ。
「フンッ」
ヒュオンッ。
ヴィコーレが空気を斬り裂いた音だけが遅れて聞こえてきた。
ブシャーーーーッ。
3頭まとめて上下に分かれたマギュウ。
「これがフォースの力か」
あんた、なんちゅう倒し方をするんだよ。グロいじゃないか。魔物を解体しなれているマーギンでも、斬られたのも分からないかのように足の上に内臓だけがのっているものが少し歩く姿は見たくはなかったのだ。それにホルモンも台無しだ。
「大隊長、肉が必要なんだから頭だけ落として下さいよ」
「おぉ、すまん。こいつが力を解放したがっているように感じてな」
それはヴィコーレも数千年ぶりに使ってもらえたから張り切り過ぎたのかもしれん。やはり大隊長は持ち主と認められたんだな。
「じゃ、あとは勝手に宜しくお願いします。後で解体しにいきますんで」
「了解だ」
大隊長はマギュウから見たら死神だな。マーギンはそう呟いてせっせと魔木の実を採取し、無残なマギュウを解体しては大隊長の後を追うのであった。
夕方
「腹が減ったぞ」
マギュウを狩り尽くした大隊長。ヴィコーレもなんだが満足したかのように見える。
「じゃ、ここで焼肉でも食いますか」
「そうしよう」
バーベキューコンロを出してマギュウカルビを焼いていく。大隊長に花咲きカットとかする必要ないだろうから普通に切っただけだ。
脂ののったカルビがモウモウと煙を上げながら焼けていく。
「はい、焼肉のタレ」
「すまんな。自分でも市販されたソースを購入しているが、マーギンが作ったのが1番旨いのだ」
「そりゃどうも。人によってタレに好みがありますからね」
大隊長はマーギン特製焼肉のタレにカルビをドサッと入れる。
「ソースと共にあらんことを」
そして何かに感謝した大隊長はガツガツと食った。
「大隊長、ヴィコーレを地面に刺してもらえませんか」
「構わんぞ」
ドスッ。
マーギンはヴィコーレの前に焼肉と酒を置いてやる。
「魔斧とは飯を食うものなのか?」
「食いませんよ」
真剣に聞いてきた大隊長に笑って答えるマーギン。
「師匠からの手紙に自分の墓に焼肉と酒を供えろと書いてあったんですよ。この前遺跡があった場所に墓なんて見当たりませんでしたからね。その代わりと思って」
「そうか。この持ち主であった人はあの日記を残してくれた人なのだな?」
「そうです」
「では私も感謝の祈りを捧げておこう」
大隊長は胸に手を当て、ヴィコーレに長い間祈りを捧げるのであった。
◆◆◆
レストランの個室で父と話をするシスコ。
「シスコムーン、なぜそれを聞きに来た?」
「父さんの事は好きではないけれど、商売人としては尊敬しているからよ」
「そうか。ならばお前は商売人として聞きにきたのだな?」
「ええ」
シスコに商売人として聞くのだなと確認したフォートナムはこう答えた。
「金を儲けるためだ」
「お金を儲けてどうしたいかを聞きたいの」
「何かを手に入れたい時は金が必要だ。そのために稼ぐ。その手段が商売だっただけのことだ」
「それだけ?」
「そうだ」
とてもつまらない答えにシスコはがっかりする。商売人としては尊敬していた父からの答えは期待したものではなかった。
「そう。時間を取らせて悪かったわね」
シスコはもう用はないと運ばれてくる料理を待たずに席を立とうとする。
「今の答えで満足か?」
「えぇ。予想通りだったわ」
「そうか。やはりお前には私がそう見えていたということだな」
と、フォートナムは寂しそうな顔をした。
「当たり前でしょ。母さんが倒れた時も商売を優先してたじゃないっ。父さんはお金と結婚すればよかったのよっ!」
シスコは心の奥にあった感情を思わず爆発させてしまった。
「そうだったな。しかし、個室とはいえ店で大きな声を出すものじゃない。迷惑になる」
「だって……」
「座りなさい。頼んだ食事を取らずに出るのは料理人に申し訳ないと思わないのか」
シスコは正論で諭され、グッと下唇を噛んで席に戻った。そして運ばれてきたものを無言で食べ終え、席を立とうとする。
「待ちなさい」
「何よ。もう食べ終わったわよ」
「この料理を食べた感想はどうだ?」
「まぁまぁだったわ」
シスコの答えを聞いたフォートナムはウェイターに声を掛ける。
「そこの君、申し訳ないがこの料理を作ったものを呼んでくれないかね?」
「なっ、何か不手際がございましたでしょうか」
「不手際ではない。娘が料理人と話したい事があるようだ」
「私は何も話すことなんてないわよっ!」
「すまないね、すぐに話は終わるから呼んできてもらえないか」
「かしこまりました」
店員は慌てて厨房へといき、料理人を連れてきた。
「何か不手際がございましたでしょうか?」
「いや、娘がぜひ料理人に料理の感想を伝えたいとわがままを言うものでね、忙しいところを申し訳ない」
「いえ、そういう事でしたら喜んで」
ニコニコと嬉しそうな顔をした料理人はシスコの方を向く。シスコは気まずそうな顔をした。
「あ、あの、とても美味しかったです」
その場を取り繕うシスコ。
「シスコムーン、正直に言いなさい」
「正直に? もしかしてお嫌いなものなどがございましたでしょうか?」
「い、いえ、あの……」
「実は娘が料理の味がまぁまぁと申しましてな。どうやら私より舌が肥えているようなのだ」
そうバラされてシスコは父親をキッと睨む。
「まぁまぁでしたか。それは大変申し訳ございません。初めてお越し頂いたお客様にはお好みに合わせてお作りできなかったのだと思います。塩加減や甘さがお好みではありませんでしたか?」
「あの、味付けというより魚の鮮度がちょっと……」
「鮮度? 上物の魚を使っているはずなのですが」
「ライオネルで食べたものと比べるとその……」
「あー、なるほど、そうでしたか。確かにライオネルで召し上がられる魚と比べると鮮度に問題ありと言われても仕方がありません。冬場ならまだしも、これからの季節はどうしてもこれが限界なのです。誠に申し訳ございません」
「いえ、ソースはとても美味しかったですのよ」
「それはありがとうございます。ただ、魚介類の本来の美味しさをお伝えできていないのは残念です」
「良い素材が手に入るならもっと美味しくなるのかしら?」
「もちろんです。調理方法の幅も広がります」
と、料理人はニッコリと笑った。
「ちなみに君はなぜ料理人になろうと思ったのかね?」
フォートナムが質問をする。
「自分の作ったものを美味しいと言って喜んで頂ける。こんなに楽しいことはありません。農家さんや漁師さん達の努力の結晶を自分が料理して人の笑顔になるって嬉しいですよね」
シスコは料理人の答えを聞いて何かが繋がったような気がした。
「そのうちハンナリー商会が新鮮な魚介類を扱うようになるの。それを使ってもう一度料理を作って下さる?」
「ハンナリー商会ですか?」
「えぇ、新しくできた商会よ。私はそこの会頭代理をしているの。北の領地の魚介類、ライオネルの大型魚、タイベ産の豚肉とか他では手に入らない新鮮なものを王都で扱うわ」
「そうなのですか。それは楽しみです。入荷が決まったら是非営業に来てください」
そう答えた料理人の笑顔にシスコも思わずつられてニッコリと微笑むのであった。
その後、父親と自宅に行く。
「シスコムーン、何か参考になったか?」
「えぇ、色々と繋がった気がするわ」
「なら、次は個人的な理由も聞きたいか?」
「個人的な理由?」
「そうだ。お前が私の事を嫌っているのは分かっている。お前は商売人として聞きに来たと言った。だからあのように答えた」
「本当は違うのかしら?」
「お前が娘として聞きたいのならきちんと答えよう」
「……聞きたいわ」
シスコは一瞬悩んだ。先ほどの料理人の話も自分のために聞いてくれたのだろう。それは商売人の行動ではない。父としての行動だったのだ。
「私が商売人になったのは金を稼ぐためだというのは本当だ。まだ自分が幼く、何も分かってなかった頃に稼ぐ手段として商売を選んだ。といっても、王都で売れているものを買って、他の街で売るだけの事だったがな」
「それで」
「ある時、北の領都で母さんと出会った。それは一目ぼれだった。だが、相手はお嬢様。自分は小汚くて、日銭を稼ぐような男だ。まったくつり合わん。そこで少しでも近づく事ができるならと本気で商売をすることにしたんだ」
フォートナムは昔話を始めた。
「ほとんど寝る暇もなく、あちこち走り回って稼いだ。それを見ていた人達が少しずつ応援してくれるようになってな、これは売れるぞとか、あの街ではこれが高額で売れているぞとか情報をくれるようになった。人は頑張っている人を応援してくれるものなのだとこの時に初めて知った。それまでは追い払われたりしてたからな」
「頑張っている人を応援……」
「ある程度金が貯まり、母さんに声を掛けられるようになった」
「父さんからプロポーズしたの?」
「そうだ。だが、母さんの家は猛反対だ。当然だろうな。自分はまだ駆け出しで店も持てない商売人。しかし、どうしても母さんと結婚したかった父さんは大見得を切った。王都で1番の商売人になるから娘さんを下さいとな」
「で、店をここまで大きくしたのね」
「母さんの実家と約束をしたからな。だから私は王都で1番の商売人にならねばならん。母さんと結婚してずっと一緒の人生を送るのが父さんの生きる目標だったのだ」
「そんなに母さんの事が好きだったのならどうして母さんが倒れた時に一緒にいてあげなかったのよ」
「母さんの病気に効くかもしれない薬は庶民では手に入らない希少なものでな。いくつものツテを頼って、ようやく買えるかと思ったら足元をみられて10倍の値段をふっかけられた」
「えっ? 10倍?」
「そうだ。店の借金もあるし、従業員の給料も支払わねばならん。そばにいてやりたがったが、自分のできることは稼ぎ続けるしかなかった……」
フォートナムはそこで下を向いて涙を我慢する。
「ようやく薬を買える金が用意できた時にその薬は他の貴族に使われることになった。金は稼ぐ事ができても身分の差はいかんともしがたい。そして父さんは母さんを助ける事ができなかったのだ」
「そうだったの。もしかして貴族になりたいというのはその事が……」
「お前は母さんの血を引いている。同じ病気になってもおかしくはない。その時に金だけではどうしようもない時が出てくるかもしれないと思ったのだ」
シスコは父の思いを初めて知る。
「バカね…… ちゃんと話しておいてよ」
「話そうにも父さんには近寄ろうともしなかったではないか」
シスコもロッカと同じく、成人する頃には父を自ら遠ざけてしまったのだ。
「しかしもう貴族になろうとする必要もなくなった。お前はあのマーギンくんのお陰でこの国の王族とも繋がりができたのだ。もしお前が母さんと同じ病気になったとしても、薬を手に入れる事ができるだろう」
「そうね。で、母さんと一緒に過ごすという目標はなくなってしまったのはどうするの?」
「あぁ。その代わり新たな目標ができた」
「新たな目標?」
「そうだ。お前も商売人という修羅の道を選んだ。お前は私の血も引いている。きっと1番を目指すだろう。私はその目標……いや、立ちはだかる壁としてあり続けるのが新たな生きる目標だ」
「そんなのあっさり乗り越えて見せるわよ」
「その割にはいきなり行き詰まったようにみえたぞ」
「人の体制が整わないうちに大量に仕事が増えただけよ」
「そうか。それはありがたい話だな。仕事が増えて悲鳴を上げるのは商売人冥利に尽きる。若いうちは身体も無理が効く。そのチャンスを逃さないようにするといい」
「人には限界というものがあるのっ」
「限界か……シスコムーンは血の小便をしたことはあるか?」
「な、ないわよ」
「そうか。ならまだまだだな。それぐらいで悲鳴を上げているなら、成功してもそこそこの商売人で終わる。私の商売敵にもならん」
「人がどれだけ頑張ってると思ってるのよっ」
そうシスコが言い返すと、
「シスコムーン、人は限界に近付くと血の小便がでる。その次は鼻からいきなり何か分からない液体がボタボタと出てくる」
「えっ?」
「肉体が壊れていっているのだろう。だが、精神は肉体を凌駕する。そこで身体を壊すのは何かを成したいという強い思いがないからだ」
シスコは身体の異変より、先に精神に異変がきた。父はその事を分かっていたのだろうか?
「と言っても、人の身体も精神も千差万別。すべての人にこれが当てはまるとは限らん。あくまでも1番になろうとするものの理屈だ。手が足りないのならうちの従業員を何人か連れていくといい。皆厳しく教育してあるから即戦力になるだろう」
「お気遣いありがとう。でも余計なお世話よ。私は私でなんとかするわ」
「そうか。ならせいぜい頑張りなさい。自分だけで何かをしようとするのは2流3流のやり方だ。大きな事を成そうとするなら自分が渦に巻き込まれるのではなく、自分が渦の中心になって人を巻き込みなさい。あと約束は必ず守る事が商売人としての基本だ」
フォートナムは最後に商売人の先人としてシスコにアドバイスをしたのであった。