フォースを感じた
マーギンが大隊長の所へ行った後の訓練所で軍人達が陽気に踊っているなか、シスコは考え込んでいた。
「お前、もう大丈夫なのかよ?」
バネッサはシスコがおかしくなっていたことをずっと心配していた。
「なに? 心配してくれていたのかしら?」
「そっ、そんなんじゃねーよっ。うちらが家に帰ってないから寂しがってんじゃねーかと思ってただけだ」
「あら、寂しかったのはあなたじゃないの? カザフとじゃれている以外は誰ともしゃべろうとしてなかったじゃない」
「じゃれてるとか言うな。それにしゃべろうとしてなかったんじゃねぇよ」
「じゃ、何をしていたのかしら?」
「マーギンがいねぇんだから、強ぇ魔物が出たらうちらが対応するしかねぇんだ。気を張っておかねぇとダメだろうが」
「そう。バネッサは立派になったわね」
「なんだよ、その偉そうな言い方はよ?」
「違うわよ。ちゃんと褒めたの。その点私はダメだわ」
「お前も頑張ってんだろうが?」
「いいえ。目の前の事に追われていただけよ。確かにキャパオーバーしてたけど、それももうすぐ何とかなるわ。それより……」
「それよりなんだよ?」
「私がなぜ商売人の道に進む事にしたのかよく分からないの」
「うちらの引退した時の居場所を作ろうとしてくれてんだろ?」
「それはそう。でもね、その先……商売をして何を成したいのかというのが私にはなかったわ」
「商売人って物を売って金を稼ぐ仕事だろ。それより先ってなんだよ?」
「何かしらね……」
シスコはふーっ、とため息をついて遠い目をする。
「けっ、お前は昔っからそうだ。自分だけで考えて、自分だけでなんとかしようとする。自分で分かんねぇんだったら、分かりそうなやつに聞けってんだ」
「あなたにとってはそれがマーギンだったのかしら?」
「うちはシスコみてぇに賢いわけじゃねぇ。考える事も苦手だ。だけどな、やりてぇ事は決まってる」
「やりたいこと?」
「そうだ。うちは強くなりてぇ」
「強くなって何を成すのかしら?」
「それは……人に言うもんじゃねぇな。うちの胸の中にあれば十分ってやつだ」
「そう。やっぱりバネッサは無駄に胸が大きいわけじゃなかったのね」
「その胸じゃねーっ。てか、無駄にデカいとか言うなっ!」
「そう? そんな薄着で訓練してるから、軍人達の気が散るんじゃないかしら? こぼれ落ちるの待ってるわよ」
「なんだと?」
「あら、気付いてなかったの? 無防備にも程があるわよ。夏本番が楽しみね」
そう言われてバネッサは胸を両手で押さえてキョロキョロと周りを見渡すのであった。
「ローズさん。隊長に特務隊の事を相談しないんですか?」
サリドンはオルターネン達がこの場から離れて、2人になるのを待ってローズに聞いていた。
「私は姫様の護衛任務があると言っただろう」
「隊長に結婚相手の事も何も言ってないんですよね?」
「ちい兄……隊長には関係のない話だ」
「そうですか。でも心が壊れてしまう前に相談した方がいいと思います。残念ながら自分ではローズさんの心を救えないようですから」
「そんな事はないぞ。サリドンが声を掛けてくれて私の心は軽くなった。それは確かだ」
「本当にそうだと嬉しいんですけどね」
サリドンはローズに少し寂しそうな笑顔を見せてそう答えるのであった。
◆◆◆
「マーギン、それはなんだ?」
「これは魔斧ヴィコーレ。俺の剣の師匠が使っていた武器です。タイベのとある場所に残してくれてたんですよ。それを今回たまたま見付ける事ができましてね、大隊長が使えるのならお渡ししようかと」
「魔斧だと?」
「はい。これは本当の魔剣と同じ類のものです。現場に出られるということは、騎士隊の大隊長職を誰かに預けるということでは?」
「そうなるな」
「お持ちの剣は国のものでしたよね? その剣も大隊長職を誰かに預けるなら、職位を預ける方にお渡しすることになるのではありませんか?」
「確かに。陛下にはまだ何も言われておらぬがそれが筋というものか」
「はい、自分はそう思います。それにこの魔斧を扱えるなら、その剣よりずっといいと思いますよ。単独でマンモーを倒せるぐらいになるかもしれません」
「しかしそれはお前に残してくれたものだろう? 他人に渡して良いものではないはずだ」
「実は師匠の手紙も一緒にありましてね。どうせ俺には使えないだろうから、使えるやつに渡せと書いてあったんですよ。俺が思い付くのは大隊長ぐらいしかいないんです。なので、扱えたらという条件でお渡しします。もし無理ならこちらを差し上げますよ」
マーギンはガインの予備の大剣も出した。これを渡してもガインは怒らないだろう。
「これも師匠の剣です。非常によくできた剣ですけど、魔剣ではありません。でも風魔法を纏わせることは可能ですよ」
「マーギン、俺が魔斧を扱えると思うか?」
「どうでしょうね。扱えなければただのバトルアックスです。ですが、ヴィコーレに認められたら、このクソ重たい魔斧を手足のように扱えるはずです」
そう言ったマーギンはヴィコーレを大隊長に渡した。
「むっ……」
「何か感じますか?」
「なんだ、この感じは……フォースを感じる」
ヴィコーレを手にした大隊長は全身に力がみなぎってくるように感じた。
「そうですか。俺にはフォースが何か分かりませんが、そう感じるなら扱えるかもしれませんね。よくお似合いですよ」
鬼に金棒か大薙刀を持った弁慶というのだろうか? とても様になっている。まるでガインのように。
「本当に良いのか?」
「ええ。これから普通の攻撃魔法や剣では倒せない魔物も出てくるでしょうが、ヴィコーレを使いこなせれば倒せます。マンモーとかが良い例ですね。アイリスのスリップでこかせて、ヴィコーレで頭を砕いてやれば倒せますよ。剣の師匠はこかせなくても飛び上がって倒してましたけど」
とマーギンは笑った。ガインが残してくれたヴィコーレを手に取った時からこの時代では大隊長が使うべき武器なんだなと直感的に分かったのだ。これがフォースの力なのかもしれん。と、マーギンも少しフォースを感じる事ができたのだった。
次はマーギンから悪い報告をする。
「自分からは良くない報告ですね。実はタイべでチューマンが出現しました」
「チューマン?」
マーギンは魔物ではなく、虫型の人種なのかもしれないことと、もしそうであれば生存権をかけた戦いになるであろうことを伝える。
「お前がいた時代にもそんなやつがいたのか?」
「いないと思います。少なくとも俺は初めて見ました。魔物ならいきなり強くなったり、見たことがないやつが出てくるのはあり得ます。だけど、生物はそんな事ないと思うんですよね。生物は気の遠くなるような時間をかけて進化していくはずなんです」
「それが確かなら、何が原因なんだろうな?」
「俺にも分かんないんですよ。だから脅威なんです。今回のやつは倒せる事が分かりましたけど、もしかしたらもっと厄介なやつが出てくるかもしれないですね。他の地区から何か報告があったら俺にも教えて欲しいです」
「分かった」
今回の話は特務隊を拡大させていくことと、大隊長が戦士として現場復帰するという話だった。
「大隊長、明日にでもヴィコーレを試しにいきます?」
「魔物討伐か?」
「はい。マギュウ狩りにでもいきましょうか。軍人達の飴としてマギュウ肉を使っているみたいなので、もっと仕入れておいた方がいいでしょ」
トルクからラリパッパとマギュウの焼肉を餌に訓練を進めていることをさっき聞いたのだ。
「あぁ、サリドンとホープに留守を任せている間にそうしたみたいだな。お陰で訓練のステップの進み具合が早いらしい」
と、オルターネンは苦笑いした。
「ムチだけで頑張れる人は限られるからね。戦力の底上げになるならなんでもやった方がいいでしょ」
話はここで終わり、飯食いに行くか? と大隊長に誘われたが、もうカニ食ったし、カズノコの塩抜きもしないといけないので
明日の約束だけをして訓練所に戻った。
「もう皆帰ったか。タジキにカズノコの塩抜き教えようと思ったけど、また今度でいいか」
と、独り言を呟くとオスクリタが飛んできたのでヒョイと避ける。
「まだ残ってたのか?」
「おう。うちと勝負してくれよ」
「力試しをしたいのか?」
「そうだ」
闘気を纏ったバネッサがマーギンの前に現れた。これだけ闘気を纏っているのに気配を消してたのか。だいぶ強くなってんな。
「いいぞ。俺もちょいと試したい事があるからな」
「試したいこと?」
「あぁ。基本に立ち返ってみるのも悪くないと思ってな。お互いにソフトプロテクションを掛けるから、お前はオスクリタ、俺は剣を使う。それでいいか?」
「魔法を使わないのか?」
「攻撃魔法やデバフ系魔法有りなら勝負にならんだろ。パラライズを掛けたらそれで終わるからな」
「ちっ、なら本気でやれよ」
「当然」
マーギンはバネッサと自分にソフトプロテクションを掛けた。これでバネッサも心置きなく本気の攻撃ができるだろう。
「いいぞ、掛かってこい」
マーギンとバネッサは暗い訓練所で本気の試合をすることに。
パッと目の前から消えるバネッサ。マーギンはそれに合わせてマーベリックの剣を抜いた。
ヒュッ。
後ろからオスクリタが飛んできたのを避けると、左右からクナイが飛んでくる。
ヒュッ、シュッ、ヒュッ。
ほぉ、バネッサのやつ、ここまでオスクリタを使いこなせるようになったのか。よく頑張ったんだな。
通常のクナイとオスクリタを混ぜて攻撃してくるバネッサ。オスクリタは高速で動くマーギンにホーミングして攻撃をしてくる。上下左右とまるで生き物かのようにマーギンを襲うオスクリタ。そこに通常クナイが飛んでくるのだ。
マーギンは避けたり、剣でクナイを弾いたりしながら攻撃パターンを把握していく。この攻撃を躱せるやつなんていないかもしれない。まるでベローチェと戦っているみたいだ。
どんどんとスピードが上がるクナイ。それと嫌な軌道で飛んでくるオスクリタ。
「ふんっ」
マーギンは足を止めて厄介なオスクリタを弾くのではなく、剣に絡ませて遠くへ飛ばし、剣を上段に構え直した。そこに気配を絶ったバネッサが低空飛行のように突進してきた。
「食らえっ」
バネッサの短剣攻撃。
マーギンは真っ直ぐに剣を振り下ろす。それは一瞬、時を止めたかのような攻撃だった。
ビタッ。
マーギンはバネッサの顔の前で寸止めをした。
ヒョイ、パシッ。
後から飛んできたオスクリタを避けながら掴む。
「ちっ、バレてたのかよ」
「まぁな」
「はぁーーっ、まだまだ敵わねぇのかよ」
「当然だ」
「それにてめぇ、今の剣を振り下ろしたの見えなかったぞ。やっぱりそんなに剣も使えたのかよ」
「基本の技は叩き込まれてるからな。だけど、俺もなんかスッキリしたわ」
「ちぇっ、こっちはスッキリしてねぇぞ。一発ぐらい当てられると思ってたのによ」
「俺には当たらなかったが、すごく強くなったな。オスクリタをお前に託して正解だったわ」
「託した?」
「まぁ、気にすんな。お前、カニ食ってる時も全然飲んでなかったろ? ちょっと飲むか?」
「いいぜ」
マーギンとバネッサは場所を移すことなく地面に座り、作りおきのつまみで酒を飲む事に。
「甘い酒と、スッキリ系のどっちがいい?」
「甘いの」
と言うので、赤ワインに砂糖とフルーツを混ぜてサングリアを作ってやる。マーギンはレモンチューハイだ。
「おっ、旨ぇ」
つまみはトマトとチーズをサイコロ状に切って、米粉で作った皮に細巻き状に包んで揚げたもの。
「そりゃ良かったな」
「へへっ、マーギンが作ってくれたもので酒飲むの久しぶりだぜ」
つまみと酒を嬉しそうに飲むバネッサ。
「なぁ、うちは強くなったか?」
「あぁ。本当に強くなった。よく頑張ってるな」
「へへっ、そうかよ」
マーギンにはまだ敵わなかったが、素直に褒められた事を喜ぶバネッサ。
「お前は今何をやってんだよ?」
「タイベで色々とな」
「色々ってなんだよ?」
マーギンは酒を飲みながらチューマンとかの事を話した。
「そんなやつがいるのかよ?」
「俺も初めて見た。今のお前なら楽勝で倒せるけどな」
「本当か?」
「あぁ。本当だ。前に真なる獣人と会っただろ? あいつらにも特訓しててな。短期間で強くなったぞ」
「へぇ、やっぱ教えてもらった方が早く強くなれんだろうな」
「きっかけはそうかもしれんが、あとは自分次第だ。お前みたいにな」
「うちは強くなってるか?」
「なってるぞ」
その後も何度もマーギンに強くなったか? と確かめるバネッサ。そしてその度に強くなってるぞと言われて、バネッサは笑顔で酒を飲むのであった。