目的はなんだ?
皆様、日頃より応援ありがとうございます。お陰様で、ネット小説大賞12でグランプリ大賞を頂きました。この物語が書籍化されることになりますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。
おねんね状態からすぐに復帰したマーギン。シスコも今のでストレスを発散したのか少しスッキリした顔になっている。
「なぁ、カニ以外になんかないん?」
マーギンの事を誰も心配することなく、あれはあるか、これはあるかと聞いてくる。
「面白いエビ食うか?」
「食べるっ!」
ハンナリーが食べるというので、ボタンエビと思われるものの殻を魔法で剥く。こうすると背ワタも取れるのだ。
「醤油をつけて食え」
「わっ、めっちゃ旨いわこれ」
「甘いだろ?」
「私にもちょーだい」
カタリーナにも渡してやる。
パクっ、もにゅ……
「うぇぇぇぇぇ」
姫が口から出すな。
「ねっちょりしてる」
「そういうエビだ。食感が苦手なら後で天ぷらかフライにしてやる」
「うちにもくれよ」
バネッサも希望してくるので、どんどんとさばく。余ったら天ぷらにしよう。
「このエビ美味しいわね。これも仕入れるのかしら?」
シスコもお気に入りのようだ。
「仕入れるのはカニ類、エビ類、鮭、魚卵や昆布とかが北の街の漁船。ライオネルの漁船はマグロ類の大型魚が基本だな。どれも高級食材として売れる。が、仕入れ値はかなり安い。他の商会なら鮮度を保ったまま運搬しようと思うと経費が掛かるけど、ハンナリー商会はマジックコンテナがあるから管理も楽だ。高利益商品になるだろうけど、庶民向けに売るならそれなりに値段を落とせ」
「ハンナリー商会だけで売るのは限界があるわよ」
「王都で卸売りをやればいいんじゃないか? 鮮度を保ったまま王都内で仕入れられるなら、他の商会が仕入れにくるだろ。高利益を狙うなら自社で、数を売るなら卸だな」
「数も高利益もどちらも狙いたいわね」
やっと商売人らしい顔に戻ったシスコ。
「庶民向けで利益を上げるなら、食堂とかやればいいんじゃないか? 庶民が1万Gのカニを買うのは勇気がいるが、店で食べるなら払うだろ」
「そうかもね。なら手始めはカニのお店ね」
その店があればいつでもカニが食べられる方向に意識がいき、自ら死地へと歩むシスコ。
「ま、やりたきゃやれ。多分仕入れの競争にはならん。実質ハンナリー商会の独占だな」
「前に奪いあいになるって言ってたじゃない」
「今回、北の漁船は水揚げしたら直接倉庫に納品するようにしてある。しかも無条件で全部だ。向こうは余計な交渉をせずに済むし、捕れば捕っただけハンナリー商会が決まった値段で買い上げてくれる。しかも倉庫に入れたらお金がもらえるんだ。他の商人が高値で数匹を買うといっても向こうも売らんだろ。こっちと同じ条件で倍の値段出すとかしない限り競争相手にならんよ」
「そんな約束してきたの?」
「あぁ。魚卵は売れないなら俺が個人的に買うから心配すんな。昆布は必ず売れる。鮭もな」
「魚卵って魚の卵よね? 美味しいのかしら?」
「今回買ったのはニシンの卵だ。塩漬けにしてあるから食べるなら半日から1日ぐらい塩抜きの時間が必要だぞ」
「じゃあ、明日食べさせて」
「分かった。他に食べたいやつはいるか?」
シーン。
誰も希望者がいない。これは王都で売れないかもしれないな。タイベで日本酒と合わせてやれば食うやつがいるかもしれん。
とりあえず、後から食いたいというやつがいるかもしれんから3キロぐらい塩抜きしておくか。誰も食べなくても自分で持っててもいいしな。
そして、シスコはどこにカニの食堂を作るかカタリーナと話をする。ハンナリーはまた軍人達のところに戻って、お買い物はハンナリー商会でっ! と再開しにいった。お前、一応会頭だよな? 打ち合わせに参加しなくていいのか?
「シスコ、カニを店で食べて、後からカニの姿を知ったら怒る人出てこないかな?」
と、カタリーナがまともな意見を出す。
「そうね。なんてものを食わせたのかと怒る人が出てくるかもね」
「だったら、カニはこんなんだよって、店に入る前に分かった方がいいんじゃないかな?」
「店先にカニを並べるってこと? カニは傷みやすいのよ。冬ならともかく、夏場とか無理よ」
「なら、ニセモノを作っちゃう? それを飾りとして置いとけばいいじゃない」
「ニセモノねぇ」
マーギンは口を挟まずに話を聞いている。食品サンプルみたいなものを作るのか。いいアイデアだカタリーナ。
「看板もカニにしたらいいんじゃないかな? アンジュにはピンクのフクロウの剥製を置く予定でしょ。カニの食堂も同じようにしたら一目で何の食堂か分かると思うんだぁ」
「それいいわね。カニを好きになった人にはすぐに分かる店ね。支店をいくつか作るならそれがいいかも」
お、チェーン展開まで視野にいれるのか。それならカニも大量にさばけるな。
「ねぇマーギン」
ビクッ。
シスコのねぇマーギンは危険なのだ。
「な、何?」
「店の名前は何がいいと思う?」
「カニ食堂とかでいいんじゃないのか? 専門の食材を扱うなら分かりやすい方がいいと思うぞ」
「それはそうなんだけど、私はあんなに美味しいカニに感謝したいのよ。見た目のせいで気持ち悪がられるなんて不条理よ。もっとこう、カニの幸せとか幸運とかを店名に込めたいわね」
「カニの幸せ?」
カニにとっての幸せは食われないことだと思うぞ。
「ほら、このカニに幸を! とか」
このカニに幸を? コノカニサチヲ……
デカいカニが舞台からせり上がって、ラスボス感満載の姿を想像するマーギン。
「な、なんかラスボス感が強いかな……」
「ラスボスって?」
「いや、こっちの話」
「それか、カニに幸運をって、マーギンのいた国の言葉だとどういうのかしら?」
カニに幸あれだとカニハッピー。幸運なら……幸せがハッピーで幸運はなんていうんだっけ? あ、ついてる時にラッキーっていうから、ラックか。カニラック? なんか変だな。確かDOを使うんだっけか?
悲しきマーギンの英語能力。中2の途中で召喚された弊害が出てくる。
「多分、ドゥウ ラックとかだと思う。カニはカニだ」
クラブも出て来なかったマーギン。
「カニ ドゥウ ラックね。分かったわ。店の名前はカニドゥウラックにしましょ」
カニドゥウラック?
マーギンの頭の中で歌が再生される。
カタリーナもなんかカッコよくていいかもー、とか言ってるから、やめろと言えない雰囲気になる。
大きなカニの看板にこの店名……
大丈夫だろうか?
「なぁ、カニの店ほんまにやるん?」
「そのつもりよ」
軍人達が叫び疲れたのでハンナリーがこちらに戻ってきた。
「どこでやるん?」
「魔道具ショップのある通りがいいんじゃないかと思うの。人通りもかなり増えてるし、羽振りのいい商人も仕入れにきてるからね。個室とか作れば商談とかにも使ってくれるかもしれないわ」
「他にも気軽に食べられるような店もあったらええな。なんか食べたいと思ったらそこに行けば店が選び放題や」
「串焼とかの屋台とかの事?」
「そや。ほんで他にも海の幸を仕入れてくんねやろ? マーギン、たこ焼きとか売れへんかな?」
「そうだな。食うと旨いから売れると思うぞ」
「あー、タイベのテントで食べたやつね。誰が作れるのかしら?」
「慣れたら誰でもできると思うぞ。屋台だけ作って、孤児院のやつらにやらせるか? 卒院間近なやつならできるだろ。タイベの孤児院は魚のすり身の天ぷらとか売りたいと言ってたからな」
「孤児の働き先ってこと?」
「どちらかと言えばハンナリー商会の社会貢献みたいものだ。場所と施設を提供してやって、あとは自分達で稼がせればいい。それにハルサメを作るようになるから、カニ鍋の具材として仕入れもしてやれるだろ? 商会が大きくなっていくには、売上と利益だけでなしに、雇用生み出し、儲けた金で社会貢献をしていくことが必要なんじゃないか」
「社会貢献?」
「シスコ、お前は贅沢三昧をしたいから商売で儲けたいのか?」
「儲けたいとは思うけど……」
「重要なのはお前が何の為に儲けたいかだな。食べたいものを食べ、着たい服を着て、大きな屋敷に住む。その先には何がある?」
マーギンに聞かれてシスコは考える。商売とはこうするべきという考えは持っているが、その先の事が明確に出てこない。
「俺は儲けるのは手段だと思っている。目的を見失わなければ、どうするべきか迷った時の指針になる。自分がどうして商売人になろうと思ったのか、どういう商売人になりたいのかもう一度ちゃんと考えとけ。そうしないと間違った方向に進んだり、目の前の事に追われて心が壊れるぞ」
シスコの心を壊しかけた張本人からのアドバイス。
「そうね」
シスコがそう答えるなか、ハンナリーはご褒美として軍人達にラリパッパを掛けにいった。
とっれっとっれっピッチピッチ!
とっれっとっれっピッチピッチ!
軍人達は嬉しそうに歌いながらカニダンスを踊りはじめる。なんでもありだなラリパッパ。
「俺は頼んだ魔道具ができあがりしだいタイベに向かうわ。ブリケをお前の家に泊めて仕事を手伝わせるのは問題ないか?」
「いいわよ」
「本当に泊めてもらっていいんですか?」
「今は私1人だから構わないわよ。アイリスの部屋を使っていいかしら?」
「いいですよ。休みの日はマーギンさんの家に寝に行くこともできますし」
「あなた、マーギンの奥さんなのよね?」
まだアイリスをマーギン嫁と勘違いしているブリケ。
「違うわバカ。こいつはちょっとの間、居候をしてただけだ」
「なんだ、嘘だったの? マーギンは幼女趣味だったのかと思ってたわよ」
人聞きの悪いことを言わないで欲しい。
飯も話も一段落付いたので、マーギンはオルターネンのところへ。
「マーギン、もういいのか?」
「いいですよ」
ここではタジキがカニを茹でていて、オルターネンの他にロッカとホープ、サリドンとラリー達、そしてローズがいた。
「では大隊長のところへ行こう」
「了解です隊長」
ローズはオルターネンの事をちい兄様と呼ばずに隊長と呼んでいることに気が付いたが何も言わずに2人を見送ったのであった。
「戻ったか」
「はい。こちらからもまずい報告がありますよ」
「まずい報告?」
「それは大隊長からの話を聞いてからにします」
「では先にこちらから話す。まず特務隊を拡大させていくのが決定した。王都だけでなく、主要都市に特務隊を配置することになった」
「それでアージョンが来てたんですか」
「そうだ。あいつは砦で鳥人、すなわち魔王と出会っている。覚えてるな?」
「そうですね。生きてて良かったですよ」
「分かってるなら別に構わん」
正体がバレるなよということか。
「それともう1つ、俺も現場に出る」
「大隊長として?」
「いや、戦闘員としてだ。ま、オルターネンの補佐もすることになるだろうけどな」
マーギンは特に驚きを見せなかった。何となくこうなるのだろうと予感がしてたからだ。
「じゃ、現場復帰祝いを渡しますよ」
「祝い?」
「はい、使いこなせるという条件が付きますけど」
マーギンはガインの形見である魔斧ヴィコーレを取り出したのであった。