ねぇマーギン
ライオネルを出て王都に戻ってきたマーギン。途中でケンパ爺さん達の村に寄ってお裾分けをし、キュウリやらトマトなどの夏野菜をドッチャリ購入しておいた。
誰もいない自宅でせっせとトマトソースとピクルス作りに励む。晩酌はスライストマトとチーズで。
「このトマト、小ぶりだけど旨いな。やっぱり魚粉が効いているのかもしれん」
そして、ポツンと1人の部屋でピーマンを持ってみるとめっちゃ嫌そうに食べるローズの顔が浮かぶ。
「結婚したら、ピーマンの出ない家庭になるんだろうな……」
そう呟いてピーマンを投げては手元に戻ってくるように操作する。あの訓練から1年近く経ったのか。今の特務隊はどんな訓練をしているのだろう。ピーマンに集られてうずくまるローズの姿が目に浮かぶ。
いかんいかん、まずはシスコを迎えにいかないとな。
翌日、昼のシャングリラへと向かうもシスコは見当たらず。取り敢えず魚のすり身を作る魔道具とフライヤーと精米機を超特急で発注しておくことに。ついでに金属のインゴットを購入しておいた。
「すり身のやつとか2日で仕上げてくれる?」
「マジですか……」
大変だなみんな。
次は切れない糸を作っている所に。
「どう?」
「死にそうです。作っても作っても追いつきません」
「そんなところに悪いんだけどさ、漁師の網に使う糸をできるだけ作ってくれない?」
「えっ?」
「ソードフィッシュてのが出ててね、普通の網だと切られちゃうんだよ。これぐらいの太さで作って欲しいんだ」
「は、はひ……」
大変だなみんな。
これは今回間に合わなさそうなので、次回でも良いと言っておく。材料も足らないかもしれん。
一応、魔道具ショップに戻って手伝いをしておく。回路は自分で描いた方が早いし魔力消費量も少なくて済むのだ。
夕方になってもシスコが戻って来なかったので、どこに行ってるか聞いて回る。
「多分、特務隊が訓練している所じゃないですか? 最近は晩ごはんをそちらで食べてるみたいですし」
「了解。ならちょっと顔を出してみるわ」
特務隊の所か。バネッサとかいないから寂しくなってんのかな? と、見当違いの心配をするマーギン。
「あかんっ、声が小さいっ。やり直しっ!」
「お買い物はハンナリー商会でっ!」
「もっと腹の底から声出しっ。もう一回っ」
ハンナリーのやつ何やってんだ?
訓練している場所まで来ると、軍人達が後ろに手を回して組み、上体をのけぞるようにして大声を出している。軍隊らしい光景だけど、何を叫ばせてんだあいつは?
「マーギン、お帰りっ!」
ドンっと後から抱きついてきたのはトルクだった。
「気配を完璧に消せてたな。全然気付かなかったぞ」
「すごくなったー?」
「おぉ、前から気配を消す能力は高かったけど、今のは完璧だったぞ」
と、トルクを褒めつつ、ヒョイと避ける。
ベチャッ。
「どうして避けるのよっ」
次に飛びついてきたのはカタリーナ。
「まだまだ気配を消すのがなってないからだ。いちいち飛びつくな」
「もうっ!」
次はアイリスだ。気配を消そうともしていない。
「ハンバーグっ!」
背中に飛び乗ったアイリスの第一声。どこぞの師匠かお前は?
「タジキが作ってくれてんじゃないのか?」
「マーギンさんが作ったのを食べたいんです」
どうしてアイリスだと避けないのかとプンスカ怒るカタリーナ。
「シスコは?」
「踊ってます」
「は?」
そう言われてアイリスが示す方向を見るとシスコが両手をピースしながら踊っている。
「なんだありゃ?」
「シスコさんの様子がずっとおかしいんですよ」
と、アイリスが言うので背中に乗せたままシスコの所に行く。
「おい、シスコ。迎えにきたぞ」
そう声を掛けるとマーギンを見た。
「カニーーーーっ!」
シスコに噛みつかれるマーギン。
「うわわわわっ、なにすんだよシスコ。《パラライズっ!》」
シビビビ。
痺れて倒れそうになるシスコを抱き抱える。
「あんた、酷いことしたりなや」
ハンナリー登場。
「こいつどうしたんだ?」
「忙しすぎておかしいなっとんねん。好物のカニ食べて気晴らししたいのに、だーれもカニ持ってへんから、踊って気持ち誤魔化してんねん」
「そうだったのか、悪いことしたな。あ、ハンナリー、これにサインしてくれ」
シビビビとなっているシスコを抱きかかえながらハンナリーにエドモンドとの契約書を渡す。
「名前書いたらええん?」
「そう」
読まずにサインをするハンナリー。そういうところがダメなんだぞ。
ぶらーんぶらーん。
おんぶの支えがなくなってマーギンにぶら下がっているアイリス。
「いい加減降りろ。首が絞まる」
取り敢えずアイリスを降ろしてからシスコのパラライズを解除。
「大丈夫か?」
「カニぃぃ、カニをちょうだいよぉぉ」
重症だなこれ。
マーギンにすがりついてカニカニと言い続けるシスコを引き離し、タラバガニを茹でてやる。
「ほら、口をあけろ」
泣き崩れているシスコの前にカニを持ってしゃがむマーギン。
「カニくれるの?」
「お前の為に茹でてやった。まだ熱いからフーフーして食べろ」
と言ってるのに自分で持とうとせずに口を開ける。仕方がないのでフーフーして口に入れてやる。
「うっうっうっ。美味しい」
シスコは泣きながらカニを食う。
「ほら、お代わりだ」
フーフーしてはシスコにカニを食べさせるマーギン。
「落ち着いたか?」
と聞いてもデカいタラバを1人で全部食べたシスコは何も答えない。本当にこれはヤバい。
「シスコは強い子だ。繰り返し言え」
「シスコハツヨイゴダ」
「いいぞ。シスコは頑張った」
「シスコハガンバッタ」
「カニも食べた」
「カニモタベタ」
「もう大丈夫」
「モウダイジョウブ」
マーギンは同じ事を何回か繰り返して言わせた。
「ほら、目を覚ませ」
シスコの目の前でパンっと手を叩いて鳴らす。
「はっ、マーギン!? 帰って来たのね?」
「迎えにきたぞ。いつに出れそうだ?」
「カニ持ってる?」
「あぁ、仕入れてきたから皆で食おう」
「やっと、カニが食べられるのね」
重症だな、シスコ。
タジキに他のやつらの鍋を用意させて希望者には勝手に茹でて食ってもらうようにしておく。
「前のと違うのね」
「これはタラバガニってやつだ。こっちの小さいのは毛ガニ。食べ応えはタラバ、甘さは毛ガニの方があるんじゃないか?」
「冬に食べたのは?」
「あるぞ。それも茹でてやる」
シスコの為にせっせと茹でては魔法で食べやすいように殻を取り除いて渡してやる。
「マーギン、私のも殻とって」
と、カタリーナが甘えてくる。
「手で折れば剥けるだろうが」
「硬いんだもん」
確かにタラバの殻は硬いからな。
「ほら」
「わーい♪」
「マーギンさん私のもして下さい」
アイリスのも魔法で殻をはずしていきながら、ヒョイヒョイと避ける。
「バネッサ、オスクリタを人に投げてくんなって言っただろ?」
「なんで分かったんだよ?」
「昔さんざんやられ……お前のやることなんかお見通しだ。気配の消し方もトルクに負けてんぞ」
うっかり口を滑らせかけたマーギン。気配を消しているようで、気付いて欲しいような気配が何となく似てたのだ。
「うっせえ。うちのも殻をはずしやがれ」
カザフと共に現れたバネッサ。
「お前ら汗だくじゃないか」
「おっぱいが意地悪するんだよ」
「お前がしつこいからだろうが」
カザフはオスクリタを使ってみたいようだが、バネッサから奪えずに毎日激しいバトルを繰り返しているとトルクから聞かされる。
そう言えばバネッサの野性味が増してんな。胸は相変わらずだが研ぎ澄まされたような身体つきになっている。
「訓練を真剣にやってるみたいだな」
カニの殻をはずしたものをバネッサに渡してやる。
「他にすることがねぇんだよ」
「魔物討伐には出てないのか?」
「ここんとこは訓練ばっかだ」
シスコ、カタリーナ、アイリス、バネッサと順番に殻をはずしては渡していくマーギン。
「そうか。皆頑張ってんだな」
そんな話をしているとオルターネンが誰かを連れてやってきた。
「戻ってきてたか」
「一時的に戻りましたよ。またすぐにタイベに行きます」
「そうか。後で大隊長のところに行くから一緒に来てくれ」
「了解です」
「あと、お前の女遊び相手がきてるぞ」
「は?」
「マーギン、久しぶり!」
と、オルターネンと一緒に来たのが、えーっと、なんだったけ? あっ、そうそう。
「どうしてアッチョンがここにきてるんだ?」
「アッチョン? アージョンのこと?」
あれ? アッチョンもとい、アージョンは確かこいつの彼氏だったけか。マーギンは名前を思い出せずニッコリと微笑む。
「ブリケ」
ブスッとした顔で名乗るブリケ。
「久しぶりだなブリケ」
何事もなかったようにやり直すマーギン。
「もうっ。で、何を食べてるの?」
「お前も食うか?」
と、ブリケにも殻をはずして渡してやる。
「彼氏はどうしたんだ?」
砦で死にかけてたのはこいつの彼氏だったはず。あのあと助かったのか死んだのか不明だ。
「ロッカさん達にしごかれて倒れてるわよ」
「特務隊に入ったのか?」
「まだ。合格しないと入隊できないからどうなることかしらね?」
辺境伯領の軍人がどうして特務隊に入る事になったのか不明だけど気にしないでおこう。
「で、ブリケも仕事を辞めて付いてきたのか?」
「休職よ。辞めたら2人とも無職になるじゃない」
「休職だとこっちにいる間収入どうするんだ?」
「アージョンは軍の宿舎に入れてもらったけど、私は宿に泊まってるの。もうお金が持たないかも……」
だろうな。
「シスコ、お前の仕事を手伝ってもらうのはどうだ? ブリケ、計算とかできるか?」
「できるわよ」
「だってよ。家もアイリスの部屋とか空いてんだろ?」
「そうね。でもすぐにタイベに出るんでしょ? 仕事内容を教えている暇なんてないわよ」
「そうだよなぁ。でもお前本当にタイベに一緒に行けるのか? 相当無理してるだろ?」
「私がタイベでしないといけない事があるんでしょ」
「まだ先でも何とかなるけどな。俺がやれる事はやっといてやるよ」
そういうとシスコは辛さを我慢してたのがこらえきれずポロッと涙を流した。
「ど、どうした?」
「本当にやっといてくれるの?」
「俺ができることはな。色々と他の下準備もあるし」
「じゃあ、秋に迎えにきて」
「了解だ。あとこれ渡しとくわ」
「何、この書類?」
「ライオネルとタイベを結ぶ客船と貨物船があるだろ?」
「ええ」
「船主がそれを辞めようとしててな、タイベの領主がそれは困ると両方の船を買ったんだよ」
「そうなの」
「で、運営はハンナリー商会がすることになったんだ。それはその契約書だ」
「なんですって?」
「いい条件だぞ。もう会頭のサインはもらったから、そっちは保管しておいてくれ。もう1通の契約書は領主に俺から渡しておくから」
「そう……もう会頭のサインもしてあるのね?」
「さっきしてもらったぞ。それとな、ライオネルの漁港に倉庫を建てて、マグロとか直に倉庫に入れてもらって取引をすることになった。仕入れ値も固定だから計算は楽になる。漁港に倉庫を建てるのはライオネル領主の許可が必要みたいだから、それは俺がやっておくわ」
「へぇ……」
ふるふると震えるシスコ。
あれ? 怒ってる?
怒りの気配を察知したマーギンは横を向く。
「ねぇ、マーギン」
「でさ、北の漁船のカニとかも同じように……」
「こっち向いて」
恥ずかしがって横を向いているわけではないのだが、もじもじするマーギン。
ビタンッ。
マーギンは強烈なビンタを食らっておねんねしたのであった。