全員で
「兄貴、出ましたぜ。3匹だ」
特訓をしていると、狩り場にされた場所に3匹のチューマンが出たと偵察していたロブスンの配下から報告があった。
「マーギン」
「あぁ、聞こえた。ちょうど良い数だな。よし、全員で出発する。今回は俺がサポートするから訓練通りにやってみてくれ」
「オヤビン、あっしはまだ連携を上手くできておりやせんぜ」
「実戦ではピアンのサポートはしない。自身の力でやれ」
「えっ!?」
「すっ転ぶより安全だ。本気のスピードでやらんと死ぬぞ」
ピアンにそう伝えるとビビって逃げ出そうとしたので風魔法で包んでおく。屁をこくならこきたまへ。
「行きますっ、行きヤンスっ。だから止めてぇぇぇ。うぎゃぁぁ、目がっ、目がぁぁ」
こきかけたのを我慢したけど、少し漏れたようだ。ピアンの様子を見た皆が笑う。
今の騒ぎでチューマンとの実戦だと緊張していたのがピアンのお陰で余計な力が抜けた。何が幸いするか分からんな。
皆で狩り場に向かうとチューマンはこちらが近付いてきたのに警戒もしない。餌発見という感じだな。
「ではチームに分かれろ。ロブスン、弓使い達の護衛を頼む。特攻担当は矢の軌道を見て突っ込むかどうか判断しろ。他のものは特攻のフォロー。訓練と違って相手は動くからそれも計算しろよ。では作戦開始っ!」
チューマン達も臨戦態勢に入った。
「走れっ!」
特攻担当をチューマンに向かって走らせると同時に弓使い達が一斉に射る。
ビュンビュンビュンビュン。
普通の矢と違って、電撃が出るように加工された矢は風切音が大きい。それに気付いたチューマン達は避けずに振り払おうとする。しかし、矢が当たると判断した特攻が突っ込んだ。
ベキッ。
矢は電撃が出る部分が当たる前にチューマンに折られてしまう。
《プロテクション!》
ガッ。
特攻担当に爪攻撃を仕掛けたチューマンの爪がプロテクションに阻まれてなんとか無事。しかし、特攻担当もヤバいと思ってその場をすぐさま離脱したのでこっちの攻撃もできていない。
ドスンっ。
その時に1匹のチューマンが倒れた。
「あっしの担当は終わりでヤンスっ」
「まだだ」
1匹関節を斬ってこかせたピアンはスタコラサッサと逃げ出そうとするので、見えない手で掴んで、もう一匹の前に持ってくる。
「うわわわわっ、酷いでヤンスっ」
「うるさい。弓使いも止まらずに射れ」
残ったチューマン2匹に矢が降り注ぐ。
ベキッ、バヂヂヂっ。
「今だっ!」
ピアンの前にいるやつは矢を折り、もう一匹は感電した隙に特攻担当が足の関節を斬った。
バヂヂヂっ。
「うんぎゃばばばばば」
何をやってるのだお前は?
外れた電撃矢の餌食になるピアン。しかし、チューマンにも他の矢が当たったようで、別の特攻担当がチューマンをこかせた。倒れたチューマン達にフォローの剣士が飛び乗り、外殻の隙間から首を斬って3匹のチューマン討伐完了。
「よくやった。負傷者なしで成功だ」
「ふ、負傷者がここにいるでヤンスよ……」
まだシビビビとなっているピアンは負傷者に入れてないマーギンであった。
◆◆◆
イライライライラ。
毎日仕事が山積みになっているシスコのフラストレーションは溜まっていた。
「カニよっ!」
ビクッ。
手伝わされているカタリーナはシスコがいきなりカニと叫んだ事に怖がる。
「ロ、ローズ。シスコが壊れた」
「そうですね。申し訳ありません」
宝飾の付いた剣を渡された時からローズの目の光は薄くなっている。そしてカタリーナが何かを言うとすぐに申し訳ありませんと謝るようになっていた。
「ローズ、大丈夫?」
「はい、申し訳ありません」
「フェアリー、ローズ。タジキのところに行くわよ」
「何しに?」
「カニよっ。カニを食べに行くのよっ!」
ストレスから逃れようと、好物のカニを食べるためにタジキのところに行くと言い出したシスコ。カタリーナも書類の山から逃れるならと賛成した。
「くれよぉぉ、あれやってくれよぉぉ」
「あかんっ。あんたら今週の訓練たるんでたやろっ。真剣味がなさ過ぎや。そんなやつらにラリパッパ掛けたれへん」
訓練に慣れてきた特務隊予定者達は課題をこなすのに余裕がではじめていた。それをハンナリーに指摘されたのだ。
「やってくれょぉぉ。課題はクリアしたじゃねーかよぉぉ」
「あかんもんはあかんっ」
「明日から、明日からはもっと気合入れるからよぉぉ。やってくれよぉぉ」
ラリパッパ中毒者達がハンナリーにすがりつく。
「ほんましゃーないやっちゃらやな。ほなら、今からうちの言う事を復唱し。気合入れて復唱せんかったらかけたれへんからな」
「早く、早くたのむっ」
「ええか、ほならいくで。お買い物はハンナリー商会で!」
「お買い物はハンナリー商会で」
「もっと腹の底から声出しっ! はい、お買い物はハンナリー商会で!」
「お買い物はハンナリー商会へっ!」
「ほら、もっともっと声出しっ!」
「お買い物はハンナリー商会でっ!!!」
軍人出身者達を洗脳していくハンナリー。大声の復唱を何度もさせたあと、
「よーし、こんぐらいで許したろ。ほならいくで、《ラリパッパ!》」
「いえーい! ハンナリーしょうかーい、ふっふー、すてきなしょうかーい、ふっふー、いつでもショーターイム、ふっふー♪」
洗脳された軍人達は口々に同じクレイジーな歌を歌って踊りだす。
「いいのかあれ?」
その様子を見ていたホープはサリドンに大丈夫か? と聞く。
「そうだな。明日から訓練の内容をもっと厳しくしても良さそうだ」
想定していたより訓練の成果が早く上がったので、前倒しに訓練内容を次のステップに進める事に。
「タジキ、タジキはいるかしら」
「お、シスコ。お前がここに来るとは珍しいな。仕事は片付いたのか?」
キッ。
ホープに仕事の事を聞かれて睨み付けるシスコ。
「なっ、なんだよ?」
ビビるホープにツンした後にタジキを探す。
「カニよっ、カニ。タジキ、カニを出しなさい」
タジキを見付けたシスコは駆け寄り、カニをカツアゲする。
「カニは持ってねぇよ、マギュウならあるぞ」
「キーーーーっ、どうしてカニを持ってないのよぉぉっ!」
「そんなの知らねーよ。残りはマーギンが持ってんだから」
「いやぁぁぁっ!」
「お、おい、シスコ、大丈夫か?」
ヒステリックに叫ぶシスコをホープが心配して駆け寄った。
「ちょうだいよぉぉ、カニをちょうだいよぉぉ」
さっきハンナリーにラリパッパをせがんだ軍人達と同じようになるシスコ。
「ダメだ、こいつ相当ストレスが溜まってやがる。おい、ハンナ、シスコにラリパッパを掛けてやってくれ」
「あ、シスコらきてたん?」
「カニよ、カニを出しなさい。ハンナリー商会の会頭なら持ってるわよね。なんでも揃うんでしょ!!」
今度はハンナリーにカニカツアゲするシスコ。その後ろでは軍人達が、なんでも揃うしょーかーい♪ と歌って踊っているのだ。
目の座ったシスコに詰め寄られるハンナリー。
「う、うちは持ってへんで……」
「なんですってぇぇぇっ!!」
ビクッ。
《ラ、ラリパッパ!》
シスコに胸ぐらを掴まれたハンナリーは思わず強めのラリパッパをシスコに掛けた。
「カ、カニ……カッカカニカニカニマヨ、カッカカニカニカニマヨ、カッカカニカニ……」
歌を歌いながら両手をピースにして踊り出すシスコ。
「カオスだな」
ホープはそう呟いた。
「姫様、ローズさん、何か食べられますか? お肉とか焼きますけど」
シスコのことはホープに任せて、一緒に来ていたカタリーナとローズの相手をするサリドン。
「食べるーっ。ローズ、お肉食べに行こっ♪」
「はい。申し訳ありません」
サリドンはローズの様子がおかしい事に気付く。
「トルク、姫様の案内を頼む」
「はーい」
カタリーナをトルクに任せて、サリドンはローズの様子をみる。
「目の光が消えている……? ローズさん、大丈夫ですか?」
「ええ、生まれてきて申し訳ありません」
これはヤバい事になっていると思ったサリドンはローズの手を引っ張って騎士隊の宿舎へと連れていく。
「ローズさん、何があったんですか?」
「ここは?」
「宿舎のラウンジですよ。姫様はトルクにお願いしてきましたからご安心下さい」
「わ、私は護衛に付かなければ」
「大丈夫です。トルクがそばにいます。あいつはマーギンさんみたいな魔法をかなり使えるようになっているから問題ありません」
「マーギン……」
「そうです。マーギンさんの魔法を使えるようになっているんです」
「うっ、うっ、うっ……」
マーギンの名前を聞いて突如として泣き出すローズ。サリドンは何もできずにローズが落ち着くのを待った。
「何があったんですか?」
「みっともないところを見せてしまってすまない……」
「大丈夫ですよ。今までと環境や状況が変わってるんです。混乱しているのは我々も同じです」
「私は混乱しているのだろうか……」
「はい。少なくともいつものローズさんではありません」
「いつもの私?」
「はい。前を向かずに下を向いてます。ローズさんらしくはないですね」
「そうか、私は下を向いているのか」
「護衛の仕事で何かあったんですか? それとシスコの様子もおかしいみたいですし」
「シスコは頑張っている。我々も作業の手伝いはしているが、全てを任せられているシスコの大変さとは比べものにならない」
「ローズさんも四六時中姫様の護衛をしているではないですか。それも大変な仕事ですよ」
「仕事といっても私はお飾りなのだ」
「えっ?」
「サリドン、私の事を綺麗だと思うか?」
「はい」
サリドンは照れずに真っすぐと答える。
「そうか。私は綺麗なのか……」
「綺麗だと言われるのが嫌なんですか?」
「普通は褒め言葉だと思うだろう。だが綺麗なだけだとしたらどうだ?」
「綺麗なだけ?」
「色とりどりの宝石をあしらわれた剣。それが私と同じらしい」
「宝飾用の剣でしょうか?」
「そうだ。実戦ではなんの役にも立たない飾りの剣。それが私なのだ」
と、言ってローズの目から涙が溢れる。
「自分はそう思いませんけどね」
「気休めを言ってくれなくていい。私はマーギンがくれた剣を持つ資格のない人間なのだ。見てくれだけ良い剣がお似合いなのだ……」
「でもマーギンさんはローズさんにピッタリだと言ってその剣をくれたんですよね?」
「たまたま体格的に良かっただけなのだろう」
「そうですか? 隊長の刀もマーギンさんがくれたものですよね? どちらもマーギンさんのお気に入りだったと聞いてますけど」
「そうだ。マーギンが大切にしていた剣だ」
「なら、どうでも良い人にそんなの渡しますかね? 自分がマーギンさんの立場だったら、大切な剣を使いこなせない人に渡したくないけどなぁ。渡すということは託すということでしょ? 自分の大切なものを託すのは勇気がいりますよ。よっぽどその人を信じてないと無理だと思います」
「託す?」
「はい。例え自分が使わなくなったものだとしても、大切なものには変わりはありません。それに剣って、打ち手の思いがこもってますし。特にマーギンさんは職人の事をよく分かってますよね? その職人の思いごと託すわけですから」
「私はマーギンにその思いを託されたのか?」
「じゃないですかね。剣技会で隊長と良い勝負ができたのはマーギンさんの思いを託されたからなんじゃないですか?」
ローズはサリドンに言われて、剣技会の時の気持ちを思い出す。
「確かにあの時の私は前を向いていたな……」
「はい。自分はそういうローズさんが好きです。ま、今のローズさんも庇護欲をそそって悪くはないんですけど」
と、サリドンは照れ臭そうに言った。
「歳下のクセに戯言を言うな」
「す、すいません」
「と、今のは歳上の私が甘えてしまった態度ではないな。すまない」
「い、いえ、いいんですよ」
「甘えついでに話を聞いてもらっていいか?」
「喜んで」
ローズは結婚相手とのこと、自分の不甲斐なさを宝飾剣と同じだと受け取ったことなど、心の中で渦巻いたドロッとしたものを吐き出した。
「そうでしたか」
「あぁ、ありがとう。話を聞いてもらっただけでもずいぶんと気が晴れた。私も覚悟を決めて進まねばならんな」
「ローズさん」
「ん? もう大丈夫だ。話を聞いてもらっておいてなんだが、今の話は忘れてくれ」
「進む道は合ってますか?」
「どうだろうな。合ってるかどうかは歩いてみないと分からん。だが私が進まねばならぬ道なのだろう」
「だったらその前にちょと寄り道しませんか?」
「寄り道?」
「はい。姫様の護衛を辞めて特務隊に入りませんか?」
「えっ?」
「今の特務隊は凄いですよ。皆が自分の進むべき道を懸命に進もうともがいています。自分達も騎士隊にいた時とはまるで違います。歩む道は険しくて困難ですけど、それにもずいぶんと慣れました。自分達はマーギンさんにはなれませんけど、全員の力を合わせたらマーギンさんみたいになれるんじゃないかと思います。それが今の特務隊なんです。ローズさんもその一員になりませんか?」
サリドンの思わぬ提案にローズは言葉を返す事ができなかったのであった。