特訓とか涙とか色々
出来上がったピアン用の武器は片手用の軽い剣が2本。
「これがあっし用の剣でヤスか?」
「そうだ。誰か丸太を2本用意してくれないか」
広い場所で実戦形式の訓練をする事になり、儀式会場でチューマンに見立てた丸太を用意させる。
「ピアン、俺が手本を見せるから目に焼き付けてくれ」
弓使い達に矢を射らせる。当たる軌道だと判断して風を纏ってダッシュするマーギン。
シパパパッ。
矢が丸太に当たると同時にチューマンの関節付近を想定した場所を斬り付けてすぐに離脱。
「ピアン、これがチューマンとの戦い方だ。前に説明した通り、電撃の流れる矢が当たるとチューマンは2秒ほど動けなくなる。その隙に足の付け根の関節を斬って離脱だ」
マーギンがそう説明するが、今の動きが速すぎて何がなんだか分からなかったピアン達。
「なんなんでヤンスか今の動きは?」
「お前の目指すべき姿を想定してやったまでだ」
「あっしにあんな速さで動けって言うんでヤンスか? ちっとはスピードに自信がありヤンしたが、次元が違い過ぎヤンスよ」
「大丈夫だ。お前ならやれる。というかやれ」
「むむむむ、無理でヤンスよっ!」
顔をバイブレーションのように高速で横に振るピアン。その速さがあればできる。
「とりあえずお前が出せるスピードでやって見せてくれ」
「本当にあれほどのスピードは出ないでヤンスよ」
「いいからさっさとやれ」
先ほどと同じように矢を射らせてピアンが攻撃する。うむ、風魔法を纏わなくても2秒あれば攻撃して離脱が可能なスピードだな。
「ね、無理でヤンしたでしょ?」
「いや、十分だ。今のままでも通用する。が……」
「が……?」
「最悪の事を想定して訓練しておいた方がいい」
「最悪の事でヤンスか?」
「そう。電撃が効くと思って効かなかったら、今のスピードだと死ぬ。だから電撃が効かない事を想定して訓練しておく必要があるんだよ」
「効かないんでヤンスか?」
「矢の当たりどころが悪くて電撃が流れない事もあるだろうからな。それに俺の作った矢は魔道具だから故障も考えられるんだよ。絶対効くという保証はない」
「でも今のがアッシの限界ですぜ」
「勝手に自分の限界を決めんな。今からお前のスピードを俺がサポートするからそれに慣れろ」
「は?」
「もう一度だ。今度は矢を射らなくていい。電撃が効かなかった想定でやる。他の皆は矢が当たるかどうかを見て突っ込むかどうかの訓練をしておいてくれ。弓使いは微妙なところを狙え。当たるか外れるかを見極める訓練も必要だ」
マーギンはチームを組ませ、それぞれの訓練を開始する。
「ピアン、行け」
「へ、へい」
ピアンがダッシュした瞬間を狙って風の弾を撃つ。
ぼひゅっ。
「うわっ」
ゴロンゴロン。
いきなり風の弾をぶつけられたピアンはすっ転ぶ。しかし流石は獣人といったところか。身体を丸めて綺麗に転がった。受け身の訓練は不要だな。
「なっ、なんでヤンスか今のは?」
「お前が身に付ける能力は風魔法でのスピードアップだ。自在に風を操れるようになれば、俺が初めに見せた動きと同等の事ができるようになる」
「オヤビンがサポートしてくれるんで?」
誰がオヤビンだ。
「慣れるまではサポートしてやる。先にスピードに慣れろ。俺はいつまでもここにいるわけじゃないからな」
「えっ?」
「ほら、もう一回だ。早くやれ」
「へ、へいっ」
その後、何度もゴロンゴロンと転がるピアン。それに嫌気を差して逃げ出そうとしても見えざる手で掴んで元に戻す。
「うわわわわっ」
「ほら、もう一回だ」
ブッ。
ピアンが屁をこいてトンズラをかまそうとしたので、風魔法で包んでやる。
「ぐぁぁぁっ、目が、目がぁぁぁっ。ゴホッゴホッ」
自分の屁にやられるピアン。強烈な屁は臭いより先に目に染みるようだ。
「ひっ、酷いでヤンスよ……」
マーギンは目が33になったピアンに治癒魔法を掛けてやる。
「自業自得だ。ほら走れ」
こうしてマーギンのスパルタ特訓はその後もずっと続くのであった。
◆◆◆
「ようこそ、バアム家へ」
「お招きありがとうございます」
ローズは結婚相手と何度か外で食事をし、今日はその結婚相手が両親と共にバアム家に招かれていた。
「もうずいぶんと仲がよろしくなられたみたいで嬉しく思いますわ」
ローズの母親はローズの浮かない様子に気付いていたが、あえてそう相手の両親に言った。
「はい、息子もローズさんのお役目が終わるのが待ち切れないようですわ。私達といたしましてはお役目を務められたままでも構わないではと思っておりますの。いえ、ずっとお勤め頂いていても構いませんのよ。オホホホ」
「そうでございますなぁ。姫殿下とずっと懇意にして頂いている方が当家にとっても……」
ぎゅむっ。
余計な事を言いかけた父親の足をテーブルの下で踏みつける結婚相手の母親。
その後は形式ばった話をしながら食事をする。
「今日はローズさんにプレゼントをお待ちしたのですよ」
デザートを食べ終わった後にそう言って豪奢な箱を従者に持ってこさせた。
「私にプレゼントですか? そのようなものを頂くわけには……」
目の光が薄くなっているローズはプレゼントを断ろうとする。
「前に話した宝石なんですが、ようやく手に入りました。それは未来の妻にプレゼントしようと思っていたのですよ」
男は嬉しそうに豪奢な箱を開けて見せた。
「まぁ、なんて綺麗なのでしょう」
「こ、これは見事ですな」
バアム家夫妻は箱の中身を見て驚く。箱の中にはたくさんの宝石が散りばめられた剣が入っていた。
「これを私にと……?」
「はい。今お使いの剣は質素な剣ですよね? 姫殿下の護衛をされているローズさんに相応しい剣が必要かと」
「質素な剣ですか……」
ローズが使っている剣はマーギンが自分にピッタリだとくれたもの。見た目は確かに質素ではあるが、美しい波紋と使いやすさを兼ね備えた魔鉄製の剣。国宝と呼んでもおかしくないほどの性能を持った実戦向きの剣なのだ。
「ささ、手にとって抜いてみてください」
ここまできていらぬとは言えなくなったローズは言われるがままに剣を持たされた。
「素人ながら鞘から抜く感触もなかなか良い剣だと思うのですよ」
やや短めなのに重さのある剣。鞘と柄に宝石をあしらい、見た目は綺麗で人目を惹く。その剣を早く抜いてみて下さいと言われて、座ったまま剣を抜くローズ。
カシャッ。
抜き心地が重い。それにこの剣は見てくれは良いが刃先は甘く、バランスも自分には合っていない。とても実戦向きとは思えない剣だ。
「おぉー、さすが様になりますね。とても美しい。ローズさんにとてもお似合いですよ」
「私にはこの剣がお似合いだと……?」
「はい、とてもお似合いです。まるでローズさんのような美しい剣だと思います」
「まるで私の様な剣ですか……」
ローズは自分の甘さや、不甲斐なさをこの剣と同じだと言われたような気がした。
ポロッ。
ローズの目から涙がこぼれ落ちる。
「うっ、うっ、うっ……」
ローズは我慢しきれずに渡された剣を膝の上に置き、下を向いて泣いてしまう。
「まぁ、泣くほど喜んで下さるとは良かったわねぇ」
「頑張った甲斐がありましたよ」
喜びの涙だと勘違いした結婚相手は泣くローズを見て喜ぶのであった。
◆◆◆
「セイヤッー、セイヤッー!」
「ぐぬぬぬ」
ばんえい競馬をさせられているラリーは大隊長に鼓舞され、坂道を登っていく。
「あとひと踏ん張りだ。オルターネン達に遅れるなっ。セイヤッーー」
登りきった後は下りだ。大隊長の重さが下るスピードを上げさせる。疲労が溜まった足はこのスピードに付いていけなかった。
「うわっ、うわわわわわっ」
自分では抑えられないスピードになるラリー。やめられないとまらないラリーは海老反り状態になって転んだ。大隊長は自分が巻き添えになる前にさっと飛び降りている。
「鍛え方が足らんぞ、さっさと立て。ボアに囲まれているぞ」
「くそっ」
カタカタと震える足を押さえつけて剣を構える。サイモンとボンネルもおんぶ状態を解除して、3人で背中を合わせた。3人共足に力が入らずボア相手でも苦戦しそうな感じだ。
そこへ、アイリスを背負ったヘトヘトのノイエクスと、両頬をパンパンに腫らしたアージョンが到着。
「くかーっ」
呑気にノイエクスの背中にもたれて寝ているアイリス。アージョンの背中には背負われ疲れでヘトヘトのブリケ。
「ノイエクス、アージョン。戦えるか?」
「な、何とですか……ハァっ、ハァっ」
「た、立っているのが精一杯です……ハァ、ハァっ」
オルターネン達はずっと先に進んでいる。今の全員の様子を見た大隊長はやむを得んなと呟いた。
ザッザッザッ。
大量のボアが現れて、皆の周りを囲んだ。
「お前ら、俺の後に回れ」
「こ、こんなに大型のボアが……」
アージョンはブリケをぎゅっと持ち大隊長の後に回る。ノイエクスも寝ているアイリスを降ろさずに後に回った。ラリー達も自分の後に回ったのを確認した大隊長は剣を抜いた。
「フンッ」
ゴウッ。
ズバババンっ。
風の力を纏った大隊長の剣は前方にいたボア達をひと振りで両断した。
「すっ、すっげぇ……なんだ今のは?」
アージョンは今の大隊長の力を見て目を疑う。
「こっちもきたっ!」
ラリーが後方からもボア達が襲ってきたの見て声をあげる。ノイエクスは思わず背負っているアイリス支えている手に力が入った。
「きゃぁぁぁっ!」
尻を掴まれたと思ったアイリスは悲鳴を上げて、
《カエンホウシャッ!》
ゴウウウウウッ。
目の前一帯を炎で焼き尽くしたのだった。当然ボアも消し炭に。
「お前ら、アイリスの前に出てなくて良かったな」
地獄のような光景を目にした大隊長は皆にそう言うしかない。
「ね、ねぇアージョン。こんな人達と同じように戦えるの?」
「む、無理なんじゃないかな……」
「ですよねー」
アージョンは入隊テストを受ける前に心が折れかけるのであった。
ムニョンムニョンムニョンムニョン。
「も、申し訳ありません。その、もう背筋が限界にきておりまして」
オルターネンの背中に乗るロッカはずっと身体を起こしていたので背筋が攣りそうになり、オルターネンに中途半端に身を預けていることによって、オルターネンにロマン連打している状態に。
「し、仕方がない」
オルターネンは顔を真っ赤にして、ロッカのロマン連打を背中に感じながら、後ろで起こっている状態にまで気が回らず走り続けているのであった。