ある意味青春
「魔王ねぇ」
オルターネンはアージョンの話を聞いて何かピンときたようだ。
「はい、鳥人の事を軍人達は魔王じゃないかと言ってます」
「そうだとすると強敵どころか、今の俺達全員で戦っても勝てないだろうな。それでもお前はそいつを倒したいのか?」
「はい」
アージョンは強い眼差しでオルターネンにそう答えた。
「分かった。俺達はあと1ヶ月ぐらいはここにいるだろう。その間に軍を辞めるかどうか決めておけ。ま、軍を辞めても入隊させるかどうかは分からんがな」
「はい」
「アージョン、軍を辞めるつもり?」
と、ブリケが聞いてくる。
「俺は人々を守りたいから軍に入った。前にブリケが言ったように人殺しをしたいわけじゃない。特務隊は魔物の脅威から人々を守るための部隊だと聞いて、俺はそこに加わりたいと思った。まだ入隊させてもらえるかどうかは分からないけど」
アージョンは軍を辞めたら収入が途絶える。ブリケはお金を稼いで欲しいと思っている事を知っているので反応を気にした。
「そっか、なら頑張らないとね。もし無職になったら私が食べさせてあげるからそんな顔をしないで」
と、アージョンの想像と違った反応を見せるブリケ。
「ブリケ……お前……」
アージョンはなんだかほろっときてしまった。
「その代わり、家事は全部アージョンの担当ね。それと無職のクセに家でゴロゴロしてたら家から追い出すから覚悟しておくように!」
「う、うん……」
まだプロポーズすらしてないんだけどな、と思うアージョンはうんとしか答えられなかった。
翌日からオルターネン達は領都近辺の魔物討伐をしたり、領都のハンター組合で情報収集や特務隊の事を知らせるべく張り紙をさせてもらう。アージョンのように軍人から希望者を募る事も考えたが、辺境伯から人材引き抜きだと言われることを懸念し、ハンター中心に告知を行った。
そして王都に戻る前日に焼き鳥屋へ行く。
「あっ、隊長」
「俺達は明日、王都に戻る。お前はどうする?」
「はい、軍は辞めました。入隊テストを受けさせて下さい」
「分かった。なら王都で入隊テストを行うから付いて来い」
「えっ? 王都でですか?」
「あぁ。早ければ3ヶ月ほどで領都に戻れるだろう。王都での衣食住は手配してやる」
アージョンはブリケをちらっと見る。いつ鳥人が現れるかもしれない領都にブリケを置いて行くのが心配なのだ。
「私のことなら気にしなくていいよ。でも、無職になってもちゃんと帰ってきてね」
「俺がいない間にもし鳥人が出たら……」
「そんなものが出てるならとっくに領都は滅ぼされている。そんなに心配ならブリケと共にここにいろ。特務隊は個人を守るための部隊ではない。ブリケのみを守りたいなら違う仕事をした方がいい」
オルターネンにそう言われたアージョンは悩んだ。
「心配ならブリケさんを連れていけばいいんじゃないですか?」
と、アイリスが提案。
「帰りも行きと同じく走るんだぞ。ブリケが付いてこれるわけがなかろう」
「そこはアージョンさんが背負えばいいんですよ」
人をマーギン基準で考えるアイリス。
「あのなぁ、マーギンを基準に考えるな。あいつは異常だということを理解しろ」
オルターネンから異常者扱いされるマーギン。
「えー、でも訓練にもなりますよ?」
訓練になるか……と、オルターネンはノイエクスを見る。この1ヶ月の魔物討伐でだいぶ走れるようになってきたがまだまだ物足りないのだ。
「アージョン、お前はブリケを背負って王都まで走れるか?」
「えっ? そんな重いものを……」
ビタンッ。
デリカシーを欠いた発言をしたアージョンは容赦のないブリケビンタを食らう。
「誰が重いってのよっ! この根性なしっ!!」
「だって、重いものは重……」
ビタンビタンビタンビタンっ。
デンプシーロールビンタを食らうアージョン。
「は、はひ……背負わせて頂きます」
「ブリケ」
今の様子を見たオルターネンがブリケを見る。
「あ、みっともないところをお見せしてしまって……」
「お前、特務隊に入るか?」
オルターネンはブリケを勧誘するのであった。
翌日、ブリケも休職して一緒に来ることになり、領都を出発する。
「ノクス、お前はアイリスを背負え」
「えっ?」
「アージョンはブリケを背負って走る。ノクスはアイリスだ。体格的に同等の斤量だろう」
ノイエクスとアージョンを競走馬扱いするオルターネン。斤量の意味が分からなかったブリケが怒ることはない。
「ちい兄、マジかよ」
「では、オルターネンはロッカを背負え。部下にさせるなら、隊長自らも同じことをせねばならんぞ」
「わ、私が隊長に背負われるのですか? 私はその……なんというか……」
自分が重いと理解しているロッカは真っ赤な顔をする。こう見えても乙女心をちゃんと持っているのだ。
「分かりました」
オルターネンはあっさりと了承した。
「ラリー、お前は俺だ」
「う、嘘でしょ……!?」
一番の斤量を背負わされるラリーは愕然とする。
ラリーとセットであるサイマンはボンネルを背負うことになった。
「オ、オルターネン様。本当に私はその……」
出発時にもじもじするロッカ。
「これは訓練だ。何も気にすることはない」
オルターネンは少し屈んでロッカに早く乗れと言う。
「で、では失礼します……」
ズシッ。
うっと言いかけたオルターネンは我慢して、何事もなかったかのように振る舞い出発。
ドスンっ。
「だ、大隊長。これは無理が……」
ラリーは臼が落ちてきた猿のようだ。
「そんな事ではマーギンはおろか、いつまで経ってもロッカにも勝てんぞ」
「くそっ、ぐぬぬぬ」
1人だけばんえい競馬のようなハンディキャップを背負わされたラリーはヤル気スイッチを押されて何とか動き出す。サイモンとボンネルはラリーの後を笑いながら付いていくことに。
「お、置いて行かれるぞ。早く乗れ」
アイリスを乗せる事になったノイエクスは照れくさそうに早くしろという。
「では、失礼して。エイっ!」
トスッ。
ノイエクスが想像していたよりはるかに軽いアイリス。
「ハイヨーッ、ノイエクス号しゅっぱーつ!」
悪ノリするアイリス。そして、ノイエクスは背負ったアイリスの柔らかさに赤面しながら走り出した。
「ブリケ、お前は日頃どんだけ食ってんだよっ。大隊長ぐらいあるじゃないか」
いらぬ事を言うアージョン。
ビタタンッ。
アージョンの背中からモンゴリアンビンタを頬に食らわせるブリケ。
「余計な事を言わずに早く走れっ!」
ぐぬぬぬっと走りはじめたアージョンはスピードが落ちるたびにビンタを食らうハメになるのであった。
先頭を走るオルターネン。
「ロッカ、そんなに離れていては走りにくい。もう少しくっついてくれないか?」
ロッカは照れ臭くてオルターネンにくっつかないようにしていたが、走りにくいと言われて、真っ赤になりながらもしがみつくようにした。
ムニョン。
背中にロッカのロマンを感じるオルターネン。
「す、すまない。やはり先ほどの体勢で構わない」
真っ赤になったオルターネン。ロッカは男っぽくて筋肉に目がいくが、やはり女性なのだと思ったのだった。
◆◆◆
「お前、何の獣人だ?」
タレ中毒者達が満足した翌日、チューマン討伐隊の編成をしているマーギン。他のもの達と顔立ちと体格が違う獣人に問いかけた。
「へへっ、何の獣人かあっしも知りやせんぜ」
気になった獣人は小柄で一番華奢なやつだ。だがスピードが天下一品なのだ。
「なんだろうな? キツネでもないし」
「マーギン、気を付けろよ。ピアンの屁は殺人的な臭さだからな。そいつが急にその場を離れたら屁をこいた合図だ」
「ロブスン、そんな事言いっこなしだぜ。自分でも死ぬかと思うんだからよ」
殺人的な臭さの屁か。それとあのスピードから考えるとカマイタチか? カマイタチは妖怪だからイタチ系獣人なんだろうな。
マーギンはピアンと呼ばれたやつをこっそりと鑑定する。
魔力量は432、風適性がS、無属性がDで他の魔法適性はなし。能力はスピードがAで、他はC、腕力D。スピードに全振りしたような能力だ。
「ピアン、お前は特攻だ」
「えっ? あっしが一番危険な役割をさせられるんでヤンスか? そいつぁ、ゴメンですぜ」
「うるさい。そのかわり俺がお前をもっと強くというか、活かす能力が身に付くように鍛えてやる」
「あっしを討伐隊に選んでおいてもらってなんでヤンスが、そんなに強い方じゃないでヤンスよ?」
「それはお前が戦うスタイルを間違っているからだ。対チューマン戦においてお前は大活躍する事になる」
「マーギン、そいつは逃げるぐらいしか能がないぞ。スピードで選んだってのは分かってるが」
「ロブスン、対チューマン戦ではスピードが重要になってくる。それに逃げ足が早いことは悪いことじゃない。殺られずに逃げられるということは情報を持ち帰る事ができるということだからな」
「情報を持ち帰る?」
「そうだ。勝てない相手と無理して戦って死ぬより、逃げて情報を持ち帰る方がいい。情報があれば対策を立てられるからな。これはこれからの魔物討伐において基本的なことだと覚えておいてくれ。生存権を賭けた戦いにおいて自分より強い魔物と戦うのは勇敢ではなく蛮勇なんだよ」
「蛮勇だと?」
「そう。分かりやすく言うと無駄死にだな。魔物相手に戦士のプライドは無用だ。最後に勝てばいい。勝てなきゃ逃げろ」
これはプライドの高いワー族には屈辱的な考え方だろう。だが、特務隊達にも教えたことだ。
「マーギン……俺達は……」
「分かっている。だが、俺にラプトゥルをくれと言った時のことを思いだせ。あの時はあれが正解だっただろ? プライドより優先すべきものがある。それは皆の生命だ」
あの時の事を思い出してロブスンは黙る。
「俺はちゃんとお前らのプライドを受け取っている」
マーギンはアイテムボックスからロブスンの首飾りを出す。
「ちゃんと持っててくれたのか?」
「当たり前だ。お前らの誇りは俺の心の中に刻まれている。それでも不服か?」
「いや、十分だ。俺もマーギンの教えを心に刻んでおこう」
ロブスンがマーギンの考え方を受け止めた事で、他の戦士系ワー族達も納得してくれたようだった。
その後、マーギンは鍛冶師のところに行き、まだ残してある魔鉄でピアン用の武器を作らせる。
「俺が作り方を教える。この金属にお前の魂を刻め」
目指すべき剣を預けられていた鍛冶師はそう言われて唾を飲む。そしてマーギンが魔鉄を錬金魔法である程度形作ったあと、2人でピアン用の武器を作っていくのであった。




